安室透と契約結婚
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安室透として出会った男は、俗に言うイケメンだった。人当たりの良い笑顔で接客し物腰柔らかな口調で相手の懐にいつの間にか入り込む。
そんな男が実は私の友人だった工藤新一を今の江戸川コナンの姿に変えてしまった黒の組織に潜入している公安の一員だと知ったときは、馬鹿なのかと思った。トリプルフェイスなんて言えば聞こえは良いが、とんだブラック企業である。
"いつ休んでいるのか、ちゃんと眠っているのか。"
平凡に生きて暮らして、少し夜更かしした程度で寝不足に苦しむような私は、ついついそんな事を気にしてしまうが、国を守るという大義のために己を犠牲にしている彼にとっては当たり前の日常なのかもしれない。
とにかく、彼の秘密を知ったところで私たちの関係は変わらない。
心の中では身体を壊さないのか?と心配することはあっても、それを彼に問う事もないし、どこかの小説のヒロインのように彼の生活を甲斐甲斐しく支えて恋が芽生える…なんてこともなく。
私と彼は、ただの喫茶店のアルバイト店員と常連客である。
--------そう、それだけのはずだった。
1.本気じゃないと知っていた
「僕と結婚してくれませんか?」
「はあ?」
5歳年下ではあるが、かねてからの友人であり今は江戸川コナンの姿になっている工藤新一を通して安室透に呼び出されたと思えば、目の前の男はその台詞に似合わず無表情でそう言った。
「何ですか、ドッキリですか?」
「はは、僕がそんな事をすると思いますか?」
「え、じゃあ安室さんって実は私のこと好きだったとか…」
「それもあり得ませんね。」
おかしい。いつもの"安室透"の笑顔なのにやけに冷たい態度だ。既に"降谷零"を知ってる私には外面を取り繕う必要がないと思っているのか。それにしても,なぜ突然冒頭の台詞が出てきたのか。
「名前さん、最近ポアロに来ないと思ったら無職になったんですよね?」
「え、何故それを…。」
「コナン君からいろいろ聞きましたよ。いろいろと残念でしたね。」
そう言いながらも、安室の表情からは全く私の事を同情も心配もしていないのが分かる。何なんだ、私だってそれなりに傷ついているのに。
下唇を噛んで小さくため息をつく。
私には大学生の頃から2年半つきあった恋人がいた。燃えるような大恋愛をしたわけではないけれど、それだけの年月を過ごせるくらいには彼の事が好きだった。
それなりの年数を付き合い、それなりのタイミングで結婚の話が出た。私は、彼の希望もあり半年以上先の結婚に向けて早めに仕事を辞めた。しかし両家への挨拶を1ヶ月後に控えた矢先に、突然彼から別れを告げられたのだ。
理由は職場の上司から私なんかよりもっと良い条件の縁談を進められたから。要は出世のために乗り換えられたのだ。そして、彼にとっての私はその程度の存在だった。
こうして私が結果的になんの意味もなく無職になってしまったのは、1ヶ月前の事である。
「実は僕、ここ1年くらい"本職"の方の上司から口五月蝿く身を固めろと言われていてうんざりしてるんです。」
「はあ。」
「それなりに断ってはいたんですが、最近は向こうも痺れを切らしたのか見合いだの何だのとうるさくて。」
「……潜入捜査中なのに随分な上司ですね。」
「ああ、それも理由の1つみたいですよ。帰る家が出来れば、僕も身を削るような無茶をしなくなると思っているようで。」
「ああ、そうですか。」
確かに目の前の男は、因縁の相手であるFBIの何とかという捜査官が絡むと人が変わったようにまわりが見えなくなるらしい。しかし結局のところ何故私がこんな話を聞かされているのかが、さっぱり分からない。
「僕の"安室透"以外の顔を知っている相手じゃないと、とても結婚なんて出来ませんよね?家に帰ってまで、違う人間を演じたくないですし。名前さんはちょうど恋人と別れて、僕の事情も知ってるから都合が良いんです。」
「はあ、そうですか。」
「無職になって、親への結婚の挨拶を控えていて名前さんも大変でしょう?その点僕はそこそこの収入があるから生活の保証は出来るし、公務員ですから親御さんへの印象も悪くないと思いますよ。」
「え、本気で言ってるんですか?」
「ええ、結婚する以外にはあの口五月蝿い上司は納得しそうにありませんから。」
「つまり…契約結婚をしろと?」
「まあ、そうですね。とりあえず籍を入れて身近な人達には結婚したことを伝えてください。僕の上司や同僚、名前さんのご両親への体裁上、一緒に暮らすことにはなりますが、性的接触やSexを強要したりもしませんよ。あくまで同居人程度に考えてください。」
今、私はきっととんでもなく間抜けな顔をしているだろう。この人にとっては、結婚なんてただの紙面上の契約に過ぎないのだろうか。愛も情もなく、ただ煩わしい上司から逃れるための手段としてただ身近にいた都合の良い私を選んだ。
失礼な話である。普段だったら平手打ちでもかまして立ち去りたいところであるが、今の私は確かに無職で恥ずかしい話が大して貯金もない。
結婚を喜んでいた両親へ破談になった事を伝える度胸もなく、ズルズルと毎日貯金を切り崩してここまで来てしまった。
私の表情から自分が提示した条件に心が傾いているのを悟ったのか、目の前の男は突然眩しいくらいの笑顔を私に向けながら口を開く。
「どうです?安室名前になってくれませんか?」
ああ、憎たらしいほどイケメンだ。
この台詞が私への愛から生まれ、本当に私との結婚を望んでくれていたら、どれほど幸せを感じる瞬間だっただろうか。
心の中にじわりと大きな傷が出来てズキズキする。それでも私は安室透の憎たらしいほど完璧で、それでいて嘘くさい笑顔につられるように、小さく頷いてしまった。
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