「青の古城」編
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「いてて、なるほど……ただの城じゃねーってわけか」
時計の仕掛けが作動し一回転した壁の向こう側に倒れこんだ快斗は、ため息混じりに立ち上がりながらぐるりと辺りを見渡す。
---ゴン、ゴン
「こっちからは、さっきの部屋に戻れねーのか」
(あんまり遅くなると、名前ちゃんが心配しちまうが……先に進むしかないみたいだな)
壁の向こう側にあった空間は隠し階段に繋がっていたらしく、薄暗い視界の先には下へと続く階段が見える。回転した壁を叩いて仕掛けがないか確認してみるが内側からは戻る事が出来ないようで、快斗は部屋に残してきた名前が気にかかるものの諦めて階段を下っていく。
「おー、結構深いな。地下があるにしても、どこまで続いてんだ?……こりゃ、怖がりの名前ちゃんは来なくて正解だな」
普段から怪盗として巨大宝石を追っている快斗は、薄暗い不気味な階段にも臆する事なく足を進める。城の中の隠し通路やどこかに隠された宝があるというシチュエーションに、恐怖を感じるよりもむしろ自分の胸が高鳴っていくのを感じるが、一方でからくり屋敷でも怯えていた名前はこういった雰囲気は苦手だろうな…と考ると、快斗は思わず小さく笑ってしまう。
---ガッ
「ん?何か落ちて……!?」
そんな事を考えながら薄暗い中階段を下っていると、ふいに足先に何かが当たり足を止める。暗くてよく見えないため、しゃがみこんで落ちているものを確認しようとするが、そこに倒れているものを見て快斗は目を見開く。
(おいおい、まじかよ…死体じゃねーか!………古いものだな、完全に白骨化してやがる)
まだ先が見えないほど、長く続いている階段の中段当たりに倒れていた白骨化した死体。快斗は眉を寄せながら、ジッと死体の様子を確認していく。
(完全に骨になっちまってるが、着てる服と髪の毛の感じからして女か?……ん?壁に何か彫ってある)
死体の脇の壁に何か文字が刻み込まれているのを見つけ、快斗は更に上体を下げて壁を覗き込む。
「アイツハ私ニナリスマシテ城ノ宝ヲ横取リ……んー、ダメだ。この先は掠れちまって読めないな」
(私に成り済まして?この死体は今いる城の誰かに殺されたって事か……やべぇ、早く戻らねーと名前ちゃんが……)
---ドカッ!!
「……っ!!」
急いで名前の元に戻ろうとした快斗の後頭部に突然強い衝撃が走り、抵抗する事も出来ないまま快斗の意識は薄らいでいく。死体と壁の文字の判別に気を取られていた快斗は、いつの間にか何者かが背後まで忍び寄っていた事に頭を殴られるまで気付かなかった。
card.659
「………やっぱり、この駒の配列は正しいルール上だとあり得ないわね」
名前は検索したチェスのルールと、庭に置かれたチェスの駒の写真を見比べながら小さくため息をつく。
(となると、やはり駒の配置が何かのメッセージ……チェス盤のアルファベットと数字の配置から考えるとしたら………ん?)
考えに没頭していた名前がもう一度写真を見ようと携帯の画面を覗き混むが、そこに表示された時刻を見てパッと顔を上げる。
「うそ……もう一時間近くたってる。快斗、何かあったのかしら?」
名前は少し考えたあとにベッドから立ち上がると、ガチャンと鍵を開けて廊下に出る。
(念のため鍵をかけて待ってろって言ってたけど…遅すぎるわ。勝手に動くと怒られそうだけど、とりあえず二階の部屋に………)
---カラカラ…
快斗が向かった客間に行こうとしたところで、ふと独特の音が聞こえてきて名前は足を止め物陰に隠れて様子を伺う。
「おばあ様?どうしたんです、こんな時間に…眠れないんですか?」
「娘がなかなか来んから様子を見にきたんじゃよ。娘はまだかえ?」
「……お母様の事は我々に任せて。今日はお部屋でお休みになってください」
そこには車椅子で城内を徘徊していたらしい大奥様を連れ戻す貴人の姿。貴人が車椅子を押して遠ざかっていくのを確認した名前は、辺りを警戒しながら二階の客間に向かう。
---ガチャガチャ
「……鍵がかかってる」
二階の客間にたどり着いた名前がドアノブを回すが、部屋には鍵がかかっていて入る事が出来ない。
(おかしい…部屋に入れなかったならすぐ戻ってくるはず。快斗がピッキングで開けたとしたら、鍵は閉められないはずだし……誰かが、"快斗が入った後"に閉めた?わざわざ?)
名前は嫌な予感が沸き上がってくるのを感じながら、辺りを見渡して隣の部屋のドアノブに手を伸ばす。
---ガチャ
「………こっちは開いてる」
すんなりと開いた扉を開けて室内に入ると、窓を開けて身を乗り出しながら隣の部屋を確認する。
(ベランダもないし、さすがに窓からは入れそうにないか。……ん?そういえば、隣の客間の窓も壁際にあったはず……)
名前は昼間入った客間の構造を思い返して、パッと窓から離れると壁をコン、コンと叩いていく。
---コンコン、ゴン
「やっぱり、ここに何か空間がある……快斗が言ってたのはコレだったのね」
(となると、何か仕掛けが……)
名前はキョロキョロと周囲を見渡してみるが、仕掛けをのヒントになりそうな物は見当たらない。
(仕掛けがあるのはこっちの部屋じゃないのかしら……困ったわね。とにかく普通のお城じゃなさそうだし、早く快斗を探さないと)
名前は隣の客間の事はひとまず諦めて再び廊下に出ると、息を殺して城内を進んでいく。
(………快斗が客間に入った後に鍵を閉めたという事は、誰かが快斗の後を尾けていたから。この城に何か仕掛けがあるのを城ぐるみで隠していたのかもしれないし、今のところ誰も信用できない)
名前は冷静にそこまで考えながらも、ギュッと手を強く握りしめて下唇を噛む。
(快斗ならそう簡単にはやられないとは思うけど……早く、早く見つけないと。とにかく、あの部屋にあった"空間"に入る別の入口がどこかにあるはず……)
名前は快斗の安否が分からない事で焦る気持ちを押さえつけようとするが、ドクン、ドクンと心臓が嫌な音をたてて考えに集中出来ない。苛々したように前髪を掻き上げながらも、ひとまずふと視界に入った大きな扉の部屋に足を踏み入れる。
「……キャンバスに、絵の具……アトリエか。ん?凄い新聞の量ね…」
(絵を包んだり、筆を拭くのに使うとしても多すぎる……)
絵の具のそばに置かれた新聞の山に目を向けると、名前は足を止めてパラパラと新聞をめくっていく。
「これ、全部4年前の火事のものだわ……」
(火事で死んだのは15人。骨が灰になるほどの業火で遺体の判別は、身に付けていた遺品から推定されたが未だに一人だけが行方不明……か)
新聞の内容を確認した名前は、顎に手を当てて考えこむ。
(城の人たちが執着してる残された宝と謎。この火事も無関係じゃないとしたら?………今は何の手がかりもないし、あの火事のあった塔に行けば何かわかるかも……)
名前は窓の外に聳え立つ焼け焦げた塔に目を向けてゴクリと息をのんだ。
「…………くそ、」
名前が城から出て塔に向かっている頃、快斗は後頭部に痛みを感じつつもゆるりと重い瞼を開ける。
(ここはどこだ?確かあの死体を見ている時に殴られて……気を失ってる間にどこかに運ばれたのか?)
薄暗い倉庫のような場所にいるのを確認し、ポケットを左手で探るが何も入っていない。
「……ッチ、さすがに携帯は取り上げられたか」
(今、何時だ?いつまでも俺が戻らねーと、名前のやつ絶対に後を追って探しに来るはず。あの部屋の仕掛けもアイツなら少し考えれば気づくだろうし……早く合流しないと、名前が危ねぇ!)
名前の身を案じながら身体を動かそうとするとガシャンと嫌な音が響き、右腕が後方に引っ張られる。くるりと振り返ると、右手首が手錠で柱に繋がれている。
「ったく、どこのどいつの仕業だか知らねーが悪趣味だな」
快斗は呆れたように呟きながら左手を首もとから突っ込みゴソゴソと服の中を探ると、一本のヘアピンを取り出す。
(天下の大泥棒、怪盗キッド様を舐めんじゃねーぞ)
それを口に加えてグイッと引っ張って伸ばし細い棒の形にすると、ペロリと舌なめずりし得意満面の笑みを浮かべたのだった。
----ギギギ…
名前が焼け焦げた塔の扉を押してみると、錆びついた扉は鈍い音をたてながらゆっくりと開く。
(鍵が開いてるわ……確か、貴人さんが普段は施錠してるって話してたはず)
扉の奥を覗いてみると、外壁同様に焼け焦げた床や壁が広がり、かろうじて原型をとどめた家具も朽ち果て瓦礫が散乱している。塔内には、廃墟と化した建物全体の重々しい空気が漂っている。
「罠か、それとも……どちらにせよ、行くしかないわね」
その不気味な雰囲気に名前は小さく息を飲むが、快斗を探す手がかりがない今怯んでいるわけにもいかず、大きく息を吐き出しながら一歩足を踏み入れる。
(本当にひどい火事だったみたいね……ここは、トイレ?)
すっかり荒れ果てた室内を一つ一つ確認しながら手がかりを探していく名前。数個目の扉を開けると、錆びついた便器や割れた鏡の置かれた部屋が現れる。
「あそこの壁…」
ぐるりと室内を確認していると、奥の壁が扉のように半開きになっているのが目にとまる。
「これ隠し扉ね。仕掛けは……っと、これかな?」
名前は壁の周囲をキョロキョロと見渡したあと、壁にかけられたランプをグイッとまわす。すると、半開きになっていた壁がぐるんと開いて上へと続く階段が現れる。
(あそこの客間といい、仕掛けだらけみたいね…このお城。快斗が客間から"あの空間"に入ったとしたら、ここと繋がっているかも)
名前は少しずつ快斗に近付いていると信じて暗闇へと伸びる長い階段を上がっていく。
「ん?あれは……」
すると何十段か階段を上がったところに、何かが倒れているのを見つけて足を早めて近付いていく。
「!これは……何か文字があるわ」
快斗が見つけた白骨化死体を見つけた名前は、壁に彫られた文字と死体の様子を素早く確認していく。
(私に成り済まして?確か火事で一人行方不明になってたはず……なるほど、あの火事を利用して誰かと誰かが入れ替わったのね。……と、いう事は)
名前は状況を整理しながら、目の前の白骨化死体に視線を向ける。
「!!」
(この人…他の骨に比べて足の骨だけかなり細くなってる……それに、この骨の状態から推定される性別、年齢……まさか、まさかこの人に成りすましてる犯人って……)
たどり着いた一つの考えに名前はゾクリと鳥肌がたつのを感じるが、グッと足に力を込めて立ち上がる。すると死体が横たわる位置から数段上に、見覚えのある帽子が落ちているのが目に入りハッと息を飲む。
「これ、快斗の……血がついてる!!この死体に気を取られている隙に襲われたのね!!」
拾い上げた帽子と、そこに付着した血痕を見て身体中の血液が沸き立つように自分が取り乱すのを感じてギュッと帽子を力強く握りしめる。
「………どうしたんだい、お嬢さん?」
すると、突然背後から低い声が響く。名前が驚いて振り返ると、名前のすぐ後ろに大奥様が"立っている"。
「探偵の恋人とはぐれてしまったのかえ?私があの坊やのところまで案内してあげよう……」
そしてそう言いながら、手に持っていた鉄パイプを名前に向かって振り下ろす。
「……っ!!」
咄嗟に振り下ろされた鉄パイプを避けた名前は、反射的に大奥様の脇腹を蹴りあげる。
「ぅぐっ……」
突然の反撃に怯んだ隙に、名前は勢いよく立ち上がり階段を一気に駆け上がっていく。
(今の感触…長年運動していない高齢の人間にしては、骨格や筋肉がしっかりしすぎてる。やっぱり、あの人……)
ハァ、ハァと階段を駆け上がりながらも、蹴りを入れた時に感じた右足の感触を思い出して名前は自分の推理が正しかった事を確信する。
「とにかく…一旦、外に……」
階段を上りきって扉をあけると、そこは肖像画がかけられたホールだった。そのまま真っ直ぐ玄関から外に出ようとしたところで、突然太腿にガンッと強い衝撃が走り、名前はバランスを崩して勢いよくその場に倒れ込む。
「………っ、」
倒れた姿勢のまま後ろを振り返ると、名前に向かって鉄パイプを投げつけた大奥様がゆっくりと近付いてくる。
「……あの、死体!あの骨は長い間歩いてない人間の骨…骨の性別、年齢も含めても間違いなく大奥様の死体だわ」
「……………。」
床に座り込んでいる自分に向かってくる大奥様に対し、劣勢な状況にも関わらず怯む様子もなく睨み付けるようにして話す名前の言葉に大奥様はピクリと眉を上げる。
「あなたが、足の不自由な大奥様を地下通路に閉じ込めて殺したのね?そして顔をそっくりに整形し、多少の事はボケたフリをして誤魔化した!実行したのは、例の大火事の日……さすがに実の娘までは欺き通せないと踏んで焼き殺した!大奥様に長年使えていた執事達も一緒にね!」
名前は何とかこの場を逃れる打開策はないかと頭をフル回転させながらも、時間稼ぎに言葉を続ける。
「おかしいと思ったのよ!十年間もこの城にこもりっぱなしのはずのあなたが、数年前にサイズが変わったパスポートの不便さを口にした事が。整形した顔を保つために、何度も海外に足を運んでいたのね」
「…………ほぉ、鋭いじゃないか」
「整形外科医に"わざわざ老婆に整形した客はいないか?"と警察が情報開示を申請すれば、あなたの素性もすぐに分かるはずよ。年寄りの徘徊に見せかけて城の中で宝探しをしていたようだけど、それももう終わりね」
「この、小娘がっ…」
大奥様は苛々したように鉄パイプで床をコン、コンと叩きながら名前を睨み付ける。
「探偵と聞いて、てっきり城の中を嗅ぎまわっていたあの男の方の事だと思ったが……まさか、お前がそうだったのか」
「………快斗はどこにいるの?」
「心配せんでいい。今、お前も同じ場所に連れていってやろう」
大奥様は鉄パイプをゆらゆらと振りながら、名前に迫ってくる。
「同じ場所?まさか、あなた……本当に快斗を……」
この屋敷にあると言われる宝のためだけに、これまで十人以上に手をかけた人間だ。名前はギュッと心臓が鷲掴みにされるような、全身の体温を奪われたような感覚を覚えて、呆然としたままその場から動くことが出来ない。大奥様はそんな名前を見て口元に笑みを浮かべながら、鉄パイプを勢いよく振り上げた。