安室透と契約結婚
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「ハロ、ただいま。名前に迷惑かけなかったか?」
私に軽いキスを落とした降谷さんは、ハロちゃんを抱き上げてとても良い笑顔を見せている。ハロちゃんにじゃれつかれて、心なしか機嫌も良さそうだ。
私の元は軽いスキンシップだけで通りすぎたのに、ハロちゃんとは随分じっくりスキンシップを……。
そこまで考えて、私は降谷さんにバレないように小さくため息をつく。付き合いたてのカップルでもないのに、女性でもなく犬に嫉妬するなんて。自分が情けない。そもそも、"行ってきます"と"ただいま"の時には必ずさっきのようにキスをしてくれる降谷さんは、世間一般で言えば十分スキンシップをとってくれているタイプだろう。
それでも、明日は久しぶりのお休みと聞いて、少し沈んでいた私の気持ちも晴れる。働き詰めで疲れているだろうから遠出したりはしないだろうけど、それでも1日降谷さんといられるのは本当に久しぶりだ。
「今日はビーフシチューか、嬉しいな。」
「前に作った時、降谷さんが美味しいって言ってたので」
「ありがとう、それに今日はやけに豪華だね」
「降谷さんと一緒の夕ごはん久しぶりなので、ついはりきっちゃって。多すぎたら無理しないでください」
「そうか……嬉しいな、名前の料理は美味しいから食が進むよ」
「また何か食べたいものがあれば教えてくださいね」
「いや、君の料理なら何でも美味しいよ」
「…そうですか」
一通りハロちゃんと遊んだ降谷さんと、向かい合って夕食をとる。
疲れているだろうから、と日頃から食事は手を抜かないように支度しているけれど、今の"一緒の夕ごはんは久しぶり"は、嫌味みたいだったかな?降谷さん、一瞬口ごもった気がする。何を作っても「美味しいよ」と、食べてくれる素敵な旦那さんだけど、数週間ぶりの食事くらいリクエストしてくれた方が、本当に降谷さんが食べたいものが作れるのに。
……駄目だ、最近ちょっとした事にも過剰に良くない方向に考えてしまう。
「明日は、どこか行きたいところある?」
「いえ…降谷さん、久しぶりのお休みだからゆっくりしてください」
「はは、2週間くらいならそこまで疲れていないよ。一緒に買い物に行かないか?」
「え、降谷さんと出かけるの久しぶりですね。嬉しい!」
てっきり明日はゆっくり家で過ごすだろうと思っていた私は、思いがけないお誘いに口元が緩むのを感じる。二人でお出かけなんて久しぶりだ。
「どこに行くんですか?」
「ハロの服とおもちゃを買ってやろうと思うんだ」
「…ハロちゃんの?」
「ああ、犬を飼っている後輩がよく行く店をオススメされてね」
「そうなんですか。……ハロちゃんも一緒に?」
「ああ、ペット同伴出来るところらしいから。…もしかして、名前はどこか行きたい場所があった?」
「いいえ、ハロちゃん…降谷さんとのお出かけなんて喜びそう。お洋服もきっと可愛いですね、楽しみです」
「そうだな、僕も楽しみだ」
笑顔でそう返す降谷さんに、私は曖昧に微笑むことしか出来ず、それを誤魔化すようにスッカリ冷めているスープを口に運んだ。
◇◇◇◇◇◇
「今日は何してたの?ああ、ハロの散歩?どこに行ったんだい?」
「ハロの餌、そろそろなくなりそうだね。重たいだろうから、僕も一緒に買いに行くよ」
「ハロの次の予防接種だけど…」
ハロちゃんをお家に迎えた頃から、降谷さんのお仕事も落ち着いたらしく、最近泊まりがけの仕事に出ることもなく、帰宅時間も夕ごはんの前後と、以前に比べるとだいぶ早い。
必然的に彼との会話も増えているわけだけど、ハロ、ハロ、ハロ、ハロ!!最近の私たちの会話の7割はハロちゃん絡みとなっている気がする。
私だって、ハロちゃんの事は凄く可愛い。可愛いハロちゃんの話題を降谷さんと共有して盛り上がるのも楽しい。だけど本音を言えば、普段忙しくてゆっくり話も出来ない降谷さんとせっかく話す時間があるなら、たまにはハロちゃん以外の話もしたい。
「今日は、散歩しながらハロちゃんの好きなおやつを買いに行ったんです」
「へー、どこにあるの?」
「駅前のペットショップです。ハロちゃんったら、店につく前からおやつを買いに行くのが分かってるみたいで。ふふ…すごくご機嫌でしたよ」
「はは、ハロは賢いんだね」
だけど、降谷さんがいない間のハロちゃんのエピソードを話すと、降谷さんは凄い優しい笑顔で言葉を返してくれるのだ。私は、きっと今のハロちゃん以上に降谷さんを引き付ける話題も提供出来ないし、何よりハロちゃんという存在は間違いなく降谷さんの癒しになっている。だから、私は今日も笑顔でハロちゃんの情報を提供するのだ。
◇◇◇◇◇◇
降谷さんにはこの部屋にいる間くらいは、煩わしい仕事の事を忘れてリラックスしてほしい。そのためには、家事や食事の支度は怠らない。それは、契約結婚した当初から思い、心がけてきたことだった。
だから私では役不足な癒しをハロちゃんが与えてくれるなら、それはとてと良いことである。
しかし、それでも。私の気持ちは契約結婚の当初より大きく変化している。そう、彼の事が好きになったからだ。だから、いくら癒し製造マシーンのハロちゃんと言えど、来る日も来る日も…ハロ!ハロ!ハロ!!
たまに一緒にお出かけかと思えば、ハロちゃんと散歩やハロちゃん関連の買い物。会話もハロちゃん関連。挙げ句の果てには、ハロちゃんに向ける降谷さんの未だかつてない優しい眼差し!そんな生活が数ヶ月続けば、それなりに私も傷つく。ここしばらく、ハロちゃんなしで、ハロちゃんの会話もしなかった二人だけの時間はあっただろうか?
…ああ、夜の時はさすがにハロちゃんは別室待機だ。でも、思い返して思い付いたのがその時だけって、余計に凹む。
「お休み?2日もですか?」
「ああ、さすがに呼び出しはあるかもしれないが」
「わー、連休なんて本当に久しぶり?と、いうか結婚して以来初めてじゃないですか?」
「はは、そうかもしれないな。せっかくの連休なんだ。ハロと一緒に」
…来た、うん。分かってる。最近、枕詞のように付け加えられる、その台詞。だけど、何だかもう繰り返されたそれに、笑顔を返すのも限界だった。私は、降谷さんの言葉を遮るように口を開く。
「あの、」
「ん?どうした?」
「私、その日…実家に帰ろうかと」
「…は、わざわざ僕の休みに?ご両親に何かあったの?」
「あ、いえ!両親はとても元気です。もちろん私1人で帰るので、降谷さんは…」
「…僕は?」
「ふ、降谷さんは、思う存分…ハロちゃんと…」
優しすぎるくらい私に気を使う降谷さんだ。ここまでハロ、ハロとハロちゃんに執着するくらい癒しを求めているなら、いっそのこと…たまには私抜きで、好きなだけハロちゃんと過ごした方が、効果があるのではないか。そう思って、二人でゆっくり過ごしてください。そう言おうと思ったのに、それを口に出そうとした途端、急に悲しくて惨めな気持ちが溢れてくる。
「降谷さんは…ハロちゃんと、ゆっくり過ごしてください」
震えそうになる言葉を押さえつけるようにした結果、思いの外抑揚のない冷たい口調で紡がれたその言葉。
それと共に、結局堪えきれずに一筋の涙がこぼれ落ちる。
降谷さんの前で泣くのは、契約結婚の契約変更をする事になったあの日以来だ。
滅多に泣くことのない自分が、2回目の涙を降谷さんに見せる理由が、まさか犬に嫉妬なんて事になるなんて思ってもいなかった。
→続きます