「瞳の中の暗殺者」編
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「名前は?」
「今病室で着替えてるよ。高木刑事が来たら出るつもりだ。今出れば昼過ぎには戻って来られるだろーからな」
コナンと快斗は、病院のロビーの壁に寄りかかって会話しながらチラリと時計を見る。
「そうか。外出する事で何かを思い出すキッカケになるといいんだが……」
「……名探偵は?今日どうすんの?」
ため息混じりに呟いたコナンの言葉には何も答えずに、快斗はぼんやりとロビーを眺めながらそう尋ねる。
「俺は、もう一度米花サンプラザホテルに行くつもりだ」
「あのホテルに?」
「ああ…ちょっと確認したいことがあってな。そのあと、警察が容疑者だと考えてる人物に接触してみる」
コナンは、眉間にシワを寄せて真っ直ぐ前を見つめながらそう呟いた。
card.649
「黒羽君、待たせたね」
「いえ。今日はお願いします。名前ちゃん、おはよう」
コナンがホテルに向かうと言って病院から出てからしばらくすると、高木に連れられて名前がロビーに降りてくる。
「……おはよう、黒羽君。今日はわざわざありがとう」
「ああ、行こうぜ」
少し緊張したように顔を強張らせている名前。快斗はニカッと笑って名前に言葉を返しながら、名前の後ろに立つ高木にチラリと目線を向ける。
「?……じゃあ、行こうか。米花駅までは僕の車で移動しよう」
高木は快斗の何か言いたそうな視線を不思議に思いながらも二人にそう声をかけると、周囲を警戒しながら病院を出て駐車場に向かう。
「名前ちゃん、俺隣に乗ってもいい?」
後部座席に名前が乗り込むと、快斗は車内を覗き込みながら名前にそう尋ねる。
「あ、うん。もちろん…」
「OK!じゃ、俺は反対側から乗るよ。一回ドア閉めるぜ」
快斗はそう言ってパタンと後部座席の扉を閉めると、快斗の後ろで二人の様子を見守っていた高木にチラリと視線を向ける。
「どうかしたかい?黒羽君も乗って……」
「高木刑事」
「ん?」
車内の名前を気にしながらも小声で自分に声をかける快斗に、高木は不思議そうに首を傾げる。
「今日はよろしくお願いします。まだ佐藤刑事が目覚めなくて、高木刑事も大変な時なのにすみません」
「……え?」
小さく頭を下げながら告げられた快斗の言葉に、高木は目を丸くして言葉に詰まる。
「名前ちゃんは、佐藤刑事の容態については詳しく知らされてないみたいで。さっきは言えなかったので」
快斗はそれだけ言うと、高木の返事を待たずに車の反対側に回り後部座席に乗り込む。高木は呆然とその姿を見送ったあと、ハッと我に返って慌てて運転席に乗り込んだ。
---米花サンプラザホテル
(あの時、ホテルに残っていた人たちは全員硝煙反応が出なかった…)
コナンは事件当日にパーティーが行われた15階に向かいながら、犯行当時の様子を思い返す。
「硝煙反応を出さずに拳銃を撃つのは本当に無理なのか………ん?」
コナンはパーティー会場の手前にある傘立てが目に入り、ピタリと足を止める。
(そういえば、あの日は雪が降ってたな…)
会場に入る時に傘立てにいくつか傘が置かれていたのを思い返したコナンは、ふとある事を思い付いて受付に向かう。
「え、傘?」
「うん!あのパーティーがあった日に、忘れ物の傘とかなかった?」
「あー、確か小さな穴があいた傘が一つ残ってたわよ」
「!……それ、まだ残ってる?」
「ええ、ちょっと待っててね」
受付の女性がバックヤードに向かったのを見送りながら、コナンは小さく息をつく。
(傘に穴が……やはり、あの方法を使ったのか!犯行後に穴のあいた傘を使って持ち帰ると不自然だったから、わざと置いて行ったんだ。穴のあいた傘なら、ホテル側が破棄するだろうと考えて……)
「ボウヤ、お待たせ!この傘でいい?」
「うん!ありがとう!」
そんな事を考えていると、受付の女性が傘を持って戻ってくる。コナンは笑顔でそれを受けとると、物陰まで離れて傘をバサッと開いて確認する。
「やっぱりそうだ…!」
開いた傘の一ヶ所、傘の先端辺りには小さな穴があいている。その穴を見たコナンは、ゆるりと口元に笑みを浮かべる。
(見つけたぞ!硝煙反応を出さずに拳銃を撃つ方法を……これで、パーティー会場に来ていた全員が容疑者だ!!)
「ここが?」
「そう!ここが名前ちゃんのマンションだよ。見覚えある?」
「………いいえ、ごめんね」
コナンが米花サンプラザホテルで捜査していた頃、電車で江古田に向かった名前達は名前の住むマンションにたどり着いていた。名前はぼんやりと目の前のマンションを見つめたあとに、申し訳なさそうに目線を落とす。
「謝る事ねーって!とりあえず、部屋に行ってみようぜ」
快斗はそんな名前の頭をポンポンと撫でて、マンションの中へ促す。
「部屋の中なら安心だろう。僕はここで待ってるから、二人で行っておいで。気を使わないでゆっくりしてきて構わないから」
マンションのエントランスまで入った所で、高木が快斗と名前にそう声をかける。小五郎と同様に、高木も名前の部屋に上がるのを遠慮したようだ。
「……ありがとうございます」
「何かあれば僕の携帯に連絡してね」
「分かりました。ほら、名前ちゃん。エレベーターこっちだよ、行こう」
快斗に案内されてエレベーターに乗り込む名前の姿を見送った高木は、小さく息をついて近くの椅子に腰を下ろす。
(……駅で切符を買ったり電車に乗るのも問題なかったな。やはり一般的な知識はしっかり残っているようだ。それにしても、黒羽君は高校生だというのにしっかりしてるなぁ)
高木は、記憶のない名前に寄り添っていつも通り笑顔で振る舞う快斗の姿を思い返す。自分の恋人が記憶を失い、自分の事も覚えていない。その状況に内心は思うところもあるだろうに、動揺や戸惑いを名前の前では決して見せずに笑顔で対応している。
--佐藤刑事が目覚めなくて、高木刑事も大変な時なのにすみません--
(そういえば、黒羽君も以前今の僕と同じ経験をしているんだったな。そして今回は記憶喪失か。彼も辛いだろうな……)
「早く元に戻ると良いな……佐藤さんも、名前さんも」
高木は辛そうに顔を歪めながらポツリとそう呟いたあとに、頭を抱えながら大きく息を吐き出した。
---ガチャン
「……………。」
(疑ってたわけじゃないけど、本当に合鍵持ってるのね)
快斗が慣れた様子で扉の鍵を開けるのを名前は、黙ったまま見つめる。
「どうした?」
そんな名前の視線に気付いたのか、快斗な不思議そうに首を傾げる。名前は小さな笑みを浮かべて「ううん、何でもない」と答えながら、快斗に続いて部屋に入る。
「俺が案内すんのも変な感じだけど、ここがリビングとキッチン。そっちが寝室で、風呂とトイレはそこの奥な」
慣れた様子で室内を歩く快斗に続いて、名前はキョロキョロと部屋の中を見渡していく。
「………………。」
ソファに無造作に置かれたカーディガン。壁にかけられた高校の制服、予定が書き込まれたカレンダー、リビングに置かれた雑誌や教科書、ぬいぐるみ。自分が確かに生活していたはずの空間なのに、隅々まで見渡してみても懐かしさも何も感じない。
(自分が暮らしていた部屋に来れば、何か感じることがあるかもと思ったけど……何も見覚えのあるものはないか。だけど……園子さんが言ってた、"黒羽君といつも一緒にいた"っていうのは、あながち間違いでもないのね)
自分の部屋のはずなのに、どこか居心地の悪い空間。そんな中に、当たり前のように2つ並んだマグカップや2組の歯ブラシ、女子高生の読みそうにない少年漫画や男性用の部屋着など、至るところにある"名字名前"のものではない痕跡を見つけて、名前はチラリと快斗の顔を盗み見る。
「……ん?何か気になることあった?」
「えっと、私の普段使ってた荷物ってどこかしら?学校で使ってた鞄とか……明日、退院するみたいだから必要そうなものを持っていこうと思って……」
そんな視線に気付いた快斗が不思議そうに首を傾げたため、名前は慌ててそう尋ねる。
「ああ、それなら寝室にあると思うぜ」
「……ふふ、本当によく知ってるのね」
迷う様子もなくそう答えながら寝室の扉を開ける快斗に、名前は思わず苦笑しながら呟く。その言葉に、快斗はピタリと動きを止めて気まずそうに視線をさ迷わせる。
「あー……毛利のおっさんの前じゃ言いにくかったけど、俺"ここが自分の部屋かよ"ってくらい、頻繁に入り浸ってたからさー」
「そっか。黒羽君の家はここから近いの?」
「そんなに遠くないぜ?ただ、家はお袋が滅多に帰って来ねーからさ。よく、名前ちゃんの部屋で一緒に夕飯食ったりしてたんだ」
数日前の事のはずなのに、どこか懐かしそうに話す快斗。その表情は、目が覚めてから記憶のない自分に対しニコニコと気さくに話をしてくれていた物とは違い、切なく悲し気に見えて名前は思わずキュッと下唇を噛む。
「………頑張って思い出すからね」
「え?」
「こんなに、当たり前のように一緒にいたはずの黒羽君のこと……忘れちゃってごめんね」
「名前ちゃん……」
申し訳なさそうに、どこか悲しそうに眉をよせながらそう話す名前に、快斗は何と言えば良いのか分からずにギュッと力強く拳を握った。
「あとは、この先の駅の近くにあるお店に行くんだったね?」
「はい。ワガママ言っちゃってすみません」
名前の部屋を一通り見てまわった快斗と名前は、寺井の店であるブルーパロットに向かうために、高木と三人で駅のホームで電車を待っている。
「名前ちゃん、体調は大丈夫か?疲れてない?」
「平気よ、ありがとう」
隣に立つ名前に心配そうに声をかける快斗だったが、名前が返事を返したタイミングで快斗のポケットが小さく振動する。
「電話だ……ちょっと、すみません」
快斗はチラリと携帯を確認すると、高木に軽く目配せして「もしもし?」と電話に出ながら名前と高木から離れる。
『そっちは問題ねーか?』
「ああ。部屋を見終わって、もう一ヶ所寄ったら病院に帰るよ。名探偵こそ、急に電話してきてどうしたんだよ?」
『ああ、実は事件のときに硝煙反応を残さずに発砲した方法がわかったんだ。その方法を使えば、あの場にいた全員が容疑者になるから用心しろよ。電話したのは、オメーにそれを知らせておこうと思ってな』
電話口から聞こえたコナンの言葉に、快斗は眉を寄せながら「分かった……それで、その方法って?」と、尋ねる。
『傘を使うんだよ』
「傘?」
不思議そうに聞き返した快斗に、コナンは簡単にホテルで見つけた傘と発砲方法を説明する。
「……なるほどな」
(傘か。そういえば、名前ちゃん……)
コナンの話を聞いて何かが思い浮かびそうになった快斗だったが、背後からドサドサと物が落ちる音がして慌てて振り返る。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません…」
快斗の視線の先では学生が鞄を落としてしまったのか、教科書や筆記用具が散らばってしまっていて、近くにいた高木や他の客たちがしゃがんで拾い上げている。
『まもなく電車が参ります。危険ですから、白線の内側に……』
電車の到着を予告するアナウンスが響く中、落とし物を拾う人混みをすり抜けて名前に近づく一つの人影を見つけて、快斗はハッと息をのむ。高木の後ろに転がったボールペンを拾おうとしている名前の背中に、ゆっくりと何者かの手が伸びる。
「名前!!」
「………え?」
----ドンッ!!!
快斗の声に振り返ろうとした名前だったが、それと同時に勢いよく背中を押される。
「!?」
ボールペンを拾おうと中腰になっていた名前は、その衝撃に対応できないままバランスを崩してホームから線路に押し出されてしまう。
----ドサッ!!
「お、女の子が落ちたぞ!!」
「大変!電車が……!!」
----ゴォォォォ!!!
「名前さん!?」
「クソッ、名前!!!」
電車がすぐ側まで迫っている中、名前が線路に落ちた事に気付いた高木が慌てて立ち上がるが、その横を快斗が勢いよく通りすぎて線路に飛び降りる。
----キキィーッ!ギャギャギャ!!
線路に倒れ込んだ名前と急ブレーキをかける電車の間に飛び込んだ快斗は、名前の身体を抱えあげながらホーム下の退避スペースに転がり込む。
----ゴォォォォ!!!
快斗と名前の身体が線路から離れたのと同時に、電車が大きな音をたてながら二人の横を通過して行く。
「……ハァ、ハァ……ハァ」
「く、黒羽君……」
地面に転がりながらも自分を守るように抱き抱えている快斗。そして額に汗を浮かべながら肩で息をするその姿を見て、名前は戸惑いながらも小さく名前を呼ぶ。
「ふー。危ねぇな、クソッ!……名前ちゃん、怪我ねーか?」
快斗は乱れた息を整えるように大きく息を吐き出すと、名前の頬に手を当てながら心配そうにそう尋ねる。
「わ、私は平気だけど……黒羽君こそ大丈夫だった?怪我してない?」
「俺は平気だよ。ごめんな、一緒にいたのに怖い思いさせちまって……電話なんか後にすれば良かった」
「そ、そんな……」
未だにしゃがみこんでいる名前に手を差し出しながら、そう言葉を返してくる快斗。その腕や足には、名前を助ける時に負った擦り傷やアザがいくつも見える。その怪我を見て、名前はズキンと胸が痛むのを感じて思わずフイッと目線を下げる。
「名前さん!!黒羽君!!大丈夫かい!?」
「大丈夫です!」
「良かった!!こっちからホームに上がって!すぐ病院に戻ろう!!」
「分かりました」
名前が快斗に手を引かれて立ち上がると、快斗は自然な動作で名前の肩を抱いて何かから守るように自分の胸の中へ引き寄せる。そして名前の肩に腕をまわしたまま、ホームにいる高木に言葉を返す。
「…………。」
(黒羽君、どうしてここまで……)
誰かに突き落とされたという事実にドクドクと脈打つように高鳴っていた鼓動は、快斗の体温に包まれて安心したのか少しずつ落ち着いていく。しかしその反面、自分のために身体を張って平然と無茶をする快斗の横顔を、名前は複雑な気持ちで見つめていた。