「瞳の中の暗殺者」編
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ワイワイと家族連れやカップルで賑わうトロピカルランドの入場ゲート。名前はゲートをくぐった所で足を止めると、視線を上に向ける。
「あの城が、ここの夢とおとぎの島エリアの目玉だな。上に上がると展望台になってて、夜はパレードもやるんだ」
名前がぼんやりと見上げていた西洋風の大きな城。その城を同じように見上げながら快斗がそう説明する。
「詳しいのね。ここも一緒に来た事があるの?」
「いや、二人で来るのは初めてだ。名前ちゃんはトロピカルランド自体が初めてだから、今日を楽しみにしてたんだよ。事前に一緒に調べたって言ったろ?」
「……そうだったわね」
自分がトロピカルランドを楽しみにしていた事も、事前に恋人である快斗と調べたことも全く身に覚えにない名前は、ギュッと鞄を
持つ手に力を込めながら言葉を返す。
「俺達は後ろから着いて行くから、お前たちは友人同士楽しむといい」
そんな中、快斗達の話を聞いていた小五郎と高木が笑顔で名前にそう告げる。
「……ありがとうございます」
「おし、じゃ行くか!青子達とは、科学と宇宙の島にある噴水広場で待ち合わせてるから!」
小五郎達に頭を下げながらも、どこか緊張した面持ちの名前。そんな名前に気遣いながら、快斗は笑顔でそう声をかけて園内に進んでいった。
card.652
「それ、何見てるの?」
阿笠邸のソファで真剣な表情で資料を読み込むコナン。それを後ろから覗き込みながら灰原が怪訝そうに尋ねる。
「名前、今日はトロピカルランドに行くんでしょ?着いていかなくても大丈夫なの?」
「あん?オメー、何でそんな事まで知ってんだ?」
資料から顔を上げたコナンは、不思議そうに首を傾げながら灰原に視線を向ける。
「黒羽君に聞いたのよ」
「黒羽にぃ?」
「あら、意外と気が合うのよ?私たち」
「気が合うって、オメー……」
「それに今回は彼だって相当堪えてるだろうし、放っておくわけにもいかないじゃない。……ま、私には話を聞くくらいしか出来ないけど」
肩を竦めてそう言いながら、コナンの向かいに腰を下ろす灰原。そんな灰原をしばらく見つめたあと、コナンは小さくため息をつく。
「名前には、黒羽がついてるからな。こっちは、とにかく犯人を見つけねーと」
ヒラヒラと手元にある資料を灰原に向かって翳しながらそう答えるコナン。灰原は「いつもは敵対してるけど…案外いいコンビよね、あなた達」と、小さく笑いながら資料に視線を向ける。
「これ、捜査資料?」
「ああ。仁野環さんから借りてきたんだ」
「環さんって確か、一年前に亡くなった仁野保さんの妹さんよね?」
「ああ。東都大学附属病院の外科医、仁野保さん。自殺として処理されたが、最近になって再捜査されていた事件だ」
「……ええ。そして、今回はその捜査をしていた三人が狙われたのよね?」
佐藤が襲われた事件のあった夜、それまで頑なに隠されていた"刑事連続射殺事件"の真相を小五郎と一緒に目暮から聞いたコナン。それを後日コナンから聞いていた灰原は、捜査資料を読みながらコナンと共にこれまでの経緯を整理していく。
「警察は、事件の捜査中に亡くなった友成警部の息子である友成真。そして、仁野氏が死亡する数週間前に揉めていたという小田切警視庁の息子、小田切敏也を容疑者と考えて捜査しているが……」
「工藤君の考えとは違うの?」
納得のいかないような顔をしながら捜査資料を読んでいるコナンに、灰原は不思議そうに尋ねる。
「ああ…少し気になることがあってな。これから博士に、東都大学附属病院まで送ってもらうことになってんだ」
「あら、それで朝からここに来てたのね」
コナンの話を聞いて納得した灰原は、バサリと捜査資料を置いて立ち上がる。
「それなら私も行くわ。上着とってくるから、待っててちょうだい」
「は?オメーも行くのか?」
「悪い?私だって、あの二人の事は心配だもの。黒羽君には、この間面倒をかけたしね」
フイッと気まずそうに視線をそらしながらそう呟いた灰原は、コナンの顔を見ないまま足早に地下室へ降りていく。
--この三人の中では、哀ちゃんの気持ちが分かるというか…一番立場が近いのは、俺だと思うんだよねー--
灰原の言葉を聞いて、コナンは以前快斗が言っていた言葉を思い出す。
「………ったく、どいつもこいつも」
そして持っていた捜査資料にチラリ目を向けながら、ため息混じりに小さく呟いた。
「こんにちは……中森さんと、桃井さん。林君に桜井君よね?仲良くしてもらってたみたいなのに、覚えてなくてごめんなさい。今日は来てくれてありがとう」
噴水広場で江古田高校の面々と対面した名前。青子たちに一人一人視線を合わせながら小さく頭を下げる。
「名前ちゃん!怪我はもう大丈夫なの?」
呆気にとられる林達を尻目に、青子はいち早くいつもの調子で名前に言葉を返す。
「ええ、怪我は大したことなかったから」
「そうなんだ、良かった」
「みんな心配してたんだから!名前ちゃん、今みんなの名前呼んでたけど…?」
「あ、ここに来る途中に黒羽君から聞いてきたの。間違えてなかった?」
「間違ってないよ!改めて私が桃井恵子。私たちのことは、名前で呼んでね!」
「うん、青子の事も青子でいいよ!」
青子の後に続いて恵子も名前に近寄って行き、女子メンバーはすんなり会話し始める。
「事情は快斗から聞いてたけど……名前ちゃん、本当に何にも覚えてないんだな」
そんな女子メンバーの会話を聞きながら、少し離れた場所に立つ林がポツリと呟く。
「つーか、お前"黒羽君"って呼ばれてんの?」
「そうだけど?」
「アイツらみたいに"快斗"って呼んでって言えばいいじゃん?覚えてないにしても、何か寂しくねーか?」
桜井が心配そうに眉を寄せながらそう尋ねるが、快斗は小さく笑って首を横に振る。
「俺の名前は、記憶を取り戻したら呼んでもらうからいいんだ」
「快斗…」
「それに記憶はなくても…名前である事には変わりないし、今の名前にも感情があるからな。記憶を無くす前の自分が親密だったらしい男から、以前の自分の事ばかり押し付けられたら今の名前の行き場がなくなっちまって可哀想だろ?」
名前が青子達と笑顔で話してる姿を眺めながらそう話す快斗を、林と桜井は目を瞬かせて見つめる。
「……何だよ?」
そんな二人の視線に気付いた快斗は、照れ臭くなったのか居心地悪そうに眉を上げる。
「いや、お前が急に大人っぽいこと言うから驚いてさ……そんな顔するんだな、お前も」
「いつも学校でバカやってるお前とは別人みたいだぜ」
「……うるせー」
ニヤニヤと笑う二人の言葉に、快斗は気まずそうに眉を寄せながら頭を掻くが、ふと真剣な表情に戻って二人を見る。
「それより……事情は昨日も説明したけど。あそこにいるのが、護衛についてくれる刑事と探偵のおっさんだから」
「おお!わかった」
快斗がチラリと自分たちの後方に視線を向けながら小声でそう説明すると、二人は笑顔で頷く。そんな林達の顔を見て、快斗はどこか呆れたように「今日オメーらが来てくれたのは助かったけどよ、本当に良かったのか?殺人犯に狙われるかもしれないんだぜ?」と尋ねる。
「大丈夫だよ!快斗がいつまでもしょぼくれてんのも見てらんねーしな」
「怪しい奴が寄ってきたら、俺らで制圧してやろうぜ!」
グッと拳を握りながら気合いのこもった表情でそう答える友人達。表情には出さないものの事件のあった日から気を張っていた快斗は、普段と変わらない二人の姿を見て思わず口元に笑みを浮かべた。
『安全バーをしっかり下げて、走行中は動かないでください』
「うおぉ…こんな細いバーだけで本当に大丈夫なのかよ!?」
「お前顔真っ青だぞ?」
怪奇と幻想の島エリアに移動し、ミステリーコースター-mystery coaster-と書かれたアトラクションに乗り込んだ一同。高いところが苦手らしい桜井は顔を青くしながら安全バーを握りしめていて、林が呆れたように声をかけている。
「名前ちゃんは怖くない?」
そんな二人の声を背中に聞きながら、快斗が隣に座る名前に声をかける。名前は安全バーを下げながら「どうだろう…そんなに怖いとは思わないけど、前の私はどうだった?」と、首を傾げる。
「いや……実は、さっき名前ちゃんはここに来るの初めてだって言ったけど、本当は遊園地自体あまり来たことがないらしくて」
「そうなの?」
「ああ。そのせいか、アトラクションも熱心に調べてたよ。俺にオススメは何か聞いたりしてさ!」
「……そうだったんだ」
快斗の話を聞いた名前は、安全バーを握りながら視線を下げてポツリと呟く。その様子を見た快斗は、名前の手をソッと握る。
「黒羽君?」
「だから、俺も楽しみにしてたんだ。今日一緒に来られて嬉しい」
「でも、今の私は……」
「ん?名前ちゃんは、名前ちゃんだろ?」
快斗の言葉に戸惑ったように眉を寄せた名前だったが、快斗はそんな名前に向かってニッコリと笑う。
「黒羽君……」
『お待たせしました!まもなく、発車します!10秒前!!』
「いよいよだな!」
「……カウトダウンから始まるなんて変わってるわね」
名前の言葉を遮るようにコースターのアナウンスがかかり、軽快な音楽と共にカウントダウンが始まる。名前は遮られた言葉を飲み込む変わりに、繋がれた快斗の手を控え目に握り返す。
『6、5……』
「おー、ドキドキしてきた!」
「ふふ、私も」
『3、2、1……』
「よし、行こうぜ!!」
カウントダウンが終盤に迫ると、快斗はワクワクしたようにそう言いながら、名前の手を握る力を強める。
「………え?」
--危なそうなもの持ってたら、今のうちに身体から離して……--
--1分切るぞ!!59、58……--
快斗の言葉と握られた手、響き渡るカウントダウン。ふいに脳内に別の情景が浮かび上がってきて、名前は小さく声を漏らす。
『ゼロ!!!』
しかし、そのタイミングで一段と大きなアナウンスが響き渡り、名前を乗せたコースターがグンッと勢い良く発進する。
--行くぞ!!--
--3、2、1……ゼロ!!!--
ゴォォォ!!と風を切って、猛スピードでレーンを進むコースターの揺れと身体に受ける浮遊感。それと同時に脳裏に浮かんでくる、緊迫したカウントダウンと爆発音。黒煙を突き抜ける赤い車。
(……この記憶は何?)
名前は快斗の手をギュッと握りながらも、脳内に浮かび上がる断片的な情景の先を思い出そうと考えを巡らせていた。
「意外と迫力あったな!名前ちゃん大丈夫だった?手に結構力を入ってたけど……」
コースターを降りて出口を抜けた快斗は、黙ったまま隣を歩いている名前に声をかける。
「……凄かったわ。まるで映画みたい」
「へ?そんなに怖かったの!?」
「あ、今の話じゃなくて……実は、」
「おい、桜井!大丈夫か?」
「わ、顔が真っ青だよ!!」
名前が何か言おうとしたタイミングで、後ろから林達の大きな声が聞こえてくる。二人が振り返ると青い顔をしてふらふら歩く桜井に、林や青子達が心配そうに声をかけている。
「桜井君、大丈夫?」
「うぅ…名前ちゃんにまで心配かけてごめん。何かグラグラして……」
「酔ったのかしら?あまり動かない方がいいわ、そこのベンチで休みましょう」
名前に促されてベンチに向かった桜井。そのまましばらく休憩することになり、青子と恵子はトイレに。快斗と林は、ベンチのすぐそばの自動販売機で全員分の飲み物を買っている。
「大丈夫?あまり酷いようなら、服を緩めて横になった方がいいと思うけど……」
ベンチに残った名前は、隣に座る桜井に心配そうに声をかける。
「いや、座ったら落ち着いたよ。ありがとね、名前ちゃん。……それにしても、そうやって冷静に対応する感じは普段通りだね」
まだ少し青ざめてはいるもののヘラリと笑いながら話す桜井。名前はそんな桜井を気遣いつつ「ちょっと聞いてもいい?」と、口を開く。
「うん、何でもどうぞ?」
「私と黒羽君って……どこかビルみたいな大きな建物をモチーフにしたアトラクションがある所に、遊びに行った事とかあるかな?」
「ビル?……いや、聞いたことないな」
名前の質問に不思議そうに首を傾げた桜井だったが、ふと何かを思いついたのか「あ!」と、声をあげる。
「そういえば、アトラクションとは違うけど。ビルで言うと、少し前にあったツインタワービルの爆発事件に巻き込まれたって言ってたな……」
「爆発事件?」
「ああ。名前ちゃんと快斗が二人とも参加してたオープンパーティーでの事件でさ。快斗に聞いたら、脱出が大変だったとか何とか言ってたよ」
「…そうなんだ」
「俺も詳しくは聞いてないんだ、ごめんな」
「ううん、ありがとう」
(ビルから脱出?……もしかして、昨日の黒羽君の話って冗談じゃなかったの?)
名前は桜井に言葉を返しながらも、眉間にシワを寄せながら先ほど思い浮かんだ情景と昨日の快斗の言葉を思い返す。
「おーい、何話してんの?」
するとパッと目の前に快斗の顔が現れて、名前の顔を不思議そうに覗き込んでくる。
「難しい顔しちゃって、陸に何か言われた?」
「……ううん。今、少し記憶を思い出せそうな気がしただけ」
「……は?」
名前がそう答えると、快斗は目を瞬かせたあとムッとした表情を見せる。
「え?陸と話してて記憶を?何で?」
「………え、黒羽君?」
「おいおい、快斗!変なところで妬くんじゃねーよ!」
「だって!何でオメーとの会話で思い出すんだよ!?」
「……ふふ」
桜井の言葉にどこか拗ねたように言い返す快斗の姿を見て、名前は思わず小さく笑いをこぼす。
「黒羽君もそんな顔するのね」
「え?」
「いつも優しく笑ってるイメージだったから」
「ハハ!お前、名前ちゃんに記憶がないからって猫被ってたのかよ?」
「名前ちゃん、こいつは元々ガキっぽくてふざけた奴なんだぜ?」
「おい!!オメーら余計な事言うなよ!!」
林と桜井が可笑しそうに笑うと、快斗はますます不満そうに顔をしかめて言い返す。そんな快斗の姿を、名前は新鮮に感じつつ笑いながら見守っている。
賑やかに笑い合う快斗達は、穏やかに微笑んでいる名前の背後に大きな影がゆっくりと迫っている事に、誰も気付かなかった。