「瞳の中の暗殺者」編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「もしもし!?黒羽か?今そっちはどうなって……」
トロピカルランドに向かっているコナン。何度か繰り返し鳴らしたコール音が途切れると、相手の言葉も待たずに慌ててそう話始める。しかしそんなコナンの言葉を遮って、電話口からは快斗の大声とエンジン音や激しく水を切る音が聞こえてくる。
「は?銃撃!?お前ら今どこに…え、おい?大丈夫か!?」
(くそっ、やはり犯人もトロピカルランドに!)
やっと電話が繋がったと思いきや、突然電話の向こう側が慌ただしくなりそのまま会話が途切れる。コナンは眉を寄せて快斗に向かって呼びかけるが、コナンの耳には微かに聞こえる名前と快斗のやり取りやガタガタと緊迫した様子の物音のみが届く。離れた場所にいてどうすることも出来ないコナンと助手席で様子を伺っていた灰原は、険しい表情で顔を見合わせる。
「もしもし!?……ああ、今は大丈夫なんだな?この事件の犯人は風戸先生だ。あ?嘘じゃねーよ!」
しばらくの後、再び聞こえてきた快斗の声にパッと反応したコナン。名前達が何とか窮地を凌いだ事を確認し、快斗に一連の事件の犯人や動機を早口で説明していく。
「あの人は7年前、東都大学付属病院で若手ナンバーワンの外科医だった。しかし、仁野さんと風戸先生が共同で執刀した手術で仁野さんが誤って風戸先生の左手首をメスで切ってしまった。その事故により、あの人は外科から心療科に転向にしたんだ」
card.655
「……その恨みを晴らすために、あんたは一年前仁野さんを殺害した。そして自殺として処理されたはずの事件が再捜査されている事を知って、捜査に関わる三人の刑事を襲った」
「ああ、概ね通りだ」
コナンから聞かされた犯行の動機を風戸に向かって告げる快斗。それを聞いた風戸は、快斗の話を肯定しながらも眉を寄せて言葉を続ける。
「だが一つ訂正させてもらおう。仁野は誤って俺の腕を切ったんじゃない!!わざとやったんだ!あいつは俺が何よりも大事にしていた仕事を奪った!!」
「……………。」
(何よりも大事な仕事…?)
岩影で快斗と風戸の会話を聞いていた名前。風戸の言葉にピクリと反応して眉を寄せるが、ふと快斗が風戸に見えないように自分に向かって合図しているのに気付いてそっと岩影から出て快斗の隣に並ぶ。
「……だが、今の話には俺が犯人だという証拠はない。佐藤刑事が撃たれた時、俺からは硝煙反応は出なかったからな」
風戸は、快斗と名前に改めて銃口を向けて笑いながら言葉を続ける。
「お前達を始末して、その探偵とやらの口封じさえすれば俺が捕まることはない!さあ、その探偵がどこのどいつか教えろ!下手に逆らうと、お前の大切な彼女を苦しみながら死なせることになるぞ!!」
風戸の言葉に眉を寄せた快斗は、名前の腰に手をまわして自分の元へ引き寄せる。
「探偵の名前を言うつもりはないし、名前を死なせるつもりもねーよ!硝煙反応を出さずに佐藤刑事を撃ったトリック、知りてーなら説明してやるよ!」
「何!?」
「アンタが警察に捕まった後でな!!」
戸惑う風戸に向かってそう言い放った快斗は、名前の身体をギュッと抱き締めると岩影に隠れていた滑り台に飛び込む。
「!?」
滑り台の存在に気付いていなかった風戸は、突然姿を消した二人に大きく目を見開いた。
----シャァァ…
「黒羽君!この滑り台は?」
「これを降りると、科学と宇宙の島エリアに出るんだ。このまま逃げ切って外に出よう!」
小島の頂上から続く長い滑り台を勢いよく滑り降りた二人は、すぐに立ち上がって出口に向かって必死に走り出す。
----パァンッ!
「くそっ、もう追い付いてきやがった!!」
しかし、今朝青子達と待ち合わせをした噴水広場を抜けようとしたところで、後を追ってきた風戸が背後から二人に向かって発砲する。
「逃がさないぞっ!!」
---パァンッ!!パァンッ!!
「危ねぇ!!……っ!!」
「黒羽君!」
連射される銃弾から名前を庇おうと、名前を背中から抱き締めた快斗の肩を一発の銃弾が掠める。肩を撃たれた衝撃でバランスを崩した快斗が倒れ込みそうになり、名前は振り返って快斗を支えようとするが、その時ふと快斗の肩越しに自分に銃口を向ける風戸の姿を捉えて小さく息を飲む。
----ドサッ!!
----ザザザ…バシャーッ!
快斗の身体を支えきれなかった名前が快斗の身体と共に後ろに倒れ込んだタイミングで、地面から勢いよく水が噴き出す。そして、風戸から守るように高く噴き上がった水柱が二人をぐるりと囲む。
「……噴水か。名前ちゃん大丈夫か?俺の身体を支えながら倒れたから痛かっただろ?」
名前を押し倒すように倒れ込んだ快斗は地面に倒れたまま自分を見上げている名前に声をかけるが、名前は目を見開いて黙り込んでいる。
「名前ちゃん…?」
噴水の水を浴びた快斗の髪からポタポタと名前の顔や首筋に雫が落ちるのにも構わずに、名前は真っ直ぐ快斗を見つめる。
「…前にもこんな事、あった?」
「え?」
「……背中が痛くて、黒羽君が濡れてて……私に黒羽君の身体からこうやって雫が……」
「……っ!」
一連の事件の犯人とその動機を知った事、事件の日と同じように自分に銃口を向ける風戸を見た事、快斗に押し倒されるようにして倒れている状況。何がきっかけなのか、これまでの全てが積み重なった結果なのか。それは分からないものの、何かを思い出すようにポツポツと呟く名前。その言葉を聞いた快斗は小さく息を飲む。
「…ふ、ハハっ」
「黒羽君?」
「……何でもいいから思い出してほしいって思ってたけど、まさかあの日の事を思い出すとはな」
「え…?」
苦しそうに顔を歪めながら視線を下げて独り言のように呟く快斗。その表情は濡れた前髪に隠れて見えなくなる。その姿に名前は更に既視感を感じて、ドクンと脈打つような心臓の鼓動を感じる。
「…そうか。あの時も背中痛かったんだな…気付かなくてごめん。……だけどさ、俺…言ったじゃん」
「……………。」
濡れた前髪の隙間から、不安そうに、そして苦し気に揺れる快斗の瞳と目が合って、名前は小さく息を飲む。
「今も、これから先も…どんな事になっても、どんな時も一緒にいるから。全部俺にちょうだい……って。俺、言ったじゃねーか」
その言葉と共に、快斗の瞳から溢れた涙がポタリと名前の目尻に落ちて頬を伝う。
「苦しい事も、悲しい事も……そんなの関係なく全部だよ。名前の事なら、何だって構わず全部俺にくれよ」
「……………。」
「記憶をなくすくらい辛かったなら、俺に話してくれれば良いじゃねーか。何があったって、俺は名前ちゃんのそばから離れたりしないのに。絶対に、お前を置いていなくなったりしねーから…………俺は、オメーが何よりも大切で、誰よりも愛してるんだ。頼むよ、俺を思い出してくれ…名前!!」
溢れ出た涙と共に告げられたそれは、記憶をなくしてからずっと隠されていた紛れもない快斗の本音。そして以前、同じように生命の危機と難しい選択を迫られた時に告げられたのと同じ台詞。その言葉に、名前の瞳からポロリと涙が落ちる。
--ママ!パパ!今日名前と約束の日だよ?どこに行くの?--
--本当に?待ってるからね--
ずっと追いかけたかった。自分から離れてほしくなかった、置いていかれたくなかった。あの人達の背中に最後まで伸ばす事が出来なかった自分の手を、ゆっくりと快斗の頬に伸ばして快斗の涙を拭う。そして反対の手を快斗の首に回して自分の身体を快斗に寄せる。
「……快斗」
ギュッとすがるように身体を抱き締められながら、耳元で小さく呟かれたその言葉に快斗は大きく息をのむ。
「……私は、誰に何と言われてもずっと"快斗"と一緒にいる。覚悟なんてとっくに出来てる。……あの時そう言ったのに、忘れてごめん」
「名前……お前、」
「噴水が止まれば終わりだ!!もう諦めるんだな!!」
信じられないというような表情で名前の顔をジッと見つめていた快斗だったが、ふいに響いた風戸の声にハッと我に返って辺りを見渡すと、自分達を囲む水の勢いはゆるゆると徐々に弱くなっている。それを確認した快斗は、スッと上着の内ポケットに手を伸ばす。
---パシュ、パシュ!!
噴水の水が止まって銃口を向けた風戸が自分達に向かって引き金を引くよりも早く、快斗はトランプ銃を風戸に向かって放つ。
「な、何だ!?トランプ!?……くそっ!!」
正確に放たれたトランプは風戸の左手に当たり、風戸の手から拳銃が滑り落ちる。その隙に快斗が風戸に飛びかかり、ドサッと倒れた風戸を快斗が押さえ込む。
「もう終わりだ!!大人しくしやがれ!!」
「ふざけるなっ!!まだだ!!」
しかし、風戸は隠し持っていたナイフを取り出すとブンッと快斗に向かってナイフを振るう。
「……っ、くそっ!」
慌ててナイフを避けた快斗だったが、ナイフの刃がチリッと快斗の頬に掠る。自分を押さえ込んでいた快斗の身体が離れた隙に、風戸は勢いよく立ち上がり離れた場所に立っていた名前に狙いを定める。
「まずは、キサマから片付けてやる!!」
「名前!!」
--いい?名前。本当は危ない事に巻き込まれたら逃げるのが一番。だけど、それが出来ない時は相手から視線を反らしちゃダメ--
ナイフを手に迫り来る風戸。その先に立つ名前の脳裏にふいに幼なじみの声が響く。
--相手が武器を持っていたら、相手は自分が優位だと思って慢心してるはず。反撃されるなんて思っていないから、防御が甘いの。その隙を狙うの!利き足を少し下げて、軸足に体重を乗せながら軽く重心を落とす--
脳裏に響く声に従って、名前は右足を下げながら重心を落として風戸を真っ直ぐ睨み付ける。
--構えたら、自分の胸前に抱え込むように高く引き上げて加撃対象に向けて思い切り右足を振り抜くの。狙う場所は、おもに胴体もしくは下半身よ--
---ブンッ!!
「っ、何!?」
記憶がなくただ呆然と佇んでいると思っていた名前からの思わぬ反撃に、風戸は戸惑ってバランスを崩す。
--自分の攻撃が相手に当たらなくても、相手は戸惑うはず。そこがチャンスよ!その隙に更に攻撃を仕掛けるか、相手の武器を奪うの--
名前は間髪入れずにもう一度風戸の左手を目掛けて蹴りを入れる。
「うぐっ…」
手首を蹴られ顔をしかめた風戸の手からは、カランとナイフが落ちる。そのタイミングで風戸の背後から快斗が突っ込んできて、風戸の身体を勢いよく押し倒す。
「何度も何度も名前を狙いやがって!!今度こそ終わりだ!!くそ野郎!!」
倒れ込んだ風戸の背中を膝で押さえ込み、両手をギリギリと締め上げて拘束しながら快斗がそう叫ぶ。
「っ、……くそっ!!」
身をよじって抵抗しようとした風戸だったが、そのタイミングで遠くからファンファンと響いてくる警察車両のサイレンの音に気付くと悔しそうに眉を寄せて項垂れる。
(……名探偵が呼んだのか?)
快斗は自分の下で抵抗する気配のない風戸の姿に安堵の息をつきながら、押さえ込んだまま警察の到着を待つ。
「君たち、大丈夫か!?」
そして数分の後に自分達の元へ駆け寄ってきた数人の警官に風戸を引き渡して連行される姿を見送った快斗は、チラリと隣に立つ名前に目を向けて緊張しながら口を開く。
「……えーと、すげぇ蹴りだったな…?」
「……ええ。快斗も知ってるでしょ?蘭に護身術を教わったの」
「あ、ああ!」
ニッコリと笑顔で告げられた名前の言葉に、本当に名前の記憶が戻ったのだと快斗はゆるゆると頬が緩む。
「快斗のこと、一時でも忘れちゃってごめんなさい。ずっと側にいて、守ってくれてありがとう」
「ああ……いいんだ、名前が思い出してくれたなら。それだけで」
快斗が名前の頬に触れると、名前はそれを当然のように受け入れながら、するりと快斗の手にすり寄るような仕草を見せる。自分の手を拒まずに嬉しそうに微笑む名前を見て、快斗はじわりと胸が熱くなるのを感じる。
「記憶の戻った名前と話したいことはたくさんあるけどさ、」
「?」
「とりあえず、キスしていい?」
「………ええ、私もしたい」
名前は快斗の言葉に小さく目を見開いたあと、自分から快斗と距離を詰めてお互いの鼻が触れあうような距離でそう答える。快斗は名前の背中に手を回し、名前の鼓動や体温を味わうように隙間なく抱き締めると、スッと名前の顎を上に向けてゆっくりと自分の唇を名前に重ねる。名前は、快斗の柔らかな唇の感触に、懐かしさや強い多幸感、快斗に抱く狂おしいほどの愛しさが自分の中に沸き上がるのを感じて、鼻の奥がツンと痺れて瞼が熱くなる。それら全てが自分の記憶から成るものだという事、それを失いかけていた事を噛み締めながら、名前は快斗の背中に手を回し自分から口付けを深くしていった。
「どうやら記憶が戻ったようね」
「ったく。あいつら…ここが公共の場だってこと、忘れてんじゃねーのか?」
快斗と名前の影が重なりあっているのを、少し離れた物陰から見守っているコナンと灰原。コナンの変わりに警察に通報した阿笠は、駆けつけてきた警官にコナンから聞いた事件の概要を伝えている。そんな中、コナンは「なんで慌てて駆けつけてきて、物陰からコソコソと幼なじみのキスシーンを見なきゃならねーんだよ」と、うんざりしたような顔でため息をつく。
「あら、嫌なら邪魔してくれば?」
「…仕方ねーだろ、やっと記憶が戻ったんだ。黒羽も今回は堪えてたみてーだし、今日くらいは見逃してやる」
「へー?過保護なあなたのことだから、娘を持つ父親の如く割って入るのかと思ったわ」
「アイツらも付き合ってるんだ。そりゃ……キスくらいはしててもおかしくないだろーが」
からかうような灰原の視線に、コナンは肩を竦めて気まずそうに小声でそう言葉を返す。
「あら、意外。あなたもそういう気遣いが出来るのね」
「うるせー!アイツらに気付かれちまうから黙ってろ!!」
「はいはい…」
(あの二人…キスどころか、既にいろいろ済ませてるみたいだけど。事件以外の事となると、とんと鈍くなる工藤君は知らない方が良さそうね)
表向きは寛容な事を言いながらも「にしても長ぇな。……目暮警部達もそろそろ着く頃だし、やっぱりそろそろ止めに入るか?」と不満そうにブツブツと呟くコナンを横目に見ながら、灰原は可笑しそうに口元に笑みを浮かべた。