「瞳の中の暗殺者」編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「脳波とMRI検査の結果、脳に損傷は見られませんでした。やはり名前さんの記憶障害は、精神的ダメージから自分を救うためのものですね」
「そうですか…」
「と言うことは、あのホテルに連れて行って現場を再現したら記憶が戻るんじゃないですか?」
「うーん。無理して思い出させようとすると、脳に異常をきたす恐れもあります。その辺りは慎重に考えた方が良いですね」
カルテの画像を見ながら、風戸の診断結果を聞く小五郎と目暮。その少し後ろでは快斗とコナンが三人の話に聞き耳をたてながら、コソコソと話している。
「今、名前は?」
「外に出たり子供たちと話して疲れたせいか寝ちまったよ。部屋には蘭ちゃんも高木刑事もいるし、とりあえず今は大丈夫だろ」
コナンの進言をキッカケに、名前には念のため護衛がつくことになった。その事にひとまずは安堵しつつも、コナンは険しい顔をしたままため息をつく。
「だとしても、犯人を早いとこ捕まえねーと。二人殺されて、佐藤刑事も未だに重体だ。どんな手を使ってくるか分からねぇ……」
「そっちは名探偵に任せるぜ。俺は今回は出来るだけアイツのそばにいたいからな」
「わーってるよ。今のところ警察が目をつけてる容疑者は二人……だが、会場にいた誰からも硝煙反応が出なかったんだ。それ以外の可能性も考えねーと」
「そうなのか?」
「ああ。確実に分かっているのは、犯人は左利きだという事くらいか……」
「え?退院ですか?」
コナン達がそんな会話をしていると、小五郎が驚いたような声をあげる。
「はい。足の怪我も問題ないですし、病院にいるよりも慣れ親しんだ環境に戻った方が、記憶を取り戻すにも良い影響があるかもしれません」
「しかし…名前君は確か一人暮らしだったな」
「え、そうなんですか?」
困ったように腕を組む目暮の言葉に、風戸も驚いたように目を丸くしている。
「そうですか。日常生活に必要な知識は問題ないとは言っても、一人暮らはさすがに難しいですね……」
「いや!それなら私の自宅で面倒をみましょう!」
「何?探偵事務所で?」
風戸が退院計画を中止しようとしたところで、小五郎が突然大きな声でそう宣言する。
「!」
(蘭ちゃんの家で?)
快斗は小五郎の発言に目を丸くしてチラリと隣を見るが、コナンもポカンとした表情で小五郎を見ている。
「俺と蘭がいれば、ボディーガードの面でも安心でしょう。記憶をなくしているとは言え、名前も高校生だ。医者や看護師のような大人に囲まれているより、同世代の蘭といた方がリラックス出来るかもしれない」
「うーむ、確かにそうかもしれんな。しかし、念のため探偵事務所の周辺にも必ず警官を張り込ませよう」
「そうっすね!お願いします」
目暮の提案に、小五郎も安心したように笑顔を見せる。
「……では、ひとまず明日はお試しで外出訓練をしてみましょうか。問題なければ、明後日に退院で調整してみましょう」
そのやり取りを聞いていた風戸は、クルリと左手でボールペンをまわしながら笑顔でそう告げた。
card.648
「毛利さんの家に?」
「ああ、身体的には大きな問題もないし退院出来るみたいなんだ。病室にいるよりも気が紛れるだろうし、ひとまずウチに来たらいい」
「いいわね!名前が小学生の頃はよく泊まりにきてたのよ。私とコナン君もいるし、安心してね」
目を覚ました名前に小五郎が事情を説明すると、蘭は嬉しそうに笑顔を見せる。
「でも、ご迷惑じゃ…」
「そんな事ないわ!久しぶりに名前が家に泊まるなんて楽しみなくらいよ!本当に遠慮しないで」
「……蘭さん、ありがとう」
「…………。」
(蘭ちゃん、本当に良い子だな…。それにしても、記憶を戻すためにも出来れば名前ちゃんの部屋に帰れたら良かったけど…何回も泊まってるとは言っても、さすがに記憶のない名前ちゃんの面倒を俺がみるわけにはいかねーしなぁ……)
名前を中心に小五郎、蘭、コナンが退院後の生活について話しているのを眺めながら、快斗は小さくため息をつく。そんな中、戸惑いがちに名前が口を開く。
「あの毛利さん……私が一人暮らしだったのは聞きましたけど、実家はどこに?」
「え?」
「蘭さんのお家にお世話にならなきゃならないくらい遠いんですか?両親とか……えっと、健在ですか?」
全く自分の家族の話題が出てこない事を不審に思ったのか、名前は怪訝そうに尋ねる。
「あ、ああ…もちろん、ご健在だ」
「……そうですか」
「だがな、ちょっと事情があって会いには来れないようなんだ」
小五郎はどこまで話すべきかと戸惑いつつも、名前が「……事情ですか」と小さく呟いただけで追及することはなかったため、そのまま話題を変える。
「そうだ、名前。退院に向けて明日外出しても良い事になったんだ。どこか行きたい所はあるか?」
「……それなら一度、私の部屋を見てみたいんですが。何か思い出すかも……」
「おお!それは良いかもな。確か名前のマンションは、ここから電車で二駅くらいだ。外出の練習にもちょうど良いだろ」
小五郎はそう呟きながら、チラリと隣の蘭に目線をうつす。
「蘭、お前名前の部屋に行ったことあるか?」
「ううん。江古田高校の近くだとは聞いたけど、部屋には行ったことないわ」
「うーむ。そうか…俺も、マンションの前までは送ったことはあるが……名前も年頃だし、記憶がないとはいえ俺が勝手に部屋まで連れて行って上がりこむのもなあ」
意外と気遣いの出来る小五郎は、記憶がない状況とはいえ本人の同意なしに女子高生の部屋に上がり込むのは気が引けるらしく、渋い顔をしている。
「…………。」
(俺が行ったことあるって言ったら、さすがにおかしいよな……)
そんなやり取りをコナンが黙ったまま聞いていると「それなら…」と、今まで黙っていた快斗が口を開く。
「俺が連れてきますよ。部屋には何度も行ってるし、何なら合鍵も持ってるんで。………あ!もちろん、名前ちゃんが嫌じゃなければだけど」
ハッと慌てて名前に視線を向ける快斗。名前はそんな快斗をチラリと見た後に、控え目に口を開く。
「……私は黒羽君が良ければお願いしたいな」
「よし、なら黒羽に頼むか。外出時の護衛には高木が付き添うと言っていたから、俺から伝えておこう」
「分かりました。お願いします」
「……しっかし、お前ら高校生の分際で合鍵を持ってるとはなぁ」
「……アハハ、あくまで緊急用ですよ」
(しょっちゅう泊まりに言ってたとは言えねーな、こりゃ)
同世代の娘を持つ小五郎としては複雑なのか、そう言いながらジロリと怪しむような視線を向けられた快斗は、乾いた笑みを浮かべながら曖昧に言葉を濁した。
「俺の親父は死んじまってて、お袋は仕事で家をあける事が多くてさ。小さい頃から、俺の面倒見てくれるジィちゃんのとこによく遊びに行くんだ」
「黒羽君のお祖父さん?」
「ハハッ、違うよ。寺井だからジィちゃんって呼んでんの。店やっててさ、名前ちゃんも何回も行ったことあるんだぜ」
(このやり取りも二回目だな……でも、会話もだいぶスムーズに出来るようになってきて良かったぜ)
「へー、そうだったんだ」
「明日、名前ちゃんの部屋に行った後に行ってみるか?」
「うん、行ってみたい」
夕方になり自宅へ戻った小五郎達。廊下に刑事が待機しているとはいえ、まだ何があるか分からない状況。名前の身を案じた快斗は、面会時間ギリギリまで病室に残っていた。初めは記憶がないため他人行儀で話していた名前も、だんだん砕けた口調で話すようになってきたことに、快斗は安堵の息をつく。
「さっきの、緊急用じゃないんでしょ?」
「へ?」
そんな中ふいに尋ねられた問いに、快斗は首を傾げる。
「合鍵の話。よく使ってたの?」
「……あー、いや。うん、割りと」
「ふふ、そうなんだ……本当に仲良かったのね、私たち」
気まずそうにそう答える快斗に、名前は可笑しそうに小さく笑う。
「そりゃー、もちろん!」
(仲良かった……か)
まるで他人事のように話す名前の言葉に快斗はズキンと胸が痛むのを感じながらも、それを誤魔化すようにペットボトルのお茶に口をつける。
「ふーん……泊まったりもしてたの?」
「ぶっ!!!」
「アハハ、してたんだ」
(そんな人の事まで忘れちゃったのね、私)
自分の質問に焦ったように吹き出す快斗を見て笑いながらも、名前は自分に良くしてくれる快斗に対してジワジワと罪悪感が浮かんでくる。
「名前ちゃん、何考えてんの?」
「え?」
「今の笑い方、嘘っぽかったぜ」
「……そんな事もわかるの?」
「そりゃ、名前ちゃんの事なら何でもな」
自分を真っ直ぐ見つめながらそう話す快斗をジッと見つめ返した名前は「……それなら」と、徐に口を開く。
「私の両親が何で来られないのかも知ってるの?」
「……え?」
「蘭さんのお父さん、その話はあまりしたくなさそうだったから」
「…………。」
(ったく。記憶がなくても、そういう所はよく気付くんだな。こんな時まで、人の事を気遣わなくたっていいのに)
気まずそうに視線を下げながらそう話す名前に、快斗は内心小さくため息をつく。
「……黒羽君?」
「ん?ああ……名前ちゃんの親な、ちょっと仕事が忙しいって。海外にいるんだよ、今」
(記憶がないからって、下手に隠すのもよくないよな。今のままじゃ何も変わらねーし)
快斗は少し戸惑いつつも、なるべく重たい雰囲気にならないようにサラリとそう答える。
「そう。仕事……」
快斗の答えを聞いた名前は独り言のように小さくそう呟きながら、チラリと窓の外に目を向ける。すっかり日が落ち窓の外は真っ暗になっていて、窓ガラスには自分の顔がぼんやりと映っている。
--ど…して、…こ…んな事を?--
--……の、何より大事…仕事を奪われた……!!--
「!!」
その時、突然脳裏に浮かんできた自分以外の声。それと同時にズキンと強い頭痛を感じた名前は、顔をしかめて額に手を当てる。
「名前ちゃん?大丈夫か?」
「………頭、痛くて」
「何!?先生呼ぼうか?」
名前は、心配そうに自分を覗き込む快斗の腕をパシッと掴んで「待って…」と、小さく答える。
「……仕事が大事」
「え?」
「……前に、誰かに言われたような気がする」
「!!……何か思い出したのか?」
(まさか子供の頃の記憶が……?)
目を閉じながらポツポツと絞り出すように話す名前。快斗は背中を擦りながらゆっくりと次の言葉を待つが、名前は小さく息を吐き出したあと悲し気に首を振る。
「わからない……」
「……大丈夫だ、大丈夫。焦らなくていいから」
自分の腕を掴む名前の手が小さく震えてるのに気づいた快斗は、その手を優しく握りながら背中を擦り続ける。
「わからないけど……寒くて」
「うん」
(……寒い?)
「身体が冷くて、寒いの……」
「……うん」
「頭が痛い……」
独り言のようにたどたどしく話す名前。快斗は一つ一つ相槌を打ちながらも、苦しそうに顔を歪める名前を気遣って身体をゆっくりとベッドに寝かせる。
「大丈夫、大丈夫……一気に思い出そうとしなくていいんだ。今日はたくさん人と話したからな、少し休もう」
そう言いながら布団をかけると握っていた手をスルリと離そうとするが、その手を名前がパシッと繋ぎ止める。
「名前ちゃん?」
「……黒羽君、帰るの?」
「……ハハッ、まさか。名前ちゃんが寝るまでここにいるよ。……でも、ホラ。手はさ、……嫌だろ?」
いくら元々は恋人とはいっても、記憶のない名前にとっては知らない男だ。さすがにベタベタ触るのはまずいだろうと、快斗はヘラリと笑いながらそう尋ねる。
「………ううん。このままが良い」
「……いいの?」
「………黒羽君の手、暖かいから」
そう言いながらも、うつらうつらし始めた名前。
(やっぱり身体が本調子じゃねーんだな)
記憶がない影響なのか昼間も外に出た後に一度眠ってしまった。昨日も話の途中で寝てしまったと、蘭が話していたことを思い出す。
「……おやすみ、名前ちゃん」
快斗は反対の手でポンポンと子供を寝かしつけるように優しく叩きながら、ギュツと名前の手を握る手に力を込める。
「…おやすみなさい」
(前にもこうやって眠ったことがあるような気がする……何かを思い出せそうなのに………凄く眠い)
名前は今の状況にどこか懐かしさを感じながらも、それを忘れさせるような強い睡魔に引きずられ沈み込むように眠りに落ちていく。
「……………寝たか」
小さな寝息をたて始めた名前の寝顔を見てホッと安堵の息をつきながら、快斗は先ほどの名前の言葉を思い返す。
(仕事の話と、冷たくて寒い。……やっぱり雪が降ってたっていう子供の頃の話か?頭が痛いのは何かを思い出そうとしているせいか?)
自分の手を握ってたまま寝ている名前の手を親指で優しく撫でながら、顔をしかめて頭を抱えるようにしていた名前の姿を思い出して、快斗は眉を寄せて小さくため息をつく。
(何でもいいから思い出してほしいって思ったけど……何もそんな辛い記憶から思い出さなくたっていいのになぁ)
そんな事を考えながら、快斗はしばらくの間ぼんやりと名前の寝顔を見つめる。
「楽しいこととか、いろいろあったじゃねーか。そういう事から思い出そうぜ……名前」
快斗はそう呟きながらポンポンと名前の頭を撫でると、室内の明かりを消して静かに病室を後にする。廊下に出ると、病室のすぐそばに壁によりかかるようにして白鳥が立っている。
「……白鳥刑事、お疲れさまです」
「ああ、黒羽君か。心配する気持ちは分かるが、もう面会時間は過ぎていますよ」
「ハハ、すみません……佐藤刑事は?」
「まだ集中治療室だよ。意識が戻らない事には何ともね……向こうには、千葉君がついてるよ」
白鳥は小さくため息をついてそう呟きながら、ふと名前の病室に目を向ける。
「名前さんの様子は?」
「寝ちゃいました。夜は白鳥刑事が?」
「ああ。僕がちゃんとついていますから、安心してください。君も少し休んだ方がいい」
白鳥はポンポンと快斗の肩を叩きながら、優しい笑顔を見せる。
「…ありがとうございます。お願いします」
快斗は白鳥を真っ直ぐ見つめて小さく頷くと、既に暗くなっている廊下を歩いて病院を後にした。