「青の古城」編
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「あのー、大奥様の事を"あの状態"って言ってたのは?」
田畑の後に続いて城の敷地内に足を踏み入れた快斗は、先程の田畑と満との会話で気にかかった事について田畑に尋ねている。
「大奥様は、お年を召されて少々ボケておられるだけだよ」
「…なるほど」
そんな二人の会話を聞きながら名前はぐるりと広い庭を見渡す。
(チェスの駒?芝生もわざわざチェック模様にしてチェスボードに見立ててある……手が込んでるわね)
庭に置かれた白と黒の大きなチェスの駒のオブジェ。庭の芝生をチェスボード見立て、さながらチェスの対戦中のようにオブジェが設置されている。
「すごい庭ですね。誰かチェス好きの方がいらっしゃるんですか?」
「さぁな…俺は前の旦那様である貞明様の言いつけ通りに毎日手入れしてこの状態を保っているだけだよ。なんでも、15年前に亡くなった大旦那様の遺言を貞明様が受け継がれたそうだ」
「前の旦那って…じゃあ、さっきの人は?」
田畑の言葉に、快斗は先に城に戻って行った満の事を思い浮かべて首を傾げる。
「奥様の二番目の亭主さ。貞明様は6年前に病死されて…奥様も、4年前の大火事で亡くなられてしまったがね」
「……大火事?」
ふいに表情を曇らせてそう話す田畑。名前と快斗は、その様子に顔を見合わせた。
card.658
*青の古城編
庭園のチェスの駒や大火事の話を聞きながら名前達が城の中に足を踏み入れると、ホールの壁には巨大な肖像画が並んでいる。
「あの人達は誰なんすか?」
「正面が大旦那様、その隣が貞明様と奥様だ。婿養子に来た貞明様は、歴史学者である大旦那様の事をとても尊敬されていた」
田畑は壁の肖像画を見上げながら、当時の事を思い返すように言葉を続ける。
「奥様は、それをやっかんで貞明様によくこう漏らされていたよ……」
「"お父様はただの理屈っぽいインテリに過ぎないわ"……じゃろ?」
「!?」
田畑の言葉を引き継ぐように突然背後から聞こえてた声に、名前と快斗は驚いて振り返る。
「お、大奥様!!」
「その事は、あの人の耳にもちゃーんと入っておったわ。あの人は大して気にしていなかったようじゃがのォ…」
そこには、白髪で痩せ細り車椅子に乗った老婆の姿。
「す、すみません…嫌なことを思い出させてしまって」
その人物を見た田畑は、慌てた様子で帽子を取りながら頭を下げる。
「心配せんでええ…あの人がいないこの城にももう慣れた。紙幣の図柄やパスポートが変わったのと同じじゃよ…最初は慣れなんだが、時が立てば違和感は薄らいでしまう」
「…………。」
(この人が大奥様……)
大旦那様の肖像画を見上げながら話す大奥様を名前が見つめていると、スッと大奥様の視線が名前と快斗に向けられる。
「その者たちは?」
「あ、ああ…旦那様のご友人の探偵だそうで……」
「……探偵?」
田畑の言葉に大奥様はピクリと反応すると、僅かに眉を上げて名前達をジッと見つめる。
「ほー、それは楽しみじゃ。あの人がこの城に込めた謎、ぜひ解き明かしてもらいたいものよ…!」
「……な、謎?」
急に低い声で告げられた大奥様の言葉に、名前と快斗は眉をよせて顔を見合わせる。
「大旦那様が死ぬ間際に言い残されたらしいんだ。この城の謎を解いたものに私の一番の宝をやるって……」
そんな名前達に田畑がコッソリそう耳打ちしていると、大奥様が「そういえば…」と、徐に辺りを見渡しながら口を開く。
「娘はまだかえ?今日戻って来るはずじゃろ?私の誕生日を祝うために…」
「へ?……あ、いえ。奥様は4年前に火事で…」
「来たらすぐ私の部屋へ呼んでくれ。楽しみじゃ、楽しみじゃ!」
大奥様の言葉に戸惑う田畑を尻目に、大奥様はそう言いながらカラカラと自分で車椅子を操作して離れていく。
「……大奥様がちょっとボケてるって話は本当みてーだな」
「そうね……」
その様子を見た快斗が小声で名前にそう耳打ちするが、名前は去っていく大奥様の背中をジッと見つめていた。
「へー、すげぇな。こうやって見ると駒が綺麗に並んでるぜ」
「本当ね」
夕食の支度が出来るまでと案内された二階の客間。その窓から庭を見下ろすと、庭に置かれたチェスのオブジェがチェスボードに見立てた芝生に並んでいる様子が確認出来る。
「遺言通りに手入れされてるようだし…あのチェス、この城の謎とやらに関係あるかもしれないわね」
名前はそう言いながら「念のため…」と言って、パシャッと携帯のカメラでチェスの配置を撮影する。
「何か分かりそうか?」
「うーん…私あんまりチェスは詳しくないのよね。快斗は?」
「俺は一応、一通りのルールくらいなら分かっけどなぁ…」
二人で庭を見下ろしながら考えを巡らせていると、ふいに名前が庭に若い男性がいるのを見つける。
「あそこでチェスの駒を見ている人が、亡くなられた奥様と貞明様の息子さんかしら?」
「…確か、間宮貴人って言ったか?」
田畑からこの城に住む人間について教えてもらっていた二人は、何気ない会話をしながら情報を整理していく。
「あれ、やっぱりあの人もこの城の謎とやらについて考えてんのかね?」
「そうねぇ。火事の後、わざわざ外国から日本に戻ってきたって田畑さんが話してたものね」
チェスの駒に触れながら何かを思案している様子の貴人について話ながら、名前は視線を前方に向ける。
「あそこに見える焼け焦げた塔で火事があったのよね」
「ああ…奥様だけじゃなくて、長い間奥様に仕えてた執事や使用人も炎にのまれたって話だったな」
快斗はそう言いながら、小さく息をついて前髪を掻き上げる。
「何だか曰く付きの城だよなぁ…城に残った人間は、謎にご執心みてーだし」
「よほど、価値のある"宝"が眠っているのかもしれないわよ?」
名前が小さく口元に笑みを浮かべながらそう言うと、快斗は意外そうに目を丸くする。
「名前ちゃん、興味あんの?珍しいじゃん」
「ふふ…興味っていうか、宝探しと言えば快斗の得意分野だし?案外、すぐに見つかるかなーと思って」
「えー?名前ちゃんにそう言われたら、やる気出ちゃうなぁ~」
快斗はニヤニヤと笑いながら隣に立つ名前の肩に手をまわして距離を詰めると、再び庭のチェスに視線を戻す。
「……どう?」
鼻先が触れそうな距離にある快斗の顔を横目に、名前が尋ねる。
「んー、チェスの方はまだ何とも」
「チェスの方、は?」
「ああ。この部屋の構造、入ってきた時から少し気になってんだよなぁ」
「?」
くるりと首だけ後ろを向いて、部屋の壁に視線を向ける快斗。名前は不思議そうに首を傾げる。
「部屋の構造?」
(入ってきた時からって。どこも違和感は感じないけど……さすが、こういう仕掛けなんかはやっぱり快斗の得意分野ね)
名前は快斗の視線を辿って部屋の中や壁の様子を見渡すが、特に気にかかる部分は見当たらない。
「ま、そろそろ夕飯時だから誰か呼びに来そうだし。ちょっと仕掛けを確認するには、時間が足りねーから。その話はまた後でな」
「……そうね、分かったわ」
名前は、壁にかけられた時計で時間を確認しながら快斗の言葉に頷く。
「………。」
そんな二人のやり取りを、部屋の外の廊下で一人の人物が聞き耳をたてていた事に名前達は気付かなかった。
「おー!!すげぇごちそう!」
「こんなにたくさん…ありがとうございます」
快斗の言ったように、あの会話の後すぐに満が夕飯の時間だと名前達を呼びに来た。案内された部屋に向かうと、そこにはホテルのコース料理のような豪華な料理が並んでいて二人は目を瞬かせる。
「構いませんよ。いつも代わり映えのしないメンバーだから、たまには来客があるのも楽しいな」
「そうですね。私が子供の頃は来客も多かったですが、お母様が死んでからはめっきり減りましたし」
名前と快斗の向かいに座っている満と貴人は、思いの外好意的な笑みを浮かべている。
「お二人は4年前の火事以来、ここに留まっておられると聞きましたが…」
そんな二人に名前がそう尋ねると、貴人が小さく頷く。
「僕は元々、海外の大学を出たらこの城に住もうと思っていたんですよ」
「私は最初、一人娘を亡くされたお義母様を気遣って留まっていたんですよ。日が立つにつれ、妻が育ったこの城が気に入ってしまいまして……」
「フン…気に入ったのは城じゃのォて、城に隠された財宝の方じゃないかえ?」
貴人に続き満が話始めると、その言葉を遮るようにカラカラと車椅子の音を鳴らしながら大奥様が部屋に入ってくる。
「おばあ様…」
「ハハハ、確かにそうですな。お義父様のあの遺言が気にならないと言えば嘘になる。ですからこうやって探偵の友人を招いて…」
満がチラリと快斗と名前の方に視線を向けながらそう話すと、大奥様は快斗を一瞥したあとに小さくため息をつく。
「フン…お前のような欲深きものに娘をたぶらかされたとはな……夕食は部屋でとる!!娘が着いたら連れて参れ!」
大奥様は使用人に向かってそう言い残すと、再びカラカラと車椅子を操作しながら部屋を出ていく。
「おばあ様、まだお母様が生きていると思っているんですね…」
「ボケるのも無理はないさ。足を痛めてから10年、この城に籠られたままなのだから」
「……あの婆さん、俺の事睨んでなかった?」
「突然の来客だから気に入らないのかしら?それにしても、あのお婆さん…」
「ん?あの婆さんがどうかしたか?」
満と貴人が大奥様を見送りながら会話している後ろで名前と快斗がコソコソと話していると、満が「そういえば…」と言いながら二人の方に振り返る。
「何ですか?」
満の視線に気付いた名前は、快斗との会話を一旦切り上げて満に視線を向ける。
「謎は解けましたかね?名前さん」
今まで穏やかに話していた満が、突然眼光を鋭くして名前にそう尋ねる。
「…えっと、」
「さすがにまだだよな?あの庭のチェスが気になる、とは話してましたけどね」
その視線に一瞬戸惑った名前に助け船を出すように、隣に座る快斗がモグモグと食事をしながらサラリとそう答える。
「あのチェスが?」
「ええ…あのチェスの駒、最初は対戦中のチェスボードを再現しているのかと考えたんですけど、それにしては駒の配置が一部不自然でしたから」
「それに、あのチェスボードを作ったのは宝を隠したっていう大旦那様本人なんですよね?そう考えると、あのチェスの駒に謎を解くヒントが隠されてるとみて間違いないよな」
「ホー…」
名前と快斗の返答に感心したような声を上げる満の横で、貴人が驚いたように口を開く。
「もしかして、君はあの駒の意味が分かったのかい?」
「いえ、それはまだ……」
(チェスの事もそこまで詳しくないから、あまり自信ないのよね……)
貴人に向かって肩を竦めてそう言葉を返しながら、名前は内心小さくため息をつく。
「あの火事のあったっていう塔の方には、何か謎に関係ありそうな物はないんですか?」
名前の様子を横目に見ながら、快斗が話題を変えるようにそう尋ねると、満は「うーん…」と腕を組んで考え込む。
「あそこは、中にあった家具や書物もほとんど焼けてしまったからな…」
「建物自体は残っていますけど、中も焼け焦げていて危険なので普段は鍵をかけて入れないようにしてあるんですよ」
「……そうなんですか」
(……となると、やっぱりチェスの謎が一番の手がかりか)
満と貴人の言葉に、快斗は小さく頷きながら考えを巡らせた。
「結局、泊まることになっちゃったわね…」
「何としても謎を解いてもらいてーみたいだな。あの人たち」
夕食を終えて「私たち、そろそろ…」と城を後にしようとしたものの、満達に引き留められた二人は結局一泊することになってしまった。
「とりあえず一晩考えて、謎が解けなかったらお暇しようぜ」
「…そうね」
「俺、昼間案内された客間が気になるからちょっと見てこようかな」
「あの二階の?」
一晩過ごすようにと二人が連れてこられた部屋は、昼間案内された客間とは別の部屋だった。快斗の突然の言葉に名前が目を丸くしていると、快斗はニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「ああ。あの部屋、なんか仕掛けがありそうだったから気になってるんだよ!誰か城の人間が来たときに、二人とも部屋にいねーと怪しまれるから、俺だけササッと行ってくる」
「そう?確かに私はそういうのに慣れてないけど、快斗なら人目を避けて行動するのは得意だもんね……」
普段から怪盗キッドとしていろんな場所に侵入している快斗。二階の客間くらい、簡単に確認しに行けるだろう。
「誰か来たら、俺はトイレにでも行ったって言っておいてよ」
「分かった」
名前が小さく頷くと、快斗はポンポンと名前の頭を軽く撫でる。
「あの人達、宝に執着してる以外は悪い人じゃなさそうだけど……俺が出たら、念の為に部屋の鍵はかけとけよ」
快斗はそう言いながらニット帽を被ると、ヒラヒラと手を振って部屋を出ていく。快斗を見送った名前は、ガチャンと鍵をかけるとベッドに腰をおろして携帯を取り出す。
「私はとりあえず、こっちを考えてみようかしら…」
そして昼間撮影した庭の写真を確認しながら、携帯でチェスのルールについて検索し始めた。
---コンコン、ゴン!
「ここか!」
誰にも気付かれることなく二階の客間にたどり着いた快斗は、客間の壁を端から叩いていき音の違う場所を見つけると口角を上げる。
(隣の部屋の窓の位置と、この部屋の構造。部屋と部屋の間に何か空間があるなーとは思ったけど、やっぱりな)
快斗は「となると、何か仕掛けがあるとしたらアレか」と言いながら、壁に掛けられた時計を見上げる。
部屋にあった椅子を時計の下まで移動し、椅子に乗って時計のフタをパカリと開ける。
「こういうのは、だいたい針をどっかの方向にあわせると……」
快斗はそう言いながら時計の針をクルクルとまわし始める。
--カチッ!
「おっ、ここか!……って、うわ!?」
すると長針と短針が12時の方向で重なった所で小さな機械音が響く。その音にパッと快斗が反応したタイミングで、突然目の前にあった壁がパカッと開く。時計を操作するために壁に手をついていた快斗は、突然目の前に現れた空間に為す術もなく倒れこむように壁の向こうに消えていく。快斗を飲み込んだ壁はクルンと一回転し元に戻ると、客間にはフタの開けられたままの時計と倒れた椅子だけが残された。