「青の古城」編
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---コン、コン
「失礼しまーす」
「はーい。あら、高木君。今日はもう仕事終わったの?」
「はい。今日は珍しく定時で上がれましたよ…あれ?」
勤務終わりに佐藤のお見舞いに来た高木は、ベッドサイドの床頭台を見て首を傾げる。
「誰か来たんですか?」
「え?ああ…これ?名前ちゃんと黒羽君が来てくれたのよ。綺麗でしょ」
高木の視線の先にある花瓶の花を見ながらそう話す佐藤は、意識が回復してから数日たった。既に集中治療室から一般病棟に戻り、病室内程度は自分で移動出来るまでに回復していた。そんな佐藤の言葉に「あの二人が…そうなんですか」と、納得したように頷きながら高木はベッドサイドの椅子に腰を下ろす。
「あの子達も、良い感じに落ち着いたみたいで良かったわ」
昼間お見舞いに来た二人の様子を思い出しているのか、佐藤が穏やかに微笑みながらそう呟く。
「?……ああ、そうですね。名前さんの記憶がなくて、黒羽君大変そうでしたからね」
「それもあるけど。あの事件の前から少しギクシャクしてたみたいだから」
「え?そうだったんですか?」
「ええ、喧嘩って感じじゃなかったけどね。あの日、犯人に撃たれる前にトイレで少し名前ちゃんと話したのよ」
「……そうですか」
軽く腹部を擦りながら話す佐藤。高木はその言葉に血塗れで倒れていた佐藤の姿を思い出し、僅かに顔を強張らせる。
「相談されたってほどでもないけど、あの時は結局話が途中になっちゃったから。少し気になってたのよね」
そんな高木の様子に気付かないまま、佐藤は更に言葉を続ける。
「まあ、素直に話し合えばうまくいくだろうな…とは思ってたんだけどね」
「え?」
クスクスと笑って話す佐藤の言葉に高木は不思議そうに首を傾げる。
「あの日名前ちゃんには言えなかったけど。話を聞いてる限りだと、あの子たち……お互いに気を使いすぎて言いたい事を言えないまま、結局はお互いの心配し合ってるだけなんだもの」
「はあ……まあ二人とも妙に大人びてるところがありますからねぇ。子供にしては思慮深いというか……」
(確かに、あの二人は思ったことを何でも素直に言い合うタイプには見えないな…)
普段から事件で何かと関わりのある名前と、今回の事件で行動を共にした快斗の事を思い浮かべながら、高木が納得したように呟く。
「そうでしょ?案外こんな事件に巻き込まれたお陰で、本音で話すことが出来たのかもしれないわね」
佐藤はそう言いながらチラリと二人が持ってきた花束に視線を向けて、小さく微笑みを浮かべた。
card.658
「佐藤刑事、元気そうで良かったわ」
時を遡ること半日程。面会を終えて病院を出た名前は、小さく息をつきながら安堵したようにそう呟く。
「あの様子じゃ、すぐに仕事も復帰出来そうだったな」
いつものようにケラケラと笑いながら快活な姿を見せた佐藤の様子を思い返して、快斗も苦笑しながらそう言葉を返す。二人がそんな会話をしながら病院の裏に足を進めると、駐輪場に停められた一台の黒いバイクが姿を見せる。
「よし、じゃ予定通り行こうぜー。ほら、名前ちゃんの分」
「ん、ありがとう」
ポンと渡されたヘルメットを受けとると、名前はバイクに跨がる快斗の後ろに座りながらヘルメットを被る。
「それにしても、てっきり電車で行くのかと思ったわ」
「せっかく遠出するんだし、たまにはこういうのも良いかと思ってよ!」
快斗はニヤリと笑いながら、ドルン!とバイクのエンジンをかける。「今日は部屋まで迎えに行くから、動きやすい洋服で待ってて」と言われた名前。朝、約束の時間にスズキのGSX250Rに乗ってマンションにやって来た快斗の姿には、名前も思わず目を丸くした。
「次郎吉さんのハーレーを運転してたから乗れるのは知ってたけど、自分のバイクも持ってたのね」
「ああ。ちょっと前……って言っても、名前ちゃんと出会う前だけど。キッドの逃走手段として使ったんだ。警察は俺が飛んで逃げるとばかり思ってるからな!」
「ふふ、なるほど。中森警部が悔しそうにしてる姿が目に浮かぶわ」
名前は困ったように笑いながらそう言うと、グローブとヘルメットを付け終えた快斗の姿を見て快斗の腰に腕をまわす。
「じゃ、行くぜ。しっかりつかまってろよ?むしろ、もっと思いっきり抱きついて!!」
「ふふ、安全運転でお願いしまーす」
名前は快斗の言葉に楽しそうに笑うと、快斗の背中にすり寄るようにして距離を詰める。
「準備出来たか?ここからだと、大体一時間くらいだな。疲れたら休むから、遠慮しないで言えよ!」
「ええ、わかった」
---ブロロロ…
名前がしっかりとつかまったのを確認した快斗は口元に笑みを浮かべると、グッとハンドルを握り直してバイクを走らせる。一定のリズムで低い音を響かせるエンジンの振動と肌を撫でる心地よい風に身を任せ、快斗の背中に頬を寄せながら流れ行く町並みを眺める名前。
(久しぶりに二人で出かけるからっていうのもあるけど、わざわざバイクを選ぶなんて。まだ気にしてるのかしら)
記憶を取り戻してから、隙あらば名前とスキンシップを取りたがる快斗。"これ"もその一環なのかもしれないと思いながらも、快斗の不安が和らぐようにという思いを込めて、ギュッと抱き締めるように快斗につかまる手に力を込めた。
「ほい、珈琲」
「ありがとう」
バイクを走らせること数十分。山間の奥多摩周遊道路の途中にある駐車場のベンチに座り休憩をとる名前と快斗。途中で立ち寄ったコンビニで買ったおにぎりを口にしながら、名前はぐるりと辺りを見渡す。
「良い景色ね。山もあって、奥多摩湖もよく見えるわ」
「ここ、月見駐車場って言うんだけど。ツーリングで人気のスポットなんだよ」
「へー、そうなんだ。確かに空気も景色も綺麗だもんね」
奥多摩湖に隣接する南側の山間にある駐車場。木々で囲まれた高台の駐車場からは、遮るものもなく雄大な奥多摩湖を一望出来て澄み渡る空と白い雲とのコントラストが美しい。珈琲を飲み終えた名前はのんびりと空を見上げる。そして身体の力を抜くようにリラックスした様子で小さく息を吐き出すと、隣に座る快斗に視線を向ける。
「そういえば、快斗が帽子って珍しいわね」
「ああ、これ?メット被ると、髪の毛に変な癖がついちまうからさ。隠してんの。結構キッド関係の下見の時にはキャップ被ったりしてるけど、そんなに珍しいか?」
まじまじと自分の頭に視線を向ける名前に苦笑しながら紺色のニット帽に軽く触れてそう話す快斗。名前は「そうなんだー、私は見慣れない感じがするわ。似合ってるけどね」と、言葉を返す。
「昼飯、こんなんで良かった?」
名前の言葉に微笑みを返しつつ、快斗はベンチに置かれたコンビニ袋に視線を落としてそう尋ねる。
「明日は前に調べた釜めし食いに行こうかと思ってんだけどさ。今日は何となく二人でゆっくりしたくて」
ポツポツと気まずそうにそう話す快斗。名前は少し考えるように視線をさ迷わせながら快斗の手をギュッと握ると、コテンと快斗の肩にもたれてキラキラと太陽の光が反射する奥多摩湖を見つめる。
「いろいろ事件とかで慌ただしかったから、二人でこうやってゆっくり綺麗な景色を眺められるの嬉しいわ。バイクの移動も新鮮で楽しいし」
「……そう?」
「ええ。落ちないようにっていう大義名分のもと、快斗にくっついていられるしね?」
「へ?」
「電車じゃ、そうはいかないもんね」
クスクスと笑いながら話す名前に、快斗は「やっぱり気付かれたか…」と、恥ずかしそうに口元を手で覆い隠す。
「……ったく、どうしたもんかなぁ」
「え?」
「自分でも思った以上に堪えてるんだよね、俺。一秒でも長く、時間の許す限り名前ちゃんといたい」
快斗はそう言いながら、自分にもたれる名前の肩に腕をまわす。
「それから、俺が触っても拒まれないって何度だって実感したい」
「快斗……」
「ごめんな、姑息な真似して。電車の方が楽だっただろ?」
「そんな事ないわ。電車で来てたら、こんな景色見られなかったし」
名前はそう言いながら、軽く身体を起こして快斗の顔を見上げる。
「快斗がそう思うなら、どうする必要もないわ。私だって逆の立場で快斗が私の事を忘れちゃったら、きっと同じように思うから」
「名前ちゃん…」
「私の全部、快斗がもらってくれたんでしょ?気の済むまで好きなだけ触れて」
「……ふ、ハハッ。すげー殺し文句」
名前の言葉に一瞬目を丸くした快斗だったが小さく口元に笑みを浮かべると、するりと名前の頬を撫でる。
「いいの?一生、気が済む日なんて来ないかもしれないぜ」
その言葉を最後に二人の視線が絡み合うと、どちらからともなく距離を詰めて唇が重なる。重なった唇から互いの熱が伝わって、じわりと身体に熱い熱が孕む。その熱を冷ますように、二人を囲む木々を抜けてきた穏やかな風が名前の髪を揺らしていく。
「……その方が、私にとっても好都合だから問題ないわ」
「ハハ。名前ちゃん顔真っ赤で可愛い」
ゆっくりと唇が離れると、照れ隠しのように視線をそらしながら告げられる名前の言葉。そんな名前の反応に、快斗の口元はゆるゆると緩む。付き合い始めた当初プラトニックに育まれていた二人の関係は、図らずも事件に巻き込まれ窮地を乗り越える度に少しずつ進展してきた。"ウブな名前ちゃん"と、面白おかしくからかっていた頃に比べると、随分自然に、そして当然のようにこういう事が出来るようになったな、と感慨深い気持ちにもなる。
「……あそこに見えるの何かしら?」
そんな風に名前との思い出に浸っていると、ふと快斗の腕の中で名前が小さく呟く。
「ん?どれ?」
「ほら、あそこ」
我に返った快斗が名前に視線を戻すと、名前は眼下に望む奥多摩湖の少し手前を指差している。
「何だ?あれ…小さい城みてーだな」
「こんな所にあんな建物があるなんて…誰か住んでるのかしら?」
名前の指し示した方向に視線を向けると、生い茂る木々の隙間から青い屋根に蔦の絡まるレンガ造りの西洋風の城が見える。
「きっとどっかの金持ちが外国の城を買って、バラしてからこっちで組み立てたんだろーぜ」
快斗はそう言いながら、不思議そうに城を見つめる名前の横顔と眼下に佇む城を見比べた後に、チラリと腕時計を確認する。
「せっかくだから近くで見てみるか?コテージに向かうのと同じ方向だし」
「わー、近くで見ると凄いわね」
「ああ。案外綺麗に管理させてるから、やっぱり誰か住んでるんだな」
何気なく尋ねた提案に、思いがけず好反応を示した名前を連れて城の前までやってきた快斗。門の前にバイクを止めて、ヘルメットを外して城を見上げる。
「エッグの時に行った横須賀のお城よりは小さいわね」
「ああ…あれ立派な城だったのに、燃えちまったんだもんなぁ」
「そうね…結局、地下は無事だったのかしら?」
城を見上げたままそんな会話をしていると「おい、お前達!そこで何をしている?」と、柵の向こうから作業服を着た男性に声をかけられる。
「あ…すみません。立派な建物なのでつい見入ってしまって」
「おじさんは、ここの家の人?」
「俺はこの家の庭師をしてる田畑だ。ここは間宮様ご一家のご自宅だ!ヨソ者がジロジロ家を覗くんじゃねぇ!!」
庭師の田畑によると間宮という一家が住んでるらしいが、名前達に向けられる田畑の訝しむような視線に二人は軽く目配せする。
「すみませんでした。私達そろそろ失礼しますから……」
「おや?君はもしかして、名前さんではありませんか?」
田畑の視線から逃れるようにバイクに戻ろうとした名前達だったが、ふいに建物から出てきた初老の男性から声がかかる。
「だ、旦那様!?この娘をご存知なんですか?」
「こら、田畑。そんな言い方は失礼だろう」
「名前ちゃん、知り合い?」
「いいえ、見覚えないけど……」
田畑がペコペコと頭を下げる男性に名前を呼ばれた名前は、快斗と不思議そうに顔を見合わせる。
「失礼しました。私は間宮満と言います。名前さんの事は以前新聞で拝見したことがありましてね」
「は、はあ。そうですか…」
「有名な高校生探偵だと伺っていますよ。こちらには何かの調査に?」
「いや、ただの旅行ですよ。たまたま大きな建物が見えたんで寄ってみただけです」
快斗の言葉に、満は「ほぉー、そうでしたか」と小さく相槌を打ちながら、何かを考えるように名前と快斗に目を向ける。
「失礼ですが、君の名前は?」
「あ、俺は黒羽快斗です。名前とは同級生で……」
「黒羽君ですか……よろしけば、お二人とも中へどうぞ。なんなら泊まっていかれてはいかがかな?」
「え!?」
突然の提案に名前と快斗は驚いて顔を見合わせる。
「だ、旦那様!大奥様に断りもなく急にそんな…」
「私の友人と言っておけば、義母さんのあの状態なら問題ないだろう。それより、高校生探偵の彼女にあの件について意見を聞いてみたいじゃないか」
「そ、それは…そうですが」
満の提案に戸惑っていた田畑も、"あの件"という言葉にピクリと反応し口をつぐんでしまう。
「おいおい…あのおっさん、言うだけ言って中に戻っちまうぞ」
田畑とのやり取りを終えた満は、くるりと踵を返して屋敷の中に戻ってしまい、その背中を見送りながら快斗が呆れたように呟く。
「どうする?さすがに泊まるのは断るにしても、とりあえず中に入って話だけ聞いてみる?」
「ああ……今さら帰りますとも言えないし、仕方ねーな」
「お城を見せてもらえるのは魅力的だけど、変な話じゃないといいわね……」
"高校生探偵"という点に異様に反応していた満の態度を思い返して、名前と快斗は小さくため息をつく。そして田畑の後に続いて大きな門をくぐって城の敷地内に足を踏み入れたのだった。
*少し捕捉
快斗が怪盗キッドとして、飛行機やらハンググライダー等を乗りこなしているのは言わずもがなですよね。今回出てきたバイクは、まじっく快斗5巻で快斗が乗っていたものです。バイクに跨がる姿がかっこ良くて、どこかで出したいな…と思っていました。まじっく快斗は未読の方もいらっしゃると思うので、一応捕捉しておきます。