染まり合う心情
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「苗字名前を処刑してください。私の夫をたぶらかした最低な女です。……何これ?」
作戦通り書き込みを開始した会議室で、書き込まれる内容を確認していた名前は不満そうに声をあげる。
「ちょっとー、誰ですか?この理由考えたの!」
「すまん、俺だ」
「真壁さん!ひどい!こんな理由じゃなくて、金銭トラブルとかにしてくださいよー」
「悪い…女の怨恨なんて、こんな事しか浮かばなくて」
「もー、仕方ないですね」
「…………。」
ヘルプの召集を受けて集まった他部署の捜査員が、サクラとしてサイトに書き込みを行う音がカチャカチャと響く会議室。降谷はサイトの書き込み状況を確認しながら、チラリと真壁と話す名前に目を向ける。腕を組んで左手の辺りを握りながら、不満そうに真壁に文句を言っている。
(全く大した奴だ…)
ああやって囮となる人間があっけらかんとしていれば、周りも下手に気を使わずにいられるだろう。一見すると分かりにくいが、よく見てみればいつもと比べると僅かにテンションが高いし口数も多い。アレは、きっと囮になる人間としてわざとやっているのだろう。
「え?この写真を使うんですか。嫌ですよ、もっと写りが良いのにしてください」
「お前なぁ、裏サイトに載せる写真だぞ?」
「そうですけど…一度ネットに流した写真や書き込みを完全に消すのって、ほぼ不可能なんですよ?どうせ出回るなら、可愛いのが良いじゃないですか」
「そんなもんか?」
「これなんてどうです?FBIの同僚の結婚式のやつなんですけど………」
名前が真壁に差し出した写真を、二人の間に割り込んだ腕がパッと取り上げる。
「何ですか?降谷さん」
取り上げた写真を眉を寄せてジッと見ている降谷に、不審そうな視線を向ける名前。
「この写真は却下だ」
「何でですか?」
「化粧が派手で実物と違いすぎる。こんな写真では、犯人が写真の顔を頼りにお前を探しても気付かないだろう」
「………最低。聞きました?真壁さん」
「い、いや…」
「いつまでも真壁の邪魔をしていないで、お前は自分の仕事をしてこい。明日からは囮として動くんだ。抱えている仕事を引き継ぐ相手に申し送りしてくるんだ」
「……わかりましたよ。失礼します」
名前は不満そうに顔をしかめつつも、素直に従って会議室から出ていく。
「………まったく、可愛い気がないな」
「え?」
「いや、何でもない。どうだ?サイトの方の状況は?」
「ああ、はい。ここにいる捜査員が書き込んだもの以外にも、次の犯行に期待する書き込みで盛り上がっていますね」
「……そうか、悪くない反応だな」
降谷は真剣な表情でパソコンの画面を見つめる。名前の名前と顔写真と共に、「男好きの女狐には制裁を!!」「神の裁きを!!」と熱狂的な信者による書き込みが次々と増えている。
--一度ネットに流した写真や書き込みを消すのって、ほぼ不可能なんですよ?--
「……ッチ、」
「!」
降谷の小さな舌打ちに真壁はビクリと肩を揺らすが、降谷はそれには気付かずに時計を見ながら指示を出す。
「書き込みは十分盛り上がっている。あと30分ほど続けたら、その後はサイトの動向を監視するのみでいいだろう。40分後に、苗字の自宅や行動範囲周辺の捜査員の配置場所と警備態勢を検討する。今日苗字がここを出た瞬間から、それ以降は犯人がいつ行動に移すか分からない。そのつもりで対応するぞ」
「分かりました……あ、苗字の奴その写真置いて行っちまいましたね」
降谷が手に持ったままの名前の写真が目に入り、真壁がそう声をかける。
「俺があとで渡しておきましょうか?」
「ん?ああ…」
降谷はチラリと手に持った写真に目を向ける。同僚の結婚式だと言っていたその写真には、丁寧にヘアメイクが施されてドレスを身に纏い、楽しそうに笑っている名前の姿が写っている。自分から差し出しただけあって、これを第三者が見れば、確かに"可愛い"と評されるであろう。
(あのバカ…こんな写真が世に出回ってみろ。氏名まで一緒に書き込んでいるんだ……今回の囮捜査の犯人以外にも、下劣な目的で使われるかもしれないだろうが)
そんな事を考えながら、ほんの数秒写真を見つめた後に「いや…俺が渡す」と、言いながら降谷は自分の内ポケットにしまう。
「どうせ今日から恋人役で行動を共にするからな。その時にでも渡しておこう」
「ああ、確かにそうですね。お願いします」
◇◇◇◇◇◇◇
「……これだけ捜査員を配備すれば、ひとまず大丈夫だろう」
「そうですね」
降谷と風見が地図を確認しながら、今後の警備態勢を確認している。名前はその横で腕を組みながら、ぼんやりとパソコンの画面に増え続ける書き込みを眺めている。
「よし、この地図通りに今日の帰りから警備開始。サイトの書き込みも24時間体制で確認を続ける」
「はい!!」
配布された資料を手に、公安の捜査員達が気合いの入った顔で大きく頷く。
「君達はもういいぞ、助かった」
その横では風見が、サイトへの書き込み要員として集まっていた他部署の捜査員達にそう声をかけ、捜査員が達が会議室を後にする。
「苗字」
集まっていた捜査員達が部屋から出ていくのを、軽く頭を下げながら見送っていると、ふいに後ろから声がかかる。
「降谷さん、何ですか?」
「今日は帰るぞ。送るから準備してこい」
「え?一緒に帰るんですか?」
「当たり前だろ。もう殺人依頼の書き込みから3時間はたっている。いつ犯人が動いてもおかしくない」
「……分かりました」
苗字はチラリと時計を確認しながら席をたつと、自分の荷物を取りにデスクに戻る。降谷はその後ろ姿をジッと見送っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「私を送っていただいて、そのあとは降谷さんはどうするんですか?」
初めて乗る車の雰囲気に居心地の悪さを感じながら、名前はチラリと運転席を見て声をかける。
「お前の部屋の隣が空いていたから、そこを押さえた」
「……え?誰か交代でつくんですか?」
「いや、夜は俺一人だ」
「降谷さん休めないじゃないですか。自宅の中くらい平気ですよ。私だって一般人じゃないんですから、自衛出来ます」
「バカ言うな。本気で殺りにきてる相手の動きは、普段取り押さえている容疑者のようなレベルじゃないんだぞ」
「そうですか……2~3日の間に犯人が動いてくれると良いですね。こんな生活、長く続くの嫌でしょ、お互い」
苗字は大きいため息をついて、左手の辺りを弄りながら呟く。
「降谷さんは朝から晩まで警護で休まらないし、私だって隣の部屋に息遣いまで聞き逃さなそうな男が住んでるんじゃ気味が悪いです」
「お前は本当に失礼だな」
名前の言葉に、降谷は眉間にシワを寄せて舌打ちする。
「だって、降谷さん集中したら些細な生活音まで聞き取りそうじゃないですかー。私、嫌ですよ。"昨日○回咳をしていたぞ"とか"夜間のトイレの回数が多いな、腎臓に問題があるんじゃないか?"とか言われるの……」
「ふざけるな。俺はそんなにデリカシーのない事は言わない」
「はっ、どの口が言うんですか?私のプライベートの写真を見て、実物と違いすぎると言い放っておいて!」
名前の言葉に、降谷は内ポケットに入っている写真の存在を思い出す。
「あれは…悪い意味じゃない」
(今は運転中だし、写真は後で返せば良いか)
降谷は頭の中でそんな事を考えながら、気まずそうにそう言葉を返す。
「じゃあ、どういう意味なんですか?」
「…………。」
「ほら、言えないような事なんでしょ」
名前は何も答えない降谷にジト目を向けた後、小さくため息をついて窓の外に目を向ける。
「そういえば、公安に派遣された時にここ数年の公安が携わった大きな事件の報告書を見たんですけど」
「ああ」
「この車、何度も半壊してませんでした?その度に同じものに買い換えるんですか?」
名前は自分の乗る白のRX-7の車内を見渡しながら、不思議そうに尋ねる。
「いや。さすがに一度廃車になった時は買い換えたが、それ以外は修理に出している」
「修理?報告書を見る限り相当な壊れっぷりでしたけど…」
「俺は気に入ったものは手放したくない性質なんだ」
「………確かに執念深そうですもんねぇ」
「お前はいちいち気に障る事を言わなければ、気がすまないのか?」
名前が染々と呟いた言葉に、降谷は不快そうに眉を寄せる。名前は、そんな降谷を見て小さく笑いながら再び窓の外に目を向ける。
(……公安に来て、もう2ヶ月くらいか。業務以外の話をこんなにしたのは初めてかも)
名前はそんな事を考えながら、ぼんやりと流れ行く街並みを見つめていた。