安室透と契約結婚
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8.砕け散る想い
行く宛もなくふらふらと歩き続けた私は、結局たまたま通りかかった河川敷の土手に腰を降ろしている。辺りは薄暗くなり始めていて、大通りから少し外れたこの場所はあまり人も通らないため気が楽だ。自分の隣に置いた降谷さんのマグカップの包みが目に入る。こんな風にラッピングまでして、こんな物を渡したところで降谷さんの表情は和らぐだろうか。眉間の皺は多少薄れるかもしれないが、私に笑いかけてくれる事はないだろう。いつか、降谷さんの本当の笑顔が私に向く日は来るのだろうか?
ボロボロと涙がこぼれてくる。私は何に泣いているんだろう。振られた恋人が幸せそうにしていたからか、毎日の虚しい結婚生活を憂いでいるのか、降谷さんへの不毛な想いを押さえきれないことだろうか。
全ては契約結婚をしたことから始まった気がする。結婚なんて煩わしいと、契約結婚を持ちかけるような相手への想いがこの先も実る事はないだろう。ならば、もう離れるべきなのかもしれない。
「名前!!」
突然名前を呼ばれ振り返ると、息を乱した降谷さんがこちらに向かってきている。なぜ、ここにいるのか?なぜ、私なんかの所にあんな風に必死に向かってきているのか。
「ふる、やさん…何で?」
「様子のおかしいメッセージが来てから連絡がつかないからだ。場所は、悪い…結婚した時に君の携帯に念の為にGPSのアプリを入れさせてもらった。」
「……はは、GPSですか…降谷さんらしいですね。」
「何があった?」
降谷さんは私の前にしゃがみ込むと、私の顔をじっと見つめてくる。いくら薄暗くても私の顔はいかにも泣いていました、と言わんばかりの顔をしている。泣いていたのが降谷さんにも分かったのだろう。その表情は本当に私を心配しているようにみえる。あの降谷さんが?私が心配でこんな所まで?
駄目だ、都合良く解釈するな。
「降谷さん。今朝はすみませんでした。」
「これは?」
「マグカップです。割ってしまったので、似たような物を探してみました。」
降谷さんは意味がわからないといった表情で、マグカップを受けとる。
「これが理由で泣いていたのか?」
「違います、でも今朝降谷さん凄く怒った顔をしていたので。せめてものお詫びです。」
「それは、違う……」
「降谷さん、別れてください。」
降谷さんの反応を待たずに言うべきことをハッキリ告げる。もうそばにいられない、限界だ。
私の言葉に降谷さんは大きく息をのんで、「なぜ、」と呟く。
全て話してしまおう。これで最後だ。
「籍は抜かなくても良いんです。こんなにすぐ離婚したら降谷さんの上司の方がまたいろいろ言ってくるかもしれないですから…それでは結婚した意味がないですもんね。」
「名前?」
「本来の目的が達成するまで、いくらでも他の人達の前では夫婦のフリはします……だから、もう今はとりあえず別居してほしい。お願いします。」
そこまで一気に言い切ると、私は大きく息をつく。何が"別れてください"だ、身勝手極まりない。
養ってもらい、両親へ顔を立ててもらい、結局この結婚でメリットがあったのは私だけではないか。
降谷さんは私のような女との生活で、息がつまっていたのではないか。
涙が零れてくる、泣き顔は見られたくないと両手で顔を覆う。
しかし私の手を降谷さんの大きな手が包みこんで、そのまま降谷さんの膝の上に移動しぎゅっと握られる。
そういえば私達は結婚したというのに、腕を組んだことも手を繋いだこともなかった。
「そんなに俺との生活が嫌だったのか?」
私にそう尋ねる降谷さんの顔は、ひどく苦しそうに歪んでいた。