安室透と契約結婚
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「そんなに俺との生活が嫌だったのか?」
「ちが、…違います。」
名前は涙をポロポロと溢しながら首をふる。急な展開に頭が追い付かない。
「ならば、理由を言ってくれ。」と、
名前の手を握る力を強める。
前の自分だったら、こんな提案をされても理由も気にせず了承しただろう。上司や知人の前で夫婦のフリを続けてもらえれば、とりあえず当初の目的は問題ないからだ。
でも今はそれでは駄目だ。
「わ、私が駄目なんです。これ以上降谷さんといたらどんどん降谷さんの事を好きになっちゃう。契約結婚するほど、仕事に追われている降谷さんなのに…私の好きだとかそういう色恋に巻き込んで煩わしい想いをしてほしくない。」
名前の言葉に俺は思わず息をのむ。俺を好きになる?名前が、俺を?
「名前は俺に興味なんてないと思っていた。いつも俺の言葉に予防線を張って距離を置いていたから。」
「それは、"安室さん"の時みたいに私に気を使った演技だと思ったから。そんな演技を真に受けて、演技だと分かっていてもドキドキしちゃう自分が嫌で。降谷さんはトリプルフェイスなんて呼ばれて信じられないくらい多忙なのに、私…マグカップも割っちゃうし、怒らせちゃって……私に気を使ってケーキを買ってもらったり、余計に降谷さんを疲れさせてる。その上、契約結婚の相手に都合が良いって理由で選んだ私が降谷さんの事を好きになったりして、迷惑ばかりかけて。それなのに、私も彼女みたいに笑いたいなんて…もう、本当に図々しい…」
名前は涙混じりに、そんな事をつらつらと訴えてくる。支離滅裂で、口調もいつもに比べ、子供のようだ。本人もそんな自覚があるのか、そこまで言って言葉を切ると下を向いて「なんか、情緒不安定でわけわかんないですよね、すみません。」と言って、口を閉じた。
つまり、俺を好きにならないように必死に距離を置こうとしていたのか。
忙しい俺を案じて、負担にならないように。
俺は、名前の後頭部に手をまわして自分の肩口に名前の顔を引き寄せて反対の腕を背中にまわす。ぎゅうっと隙間なく抱き締めてやると、僅かに身体を強張らせながら「…鼻水で服が汚れます、」と控えめに訴えてくるから、思わず口許が緩んでしまう。
自己主張が少なくて、何も求めてこないのに俺の心配ばかりしている。いじらしくて、可愛い。ずっと俺のもとに閉じ込めておきたい。
「…名前が来てから仕事がはかどるようになった。」
「え?」
「片付いた部屋は居心地が良いし、料理もうまいよ。お世辞じゃない。人にあれこれ構われるのは好きじゃないけど、名前に気にしてもらえるのは嬉しかった。」
「降谷さん…?」
「ポアロのバイトの後に、持ち帰るケーキを選ぶのも柄にもなく楽しかった。今朝、俺が怒ったように見えたのはお前が怪我をしてたからだ。」
不思議そうに俺を見上げる名前の瞳に浮かぶ涙を優しく拭って、安心させるように思い切り笑顔を見せる。"安室透"の笑顔じゃない…正真正銘、俺の笑顔だ。
「俺と一緒にいると、俺の事を好きになるんだっけ?どんどん好きになってくれてもいい…だから、離れないでくれ。」
「……正直に言うと、これから好きになるんじゃなくて、多分もう好きになってます。」
「ああ。」
「降谷さんは、別に私のこと好きじゃないですよね?」
「……まだ、わからない。でも離れて行ってほしくない。仕事が終わったら、たまにお土産でも選んでから名前のいる部屋に帰りたい。俺の事を心配してほしい。」
身勝手な男だ。潜入捜査している危うい立場で、"愛してる"なんて耳障りの良い言葉を口にしたくない。
その場限りの言葉で名前を繋ぎ止めたくない。
今はただ、離れないで欲しい。それが俺の本心だから。そして、それしか口にすることは出来ないのだ。
9.伝える言葉を持たないのに
"好き"とも"愛してる"とも言われない。それでも降谷さんの言葉に私の心は暖かく満たされていく。
私は彼のそばにいても良いのだ、このまま彼の事を好きになっても良いのだ。
「……好きです、降谷さん。」
「ああ。これからも俺のそばにいてくれ。」
「はい。」
安室さんと知り合ってから、契約結婚してから、彼の本心と本当の表情を今日始めて見れた気がする。嬉しい。
この国を一番に思う"降谷零"の隣にいることを許されたのだ。
平凡な私は公安の仕事も、組織の仕事も何も手伝えないし力になれないだろう。それでも、あの部屋で待っていよう。降谷さんが必ず帰ってくると信じて。
「全部、全部終わったらさ…」
ふいに降谷さんが口を開く。珍しく言葉に詰まっていて私は首を傾げる。
「"安室名前"じゃなくて、"降谷名前"になってくれ。」
私の事を好きか分からないなんて言ったくせに。分かっているのだろうか、今の台詞は……
「あは、それ最高のプロポーズじゃないですか。」
「それまでは、契約延長ということでよろしく頼む。」
降谷さんは、そこまで言って少し迷ったように視線をさ迷わせる。
「どうしました?」
「一つ、契約内容を変更したい。」
何ですか?と言おうとした私の言葉は、降谷さんの唇によって塞がれ言葉になることはなかった。
一度優しく触れた唇が離れると、降谷さんの手が私の頬に添えられ優しく下唇を指でなぞられる。視線が絡む、優しい瞳の奥に熱い熱の孕んだ視線。その視線の先に、視線を向けられているのが自分だということに、この上ない幸せを感じる。
「…性的接触はしない、という契約は守れそうにない。」
「…了解です。」
いつか"降谷名前"を名乗ることになるその時まで私たちの関係は、契約の上に成り立つ。
契約解消となったその時に、彼の口から私への想いを言葉にして伝えてもらえる保証も、今交わした約束が守られる保証もないけれど、今はこの曖昧で不確かな関係のままで。
私はきっと、不毛にも彼のことをますます好きになっていくのだ。
fin.
次回から番外編となります。