安室透と契約結婚
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12.契約終了
「ハロちゃん、お散歩に行こうか」
足元でフリフリと尻尾を振るハロの頭を撫でながら、ふと壁にかけられたカレンダーに目を向ける。
「ハロちゃん。もう春になるねー、降谷さんは元気かな」
名前はカレンダーをパラリとめくって新しいページに付け替えながら、もう何度呟いたか分からない独り言を口にした。
「潜入先の組織を本格的に壊滅させる計画が遂行される事になった」
あれはまだ残暑が厳しい夏の終わりの夜だった。契約結婚してから初めて見るような、険しくて真剣な表情で降谷さんはそう切り出した。
「明日からは一切連絡が取れない。それが何日…何ヵ月続くか分からない」
「………はい」
「申し訳ないが…ここに帰ってくると、断言することは出来ない」
降谷さんはそう言うと、真っ直ぐ私に視線を向ける。青く綺麗なその瞳には、何かを決意したような揺るぎない強さを感じる。
「名前、君のいる部屋に帰りたい…俺の心配をしてほしいと言ったあの日から、俺は君と過ごせて毎日幸せだった」
私は強く握る手にジワリと嫌な汗が滲むのを感じながら、黙ったまま降谷さんの言葉を聞いている。
「………だが、契約は今日で終了してほしい」
「降谷さんが言った…全て終わった後の約束がまだ残っています」
「それは、なかった事にしてほしい。いつ帰るのか、生きて帰るのかも分からない男を待つのはやめてくれ」
戸惑う様子もなく、ハッキリとそう告げられて私は下唇を噛む。溢れ出そうな涙は、ここでこぼすべきではない。明日から私たちの住む日本のために命をかけて任務にむかう彼に、これ以上重荷を背負わせるべきではない。
「………分かりました」
「…………。」
「契約は終わりにしましょう」
私がハッキリとそう言うと、降谷さんの瞳は僅かに揺れる。狡い人だ。自分から言い出したくせに、まるで私が悪者のようだ。
「ですが…ハロちゃんの事が心配なので、降谷さんが帰るまで勝手にここで待たせてもらいますね」
「……え?」
「ハロちゃんの預け先、決まったんですか?」
「いや、それは…まだだ」
「別れた女が部屋に居座るのが嫌だと言うのなら、どこか部屋でも借りて出ていきます。降谷さんがハロちゃんを迎えに来る日まで、ハロちゃんは私が預かります」
「い、嫌なわけないだろ…」
「だったら、私はここで"ハロちゃんを迎えに来る降谷さん"を待ってますから。ハロちゃんの事は、どうか心配しないで。……明日から、頑張ってきてください」
震えそうになる言葉を何とか早口で言い切って、私は小さく頭を下げる。涙が滲む顔を見られたくない。
「………すまない、」
降谷さんは絞り出すように小さくそう答えると、私の返事を待たずに部屋から出ていった。
あの日から季節は2つ巡り、もう春になる。寒さが本格的になって年が変わってすぐの頃、世界各国で違法行為を行っていた大きな組織が壊滅したと大々的に報道された。その頃から馴染みの喫茶店に顔を出しても、小さな名探偵とは会えなくなった。
それからしばらくして、風見さんから「降谷さんは、大怪我をしていますが無事です」「組織の残党にまだ追われているので、後処理がすむまでは連絡出来ません」と、1度だけ連絡が入った。
桜がヒラヒラと舞い落ちる河川敷をハロちゃんと一緒に歩く。真新しいランドセルを背負って歩く小さな小学生達を微笑ましく見ていると、突然グンッと前に引っ張られて思わず手に持っていた紐を離してしまう。
「あ、ハロちゃん!」
勢いよく駆け出していったハロちゃんを慌てて追いかける。こんな事は初めてだ。50~60m一気に走り抜けたあと、「ワン、ワン!」と鳴きながら誰かの足元で飛びはねているハロちゃん。息を乱しながら何とかハロちゃんに追い付くと、その人が慣れた手つきでハロちゃんを抱き上げる。ヒラヒラと舞う桜の中で、サラサラと揺れる金色の髪。ハロちゃんが嬉しそうにすり寄っている、褐色の肌。
「ハロを迎えに来た」
「………そうですか、おかえりなさい」
優しく響くその声にじわじわと涙が滲むのを感じながら、私は何とか言葉を返す。見慣れたスーツ姿のその人は、ハロちゃんを優しく撫でたあと足元に降ろすと、青い瞳を真っ直ぐ私に向ける。
「あの約束…まだ、有効か?」
「取り消したいと言ったのは、降谷さんですよ。私は……私は、契約は終わりにしましょうとしか言っていません」
その言葉を聞くと、降谷さんは私の手を引いて自分の腕の中に引き寄せる。トクン、トクンと降谷さんの鼓動と、温かい体温を感じる。……生きている。
無事だと聞いていても、こうやって実際に肌で降谷さんの鼓動を感じると、堪えていた涙が一気に溢れ出す。
「最初から……君には、ずっと辛い思いをさせてすまない」
震える私の身体を抱き締めながら、降谷さんが私の耳元で囁くように呟く。
「降谷名前になってくれないか」
「……っ、」
「名前、俺は君が好きだ。最初から、一度も君に気持ちを伝える事は出来なかったけれど…俺はずっと、ずっと名前が好きだった。愛してる」
ボロボロと流れる涙と、声にならない嗚咽を誤魔化すように降谷さんの胸にすがり付く。そんな私の頬に、優しく降谷さんの手が触れてゆっくり顔を上に向けられる。
「君が待つ部屋に、また帰りたい」
私の目を見て告げられた言葉に、私は何度も頷いて見せる。
「……っ、私も…私もあの頃から変わらず、ずっと降谷さんが好きです」
私の言葉を聞いた降谷さんは、眉を下げて愛しいものを見るように優しく笑いながら、そっと屈んで優しく口付けを落とす。私は沸き上がる幸福感を堪えきれずに、降谷さんの首に両手をまわしながら自分から口付けを深くしていった。
*オマケ
「工藤君!戻ったのね!良かった…」
ある日、突然「会わせたい人がいる」と言われて、不思議に思いながらも降谷さんに連れられて公安のフロアまで出向いてみると、照れ臭そうに頬を掻く工藤新一が待っていた。私は思わずパッと駆け寄って、工藤君の両頬に触れてマジマジと顔を見つめる。
「良かった…あのニュースのあとから姿が見えないから心配してたの」
「悪かったな、安全が確認出来るまで外部に連絡出来なくてさ」
「ううん、無事で良かった!おめでとう」
本来の姿の友人と久々の再会を喜んでいると、ふと工藤君の隣に立つ風見さんが険しい顔で私の後ろを見ているのに気付く。
「………工藤君から話は聞いていたが、本当に正体を知っていたのか」
「降谷さん?」
不思議に思って振り返ると、そこには不機嫌そうに眉を寄せた降谷が腕を組んで自分達を見比べている。
「コナン君の時から、やけに仲が良いなと思っていたが……まさか、中身が高校生だとは思いもしなかったよ」
そう言いながら、降谷さんは私の腕を掴むと自分の隣に引き戻す。
「彼は小学生じゃないんだ。むやみやたらに触らないように」
「あ、そうですね。つい…」
コナン君に触れるように、馴れ馴れしく頬やら肩やら触ってしまったことを思い出して少し後悔する。
「工藤君も…なぜ数少ない君の秘密を知る者の中に"俺の妻"が含まれていたのかは知らないが……まさか、」
「ち、違いますよ!!本当に仲が良い友人なんですって!!あ、名前さん正式に結婚したんだよな?おめでとう!」
「あ、ふふ…そうなの。ありがとう!降谷名前になりました。ね、降谷さん?」
「ああ、そうだな」
工藤君に祝福されて、ゆるゆると緩む頬を押さえきれないまま降谷さんに向かって微笑むと、降谷さんも優しい微笑み返しながら頭を撫でてくれる。
「……ハハ、幸せそうで良かったよ」
「まったくですね」
先程までの不機嫌から一転して、部下や知人の前では見せたことのないような甘い表情を見せる降谷と、その隣で幸せそうに笑う名前。二人の姿を見ながら、新一と風見は思わず顔を見合わせたのだった。
fin.
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