染まり合う心情
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「οργη θεου?」
「何ですか、それ?」
「ギリシャ語で神の怒り…旧約聖書からの引用だろう。ネット上では、より馴染みのあるWrath of Godと名乗っている」
「そいつが連続殺人を?」
降谷のデスクの周りでは、名前を含む数名の捜査員がパソコンの画面を見ながらも話し合っている。
「ああ、この裏サイトでWrath of Godと名乗る人物に向けて殺人依頼を書き込まれる度に、それが現実世界で実行されている」
「被害者は既に4人ですか…ネットの書き込みを見る限り、一部のユーザーからかなり信仰されていますね」
名前は画面をスクロールして呆れたようにため息をつく。事件が起きる度に、まるで神を崇めるような興奮した書き込みが増えていて内容もどんどん過激なものになっている。
「こういった殺人犯を持て囃す人間は、いつの時代でも一定数現れますからね」
「ああ、狂信的なファンがつき始めている。これ以上深刻化する前に、直ちに犯人を確保したい」
ふーっと、大きな息をついて降谷はそう呟く。それを聞いた苗字が「確かに重大な事件ですけど、これって公安の案件ですか?」と、コッソリ風見に尋ねる。
「この裏サイトが、以前テロを企てた大規模な宗教団体の交流サイトから派生して作られたらしい」
しかし話が聞こえていたらしい降谷は、事情を知らない名前に向かって意外にも丁寧に説明していく。
「おそらく宗教団体とは関わりはないだろうが…念のため、公安が動くことになった」
「なるほど、ありがとうございます」
自分への説明のために話し合いが中断されたため、名前は辺りを見渡しながら軽く頭を下げる。
「しかし、手掛かりがほとんどない。犯行現場付近の目撃者も少ない」
「困りましたね」
「あまり期待出来ないが、宗教団体の方にも当たってみるか」
「僕はこのサイトの過去のログまで遡って情報を集めます」
「犯行現場付近の監視カメラは、所轄が既に確認済みのようですが……」
「念のため洗い直せ。それから、被害者の交遊関係と恨みを持ちそうな人間をリストアップしろ。殺人依頼を書き込んだ人間も、ただではすまさない」
手掛かりが少ないらしく、ため息混じりにそんな事を話し合う降谷と公安の捜査員たち。それを黙って聞いていた名前は、顎に手を当ててパソコンの画面を睨み付ける。
「……何だ、苗字」
その姿を見た降谷は「何かあるのか?」と、名前に向かって声をかける。
「もっと手っ取り早い方法があると思いません?」
「何だと?言ってみろ」
肩を竦めるように告げられた名前の言葉に、ピクリと眉をよせる降谷。他の捜査員も自然に名前に視線を向ける。
「このサイトを利用するんですよ」
そんな中、名前は平然としながら画面をコンコンと叩いてそう答える。
「利用?」
「このサイトに書き込まれた人間が狙われるんですよね?要は囮捜査ですよ。こちらが書き込んだ人間を狙わせれば良い」
「しかし…それは危険では?我々の誰が殺されるかもしれませんよ」
名前の提案に、新人の捜査員が眉をよせる。
「書き込まれる一般人が狙われるよりマシでしょ」
しかし、名前はそんな意見を一蹴するとクルリと辺りを見渡す。
「確か公安の人たちは、顔や氏名を安易に晒せないんですよね?」
「あ、ああ…規則上はな」
「ならば、私が囮になりましょう。そもそも、言い出したのは私ですし」
「お、おい!!」
何だかんだと名前と仲良くしていた真壁は心配そうに声を上げるが、名前は真っ直ぐ降谷を見たまま言葉を続ける。
「私はそのうちアメリカに戻るから顔や名前が日本の裏サイトに多少流されたところで、そんなに影響ありませんし。女の私の方が犯人も狙いやすいだろうから、好都合ですよ。他に何か良い代替案あります?」
何てことないようにそう尋ねる名前の顔を、降谷は小さく息を飲みながら真っ直ぐ見つめ返した。
◇◇◇◇◇◇
「いいんですか?降谷さん!」
会議室に続々と運び込まれるパソコンと、人数稼ぎに呼び出された他部署の捜査員達。ここで、今から苗字名前の殺害を依頼する書き込みと、それをサイト内で盛り上げるための偽の書き込みを行うのだ。
「……この方法が、犯人に一番たどり着きやすいのは事実だ」
「し、しかし!犯人が捕まるまで、苗字はいつ狙われるかも分からない生活を送ることになりますよ」
「それくらい分かっている」
自分に詰め寄る真壁の言葉に降谷は小さく頷くと、腕を組んで目を細める。
「この作戦を実行する以上、最大限の護衛はつける」
「それでも限界が…」
「俺が一番近くにつく」
「え?」
室内で次々と立ち上げられるパソコン画面。そこに映し出される例の裏サイトを睨み付けながら、降谷は低い声で言葉を続ける。
「自ら囮を名乗り出た部下を、みすみす傷付けさせるような事はしない」
「……………。」
「俺が必ず守る」
降谷の言葉とその迫力に、真壁はそれ以上意見する事は出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「………恋人?」
「ああ。もちろん周囲にも常に捜査員を数名待機させるが、俺がお前の恋人としてそばで警護につく」
「えー…降谷さんですか?」
「何だ不満か?」
俺の提案に分かりやすく顔をしかめる苗字に、俺は思わず眉をよせる。自慢ではないが、この部署で俺がつく以上に安心出来るだけの力量がある人間はいないはずだ。
「あなたみたいな顔立ちの人がそばにいたら、目立つじゃないですか。襲う方も襲ってきませんよ」
「それは問題ない。タイミングを見て、お前が一人になる時間を一日に何度か作る。そこを狙わせれば良い。もちろん、俺は離れたフリをしてそばで待機している」
「………えー。それって、ほとんど一日降谷さんと一緒じゃないですか。息が詰まりそう」
「……とにかく決定事項だ!」
(こいつは…囮になって、殺人犯から狙われる自覚はあるのか!!)
あからさまにうんざりしたような顔をしている苗字の姿に、俺は苛だちを隠さずにそう言い放つ。そんな俺の言葉を聞いた苗字は、ため息をつきながらも手持ちぶさたなのか爪先でカリカリと手首を掻いていた。