染まり合う心情
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ここ数日、このマンションの近くで不審な男が目撃されている」
「犯人でしょうか?」
仕事終わりに話があると言った降谷さんは、私の部屋に上がり込んで真剣な表情でそう切り出す。囮捜査を開始して、今日で6日目。朝から晩まで気を張りつめたまま、私の部屋の隣に泊まり込んでいる降谷さんの目の下には濃い隈が出来ている。そう言う私も、隣の部屋で降谷さんが警護にあたっていると思うと呑気に寝てもいられず、睡眠不足で頭が痛い。そんな状況を踏まえて冒頭の台詞だ。ようやく、事件が進展するかもしれない。
「毎日お前をマンションまで送り、そのまま出てこない俺の事を、犯人は同棲もしくは泊まりに来ていると思っているだろう」
「でしょうね」
そうなのだ。降谷さんはさすがと言うべきか、熱血警官らしく私の隣の部屋にいる時も気を抜かずに真面目に警護してくれている。しかし、どう考えても降谷さんという(仮)彼氏が在宅中に襲ってくる犯人はいないだろう。
「今から30分後に、買い物に行く振りをして俺は出かける」
「え?」
「このマンションの周辺で犯人が好機を待っているなら、そのタイミングで動くだろう」
「分かりました」
私が部屋に一人だと分かる状況を作り出し、誘き出す事になる。とうとう犯人と接触する事になるかもしれない。私は無意識に強張る身体を誤魔化すように、机の下で左手首をギュッと握る。
「もちろん、マンションの周辺では捜査員が警戒している。俺も辺りを適当にウロついて、尾行されていないのを確認したら裏口から戻ってくるから」
「え?」
しかし降谷さんの言葉に、私は思わず目を瞬かせて顔をあげる。
「何だ?」
「戻ってくるんですか?」
「?当たり前だろ」
「てっきり犯人がこの部屋に踏み込むまで粘って、突入待ちだと思いました」
私の言葉に降谷さんは呆れたようにため息をついて、前髪を掻き上げる。
「そこまでしなくて良い。お前の部屋に近付こうとした時点で、他の捜査員が職質をかける。おそらく凶器を持っているだろうから、それを押さえて確保する。あとは、取り調べでどうとでも落とせる」
「………そうですか」
「部屋を出て10分以内には戻る。それまでに何かあれば連絡しろ」
「………このまま作戦通りだとしたら、あっけないな」
降谷さんが出ていった後、私はポツリと呟く。囮を名乗り出たからには、もっと最前線に立って犯人をおびき寄せるものだと思っていたし、犯人と接触する事くらいは覚悟していた。
「過保護だな…思ったより」
しかし、6日間朝から晩まで本当に自分のそばを離れない降谷。そして、私にほとんど危険が及ばない作戦内容。それを思い返しながら、私は小さく息をついた。
---ピンポーン
そんな事を考えていると、突然部屋のインターフォンが鳴る。降谷さんが部屋を出てからまだ5分だ。それに、作戦のために合鍵を渡してあるからインターフォンを鳴らすはずがない。
「……はい?」
『苗字さん、郵便でーす』
玄関のカメラをモニターで確認すると、郵便配達員が映っている。
「あのー、降谷さん」
『どうした!?』
無線で呼び掛けると、思いの外すぐに応答が返ってきて目を丸くしつつ「郵便職員が来たので対応しますね」と、言葉を返す。
『待て、お前のマンションの郵便配送はこの時間帯には周って来ないはずだ。お前は対応するな』
「えー……」
『真壁、苗字の部屋の前にいる郵便配達員に職質をかけろ。俺はあと三分で戻る』
(いつの間にそんな事まで調べたんだろう……)と私が驚いている間に、耳元からは降谷さんが捜査員に指示を出している声が聞こえてくる。
--ガタン、
----ガタガタガタ!!!
「こらっ、待て!!!」
ひとまず玄関の扉の前で廊下の様子を伺っていると、扉の向こうからは揉み合うような物音と真壁さんの大声が響いた後、二人分の足音が遠ざかっていく。
『ゲホッ、ゲホッ!!クソッ!ナイフを持った不審な男が逃走!郵便職員の服装、催涙スプレーを所持している!』
『A班、国道沿いに待機!B班はマンションの裏手にまわれ!!』
無線からは咳き込んだ真壁さんの声と共に、各所に待機していた捜査員たちのやり取りが響く。
(本当に偽物だったのね……真壁さんったら、スプレー食らったのか。大丈夫かしら)
私は玄関に座り込んでガリガリと左手を掻きながら、無線の声に耳を傾ける。犯人は未だに逃走中らしい。公安の精鋭達が、あれだけ念入りに捜査員の配置場所を思案したというのに、それを撒いて逃走しているとは。
(………一般人が、そんなにうまく逃走出来るものかな?)
私は眉間にシワを寄せて髪を掻き上げる。囮役とはいえ、仲間が犯人を追いかけているのに待機しているだけなのはもどかしくて落ち着かない。
----ガチャ、バタン!!!
「!!」
すると、突然物凄い勢いで目の前の玄関の扉が開く。私は思わずビクッと身体を強ばらせて顔を上げる。
「……何でそんな所に座ってるんだ?」
「え?ああ…無線のやり取りを聞いてて……」
息を乱しながら部屋に入ってきた降谷さんは、私の姿を見て少し目を見開いた後に不審そうに眉を寄せる。
「何だ。怖くて腰でも抜けたのかと思った」
そう言いながら手を差し出してくるため、戸惑いつつも降谷さんの手を掴んで立ち上がる。
「………バカにしないでくださいよ。一応、FBIの人間なんですが」
「……ふ、一応な」
降谷さんは、何故か私の差し出した手を掴みながら小さく笑う。
「と、いうか…何でここに?犯人追わないんですか?」
「バカ言うな。犯人が確保されるまで囮の人間の安全を確保するのは、捜査の基本だろ」
「…………過保護すぎません?こんなに手厚い囮役初めてですよ」
耳元から聞こえる無線からは、未だに犯人が逃走しているらしく右往左往している捜査員のやり取りが響く。
「…俺の同期が潜入捜査中に死んだんだ」
降谷さんは耳元のイヤホンに手を当てて、机に広げた地図を眺めながら一言そう返してくる。
「え?」
「それからは、潜入でも囮でも何でも自分でやるのが一番気が楽だと思うようになった。同僚や部下をフォローする立場にまわると、不測の事態を想定してどんなに念入りに準備をしても、どこかに抜けがあるんじゃないかと心配になる」
「…………。」
「情けないだろ?………おい、B班は路地裏の捜索にまわれ!!国道沿いに一本外れた道があるだろ!!」
降谷は地図から視線を外さずに独り言のようにそう話したあと、無線で捜査員達に指示を飛ばす。
--未だに現場には出るし、率先して潜入したり指揮とりながら自分も突入したり--
ふいに真壁さんの言葉が頭によぎる。私はしばらく降谷さんの横顔を見つめたあと、思考を切り替えて無線のやり取りに集中する。
「………まだ捕まりませんね」
「ああ」
「天下の公安が相手をしているというのに、おかしいですね」
「嫌味か?」
「違いますよ……こんなに入念に捜査員の配置場所を計画したのに、それをすり抜けるなんておかしいと思いませんか?」
私は降谷さんの隣から地図を覗き込む。
「普通に考えれば、情報漏洩を疑います」
「俺の部下がそんな事をすると思うか!?」
私の言葉に、降谷さんは心底不快そうに顔をしかめる。私は、そんな降谷さんの反応に思わず笑ってしまう。
「ハハ、公安のこととなると冷静じゃありませんね。今回の捜査では、確か公安の捜査員以外も………」
『確保しました!!!』
私の言葉を遮るように、無線から大きな声が響く。
『確保しましたが、連続殺人については否認しています。と、言うより…支離滅裂で何を言ってるのか……』
「焦らなくて良い。すぐに連行して取り調べろ、捜査員に怪我は?」
『問題ありません』
「分かった、俺もそっちに向かう」
「聞いた通りだ」
無線を切った降谷さんは、小さく息をついたあと私に視線を向ける。
「俺は取り調べに立ち会うが、もう遅いからお前は今日は休め」
「しかし、」
「本格的な取り調べは、どうせ明日からだ。寝不足なんだろ?今日くらいゆっくり寝ろ」
地図や無線機器を片付けながら淡々と告げられた言葉に、私は思わず言葉を失う。
「………その台詞、そのままお返ししますよ」
「俺は5~6日寝ないことくらい慣れている」
降谷さんはそう言うと足早に部屋を後にする。私はその背中を見送ったあと、小さく息をついてソファに座り込んだ。