安室透と契約結婚
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「降谷さん、お願いですから一旦仮眠してください」
「馬鹿言うな。今ここで1~2時間眠るくらいなら、その分さっさと仕事を終わらせて俺は家に帰る。もう5日帰ってない、ついでに言うと外回りやら何やらで、もう10日名前と会ってない。今すぐ会いたい、抱きたい」
「……ほら、4徹目で普段は出ない本音が漏れてます。それに仮眠を少し削ったところで、あと数日は帰れませんよ」
「くそっ!!」
風見の正論を受けて、降谷はトゴッと鈍い音をたててデスクに額を打ち付けるようにして突っ伏す。
(……これは、まずい)
降谷が不機嫌故に撒き散らしている怒りのオーラからくる恐怖と、激務による疲労からぐったりする部下たち。そして目の前で、ご乱心の上司。風見は、周章狼狽となった公安のフロアを見渡してある決意をした。
17.Healing
(※組織壊滅後、ゆるゆるの公安セキュリティはご愛敬でお願い致します)
風見はチラリと自分の後ろを確認しながら公安のフロアに続く扉を開き、上司のデスクへ向かっていく。
すれ違う部下達が、こちらを興味深そうな顔をして見ているが、その視線はひとまず無視をしておく。
つい数時間前は名案が浮かんだと思い即座に行動にうつしたが、果たして自分の行動は正解だっただろうか?僅かな緊張を胸に上司のデスクの前に立つと、相変わらず眉間に深いシワを寄せた悪人面の上司が自分を睨むように見上げる。某組織への潜入を終えて、もうしばらく経つというのに、こういう時にはバーボンが零れ出ている気がする。
「おい、風見…一時間前に頼んだ書類も持ってこないで、どこに行っていたんだ?」
「すみません、その書類は直ちに取りかかります。それより、降谷さん」
「それより!?俺の頼んだ仕事よりも、しょーもない内容だったら承知しないぞ!!」
「……お届け物です」
今にも物理的攻撃を繰り出しそうな上司に冷や汗をかきながら、口頭で説明するよりは、視覚的に訴えた方が早いだろうと考えて、俺は一歩身体を横にズラす。その動きによって、俺の身体にすっぽり隠れて降谷さんからは見えていなかった人物が、降谷さんの目の前に現れる。
「…………………は、」
般若のような顔をしていた降谷さんは、一瞬で表情を失うと目を真ん丸く見開いている。そして、長い沈黙の後にほんの僅かに声を漏らしたまま、口をあけて固まってしまう。
「お仕事お疲れさまです、降谷さん。…あ、ここでは私も降谷だから、零さんの方が良かったかな?」
上司の表情の変わりぶりに内心笑ってしまいそうになった俺の横で、降谷さんの奥様である名前さんは、相変わらずののんびりした口調でそう降谷さんに声をかけた。
◇◇◇◇◇◇◇
組織を壊滅させたあとも、日本を守る公安は相変わらず忙しいらしく、降谷さんとは10日ほどまともに顔を合わせていない。そんな状況の中、夫の部下である風見さんからの着信に、私は大慌てで電話をとる。
「も、もしもし?風見さん?」
『名前さん、お久しぶりです』
「え、風見さんから連絡なんて…まさか、降谷さんに何かあったんですか?」
『あ、違います。紛らわしくてすみません。実は、ちょっとお願いがありまして』
「……お願い?」
風見さんは、その言葉と共に今の公安の散々たる状況を私に切々と説明していく。私は、夫の勤務先が非常忙しい状況にある事は伝わってくるものの、風見さんが私にわざわざ連絡してきた理由が分からず曖昧に相槌をうちながら話を聞く。
『……つまり、仕事がたてこんでいるのはいつもの事なんですが、今のこの状況の7割は不機嫌な降谷さんのオーラが原因だと思うんです』
「……はあ、」
『なので、会いに来てあげてくれませんか?』
「………え?」
『名前さんに会えば、絶対にあの人は機嫌が良くなるので』
「いやいや…私にそこまでの影響力はありませんよ。無理矢理、仮眠させてあげたらいかがですか?」
風見さんも、寝不足と連勤で頭がまわっていないのではないか?と、心配になってしまう申し出に私は慌ててしまう。
『何を言っても寝ないんですよ。セキュリティ面の手続きもありますから、私がご自宅までお迎えに上がるので、お願いします』
「……そんなに簡単に公安の部署に顔を出していいんですか?」
『組織壊滅後に、正式に降谷さんの妻になっていますので問題ありません。あ、あと出来れば何か手作りのものを差し入れしてあげてください。最近、経口補助食品しか召し上がっていません』
「…そうですか。公安的に問題がないなら私は構いませんが…ちなみに、何分後にこちらに?」
ここまで風見さんに頼まれては断るわけにもいかない。私は、冷蔵庫の中のものを思い浮かべながら、何が作れるだろうかと思案する。
『一時間…いや、二時間後には伺います。では、お願いします』
「わ、わかりました」
私は風見さんとの会話を終えると、大慌てでキッチンに向かった。
◇◇◇◇◇◇
「……と、いうわけで来てしまったんですが、お邪魔じゃないですか?」
目の前の名前が心配そうに俺に尋ねる。10日ぶり、4徹目の俺には名前が輝いて見える。
「あの、降谷さん?………か、風見さん。やっぱり来ない方が良かったんじゃないですか?」
予想外の状況に言葉を失っている俺を見て、名前は気まずそうに風見に声をかける。
「い、いや!そんな事はない!こんなむさ苦しいところに、わざわざ来させてすまない!」
俺はハッと我に返ると、慌てて名前にそう言葉を返す。すると、名前は安心したように小さく息をついて微笑む。
「そんな事ありません。仕事中の降谷さんを見られて新鮮です」
「いや!!いつもは、あんなじゃないんだ!あー、くそ、」
先ほどまでの自分の態度を思い出して、俺は前髪を掻き上げる。よりによって、名前にあんなに余裕のない姿を見せてしまうなんて。
そんな、俺の心情を知ってか知らずか…名前は、相変わらず淡々とした様子で俺のデスクに何かを差し出す。
「あの、これお弁当です…あまり、食事をとっていないと聞いたので」
「べ、弁当…」
「あと、これは…他の皆さんに良かったら」
名前の手作り弁当に感激していると、名前はドンッと大きなバスケットを弁当の隣に置く。
「え、まさか我々にも!?」
今まで黙っていた風見が慌てて名前に声をかける。
「あ、やっぱり公安の皆さんには手作りのものは良くなかったですか?」
「いえ!降谷さんの奥さんなので、そこは問題ありませんが…こちらが、急にお呼び立てしたのに、わざわざすみません」
「いえ…大したものではないですが、良かったら」
恐縮している風見に言葉を返しながら、名前がくるりと部署にいる後輩たちに向かってそう声をかけると、一気に歓声が上がる。働き詰めで、ろくなものを食べていないのはみんな同じだ。風見が、バスケットを預かってフロアの中央に持っていくと、後輩たちは一気に群がっておにぎりや唐揚げを口にして「うまい、うまい」と感激している。
「余計な事をしてすみません」
そんな様子を呆然と見ていた俺に、名前が小声で声をかけてくる。
「いや、この勤務状況であんなに活気のある姿を見て驚いていたんだ……ありがとう、助かったよ。俺も食べていい?」
「はい。急だったので、簡単なものばかりですみません」
俺は、デスクに座り直して弁当の包みを開ける。簡単なものと言うが、俺の好物ばかり詰まった弁当を見て、思わず口元が弛む。それを隠すように、一口パクりと口にする。
結婚後、もう何度も口にした名前の手料理の味。慣れ親しんだその味を噛み締めながら、片手で目元を覆う。
「ふ、降谷さん?どうしました?味がおかしいですか?」
「いや、すまない。泣きそうだ…」
「ええ!?大丈夫ですか?降谷さんが、そんなに追い詰められるなんて…ちゃんと仮眠をとらなきゃ駄目ですよ」
どこか検討違いな心配をしてくる名前に、思わず笑みが零れる。俺がどれだけ名前に会えたことや、名前の料理を食べられて嬉しかったのか。普段から控え目で自己肯定感の低い名前には、きっと半分も伝わっていないのだろう。
そんな名前の手をギュッと握り、笑顔で名前を見上げる。
「本当にありがとう…これでまた、何日でも徹夜出来そうだ」
「え、駄目です。ちゃんと寝てください…風見さんも困ってましたよ」
「……また来てくれるか?」
「降谷さんと、公安の皆さんが構わないなら…これくらい、いつでも。……実は、私も久しぶりに降谷さんに会えて嬉しいです」
「……あー、駄目だ。やっぱり、今すぐ名前と帰りたい」
幸せそうに顔を緩めて名前の手を握る降谷の姿を見て、風見は小さく微笑みながらホッと息をついた。
fin.