「瞳の中の暗殺者」編
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トロピカルランドに駆けつけてきた目暮や小五郎達に記憶が戻ったことを伝え、事情聴取や怪我の手当てなどを終えた名前達が名前の部屋に帰って来た頃には、既に日付が変わろうとしていた。事件に巻き込まれてから記憶を取り戻すまで目まぐるしい日々を過ごし、さすがに疲れを感じていた名前だったが、部屋につくと一息つく間もなく流れるような動作で快斗にベッドに押し倒される。
「……痛くない?」
名前は突然の事に僅かに戸惑いながらも、自分を見下ろす快斗の頬に手を伸ばし頬に貼られたガーゼに触れてから、その指先を肩まで滑らす。そこには、頬よりも広範囲に傷口を覆い隠す包帯が巻かれている。快斗はそんな名前の手を取ると、その手にチュッと軽く唇を寄せながら「これくらい平気だよ」と、笑って言葉を返す。
「名前こそ足とか頭とか…どこも痛くねーの?」
「もう平気よ」
「そっか、良かった。……本当に」
快斗は名前の答えに小さく微笑むと、名前の額や頬に口付けを落としながら耳元に唇を寄せる。
「俺の名前、呼んで」
「……快斗」
「もう一回」
「…ん、快斗」
「もっと……もっと呼んで」
耳元にかかる快斗の吐息、それと同時に服の中に滑り込んで直接身体に触れる快斗の手の動きにピクリと身体を震わせながらも、名前は快斗に求められる度に何度も繰り返し名前を呼んで答える。
「……あー、本当に名前だ」
噛み締めるようにそう小さく呟いて、へにゃりと目尻を下げて笑う快斗。その表情は笑っているのにどこか泣いているように見える。普段見る事のないその表情に、名前はキュッと胸が締め付けられるような感覚を覚えながらも、そっと快斗の首に腕をまわして快斗から与えられる甘い刺激に身を委ねていった。
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「……そういえば、俺名前に謝らなきゃならないことがあってさ」
「え?」
今日までの数日間、快斗が感じた不安や悲しみを埋めるかのように身体を重ね合わせた二人。情事後特有の不快感のない甘い気怠さと、今日までの疲労が相まってうとうとしかけていた名前だったが、聞こえてきた言葉にゆるりと伏せていた顔を上げて隣の快斗に視線を向ける。
「名前があんまり話したくなさそうだった家族の話……オメーが記憶をなくした日に聞いちゃったんだ」
「え、あの事件の後に?」
不思議そうに首を傾げる名前に、快斗はチラリと視線をあわせながら言葉を続ける。
「……ああ。あの犯人だった医者や警部さん達は、オメーが記憶をなくしたのは事件に巻き込まれたショックのせいだって言ってたんだけどさ。俺はどうしてもそれだけじゃない気がして…」
「……………。」
「普段の名前ちゃんなら、むしろ佐藤刑事を襲った犯人の特徴とか見逃さずに冷静に対処するだろ?」
「……んー、そうかしら?」
「今回はさ、あの事件の少し前から名前いろいろ悩んでただろ?その事が記憶を失くした事に関係してるなら、そばにいる俺が事情を知らないままだと記憶を取り戻せないんじゃないかと思ってさ」
「……どうしてそれが家族の事だと思ったの?」
首を傾げながら尋ねる名前に「実は、名前が母親と電話で揉めてるのも聞いてたんだ」と、快斗は気まずそうに付け加える。
「電話……ああ、そうだったの。ごめんね、事件の前からいろいろ気を使わせてたのね」
名前は数日前の母親との会話を思い出して、顔をしかめながら小さく息をつく。そして、くるりと身体の向きを変えると快斗の胸元にすり寄るように身体を寄せる。
「正直、私自身…何で記憶をなくしたのか明確には分からない。でも、確かに犯人に撃たれて意識を失う時に昔の事を思い出していたような気もする」
「……そっか」
快斗は小さく相槌を打ちながら、名前の背中に手を回してギュッと抱き締めるように身体を寄せる。
「あの人達を親とは思わない、自分は昔の事なんて今さら気にしていない……そう思ってた。だけど、前にヒロキ君に言われたの」
「え?」
(ヒロキ君?ヒロキって、あのヒロキか?)
快斗は数ヶ月前に仮想空間の中で出会った少年を思い浮かべながら、黙って名前の言葉の続きを待つ。
「……"今も昔も、いらない物ではないだろ?手に入るなら、求めて良いなら…今だって、欲しいんじゃないの?"って。多分そうだったのよね……もう子供じゃない、気にしてないって強がってただけで、本当はあの日からずっと手を伸ばしたかったのかも……」
そこまで言って、名前は自分を抱き締める快斗を見上げて困ったように微笑む。
「自分の事なのに気持ちがこんな風に曖昧だから、今日まで快斗に事情を話せないままだったのかもしれない。だから、どうしても知られたくなかったわけでもないの。私の事情を他の人から聞いた事に関しては、そんな風に謝る必要はないわ」
「名前ちゃん……」
「私から離れない、私の事を置いていかないって快斗が言ってくれたから……だから、あの日掴めなかったものに手を伸ばせた気がするの。だから記憶も戻った。快斗がいるから、私は今度こそ本当に大丈夫。もう昔の事は本当に気にしてないわ」
快斗の目を真っ直ぐ見つめてそう言い切った名前の表情は、戸惑いや迷いもなくスッキリしていて快斗は小さく安堵の息をつく。
「……ああ、何度でも言うよ。俺は絶対に名前ちゃんから離れないし、置いていかない」
「ふふ、ありがとう」
名前は嬉しそうに微笑みながら、ふと「そういえば…」と、改めて快斗に視線を向ける。
「私の話は新一から聞いたの?」
「あー……いや、名探偵じゃねーよ」
「?」
「どんな事情があるにしても、名探偵は名前の了承なく俺に名前の事を話すとは思えなくてさ」
「ああ、確かに……それじゃ、誰から聞いたの?おじさんとか?」
「いや、実は……」
---カラン、カラン
「いらっしゃいませー……おや、」
聞き慣れたベルの音と共に店内に入ると、完璧な笑顔で客を迎え入れていた安室が入ってきた二人の姿を見て僅かに目を見開く。
「こんにちは、安室さん」
「どーも」
「名前さん、黒羽君……その様子だと無事に記憶が戻ったようですね」
手を繋ぎながら店内に入ってきた二人を見て、安室は可笑しそうに笑ってそう言うと二人をカウンターに促す。
「昨日戻ったんですよ。ついでに無事に犯人も捕まって……ほら、名前ちゃんこっちに座れよ」
「……ほー、そうでしたか。またいろいろあったようですね」
名前の手を引いてカウンターの椅子に腰を下ろした快斗。その頬に貼られたガーゼや襟元から覗く包帯をチラリと見て、安室は苦笑しながらそう言葉を返す。
「今、探偵事務所に行って蘭やおじさん達にお礼を行ってきたところなんです。安室さんも巻き込んでしまったみたいで…ご迷惑おかけしました」
昨日の夜、名前の事情を快斗に伝えたのは安室だと聞いた名前。快斗の口から意外な人物の名前が出たことに驚いたものの、少なからず協力してくれた安室に無事に記憶が戻った事を伝えようと二人でポアロを訪れたのだ。
「僕は黒羽君と少し話をした程度ですから」
安室は二人の前に珈琲を置きながらチラリと名前に目を向ける。
「むしろ、名前さんの許可を得ずにいろいろ話してしまってすみませんでした」
「……いえ。おかげで記憶も戻りましたし、元々自分から快斗に話すタイミングを失ってた所もあったので、いい機会だったのかもしれません」
「そうなんですか?」
「ええ、こんな事がなければズルズル話せないまま過ごしていたかもしれませんから」
「そうでしたか……まあ、相変わらず仲が良さそうで何よりですよ」
わざわざ椅子の位置をズラしてピッタリと寄り添うように座る二人。その姿を見た安室が苦笑しながらそう言うと、名前がピクリと肩を揺らす。
「…これは、昨日からずっとこうなんです」
「だってさー、せっかく記憶が戻ったんだぜ?片時も離れたくないじゃん?」
「ないじゃん?って言われても……」
「ハハ、なるほど。さっき店に入って来た時も手を繋いでましたもんね。他人の目がある場所だというのに、名前さんにしては珍しいな…と思いましたが。甘んじて受け入れてるわけですか」
「……まあ、記憶をなくして心配をかけた自覚はありますから」
安室に図星をつかれて恥ずかしそうに笑う名前。昨日の夜肌を重ねた後も、快斗は暇さえあれば抱きついてきたり腕を組んだりと接触してくる。元々スキンシップを取りたがるタイプだったけれど、今のこれは名前が記憶をなくし自分を忘れられた事による精神的なダメージが影響しているのだろう。その原因を作った張本人である名前は拒否するわけにもいかず、快斗の気がすむまでされるがままになっている。そして相変わらず今も名前にピッタリと身体を寄せたままの快斗が、頬杖をつきながら口を開く。
「安室さんには、喝を入れてもらいましたからねー。こうやって無事にラブラブな関係を取り戻したところを見せておかないと」
「…喝?」
快斗の言葉に不思議そうに首を傾げる名前の横で、快斗と安室はチラリと顔を見合わせる。そして快斗はわざとらしくため息をつくと、名前に向かって大袈裟に話始める。
「ああ。聞いてくれよ、名前ちゃん!安室さんってば、思い上がりだ、自惚れるなって……落ち込んでる俺に向かってすげー言い様だったんだぜ?」
「ハハ。君たちがお互い思い合っているとはいえ、付き合って数ヶ月程度の関係だというのに…"本当に自分の存在が名前にとって大きいなら、例え精神的に追い詰められていても記憶なんかなくさないはずだ"…なんて言うからだろう?」
「……………。」
自分が記憶をなくした直後の快斗の本音だと思われる言葉を聞いて、名前は気まずそうに眉を寄せるが安室は構わずに言葉を続ける。
「いろいろ事情のある君たちが普通の高校生のカップルに比べたら絆が深いのは認めるが、自分の存在が辛い過去のトラウマを帳消しに出来ると思っているのなら、それは思い上がりだと言ったんですよ」
「ちょっと…安室さん。せっかく名前の記憶が戻ったのに、今さら俺を追い詰めなくてもいいじゃないですか!」
あの事件のあった日の夜、車内で安室から言われた話を改めて聞かされた快斗はうんざりしたように眉を寄せる。
「だから言っただろう?そういう存在になりたいなら…意地でも記憶を引きずり出させて、過去やトラウマを埋め尽くして感知する隙を与えないまで自分に依存させるくらいの覚悟を決めろって」
「……快斗には、そこまで荒っぽい関わり方はされませんでしたけど」
明らかに本性の出ている安室の口調と発言に、名前は思わず顔を引きつらせる。
「荒っぽいですか?僕が恋人の立場なら、そう考えますけどね」
「……………。」
平然とそう話す安室に名前と快斗は何と言葉を返そうかと顔を見合わせるが、それより先に「ま、君たちなりにうまくまとまったなら問題ないのでは?」と安室が言って、それまでの話題を締めくくる。
「ハハ、とにかく安室さんのおかげで俺も助かったんでありがとうございました」
「構いませんよ。僕が困っている時には、存分に力になってくださいね」
「えー?安室さんがヤバイ時に俺に出来ることなんかあります?」
乾いた笑みを浮かべつつ、意外と楽し気に安室と話をしている快斗。
(三船さんの時といい、最初は険悪でも結局は誰とでも仲良くなるのよね…快斗は)
そんな二人のやり取りをぼんやりと眺めていると、ふいに安室の視線が名前に向けられる。
「……そういえば名前さんも撃たれたと聞きましたが、記憶以外の体調の方は問題ないんですか?」
「あ、私は問題ないです。佐藤刑事も意識が戻ったようなので、今度の休みに会いに行くつもりなんです」
「佐藤刑事も回復したんですか?」
「ええ。週末には一般病棟に戻れるらしいので……本当に良かった」
そう話しながら小さく息をつく名前。そんな名前の頭をポンポンと軽く撫でながら、快斗が笑顔で言葉を続ける。
「んで、病院に寄った後に二人でゆっくりどっか行こうぜって話してたんだよな?最近いろいろあったからパーッと息抜きにさ」
「へー、いいじゃないですか。またおかしな事件に巻き込まれないといいですね」
「ちょっと!!嫌なこと言わないでくださいよ!!」
「君たちは短期間にアレコレ巻き込まれすぎなんですよ」
「……確かにそうですね。週末くらいは久しぶりにのんびり過ごしたいわ」
名前は、ここ最近自分達が巻き込まれた事件を思い浮かべてため息をつきながら珈琲に口をつける。
「どこに行くのか決めたんですか?」
「奥多摩の方に行くつもりなんですよ。いい感じのコテージもあるし、近くで旨い釜めしが食えるらしくて」
「ほー、いいですね。奥多摩と言えば、川魚もオススメですよ。ヤマメの塩焼きとか」
「ヤ、ヤマメですか…」
「どうかしました?」
明らかに狼狽える快斗を見て、きょとんと不思議そうに首を傾げる安室。その二人のやり取りに、名前は吹き出すように小さく笑いをこぼす。
「ふふ。快斗、魚は見るのもダメなくらい苦手なんですよ」
「魚が?子供じゃないんですから、好き嫌いしないで食べてみたらどうですか?」
「イヤイヤ!!絶対無理!!食べるのも、見るのも、なんなら人が食べてるのを見るのも嫌なんですから!!」
「水族館にも行けないし、海に潜るのも嫌なんだもんね?」
ワーワーと如何に自分が魚嫌いかを語る快斗と、それを見て可笑しそうに笑う名前。数日前に会った落ち込んだ様子の快斗とは別人のようだと思いながらも、二人のやり取りを見ながら安室は小さく笑みを浮かべる。
(……魚嫌い、か。この二人の事は基本的に信用するつもりではあるが、未だにキッドの正体は掴めていない。些細な事にせよ、二人の情報が増える事に越した事はないか)
いつも通りの二人の姿に安堵しつつも、安室は新たに知った快斗に関する情報を脳裏に刻み込みながら僅かに目を細めたのだった。
ちょこっと後書き
書きたいことが多過ぎて、まとまらなかった瞳の中の暗殺者編。オリジナル要素も多いせいか一番苦労しました。何か一つ大きな決め手がキッカケとしてあるというよりは、これまで二人が乗り越えてきた様々な経験を踏まえて記憶を取り戻す感じにしたかったんですが。うーん。ひとまず瞳の中の暗殺者編fin
次回は少し瞳の中暗殺者編を引きずりつつ、違うお話が始まる予定です。