安室透と契約結婚
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3、Trick or treat/ How do I look?
「今日みたいな事を言うなら、私もうポアロには行きません」
「はは、悪かった。君が可愛くてついね」
マンションに帰ってから改めて苦言を呈したが、降谷さんはさして気にもとめないように笑っていた。
そして今、降谷さんは一通り夕食やシャワーをすませ、ソファーに腰を降ろしているのだが、物思いに耽っているのか先ほどから黙り混んでいる。
どうしたのだろう?また、仕事で何かあったのだろうか。キッチンの片付けをしながら、降谷さんの様子を盗み見ていると、ふいに降谷さんの視線がこちらに向く。
「名前、おいで」
誘われるがままに降谷さんの元へ向かう。向かい合って視線を合わせると、なぜかくるりと後ろを向かされ、そのまま手を引かれ降谷さんの足の間に座らされる。そしてゆるりと私のお腹に手がまわってきたかと思うと、私の肩に降谷さんが顔を埋めてくる。ぎゅっと後ろから抱きしめられ、背中に降谷さんの穏やかな鼓動を感じる。
「知ってるか?日本では、コスプレだなんだとお祭り騒ぎのハロウィンだけど、本来はイギリスが発祥でカトリックの聖人の日である万聖節の前の晩に行われる、"All-hallow-even"を短縮して、"Halloween"と呼ばれているんだ。」
「そうなんですか」
「ああ。そして、今日は家族の元へ帰ってくる死んだ人間の魂を迎え入れる日でもある」
「日本のお盆みたいですね」
「そうだな」
そこまで言うと、降谷さんは言葉を切って私の肩に顔を埋めたまま小さく息をつく。降谷さんのサラサラとした髪が、首筋に触れてくすぐったい。
「今日、名前が子供たちと会話しているのが微笑ましかったよ」
「歩美ちゃん達ですか?」
「ああ、なつかれてるんだな」
「そう見えました?あの子たちが、人懐っこいんですよ、私はそこまで子供の相手は得意じゃないです」
「はは、子供にも名前が優しいのがわかるんだろ」
「……そうですかね、」
なぜハロウィンの話からこの話題に繋がるのか。よく分からないが、耳ももから聞こえる降谷さんの声色は話題のわりにどこか寂しげに聞こえるため、私は何も聞き返さないでおく。
「本当に微笑ましかったよ」
降谷さんはどこか噛み締めるようにポツリと呟くと、私を抱きしめている力が一層強まる。
「全てが終わって名前とずっとこの先も一緒にいられたら、幸せな家族になれるだろうな、なんてこの俺が考えるくらいにね」
「……降谷さん?」
「俺を置いていったあいつらも、みんないい奴らだった。当然のように恋人や家族ができて、俺以上に幸せになれるやつらばかりだ」
その言葉は私に聞かせているようでどこか独り言のようだ。私は降谷さんの立場は知っているけれど、今までどんな仕事をしたのか、どんな経験をしてきたのか何も知らない。
でもきっと、ここまで来るまでに同僚なのか、友人なのかは分からないけれど、大切な人を亡くした経験があるのだろう。
「……こんな風に、当たり前のように"未来のこと"を考えて、自分ばかり幸せになっていく俺を見てあいつらはどう思うかな」
「………。」
「まだ、何も成し遂げていないのに甘い奴だと怒られるかもしれない。全てが終わった後に、自分たちの事を忘れて平凡な未来を生きる俺を恨むかもしれない」
きっとこの先ずっと降谷さんといる事が出来ても、潜入捜査が終わっていろいろな事が解決したとしても、所詮一般人として平凡に生きる私は、降谷さんの抱える苦しみを理解することも重荷を背負ってあげることも出来ないのだろう。
私は自分を抱きしめる降谷さんの手に自分の手を添えて、数回撫でるように触れてからそっと握る。
「降谷さんもそう思いますか?」
「え、」
「もし今とは反対で、降谷さんが先に逝ってしまって、降谷さんの言うどなたかが生きて、組織を潰すために仕事を続けていたら。全てが終わったあとも、犠牲を忘れずに幸せになるべきではないと思いますか?」
くるりと首だけ振り返り、降谷さんを見つめる。事情も何も知らない私が、差し出がましくて、偉そうな事を言っているのは分かっている。
「いや、そんな事は決して思わない。」
「……降谷さんが"いい奴"という方々なら、きっとその方々も同じだと思います。そして私も」
降谷さんの手を握っていた手を離して、降谷さんの頬に触れる。戸惑うように揺れる瞳を真っ直ぐに見つめる。
「降谷さんの仕事の事情は分からないけれど、降谷さんが自分を犠牲にして、自分の生活を犠牲にして、この国のために一生懸命な事はほんの数ヶ月の付き合いの私でも痛いくらい分かります。私はいつも全てが……降谷さんが無事に全ての事が終わるように、祈っています」
「名前…」
「いつか全てが終わったあとに、降谷さんの望む幸せに例え私が含まれていないものになったとしても……どんな形だとしても、私は降谷さんは誰よりも幸せになってほしいと思って」
そこまで言うと、私の言葉を遮るように降谷さんに身体の向きを変えられて、力強く抱きしめられる。隙間なく苦しいくらい抱きしめられるが、私もそれに答えるように降谷さんの背中に手をまわす。
「俺の望む幸せに、名前がいないことは決してない」
「…そうですか」
「すまない、つい弱気になった」
「いえ、ここは"降谷零"さんの部屋です。ここでは…せめてこの部屋では何も隠さないでください」
「ありがとう。名前がいてくれて俺は本当に幸せだよ」
降谷さんに伝わっただろうか。
私にとって降谷さんは、誰よりも幸せになるべきで、誰よりも幸せになってほしいと思う相手だということを。
降谷さんの背中にまわす腕に力をこめる。どうか、これ以上この人が辛い思いをしませんように。この人を苦しめる全ての問題がはやくなくなってしまいますように。
fin.