「瞳の中の暗殺者」編
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「すみません、わざわざ来てもらって」
「構いませんよ、とりあえず移動しましょう。乗ってください」
「仕事の方、大丈夫ですか?その…公安とか、他にもいろいろ」
(勢いで呼び出しちまったけど、この人めちゃくちゃ忙しいんじゃ……?)
快斗は促されるままに安室の愛車であるRX-7の助手席に乗り込みながら、おずおずと尋ねる。
「問題ありませんよ。仮に組織の方にいたタイミングだとしたら、君からの電話には出ませんし」
「……ま、それはそうですよね」
安室はそう答えながらハンドルを握る。車は低いエンジン音をたてながら、病院の敷地内の外に出ていく。
「僕に連絡してくるなんて、てっきり名前さんもいるのかと思いましたよ。しかも、こんな時間に病院にいるなんて……一体どうしたんです?」
安室はハンドルを握りながら、チラリと助手席の快斗に目を向ける。快斗は安室の言葉にピクリと肩を揺らす。
「実は、名前のことで話があって……」
「……名前さんの?」
card.647
「……記憶障害、ですか」
人気のない倉庫街に車を停車させた安室は快斗の説明を聞いて、僅かに目を丸くする。
「僕は彼女とはこの間のTOKIWAの一件とポアロの事件で一緒になった程度ですが……確かに事件のショックで記憶をなくすというのは、些か違和感はありますね」
「やっぱり、そう思いますよね?」
「ええ……しかし状況は分かりましたが、僕に何を聞きたいんですか?」
「安室さん前にポアロで話してた口ぶりだと、名前の両親との確執の原因知ってますよね?それを教えてほしいんです」
「……君は聞いてなかったんですか?あの話題になった時、彼女を庇っていたでしょう?」
意外そうに尋ねる安室の言葉に、快斗は気まずそうに視線を下げる。
「詳しいことはあまり。ずっと家族の話題は触れられたくなさそうにしていたので、名前が自分から話す気になるまで待つつもりでいたんです」
「………そうですか。君にも話していなかったとは、この間の件は完全に失言だったようですね」
「え?」
「彼女にとっては、それだけ口にしたくもなかった過去なのでしょう。君には、余計な同情心や偏見を持たずに普通の恋人として側にいてほしかったのかもしれませんね」
「……だけど今回の記憶障害の件には、絶対両親との事が関係してて……それを知らないまま、今のアイツと関わっても記憶は戻らないかもしれない」
「なるほど」
快斗から事情を一通り聞いた安室はシートに背を預けて何かを考え込むように腕を組む。そして小さく息をつくと、「……こういった話は、本来はプライバシーにあたる内容ですが。今回は事情も事情ですし……そもそも、我々も彼女の許可を得ずに調査した立場ですからね」と言いながら、快斗に目を向ける。
「それに、君に話すなら彼女も怒りはしないでしょう」
「安室さん…」
そう言うと、安室はシートに座り直してトントンと人差し指でハンドルを叩く。「まず、彼女の両親についてですが。二人とも研究職についていて、その分野ではかなり名の知れた存在です」そして、視線を前に向けたまま順を追って説明し始める。
--……それに、あなたの両親も割とその筋じゃ有名だから調べたら……--
「…………。」
(そういえば、アイツもあの時……)
快斗は安室の話を聞いて、かつて"現役の高校生探偵"を装って偽りの探偵甲子園を開いた人物が言っていた言葉を思い出す。
「職業についての詳細は今はあまり関係ないので省きますが、とにかく……ご両親のいずれも仕事への熱意が凄かったようで、何よりも仕事中心。自身の生活なんかは二の次だったようです」
「ってことは、もちろん……」
安室の言葉に、快斗は先に続く言葉を予想して顔をしかめる。
「そうです。まだ就学前の名前さんも、両親の仕事中は基本的に一人で過ごしていたようです。昼間は保育園を利用していたようですが、保育園のない日にも夜中まで一人で留守番している事もザラだったみたいですよ」
「そんな……」
「幸いにも裕福な家庭でしたから劣悪な生活環境というわけではなく、食事も足りないことがないように子供でも調理せずに食べられるパンや弁当が用意されていたようですね。今で言うネグレクト……つまり、育児放棄にはギリギリ問われるかどうかといった所でしょうか」
「冗談じゃない…まだ4~5歳の子供が一日中1人で過ごすなんて!!」
安室の話を聞いた快斗は、我慢出来ずに声を荒げる。そんな快斗の様子に安室は困ったように微笑みながら「……その点は同意見だが、今はとりあえず話を進めますよ」と、言葉を続ける。
「……その生活が変わったのは、彼女が6歳の冬です。その日は彼女の誕生日か何かで、いつものように彼女を置いて仕事に行こうとする両親に向かって、名前さんは珍しく駄々をこねた」
「…………。」
「雪が降るなか家を出た両親の後を追った名前さんに、母親は傘を差し出して"夕食までには帰る"と言い残したそうです」
「…………。」
(……雪)
「そして、その言葉を信じた彼女は母親の傘を手に家の外で帰りを待ち続けた」
「……え?」
「当時子供だった名前さんの証言なので曖昧ですが、夕方くらいに両親の帰りを待つために家の外に出たようですよ。それから玄関の前で倒れている彼女を近隣の住民が見つけたのは、少なくとも4時間以上たってからだった」
「……その時、名前ちゃんの親は?」
「病院から連絡しても捕まらず、結局夜中になってようやく帰って来たようですよ。名前さんは重度の肺炎と低体温症で入院。それを見ても悪びれる様子のない両親を見て、両親が仕事中は近隣の家族が名前さんの面倒を見ることになった」
「………………。」
(近隣の家族って……)
--産まれて間もない時から、兄弟のように一緒に過ごしてきたが…--
--私、新一の家族と一緒に住んでたのよ--
(それが名探偵の家族って事か…)
快斗は安室の話とこれまでの数々の記憶を思い返して、コナンと名前が普通の幼なじみ以上の強い信頼関係を持っていた理由を思い知る。
(だから名前ちゃん、名探偵の親父さんの事もあんなに好いていたのか……)
「この情報で役に立ちそうですか?」
快斗が顎に手を当てて考え込んでいると、安室がそう声をかける。
「あ、はい……本当にありがとうございました。記憶をなくした原因を知っているか知らないかでは、関わり方も変わると思うから」
「…………記憶、戻ると良いですね」
「蘭ちゃん達が、俺がそばにいることが記憶を取り戻す近道だと思うって言うんです」
快斗はぼんやりと窓の外を眺めながら、独り言のように話始める。安室は、黙ったままその話に耳を傾ける。
「名前にとって、俺の存在がそれだけ大きいからって。……ハハッ、本当にそう思います?」
「…黒羽君?」
「本当に俺の存在がアイツにとって大きいなら、本当の意味で俺の事を頼ってくれていたら……例え精神的に追い詰められていても、記憶なんかなくさないはずだ……」
自嘲気味な乾いた笑みを浮かべる快斗に、安室は眉を寄せる。そんな安室の視線の先では、片手で目元を被いながらため息と共に絞り出すように快斗がそう呟いた。
---コンコン
「……はい」
「おはよう、名前ちゃん!」
「あ……えっと、おはよう」
事件の翌日、軽快なノック音と共に笑顔で病室に入ってきた快斗。名前は戸惑いつつも、何とか挨拶を返す。
「夜は眠れたか?足痛くねえ?」
「……うん、平気。………えーと、快斗君?今日も来てくれたの?まだ随分早いけど……」
朝、病院食を食べてからまだ一時間ほど。刑事や幼なじみだと言われた蘭達よりも早く快斗がやって来た事に、名前は目を瞬かせる。
「そりゃ来るさ。昨日の夜は警部に駄目だって言われて付き添えなかったからな」
「……そうなんだ」
(こんな早い時間から来てくれて、付き添いまでしようとしたなんて……私、本当にこの人と付き合ってたのね)
「それより、"快斗君"って?」
快斗の顔をまじまじと見つめながらそんな事を考えていると、快斗が不思議そうな顔をして名前を見つめる。
「あ、蘭さん達に……私達が付き合ってたって聞いて。ごめんなさい、覚えてなくて。快斗君って呼んでたのかしら?それとも……」
「ハハ、なるほどね。無理に恋人らしくしなくていいよ。"今の名前ちゃん"が呼びやすい呼び方で呼んで」
「……そう?じゃあ、黒羽君でいい?」
「ああ、いいぜ。昨日ちょっと記憶障害を起こした事例について調べたんだけど、とにかく今はストレス溜めないでリラックスするのがいいんだって!」
(分かってはいたけど、"黒羽君"か……そんな呼ばれ方すんの初めてだな)
転入してきた名前に会ってから今まで、呼ばれたことのないその呼び方。快斗はズキンと胸が痛むのを感じながらも、明るい表情のまま会話を続ける。
「俺とか蘭ちゃん達に気を使うのも分かるけど、無理しなくていいからな!前はどうしてたか…じゃなくて、今の名前ちゃんが言いたいこと、どうしたいのかをちゃんと言って」
「……分かった、ありがとう」
そんな話をしていると、ふいに快斗の携帯に着信が入る。「ちょっとごめん」と言って電話に出る快斗を、名前はぼんやり見つめる。
「もしもし、哀ちゃん?どうしたの?」
「……………。」
(……あいちゃん?昨日いた二人じゃない。誰かしら?)
「ああ、もう病室だけど?……うん、そうなんだ。分かった、30分後な。はいはーい」
親し気に話す快斗の様子を名前は黙ったまま見つめる。快斗は、何かを約束したあとに電話を切る。
「……どこか行くの?」
電話を切った快斗に、名前は反射的にそう尋ねる。
「ん?」
「えっと……今、30分後って」
「ああ、名前ちゃんに会いたいって子達が来るんだって。中庭とかまで行けそう?身体しんどかったら、無理しなくていいぜ」
「そうなんだ……大丈夫。私も少し外に出たいから…」
「そっか。なら行ってみようぜ。今日は天気もいいし、気分転換にもなるかもな。あ、コレ適当にお茶とか持ってきたから。冷蔵庫入れとくな」
「……ありがとう」
当たり前のように自分を気にかけて、身の回りの事までしてくれる快斗を名前はジッと見つめる。その視線に気付かずに、冷蔵庫にお茶やゼリーを入れながら「さっきの話だけど…」と快斗が口を開く。
「……さっき?」
「ストレス溜めずに、リラックスって話」
「あ、うん」
「俺は今まで名前ちゃんにベッタリだったから、こうやって朝っぱらから会いに来ちゃったけど…」
快斗はそう言いながらパタンと冷蔵庫を閉めるが、振り返らずに背中を向けたまま言葉を続ける。
「………もし、知らない男が恋人面してそばにいるのが嫌だとか、気を使うっていうなら遠慮なく言ってね」
「……………。」
表情の見えないままそう告げた背中を見つめながら、名前はグッと手を握る。
「そんな、……そんな事ないよ。ありがとう」
快斗の言葉に複雑な感情が沸き上がってきた名前だったが、うまく言葉にすることが出来ずにそう言葉を返すことしか出来なかった。
「私は、吉田歩美!こっちは、円谷光彦君に小嶋元太君」
「僕は江戸川コナン。みんな名前お姉さんを心配して来たんだよ!」
中庭のベンチに座る名前の前で自己紹介する少年探偵団達。名前は、一人一人の顔を見渡したあとに少し眉を寄せる。
「ありがとう…でもごめんなさい。誰の事も覚えてないの」
「そんな!!あんなに遊んでくれたじゃねーか!!」
「一緒に事件を解決したこともあるんですよ!信じられません!」
「………そうなんだ、ごめんね」
「こら、あなた達。あまり焦らせるような事を言わないの」
子供たちの反応に申し訳なさそうな表情をする名前。それに気付いた灰原が光彦達にそう声をかける。
「………あなたは?」
それを見た名前は、不思議そうに灰原に声をかける。
「私は灰原哀よ」
「え…あなたが哀ちゃん?」
「そうだけど?」
「………さっき、黒羽君が親しそうに電話で話してたたから。あなたの事だったのね」
電話の相手が小学生だった事が意外だったのか、まじまじと灰原を見つめる名前。その言葉を聞いた灰原は、僅かに目を丸くする。
「へー、そういう事は今も気になるのね」
「……え?」
「何でもないわ」
灰原は小さく笑ってそう言うと、不思議そうに首を傾げる名前を残して離れていく。名前はそんな灰原の背中をしばらく見つめていたが、歩美達から声をかけられて視線を子供達に向ける。
「本当に覚えてないのね」
「ああ…まったくな」
名前の元を離れた灰原は、少し離れたところに立っていた快斗に声をかける。
「もっと落ち込んでるかと思ったけど、意外と元気そうね」
「ハハ、さすがに元気ってわけじゃねーけどさ。昨日、弱音吐いてたら安室さんに喝入れられちまってさ」
「あの人に?」
ため息混じりに告げられた快斗の言葉に灰原は目を瞬かせた後に、チラリと名前に目を向ける。
「………ま、頑張りなさい。あなたの事、気にしてるみたいだから」
「え?」
「潜在的な意識かもしれないけど。記憶がなくても何かしら感じることがあるのかもしれないわね」
「哀ちゃん?何の話をして……!?」
灰原に何か言おうとしていた快斗だったが、突然ハッと息を飲んで勢いよく後ろを振り返る。
「……あなたも気付いた?」
「哀ちゃんも?」
快斗の足元では灰原も同じ方向を見つめて、警戒するように顔をしかめている。
「誰かがこっちを見てたわね」
「ああ。しかも、ただの視線じゃなかったな」
快斗と灰原はそう言いながら顔を見合わせると「名探偵!」と、コナンに声をかける。
「何だ?どうした?」
「今、誰かの視線を感じだの。ただならぬ気配ともに……私たち二人が感じたから間違いないわ」
「何!?一体誰が…?」
灰原の言葉に、コナンは表情を険しくする。
「なあ、名探偵。もしかして名前ちゃん、昨日の事件の時に犯人の顔を見てるんじゃ……」
「!…確かにあり得るな。だとしたら、犯人は名前を狙うかもしれねーな」
快斗の言葉に、コナンは顎に手をあてながら言葉を続ける。
「とにかく……おっちゃんと目暮警部に事情を話して警護をつけてもらおう」
「そうね。今の名前…記憶のないせいかぼんやりしてるし…もし狙われたとなっても、いつもみたいに自分で対応出来るとは思えないわ」
「そうだな」
快斗は、コナンと灰原のやり取りを聞きながらギュッと拳を握る。そして、子供たちと何かを話している名前の横顔をジッと見つめていた。