「瞳の中の暗殺者」編
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「警部殿に連絡して、明日のトロピカルランドの件は許可をもらったよ」
「わ、本当?良かったわね!名前!」
「……ええ」
嬉しそうに笑顔を見せる蘭に、名前も小さく笑って頷く。
「それから、白鳥から風戸先生に連絡してもらって先生からも許可をとってもらった。しかし…医師からの許可が出てるとはいえ、あまり無理をするんじゃないぞ。明日は俺と高木が付き添うからな」
「はい、ありがとうございます」
トロピカルランドに行くという提案に心配そうに眉を寄せながらも、名前の意思を尊重して警察に掛け合った小五郎。名前はそんな小五郎に改めて頭を下げる。
「…………。」
名前達の会話をコナンが真剣な表情で黙ったまま聞いていると、ガチャリとコナンの背後のドアがあいて携帯を片手に持った快斗が入ってくる。
「名前ちゃん!青子……えっと、江古田高校の奴らも明日OKだって」
「本当に?私のことは……」
「ああ、事情は話してあるよ。大丈夫、アイツら無駄に明るいから。そんなに心配しなくても、きっと明日もいつも通りだよ」
「そう……ありがとう、黒羽君」
ポンッと安心させるように名前の肩を叩く快斗に、名前は戸惑いがちに笑顔を返した。
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◇◇◇◇◇◇
「ここが私の部屋よ、お客さん用の布団もあるから。名前もここを使ってね」
「……ありがとう」
時を遡ること数時間前。探偵事務所についた名前は、快斗達とリビングで別れて蘭の部屋に案内されていた。蘭と会話しながらも、遠慮がちにくるりと部屋の中を見渡していると、ふと一つの写真が目に入る。
「蘭さん、何かスポーツやってるの?」
「え?ああ、うん。空手やってるのよ」
「空手を?そうなんだ。これ、表彰状持ってるみたいだけど…蘭さん優勝したの?」
「ええ、そうなの。その写真は、高校の都大会の時の写真よ」
荷物や布団の準備をしながらサラリも答える蘭に、名前は目を丸くして「都大会で優勝したの?凄いね…」と、小さく呟く。
「ふふ、名前に教えたこともあるんだから!覚えてない?」
「……私が空手を?」
「空手というより、簡単な護身術かな」
「護身術?」
「名前は新一みたいに、よく事件に巻き込まれてたから心配で。名前は乗り気じゃなかったけど、私が無理矢理教え込んだのよ」
「……新一?」
少し恥ずかしそうに笑って話す蘭。名前は、蘭の口から出てきた聞き覚えのない名前に不思議そうに首を傾げる。そんな名前を見た蘭は、一枚の写真を名前に差し出す。
「ここに映ってるのが工藤新一よ。新一も私たちの幼なじみなの」
「この人も幼なじみなんだ」
「ええ。今はちょっと近くにいなくて、私もなかなか会えないんだけどね」
「?へー……何だか、コナン君に似てるわね」
蘭と二人で映ってる"新一"の顔を見ながら名前がぼんやりとしていると、「そうだ!コナン君達がリビングにいる間に、持ってきた着替えとか整理しちゃおうか。下着とか見られたくない物もあるもんね」と蘭が声をかける。名前は小さく頷くと、写真を元の位置に戻して自分の鞄から着替えや洗面用具を取り出していく。その時ふと荷物の下に隠れていた一つの手帳が目に入り、何となくパラパラとめくってみる。
(……名字名前は、日記を書くタイプじゃなかったか)
書き込まれているのは端的な予定やメモばかりで小さく息をつくが、その時ふと一つの印が目に入る。
「あの、蘭さん…」
「ん?どうかした?」
「これ、明日の日付のところに印があるの。何か蘭さん達と約束してた?」
「んー?明日は特に約束してなかったわね…名前の誕生日とも違うし。後で、黒羽君に聞いてみましょ」
「……黒羽君に?」
「ええ。黒羽君に聞けば分かると思うから」
当たり前のようにそう答える蘭に、名前は僅かに視線を下げる。そんな名前の様子に「名前?」と、蘭が不思議そうに首を傾げる。
「……周りの人が当然のようにそう認識するくらい、黒羽君と私って本当にいつも一緒にいたのね」
「?そうね、凄く仲が良かったから。園子からは熟年夫婦みたいなんて言われてたわよ」
「そうなんだ……」
「名前?何か気になるの?」
蘭の言葉に僅かに眉を寄せる名前。蘭は荷物を整理していた手を止めて、心配そうに名前の隣に腰を下ろす。
「……黒羽君が"名字名前"という人間を、とても大事にしてくれているのはよく分かるの」
「…………。」
「事件の翌日も朝から来てくれたのに、前日のうちに記憶障害についても調べてくれたみたいで」
「……そうなんだ」
「私を心配して、いつも"無理しなくていい"って言ってくれて……そんなに一緒にいた相手なら、本当は思い出してほしいはずなのに」
名前はギュッと手を握りながら、切なそうに顔を歪める。
「昨日も私のこと、命懸けで助けてくれたでしょ?……黒羽君に、申し訳ない」
「え?」
「今の私は、黒羽君の隣にいた"私"じゃないのに…黒羽君は、当たり前のように私の事を気遣って守ってくれる。だけど、このまま何も思い出せないかもしれない……黒羽君のことも、忘れたままかもしれない……」
「名前……」
(そうよね。今まで平気そうにしてたけど、記憶がないなんて不安よね……)
絞り出すように呟かれた名前の言葉の後半は僅かに震えていて、蘭はそっと名前の手を握る。
「記憶がない私は、黒羽君が大切にしていた私じゃない……このまま、黒羽君の隣にいる資格なんて……」
その言葉と共にポロポロと名前の瞳から涙がこぼれ落ちる。滅多に泣くことのない名前の涙に、蘭は目を見開きながらも名前をギュッと抱き締める。
「……そんな事ない。記憶があっても、なくても…名前は名前よ。私の幼なじみで、大切な友達の名前はあなただけ」
「蘭さん…」
「園子も、コナン君も…お父さんも。みんな、そう思ってる。もちろん黒羽君も…みんな名前のそばにいたいから、そばにいるのよ」
「……ありがとう」
自分を抱き締める蘭の背中におずおずと手をまわしながら名前が小さく呟くと、蘭は何も言わずにギュッと抱き締める力を強める。
「だけど、私は思い出したい…今のままじゃ、自信を持ってみんなの隣に立てないから」
「……分かった!」
名前の言葉を聞いた蘭は、ニッコリ笑ってギュッと名前の手を握る。
「事件のこと、思い出すのは辛いかもしれないけど…名前なら、絶対に大丈夫よ!私も協力するから!」
「蘭さん…ありがとう」
「さ、涙を拭いて!あんまり長く待たせると、コナン君達が心配するわ。手帳のことも聞いてみましょう。何か記憶の手がかりがあるかもしれないわ」
「……そうね」
名前は蘭の言葉に小さく頷くと、目尻にたまった涙を拭いとって手帳を手に立ち上がる。
「うーん…」
「蘭さん?どうかした?」
そんな名前の顔をジッと覗きこむ蘭に、名前は首を傾げる。
「……そんなに目立たないけど、黒羽君は目敏そうだからなぁ」
「?」
「ううん、何でもない!さ、行きましょ」
ブツブツと独り言のように呟きながら名前の顔を見つめていた蘭だったが、パッと話題を切り替えるように笑顔に戻ると名前の手を引いてリビングへ向かったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「名前ちゃん。外に出て何かあると困るし、寒いからここまででいいよ」
明日トロピカルランドに行く事についての話がまとまった頃には、すっかり日が暮れていた。自宅に帰る快斗を外まで見送りに来た名前に、事務所の階段を降りた快斗は笑顔で声をかける。
「明日は晴れるみてーだし、トロピカルランド楽めるといいな」
「ええ……黒羽君、今日は遅くまでありがとう。帰りは大丈夫?」
「ああ、ジィちゃんに駅まで来てもらうから心配いらねーよ」
「……そう」
「大丈夫だって。ジィちゃんのとこにも、今度また行ってみような」
快斗の言葉に僅かに視線を下げた名前に、快斗は笑顔でそう言葉を返す。快斗の言葉に名前は目を瞬かせながら「……黒羽君は、私のこと本当によく分かるのね」と小さく笑う。"ジィちゃん"という言葉に、昨日会いに行くはずだった事を思い出して少し落ち込んだ名前だったが、すぐに気付かれてしまったようだ。
「……どうかな?俺は、もっと分かりたいと思ってるよ」
「え?」
「名前ちゃんの悩みとか辛い事も。名前ちゃんが、こんな風に思い詰めることがないくらい…全部」
「……黒羽君?何のこと?」
事件の影響で記憶をなくしたと説明を受けている名前は、快斗の言葉に不思議そうに首を傾げる。快斗はそんな名前の頭をポンポンと撫でながら「いや、何でもねーよ」と、小さく笑う。
「蘭ちゃんとは何話してたの?」
「え?……ああ、蘭さんが空手の都大会で優勝した話とか…幼なじみの新一君?の話とかかな」
突然話題が変わったことに戸惑いながらも、名前は記憶の件については触れないで当たり障りのない答えを快斗に返す。
「……ふーん」
「そういえば……私、蘭さんに空手を習ったことがあるらしいの。黒羽君は知ってた?」
「ああ、知ってるよ」
「……ふふ、そっか。それも知ってるのね」
手帳の件といい、自分のことをいろいろ把握している快斗。試しにと護身術の件も聞いてみたが、快斗は特に考える素振りもなく当たり前のように肯定する。
「つーか、そのお陰で名前ちゃんに助けてもらった事もあるんだぜ」
「え、私に?」
「そうそう!名前ちゃんが急に飛び出してきて、俺を襲おうとしてた男に飛び蹴りしたんだぜ?」
「飛び蹴りしたの?私が?」
「ああ!あれは、まだ出会ってすぐの頃だったからさ。さすがに、あの時は俺もビックリしたなぁ」
「……へー、そうなんだ」
目を瞬かせる名前を見て、快斗はどこか可笑しそうに笑う。
「意外だった?」
「……ええ。黒羽君が、その…凄く私の事を気にかけてくれるから……」
「え、俺?」
「うん。だから前からそういう関係性だったのかなと思ったけど……それは記憶がないせいだったのかな?前の私は、意外と勇ましかったのね」
「ふ…ハハッ!」
「……何?変なこと言った?」
「勇ましいって言えば勇ましいかもな。だけど、飛び蹴りくらいで驚いてもらっちゃ困るよ」
「え?」
「名前ちゃんは、飛行機から飛び降たり高層ビルからバンジージャンプ出来るくらいの度胸の持ち主なんだから」
「飛行機から飛び降りて…ビルからバンジージャンプ?ふふ、何それ?黒羽君って、意外とおかしな冗談言うのね」
「……ハハ、笑えるだろ」
吹き出すように笑う名前に合わせて快斗も小さく笑いながら、名前の手をギュッと握る。
「でも度胸があるのは本当。だから、明日の事も……これからも、名前ちゃんなら大丈夫」
「黒羽君…」
「俺の事が過保護に感じるなら、それは俺が名前ちゃんの事が好きだからだよ。それは記憶があってもなくても同じ」
「…………っ、」
(この言葉を…本当に聞いていいのは、今の私じゃない)
記憶をなくしてから、言葉で伝えられる事はなかった快斗からの好意。初めて聞いたその言葉と自分に真っ直ぐ向けられる視線に、名前はドクンと胸が高鳴るのを感じて言葉に詰まる。
「名前ちゃんなら自分で切り抜けられるだろうなって分かってても、危険な目や辛い思いをさせたくないって…いつも思ってる」
「……………。」
「構いすぎて、子供じゃないんだからって呆れられるくらいだよ」
そんな名前を尻目に、続けて告げられる快斗の言葉に、名前は小さく息をのんで無意識のまま快斗の手を握り返す。
--危ない目に合わせたり辛い思いをさせたくないって思いは、いつも根底にある--
--はいはい。もー、子供じゃないんだから--
(今の言葉…前にもどこかで……)
微かに脳裏に浮かんだ情景を頼りに記憶を思い出そうとするが、思い浮かんだ情景のその先を辿ろうとしても、まるで濃い霧の中にいるようで全てがぼやけてしまう。
「だから、大丈夫。明日は例え何があっても、俺がついてるからな」
そんな事を考えている名前の様子には気付かないまま、快斗はそう言って優しい笑顔を名前に向ける。
「黒羽君…今の、」
---ヴー、ヴー
「っと、やべっ!ジィちゃんからだ」
「……あ、ごめんなさい。帰るところだったのに長々引き止めて」
名前の言葉を遮るように小さなバイブ音が響き、名前はハッと我に返って快斗の手を離す。
「寺井さん大丈夫?待たせちゃったかしら?」
「いや、もうすぐ駅につくって。……それより、何か言いかけただろ?」
「……ううん、明日よろしくねって言おうと思ったの」
「そうか?何かあったら、夜中でも構わないから連絡しろよ」
「……ええ、ありがとう」
不思議そうに首を傾げながらも、快斗はそう言って名前の頭を軽く撫でる。
「それか、俺じゃなくても名…じゃなくて、コナン君に言えば何とかしてくれっから」
「……え、コナン君に?蘭さんやおじさんじゃなくて?」
「えっ?あ、ああ…あのボウズ、意外と頼りになっからさ!」
「……ふーん?分かった」
「じゃ、また明日な!」
怪訝そうな顔をする名前に快斗はどこか慌てたようにそう答えると、足早に探偵事務所を後にする。
「……………。」
白く積もった雪に足跡を残しながら遠ざかって行く快斗の後ろ姿を見送っていると、同じように自分から遠ざかって行く誰かの後ろ姿が脳裏に浮かんでくる。それと同時にズキッとこめかみに鈍い痛みを感じて、名前は片手で目元を覆いながら小さく息を吐き出す。
(……何で、こんな不安な気持ちになるのかしら)
頭の痛みと同時に何故か沸き上がってくる、"遠ざかって行く背中を追いかけたくなる衝動"に戸惑いながらも、それを押さえつけるようにギュッと力強く手を握りしめる。頭の痛みが引くのを待ってもう一度視線を前に向けると、既に快斗の姿は見えなくなっていて、足跡だけが雪上に残されている。
「………"また、明日"」
名前はその足跡をぼんやりと見つめながら、不安な気持ちを誤魔化すように、戸惑っている自分に言い聞かせるように、白い雪景色に覆われた町並みに向かって小さくそう呟いた。