「青の古城」編
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card.660
「心配せんでいい。今、お前も同じ場所に連れていってやろう」
そう言って振り上げられた鉄パイプ。名前は床に倒れこんだまま小さく息を飲む。
----ドカッ!!
「………うぐっ、」
その時どこからか飛んできたバケツが大奥様の腕に当たり、大奥様は小さなうめき声をあげて鉄パイプを落とす。
「名前に手を出すんじゃねぇ!!」
カラン、カランと転がる鉄パイプの音と共にホールに響く大きな声。その声を聞いた名前がハッと息を飲んで上を見上げると、吹き抜けとなっているホールを見下ろせる二階の廊下に、ジロリと大奥様を睨み付けている快斗の姿が見える。今のバケツは快斗があそこから投げつけた物のようだ。
「快斗!!」
「名前ちゃん、悪ぃ。遅くなった」
快斗は階段を一気に駆け降りると、大奥様から庇うように名前の前に立ちはだかる。快斗の姿を見た名前はホッと安堵の息をついて肩の力を抜きながら「良かった…」と、小さく呟く。
「お、お前…どうやってあの部屋から……」
「あの手錠か?あいにく、縄抜けは得意なんだ。残念だったな!………ほら、名前ちゃん立てるか?」
戸惑う大奥様に平然と言葉を返しつつ、快斗は座り込んでいる名前に手を差し出して名前をゆっくり立ち上がらせる。
「っ、くそっ!!………たかが高校生がよくぞ私の正体を見破ったと誉めてやりたいが、この地下通路を熟知している私を捕まえる事はできまい」
名前と快斗二人を相手にするのは分が悪いと思ったのか、大奥様は悔しそうに舌打ちするとジリジリと後退り、壁にかけられたランプに手を伸ばして地下通路に繋がる隠し扉を開く。
「今から通報しても警察が来る頃には、私は既に城の外。逃げおおせてみせるさ……」
「ほぉー、そりゃ残念だ。俺はアンタが知りたがってた、とっておきの通路を知ってるんだけどな」
「な、何!?」
隠し扉に逃げ込もうとした大奥様は、快斗の言葉にピタリと足を止めて目を見開く。
「快斗、あのチェスの暗号が解けたの?」
名前は快斗の服の裾を引きながら驚いたように尋ねる。
「ああ。名前ちゃんに俺なら見つけられるって言われてから、ずっと考えてたからな!どう?見直した?」
「ええ、さすが快斗!ピンチの時に助けてくれて謎まで解いたなんて凄いわね」
「へへっ、頑張った甲斐があったぜ」
どこかに閉じ込められていたらしい快斗が自分を助けてくれただけでなく、既にチェスの謎まで解いていた事に名前は素直に感嘆の声を上げる。名前の反応に気を良くした快斗は、嬉しそうに口元を緩めて頭を掻く。
「おい、あの暗号はどんな意味だったんだ!!」
自分の存在を無視してほのぼのと会話している名前達に、大奥様は苛々したように声を上げる。
「……チェスの駒の位置は通常上が黒、下が白陣営でアルファベットのA~Hと数字の1~8で表記される」
快斗が大奥様に向かって話す後ろで、名前は頭の中に庭のチェスの駒を思い浮かべながら黙って耳を傾ける。
「そして庭に置かれた騎士の向きを踏まえ白の駒だけを数字の順に読むと"EGG・HEAD"となるわけさ」
「え、EGG・HEAD?何だそれは……」
快斗の説明を聞いてもピンとこないらしい大奥様。その様子に見かねた名前が「つまり、俗語で理屈をこねるインテリって意味ね」と、言葉を付け加える。
「理屈をこねる…?」
「あんた言ってたじゃねーか?大旦那様が娘にそうやっかまれてたって」
「!!」
そこまで聞いて、大奥様はようやくハッとしたようにホールの壁に掛けられた大旦那様の大きな肖像画に目を向ける。
「後は、黒の駒の形通りにその絵を左に回せば……秘密の通路の入り口がポッカリ顔を見せるってわけだ!」
大奥様は快斗の言葉を背中に聞きながら我先にと肖像画の元へ走りだし、仕掛けを作動させると歓喜に満ちた声を上げる。
「お、おおお!!私がこの城に仕えて20年…待ち望んだ財宝が!誰にも渡すものか!!」
「……すごい執念ね」
「20年も前から狙ってたのかよ」
肖像画の裏側から現れた梯子を興奮したように上っていくその姿を見て、快斗と名前は呆れたように顔を見合わせながら大奥様の後に続いて梯子を上がっていく。
(あそこだ!!あの扉の向こうに……待ち望んだ私の宝が!!!)
大奥様は、梯子を上りきった先にある小さな扉を期待に満ちた表情で勢いよく開ける。
「………え?」
しかし、扉を開けた先には煌々と光輝く朝日に照らされた美しい山並みが広がっている。大奥様の開けた扉は、城の頂上に近い屋根に取り付けられた隠し扉だった。高い位置にあるその扉からは城の周りに広がる森や奥多摩湖の景色が一望出来る。
「こ、これは一体………宝はどこに?」
大奥様はビューッと吹き付ける冷たい風を浴びながら、眼下に広がる景色を呆然と見つめている。
「宝の正体は、オメーが開けたその扉に書いてあるじゃねーか」
「……え?」
「"ここに最初に到達した者に、この城と景色を与えよう"……ですって」
「そ、そんな……ハハ、バカな……」
名前が扉に記された言葉を読み上げると、大奥様は乾いた笑いを浮かべながらへなへなと座り込んでしまう。
「こんな、こんな物のために私は何人も人を殺してきたというのか……こんな物のために、わざわざ醜い老婆に顔を変えてまで……こんな物のために…」
壁にもたれるように座り込んだ大奥様は魂の抜け落ちた本当の老婆になってしまったかのような姿で、呆然と涙を流し続ける。
「………警察を呼ぶわ」
その哀れな姿に何とも言い難い複雑な感情が沸き上がるのを誤魔化すように、名前は小さく呟く。
「ああ、そうだな。貴人さんや満さんを起こして真相を知らせねーと」
快斗はそんな名前の心情を察したのか、名前の肩に手をまわしてポンポンと肩を撫でながら静かに言葉を返す。もはや逃走する気力さえも残っていない大奥様をその場に残し、二人は梯子を降りて城の中へと戻って行った。
「貴人さんは、4年前の火事について調べていたんですか?」
通報により駆けつけた警察が犯人を連行していくのを見送った名前は、ふと思い付いたように貴人に尋ねる。
「え?どうしてそれを…?」
「すみません、実は快斗を探している時たまたま貴人さんのアトリエに入ったんです。そこに4年前の火事についての新聞がたくさんあったので」
「……なるほど、アレを見たのか。実はそうなんだ、母の死んだあの火事がどうしてもただの火事に思えなくてね。この城にとどまって密かに調べていたんだ」
「………そうなんですか」
「まさか、あのおばあ様が偽物だったとは思いもしなかったけどね」
貴人は肩を落としながら焼け焦げた塔を見上げて小さく呟く。母親や使用人達を殺した犯人が身内に成り済まして一緒に暮らしていたのだ。犯人が逮捕されたとはいえ、複雑な心境なのだろう。
「名前さん、黒羽君!」
貴人とそんな会話をしていると、城の中から出てきた満が笑顔でこちらに向かって歩いてくる。
「今回は本当にありがとう。お義父さんの残した宝の真相は残念だったが、隠されていた全ての真相を知ることが出来た」
「いえ、そんな……」
「危険な目に合わせてすまなかった。怪我は大丈夫か?」
満はそう言って快斗に視線を向ける。快斗の頭には駆けつけた救急隊によって、包帯がぐるぐると巻かれている。
「大丈夫ですよ。傷も大したことないって言われましたから」
「……そうか、良かった」
満はホッと安堵の息をつくと、改めて名前と快斗に視線を合わせる。
「良かったら、朝食を食べてから帰ったらどうだい?」
「それはいいですね。一晩中、あの犯人とやりあって疲れたでしょう」
満の提案に貴人も笑顔で頷く。昨晩の食事も豪華で美味しかったため、快斗がどうしようかと迷いながら「えーと、」と言い淀んでいると、するりと快斗の左腕に名前が腕を絡めてくる。
「……ありがたいですけど、遠慮しておきます。元々行きたいお店があって、奥多摩まで遊びに来ていたので」
そして腕を絡めたまま「ね?」と、快斗を見上げながら同意を求めてくる。
「あ、ああ…そうだったな」
「そうかい…旅行の邪魔をして悪かったね。また良ければ遊びに来てくれ」
名前の答えに満達は納得したように頷いてそう言葉を残し、城へと戻っていく。
「………名前ちゃん、そんなに釜めし食いたかったの?」
貴人と満が城の中に入るのを見送った快斗は、隣に立つ名前にそう声をかける。
「そういうわけじゃないけど……」
「?」
バイクを停めた場所に向かう道すがら、絡めた腕を解く事なく歩みを進める名前。そんな行動を珍しいな…と思いつつ、どこか言いにくそうに口ごもる名前の様子に快斗は不思議そうに首を傾げる。
「早く、快斗と二人きりになりたくて」
「え、……どうした?まさか俺のいない間になんかあった?」
名前の言葉に快斗は驚いて足を止めると、心配そうに名前の顔を覗き込む。
「大奥様に成りすましていた人、財宝のために10人以上の人を手にかけていたでしょ?」
「?ああ、そうみてーだな」
「快斗が戻ってこなくて、探しに行ったら二階の客間には鍵がかかってて入れないし、塔の方に行ってみたら地下通路の階段には血のついた帽子が落ちてるし……そんな危ない人が犯人だったから……」
名前はポツポツとそこまで話すと、ポスンと快斗の胸元に顔を埋めて「心配した」と、小声で付け加える。
「……………。」
(そういや、帽子がない事なんてスッカリ忘れてたけど……あそこで落としたんだな。血のついた帽子なんて見つけたら、そりゃ心配するか……)
離れて行動していた時のお互いの状況を詳しく話してはいなかったが、自分のいない間にそんな事になっていたのか…と、快斗は眉間にシワを寄せる。
「悪い……心配かけちまって」
「……ううん、無事で良かった」
自分の胸元で小さくそう呟く名前を、快斗はギュッと抱き締める。
「それから助けてくれてありがとう」
「いや、間に合って良かったよ。手錠を外して地下通路をさ迷って……ようやくホールに出たと思ったら、オメーがあの婆さんに襲われてんだもん。すげー焦った」
「…………不気味な地下通路であの大奥様に会ったとき、凄い怖かったわ」
「ハハ!そういや、よく一人であの塔の中を歩き回れたな?からくり屋敷なんて比じゃなかっただろ?」
「笑い事じゃないわよ。快斗の為じゃなかったら、あんな所に絶対入らないんだから」
快斗が笑いながらそう言うと、名前は拗ねたように顔をしかめてそう言葉を返す。
「ハハハ!俺のためだって言って列車やビルから飛び降りたり、怖いのが苦手なのに不気味な塔にも乗り込んで行ってくれる頼もしい名前ちゃん本当に大好き」
快斗は嬉しそうにそう話すと、自分を見上げる名前の頭を優しく撫でる。
「………私も、新一に正体が知られるのにも構わずに私の所に駆けつけてくれたり、爆発寸前のビルにも飛び込んできてくれる快斗のこと大好きよ」
快斗の言葉に照れたように視線をさ迷わせながらも、同じように言い返した名前。そして、赤くなった顔を見られないようにと顔を反らすと快斗の手を引いて歩き出す。
「ほら、そろそろ行きましょ。たくさん動いたからお腹すいたわ」
「おー、俺も!」
快斗はそんな名前の様子に可笑しそうに笑いながらも、名前に手を引かれて歩き出す。
「散々な旅行になっちまったから、帰り道くらいは旨いもん食ってアレコレ買いまくって贅沢して帰ろうぜ」
「そうね。まさか、奥多摩まで来て安室さんの言う通りになるとは思わなかったわ」
「これじゃ、事件ホイホイの名探偵のこと笑ってられねーな」
二人は手を繋いで並んで歩きながら、一晩中必死に駆け回った青い古城を後にした。
「ほー、やっぱり事件に巻き込まれたわけですか。僕の言った通りでしたね」
「その通りですけど、そうドヤ顔で言われるとムカつくな」
記憶喪失の一件でお世話になった事もあり、奥多摩で購入したお土産を探偵事務所の面々に渡しに来た二人。コナン達に別れを告げた帰りに、そのまま夕食をとるためにポアロにやって来た。奥多摩から戻って来てそのまま米花町にやってきたため思いの外時間がかかってしまい、既に夕飯時は過ぎていて店内には安室しか残っていない。
「ま、君たちのおかげで事故として処理された4年前の火事の真相まで明らかになったわけですから。良かったじゃないですか」
「まあ、それはそうなんですけどね…」
「それにしても、財宝のために老婆に顔を変えるとは。愚かな人もいるんですねぇ……」
名前達が訪れた古城での出来事を一通り聞き終えた安室は、呆れたように呟いている。
「……それにしても、せっかく久しぶりにゆっくりしようと思ったのに」
そんな安室の前でため息をつきながら肩を落とす名前。
「ハハ、お疲れさまでした」
安室は困ったように眉を下げながら甘めに作ったココアを差し出す。
そして二人から注文を受けた料理を作り終えると、店内の片付けをしたりグラスを拭いたりしながら夕食を食べている二人の会話に黙って耳を傾けていた安室だったが、しばらくしてふと思い付いたように「そういえば……」と、口を開く。
「え、何ですか?改まって。まさかまた何か厄介事ですか?」
グラスを拭きながら何気なく話し始めたような素振りではあるが、安室の声色がワントーン下がっている事に気付いた快斗はゲッ…と、嫌そうな表情を隠しもせずに尋ねる。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。……実は、次に君たちに会ったら確認しようと思っていた事があったんです」
「私たちに?」
「ええ、今日たまたま人のいない時間に来てくれて助かりました」
そう言うと、安室は拭いていたグラスをカタンとカウンターに置いて名前と快斗に視線を向ける。その仕草に、名前と快斗は何を言われるのか…と、無意識に姿勢を正して身構える。
「君たちは、赤井秀一を知っていますか?」
そんな二人に向かって、安室はわざとらしい笑顔をニッコリと浮かべながらそう尋ねたのだった。
*青の古城編fin
原作の中でも好きな話だったんですが、手こずりました。あの大奥様の不気味さがうまく書けなくて無念です。
この次は赤井さんを匂わせつつ、劇場版かな…?