染まり合う心情
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「犯人と対峙して取り逃がすとは!!よくそれで公安が務まるな!!」
「す、すみません…」
経験年数の浅い部下を鬼の形相で叱りつけているのは降谷零。私が捜査員交換研修とやらのために派遣された、日本の警察官…公安の人間だ。期間限定であるが、私の上司となった男だ。私の本来の上司である赤井さんに、なぜか一方的に難癖をつけてくる嫌な男だというイメージが強かったため、派遣された当初は最低限の会話しかしなかったし態度も悪かっただろう。しかし数週間彼の元で仕事をしてみると、仕事に関しては厳しいけれど、思っていた以上に優秀で部下思いの上司だと言うことが分かった。
「いいか?闇雲に技を仕掛けるんじゃなくて、相手の急所を確実に狙うんだ!下手な攻撃を仕掛けたら、返り討ちにあうぞ!死にたいのか!?」
「すみません!!」
「胸骨、肋骨、手の甲、顔面だと鼻と口の間にある人中のツボ。自分よりも力の強い人間なら、目や顎関節の根本、相手が男なら股間を狙え!!」
部下の取り逃がした犯人を、後方待機していた降谷さんはアッサリ一発KOで仕留めた。今は犯人を取り逃がした部下に、確実に犯人を仕留める攻撃方法を力説している。
(ああいうタイプは、FBIにはいなかったな…)
その姿をぼんやりと眺めながら、私はそんな事を考える。まさに、熱い…熱血警官。FBIはアメリカの国民性か、職場の同僚や上司ともフレンドリーだった。あんな風な指導を受けた経験は、新人の頃を思い返しても思い当たらなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
「……あー、これは本格的に追い詰められましたね」
「ッチ!わざわざ言われなくても、そんなこと分かっている」
そんな風に少しだけ(仮)上司の印象が良くなった頃、公安の捜査員数名と共にとある犯罪組織の制圧作戦に参加した。しかし今現在、私と降谷さんは犯罪組織の拠点になっていた雑居ビルの一室に身を潜めている。公安に派遣されてすぐに、人数合わせとして参加した作戦。対象組織の特徴や、今まで公安によってどんな捜査が行われてきたのかは詳しく知らない。しかし、今日の警察の突入を予期していたのか、ビルには当初の情報の倍近い構成員が隠れていた。組織の大元である首謀者を捕らえようと、ビルの最上階を目指していた私たちは、逆に構成員に追い詰められて行き場をなくしている。この部屋にいることが見つかるのも、時間の問題だろう。
「あのー、こんな状況でも発砲許可おりないんですか?」
「全く許可されていないわけじゃないが、誰彼構わず撃ってもいいわけじゃない」
「………めんどくさい」
「FBI(お前たち)の国と一緒にするな!!ここは日本だぞ!」
「はいはい、すみませんね」
少しだけ好感度が上がりかけたものの、当初からFBIを目の敵にする態度は気にくわない。私に対する愛想のなさは、公安に来た時から全く変わらない。赤井さんと何があったのかは知らないが、私情を持ち込むなんて全くもって大人げない人だと思う。
「……仕方ない。あの首謀者の狸親父の愛人がこのビルにいるはずだ」
「狸親父…」
「その女を捕らえてひとまず時間を稼ぐ。30分も粘れば、風見が別動隊を連れて突入出来るはずだ」
「そんな簡単にいきます?」
「問題ない。狸親父は愛人を溺愛しているし、あの愛人には事前調査の段階で既に接触済みだ。俺を見たら必ず出てくる」
「………凄い自信。接触って、まさかハニトラですか?」
私は思わず顔をひきつらせながら尋ねるが、降谷さんは平然と「そうだ。元々、金目的で愛人をやってるような女だ。簡単に落ちた」と答える。
「………I am speechless(信じられない)」
"愛人"をやっているという女性を心底見下したような物言いに、思わず独り言のようにそう呟くと降谷さんはギロッと私に目を向ける。
「何がだ?」
「潜入捜査も囮捜査も何でもやってきましたけど、ハニトラだけは嫌い。どうしても捜査のために必要だとしても、自分に好意を向けた相手にそんな言い方するなんて」
「ハッ、FBIも随分と甘いことを言うな。まさか、対象に同情しているのか?所詮は犯罪者の仲間だ」
「………愛人をやる女だろうと、真剣に誰かを好きになることはありますよ。他人の恋情を利用するやり方は好きじゃない。それをやる人も含めて」
「……10代の恋も知らない少女でもあるまい。君の上司の赤井だって組織に潜入中はやっていたはずだ」
私の言葉に、降谷さんには心底バカにしたような目を向けながら吐き捨てる。
「ええ、知ってますよ。上司としては尊敬してますが、恋人にはしたくありませんね。降谷さんも同様に」
「ふん、問題ないな。君の恋人になるつもりは微塵もない」
「珍しいですね、同意見です」
結局ピリピリとした雰囲気の中、降谷さんの作戦は実行された。私が下っ端の構成員を引き付けてる隙に愛人の女性に接触した降谷さん。私に向かって、軽く眉を上げて「見てみろ」と言わんばかりの顔をして愛人の女性を隣に侍らして戻ってきた。
愛人を盾にとられた組織の首謀者が動揺している隙に、予定通り風見さん達が突入してきて組織の制圧を終える。
「何よ!あなた警察だったの!?ねぇ、安室さん!!私をここから連れ出してくれるって言ったじゃない…まさか私まで捕まえるの!?」
警察に連行される女性は、降谷さんを"安室さん"と呼び必死に助けを求めるが、彼は女性をチラリと一瞥しただけで再び部下に指示を出し始める。女性の顔は悲しみやショックというよりは、騙されたことへの怒りや捕まる事への苛立ちに染まっている。あの様子では、自分のプライドを傷つけた事が許せないのであって純粋に降谷さんに惹かれたわけではないのだろう。
それでももはや用なしとばかりに全く女性を気にもかけない降谷さんの態度を見て、私は思わず小さく舌打ちしながら構成員の事情聴取に向かうためにその場を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇
「約束のAランチ、遅くなって悪かったな」
「いーえ。あれから忙しかったですもんね」
上がりかけた降谷さんの好感度が再び下がった事件から一週間後。私は真壁さんに約束のランチを奢ってもらっている。
「お前も、例の組織を制圧した後処理忙しかっただろ」
「あー、そうですね」
「でも良かった。あの組織は、降谷さんがずっと熱心に追っていた案件だからな」
「……そうなんですか?」
染々と呟く真壁さんの言葉に、私はピタリと箸を止めて顔をあげる。
「お前はFBIからこっちに来てすぐだったから知らないか。あの組織の取引していた違法薬物の影響で、高校生や大学生くらいの若い子達が随分食い物にされてな……」
苦々しくそう話す真壁さんは、顎に手を当てながら遠くを見るようにそう話す。
「正規の睡眠薬だ、ダイエット薬だと騙されて服用した学生の中には死んじまった奴もいたんだ」
「…そうですか」
「降谷さんは、ひどく憤慨していたよ。あの人…自分から組織の人間に接触するって言い出したんだ」
「え?」
「あの人は、ほら…今までの功績とかから昇進の話も来てるのにさ。未だに現場には出るし、率先して潜入したり指揮とりながら自分も突入したり。根っからの警察官って感じで……どうした?」
どこか嬉しそうに、尊敬したように話をしていた真壁さん。しかし話を聞いているうちに、少しずつ曇ってきた私の表情に気付いたのか不思議そうに首を傾げる。
「えっと、実はこの前……」
私は、一週間前の降谷さんとのやり取りを真壁さんにポツポツと話す。全てを聞き終えた真壁さんは「うーん」と難しい顔をして顔に手をあてる。
「ったく…降谷さん相手にそこまで言えるのは、お前くらいだよなぁ」
「まあ、所詮は余所者ですからね」
「………降谷さんな、境界線がハッキリしてる人なんだよ」
「境界線?」
真壁さんが言葉を選ぶように話始めた言葉に、私は首を傾げる。
「守りたいものがハッキリしてる。一番はこの国と国民」
「………一つ目から、壮大ですね」
「その次に、俺たち部下や同僚」
真壁さんはわざとらしく指折りしながら言葉を続ける。
「その後に警察組織の体裁やらしがらみやら諸々あって、最後に自分」
「……………。」
「だから、それを脅かす犯罪者には容赦しない。守るためにな……ま、冷たく見えるかもしれないが、本当は優しいんだ」
そう言うと、真壁さんは少し困ったような顔をして私を見る。
「俺も個人的には、ハニートラップは手法としては好きじゃない。いや、むしろ好きな奴はいないだろ」
「……………。」
「それを、やらなければならない理由があるのさ」
真壁さんは、パクりと漬け物をかじりながら小さく笑う。私は自分の浅はかな発言に自責の念を感じながらも、それを誤魔化すようにお茶を飲み干した。