安室透と契約結婚
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4、Collaborator
「風見裕也といいます」
「名前です。よろしくお願いします」
「はい、降谷さんからお話は伺っています」
私の目の前に座る生真面目そうな男性は、ピシッと音が鳴りそうなくらい背筋を伸ばして座っている。降谷さんの公安の部下で、降谷さんが何か頼む時は一番に風見さんに頼むようだ。それだけ信頼しているのだろう。
「名前、風見相手にそんなに畏まらなくていい」
「え、でも降谷さん」
「あー、本当はこの部屋には名前以外の人間は入れたくなかったのに」
「そんな…降谷さんが、外で公安の人間と会うのは危険だって言うから、わざわざ来てくださったのに」
テーブルを挟んで向き合って挨拶を交わしていた私と風見さんから少し離れたところで、降谷さんが小さく舌打ちをしながら荷造りをしている。例え部下とはいえ、いつもこんな扱いをしているのだろうか?
「降谷さん、荷造りは終わりそうですか?そろそろ時間ですが、」
「お前に言われなくても分かっている」
「……その、名前さんとお揃いのキーケースは置いていってくださいね。バーボンが、そんなペア物を持っていたら怪しまれますよ」
「…ッチ」
「あ、すみません…私そこまで気が回らなくて。降谷さんにそういうものはお渡ししない方が良かったですね」
風見さんと降谷さんの会話を聞いて思わず肩が揺れる。以前、つい浮かれて自分とお揃いの物をプレゼントしてしまった。降谷さんの事だから、言動や身だしなみも、それぞれの場面に応じて細心の注意をはらっていそうだけれど、やはりいろんな顔を持つ降谷さんに明らかにペア物と分かる物を持たせてしまうのは、よくなかったのかもしれない。
私は謝りながらも、危険な組織に潜入している降谷さん達公安の方々に比べで呑気な自分の言動に、気まずくなって少し目線を下げる。
降谷さんはそんな私を見て、般若のような顔で風見さんを睨み付けて、私には聞こえない声で「後で覚えていろ」と低い声で告げる。風見さんは真っ青な顔で震え上がる。
「名前、気にしなくていい」
風見さんに向けていた般若のような顔から一転して、私に向かって爽やかな笑みを浮かべながら、降谷さんが声をかける。風見さんは、その降谷さんの一瞬の変わりように目を見開いているが、私は降谷さんに声をかけられ、ようやく顔を上げたため、それまでの2人のやり取りには気が付かなかった。
「でも、風見さんの言うように…私の気が回らなくて降谷さんが危険な目に合ったら…」
「大丈夫、風見が早とちりして余計な事を言っただけだ。俺は降谷零の私物を組織の方に持っていくようなミスはしない」
降谷さんは私の肩に手を置いて優しくそう言いながら、私の肩越しにもう一度風見さんをジロリと睨む。
「それに、これは名前があのマグカップ以来、初めて俺にくれた大切な物だ。俺は凄く嬉しかったよ」
「……降谷さん、ありがとうございます」
「留守にする間は部屋に置いていくが、戻ったら必ずまた使うから」
「……はい」
その言葉に二重の意味で私は安堵する。1つは、降谷さんにプレゼントを喜んでもらえていたこと。
もう1つは今日風見さんが、わざわざ部屋まで来てくれた事にも関係がある。降谷さんは組織の任務で今日から長期間家を留守にするのだ。何があるか分からない事は承知しているが、降谷さんの口から"帰って来た後"の話をしてもらえて、少し緊張が解ける。
そんな考えが顔に出てしまったのか、降谷さんは少し眉を下げながら私の頭を優しく撫でる。
「心配するな、と言うのはムリかもしれない。今回は短くて1ヶ月…長くて3ヶ月は帰れない。その間、ほとんど連絡もとれないと思ってくれ」
「はい」
「そのために、名前に風見を会わせたんだ。何か困ったことや、心配なこと、どうしても俺に何か連絡をとらなければいけない状況になったら、遠慮なく風見に言ってくれ」
「分かりました、風見さんもわざわざすみません」
私は降谷さんの目を真っ直ぐ見つめて、1つ1つの説明を聞き逃さないようにしながら頷く。そして、風見さんに目線をうつすと、ペコリと頭を下げる。
「風見には俺がいない間、定期的に名前に連絡をとって名前の状況を確認するように言ってあるから」
「え、そんな忙しいのに悪いですよ。何か困れば私から連絡させてもらいますから」
私が降谷さんと風見さんの顔を見ながらそう言うと、2人は困ったように顔を見合わせる。そして降谷さんは小さくため息をつくと、先程まで荷造りをしていた鞄を風見さんに手渡す。
「風見、荷物を下に降ろしておいてくれ。もう出る」
「分かりました」
降谷さんから荷物を受け取った風見さんは、私達に小さく頭を下げた後に部屋を出ていく。頭を下げ返しながら、その背中を見つめていると、降谷さんが風見さんが完全に部屋から立ち去った後に口を開く。
「名前」
「はい」
「さっきは、お前が心配だからとあれこれ言ったが、本当は違うんだ」
「え?」
「俺が名前と何ヵ月も連絡を取れずに離れるのが不安でたまらないんだ。組織に潜入中でも、頭の中ではお前が1人で大丈夫か、何か危ない目に合っていないか考えてしまう」
「…降谷さん」
「それでも風見が見ていてくれると思えば、幾分かはマシになる。」
降谷さんはそこまで言うと、私の手を両手で包み込むように握りしめて私を真っ直ぐに見つめる。
「だから、俺の言うとおりにしてくれ。俺のためにも」
「……ふふ。」
「何だ、」
「だって降谷さんってば、降谷さんの方が今から危険な場所に行くはずなのに、まるで私の方がどこか戦場にでも行くみたいな勢いだから」
「俺のことはいいんだ、俺なんか大抵の事はどうにでもなる」
私はその言葉に小さく息をついて降谷さんの手を握り返す。
「駄目です」
「え?」
「降谷さんの言うように、風見さんの連絡もきちんと受けます。何なら、降谷さんの留守中は毎日風見さんに無事ですって連絡してもいいし、そんなに心配ならこの部屋から一度も出なくても構いません」
「や、そこまでは」
「だから降谷さんは、私なんか気にせず任務に集中して必ず無事に帰ってきてください。"どうにでもなる"じゃ、私が困ります」
「……わかった」
「約束ですよ」
私はそう言いながら降谷さんの胸に顔を埋めると、降谷さんもぎゅっと抱き締めてくれる。
「だけど、わざわざ名前から毎日風見に連絡をする必要はない」
「え?」
「俺が何ヵ月も連絡もとれないのに、あいつが毎日君からの連絡をもらえるなんて妬けるじゃないか」
そう、拗ねたように言う降谷さんの表情は子供のようで思わず私も笑ってしまう。妻に対する過保護な心配に巻き込まれたり、そうかと思えば検討違いな焼きもちを妬かれたり。風見さんも大変だな、と内心同情してしまう。
あの生真面目そうな彼ならきっと、降谷さんからのどんな理不尽な、公安の任務とは無関係な命令にも実直に答えるのだろうから。
fin.