安室透と契約結婚
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4.この温もりさえ嘘なんだ
結婚を祝ってもらった時に見せた安室さんの笑顔は実に甘いものだった。私の肩を抱く逞しい腕、甘い台詞。いつも私に見せていた"降谷零"の態度とは大違いで、本当に素晴らしい演技だと嫌みの1つも言いたくなる。あの日の私は本気で彼の妻に選ばれ、愛されていると勘違いしそうになるくらいに優しく熱のこもった視線を向けられた。これは、安室さんの演技だと何度も頭の中で繰り返し自分に言い聞かせても、高鳴る鼓動と顔に集まる熱を止められなかった。
「ただいま。」
「お帰りなさい、降谷さん。お疲れでした。夕ごはんはどうしますか?」
「ああ、今日はもらうよ。先にシャワーを浴びてくる。」
「分かりました。準備しておきますね。」
「助かる。」
あの日以来、仕事が一段落したのか降谷さんの帰りが以前に比べて早くなった。もちろん泊まりがけで何日も帰らない日もあるけれど、以前に比べて会話も増えた気がする。
偽りの結婚生活も軌道に乗ってきたということだろうか。以前の私なら喜んでいたであろう小さな変化に私は焦っている。日常の必要なやりとりに時折混じるようになった、私への気遣いや労りに胸が高鳴る。単純な女である。このままでは、きっと私は降谷さんのことを好きになってしまう。
「降谷さん、仕事に出たいんですが良いですか?」
「……なぜ?」
夕飯を食べ終え珈琲を飲んでいた降谷さんに控え目に尋ねる。これ以上、こんな不毛な相手に惹かれたくない。パートでもバイトでも、外に出る機会が増えれば気が紛れるだろうか。物理的に距離をとり、金銭面でも一方的に寄りかかっている状況からも多少は自立出来る。そんな思惑があっての提案だったが、降谷さんは私の提案に思いの外顔をしかめた。
「短い時間のバイトやパートで良いんです。もちろん今まで通り家事や食事の支度は私がやります。」
「そんな事は気にしていないが、この生活に何か不満が出来たのか?欲しいものがあるなら、生活費増やすけど。」
「いえ、そういうわけでは…あ、生活費は充分すぎるほどいただいてます。」
「……特別な理由がないなら、今は許可出来ない。名目上、君は"安室透"の妻だが"降谷零"の妻でもあるんだ。あまり考えたくないが、何者かが俺の家族を狙うこともあるかもしれない。」
だから君はなるべく家にいてくれ。
降谷さんは私を真っ直ぐ見つめてそう告げる。
「……そうですか。」
分かっている。降谷さんの仕事の危険性も、私が余計なことをして降谷さんの弱味や足手まといになるわけにはいかないことも。私だって、降谷さんにこれ以上惹かれたくないから外に出て仕事でもしよう。という、単純な理由で思い付いただけなのだからここで引き下がるべきである。
君はなるべく家にいてくれ。
だけど、元恋人から聞いたのと同じ台詞に私は急に気分が悪くなる。
妻にはなるべく家にいてほしい、自分を支えてくれ。なんて言っておいて、あっさり私を捨てたあの男を思い出す。
「はは…降谷さんも嫁には働かないで家にいて出迎えてほしいタイプですか?」
「はあ?」
失敗した。元恋人を思い出して半ば八つ当たりのように、口から出てしまった嫌み混じりの言葉に降谷さんは思いきり顔をしかめた。当然である、たった今私が外に出る事を許可出来ない正当な理由を説明されたばかりなのだから。
「……俺を君の元恋人と一緒にしないでくれ。俺だって"本当の妻"が働きたいと言えば頭ごなしに否定するつもりはない。」
降谷さんは面倒臭そうに珈琲を飲み干すと私と目線を合わすことなく淡々と、しかし苛立ったような口調で告げる。
「"契約結婚"なんだから、俺の"本職"の立場もわきまえてくれ。」
そうだ、私は偽りの"妻"なのだ。
降谷さんが本当に"私"に家にいてほしくて、あの男と同じ台詞を言ったわけではない。それを馬鹿みたいにあの男と重ねて、往生際悪く余計なことを言うべきではなかった。
「そうですね。つまらない事を言ってすみません。」
最初から偽りの関係だというのに少し優しくされたくらいで降谷さんに惹かれ、必要のない駄々をこねる。
恋愛脳の情けない女だ。私はこんな女だっただろうか。胸がズキリと痛む。
私は、この人を好きになってはいけない。
この人が私に向ける優しさも、この人と一緒に過ごせる日々の時間も、全ては契約の上に成り立っているのだから。