「瞳の中の暗殺者」編
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---プルル、プルル…
「おじさん、ハンズフリーにしてよ!快斗兄ちゃんも一緒に聞いた方が良いと思う」
名前の母親に話を聞くために発信ボタンを押した小五郎に向かって、コナンがそう声をかける。小五郎はチラリと快斗の方に目を向ける。
「俺からも、お願いします」
「……わかった」
真っ直ぐ視線をそらさずに自分を見る快斗の表情を見て、小五郎は小さく頷いた。
card.646
『もしもし?』
「!」
数回のコール音の後に電話から聞こえてきた女性の声に、快斗はピクリと眉を上げる。
『毛利さんですか?』
「名字さん、お久しぶりです。ちょっと大事な話があるんですが…」
『何ですか?そちらは、もう夜中でしょう。……ああ、そうだ。そういえば少し前に名前が撃たれたとかで入院の手続きをしてもらったらしいですね。お手数おかけしました』
「………ええ。あの時は、ご夫婦ともにこちらには来られないとおっしゃったので」
『すみませんね、仕事が立て込んでて』
「……………。」
(仕事って、娘が拳銃で撃たれてんのに。心配じゃねーのかよ……)
快斗は黙ったまま会話を見守りつつも、淡々と他人事のように話す女性の言葉に眉を寄せる。小五郎も同じように渋い顔をしながらも、名前が事件に巻き込まれて負傷したことと、その影響で記憶障害となったことを冷静に伝える。
『あら……記憶障害?程度はどうなんです?』
「自分のことも、家族の事も、俺達の事も何も覚えていません」
『……それは、数年分の記憶が抜けてるってことですか?幼児に戻ったような?』
「いえ、そういうわけではありません。意思疏通は年齢相応に行えますし、日常生活を送る上での一般的な知識は覚えているようで……」
『あら、なら問題ありませんね』
「……は?」
『生活は普通に出来るって事でしょう?もし入院か施設にって事になるなら、料金はこちらで振り込みますから』
「………名前に会いに来ないんですか?心配じゃないのかよ!?」
「お、おい!黒羽!」
あまりの言い分に思わず口を挟んだ快斗を、コナンが慌てて制止する。
『?誰かいるの……ま、いいわ。今、仕事が忙しくて。それに…記憶があっても無くても、あの子は私達に会いたくもないでしょ。この間の電話でも私達と暮らす気はないって怒られちゃったわ』
「名字さん、名前になんの用事があって連絡したんです?」
名前の母親の方から本題を持ち出したことに小五郎はピクリと反応しながらも、平静を装ってそう尋ねる。
『ああ。実は少し前に、知人からあの子が日本で高校生探偵なんて呼ばれて事件を解決してるって聞いたんですよ。そんなに頭が回るなら、こっちで私達の仕事を手伝いなさいって言ったんですけど…』
「はあ?よりにもよって、あの子に仕事を手伝わせようとしたんですか!!あの時の事を忘れたんですか?」
『……もう、何年も前の話じゃないですか。それにハッキリと断られましたよ。でも、まさか記憶障害なるなんて。残念ですけど、どっちみち仕事の件はなしですね』
「当たり前でしょう!!だいたい娘が記憶を無くしてるってのに、仕事の心配ばかりですか!?前に撃たれて手術した時にも、まるで他人事みたいに……」
今までは感情的にならずに冷静に話をしていた小五郎だったが、我慢の限界だったのか青筋を浮かべながら捲し立てるように反論し始める。しかし、名前の母親は曖昧に相槌を打った後に『とにかく、しばらくは忙しくて日本には戻れませんから。手がかかるようでしたら、そのまま医療機関に預けておいてください』と言い放って、ブツリと通話を切ってしまう。小五郎は通話の切れた携帯をギリギリと握りしめながら「クソッ!!あの頃から何にも変わってねーな!!」と、盛大にため息をついて肩を落とす。
「……なるほどな。自分が手術だなんだと大変な時には連絡もしてこねーで、久しぶりに連絡が来たと思ったら……まさか仕事の事を持ち出されるとは。そりゃ、さすがのアイツも堪えるか」
「……仕事って」
呆れたように呟いたコナンに、快斗は不思議そうにチラリと目線を向ける。
「あの人達は昔から仕事、仕事で……名前の事は放ったらかしだったんだよ。それに最近は雪も続いてたから、余計にあの頃の事を思い出したんだろ」
「……………。」
不快そうに眉を寄せて話すコナン。快斗は、名前の母親から電話が来た翌日に、固い表情で窓から雪の降る外の景色を眺めていた名前の事を思い出してグッと手を握る。
(まだだ…今の話だけじゃ、名前が何に追い詰められてたのかが全部分かったわけじゃない。もっと事情を知るには……)
小五郎やコナンとは違い、両親との確執を持つキッカケとなった出来事を知らない快斗。これまでのやり取りからも、コナンが自分にそれを教えてくれるとは思えない。快斗は眉を寄せながら、どうするべきかと考えを巡らせた。
「蘭ちゃん、園子ちゃん」
佐藤刑事の様子と事件の詳細を確認しに行った小五郎とコナンと別れ、名前の病室に戻った快斗は廊下に蘭達の姿を見つけて声をかける。
「あ、黒羽君」
「名前ちゃんは?」
「少し話した後に寝ちゃったの。怪我のせいか、記憶がないせいなのか…何となくまだボーッとしてるみたい」
「そっか…」
快斗が閉じられた名前の病室の扉をチラリと見ながら頷くと、今まで黙っていた園子が口を開く。
「あの子ったら、私たちのことを名字で呼ぶのよ?しかも敬語で……あの名前がよ?気持ち悪いわよね、まったく……」
「園子……」
目尻に涙を浮かべながら話す園子。蘭が複雑そうな顔をしながら、ポンと肩に手を乗せる。
「それでも、私は名前の友達だから。名前が記憶を取り戻すって信じて、これからも今まで通り接するわ」
「園子ちゃん……」
「黒羽君も、最初は戸惑うと思うけど…あまり無理しないでね」
堪えきれずにポロポロと涙を流す園子に変わって、蘭が心配そうに快斗に視線を向ける。
「何も覚えてない名前と接するの、黒羽君は辛いと思う。だからこんな事を言ったら、黒羽君の重荷になるかもしれないけど……」
「?」
「私は、名前にとっては…黒羽君といる事が記憶を取り戻す一番の近道だと思うの」
「え、俺?」
少し言いにくそうにしながらも、目をそらさずに告げられた蘭の言葉。快斗は思わず目を瞬かせる。
「うん。ノアズ・アークの時とか、名前と黒羽君が喧嘩した時とか……他にもいろいろあったけど、名前があんな風に必死になったり悩んだりする事って、今までなかったもん。黒羽君の存在がそれだけ大きいんだと思う」
「ふふっ、確かにそうね。あの子ったら何年も付き合いのある私達よりも、最近は黒羽君にベッタリだったもんね」
「………そうかな」
(だけど、本当に俺の存在が大きかったら……)
顔を見合わせて笑っている蘭と園子を前に、快斗は複雑な感情が浮かんできて何と言えば良いのか言葉に詰まる。
「おい、君たち!」
その時、廊下の向こうから目暮が足早に近付いてくる。
「あ、目暮警部」
「今、佐藤君の手術が終わって集中治療室に移った。あとは、目が覚めるかどうか…というところだ」
「そうですか」
佐藤の容態を案じて、快斗たちは眉を寄せて小さく肩を落とす。
「名前君の方はどうだね?」
「やっぱり何も覚えてないみたいです。私たちが仲良くなった子供の頃の話とか、高校の話とかもしてみたんですけど……どれも身に覚えがないみたいでした」
「そうか……今日はもう遅い。名前君の部屋にも今晩は警官を待機させるから、ひとまず君たちは帰りなさい」
「え?付き添いはダメですか?アイツは俺の事を覚えてないんで、もちろん部屋の外にいますけど……」
事件当日でもあるため、今日は一晩付き添うつもりでいた快斗は戸惑いながらそう尋ねる。
「いや、さすがに殺人未遂事件があった後に未成年の君を一人残すわけにはいかんよ。何かあれば必ず連絡するから。な?」
目暮はポンポンと快斗の肩を叩きながらそう告げる。快斗は不満はあったものの、反論する事も出来ずに小さく息をついて「わかりました」と頷く。
「……それなら、帰る前に名前の顔だけ覗いてって良いですか?寝てるみたいなんで、すぐ済みますから」
「……ああ。それは構わんよ」
「私達は、先に下に降りてるね」
目暮や蘭達は気を使ったのか、快斗を残してその場から離れていく。快斗はその背中を見送ったあと、小さく息をついてゆっくり名前の病室の扉を開ける。電気が絞られ、薄暗い室内。ベッドで寝ている名前を起こさないように、音を立てずにソッと近付いていく。
「…………名前ちゃん」
穏やかな表情で眠っている名前。その表情だけ見ると、いつもの名前と何も変わらないように見える。
「目が覚めたら、全部思い出してるってことねーかな……ハハ、そう簡単にはいかねーか」
快斗は自分の口から無意識に出た言葉に、自嘲気味に笑いを浮かべる。
(そんな甘い気持ちじゃ駄目だよな……今までの記憶を全部無くしちまうなんて、そんな簡単な事じゃない)
快斗はしばらく名前の顔をジッ見つめた後に、小さく息をつく。
「………ごめんな。本当は、名前ちゃんの事情……名前ちゃんが話そうって思ってくれるまでちゃんと待つつもりだったんだ」
快斗は自分がこれからしようと思っている事を踏まえて、眉を寄せてそう話ながら名前の頬に手を伸ばしかけるが、目を覚ました時の名前の表情を思い出してピタリと手を止める。そして、空中で迷うように指先をさ迷わせた後に、結局何も出来ないままそのまま腕を下ろす。
「記憶が戻って、俺が名前ちゃんの昔の事をいろいろ知ってたら怒るか?………怒ってもいいよ、軽蔑しても何でも良いから……」
(俺を思い出してくれ……名前)
快斗は下ろした手をギュッと強く握ったあと、ふーっと大きく息をついて天を見上げる。そして、自分の気持ちを落ち着かせるように軽く目を閉じたあとに、もう一度名前に目を向ける。
「明日また来るからな。足も痛いだろ?ゆっくり休めよ、名前ちゃん」
そして優しく囁くようにそう告げた言葉を最後に、快斗は病室を後にする。
「……………。」
パタンと静かに病室の扉が閉まってしばらくすると、名前がゆっくりと目を開けて病室の入り口に目を向ける。
『私の……恋人?』
『そうよ!!名前と黒羽君ね、本当にいっつも一緒にいて凄く仲良いんだから!羨ましいくらいよ!』
『いつも一緒?』
『そうよ。前に、名前が怪我をして入院したことがあったんだけど。その時も凄く心配して、一日も欠かさず病院に通って付き添ってたもの』
『……………。』
『名前が一人でテレビの企画に参加するって時も、心配だからって無理矢理一緒に参加した事もあったわね』
『………そうなんだ』
『突然知らない人が恋人だって言われたら戸惑うと思うけど、黒羽君の事は信じてあげてほしいな。いつも名前の事を一番に考えてくれる人だから』
「黒羽快斗……私、"名字名前"の恋人」
名前は、薄暗い病室の中で無機質な天井をぼんやり見つめる。そして、自分の幼馴染みだと名乗った蘭と園子が話していた事を思い出しながら、ポツリと呟いた。
「とりあえず、事件の方は俺が何とかすっから。オメーは名前についててやれよ」
「ああ、悪いな。……事件の話、伏せられてた事情は聞かせてもらえたのか?」
「ああ。佐藤刑事だけでなく、名前まで巻き込まれたからな。さっき目暮警部がおっちゃんに全て話したよ」
「そうか……」
「おーい!ボウズ帰るぞ!!」
「あ、はーい!」
病院から出て快斗とコナンがコソコソと話していると、入り口まで車を回してきた小五郎が車内からコナンに声をかける。
「お前は本当に送らなくて良いのか?」
コナンや蘭達が車に乗り込んだあと、一人外に残る快斗に小五郎が運転席から心配そうに尋ねるが、快斗は「大丈夫です。ちょっと行きたいところがあるので」と、軽く頭を下げながら言葉を返す。
「時間も遅いから気をつけるんだぞ」
「私たち、また明日も病院に来るから」
「ああ、俺も朝から来るよ。ありがとな。おじさんも、ありがとうございました」
自分を気遣うように声をかける蘭達に、快斗が軽く笑みを浮かべて言葉を返すと、車はブロロロ…と低い音をたてて遠ざかっていく。離れていく車をしばらく見送った快斗は、小さく息をついて携帯を取り出すと1つの番号を表示する。
(まさか、この人に初めてする連絡がこんな内容になるとはな……)
快斗は耳元で響くコール音を聞きながら、ぼんやり空を見上げる。快斗の頬には、ハラハラと羽のように細かい雪が舞い落ちてくる。静かに降り続くそれは、以前の自分であれば冬の訪れを感じて心踊っていたのに、今は何故か忌々しい物に感じてしまう。複雑な感情を押し止めるかのように、寒さでかじかむ手をギュッと握りしめていると、耳元でブツッとコール音が途切れる。
『もしもし?』
「あ、夜遅くにすみません。今って大丈夫ですか?」
『構わないが……こんな時間に君から電話をもらうなんて。何かあったんですか?』
「どうしても、聞きたいことがあるんです。今から会ってもらえませんか?」
『……今から?もう日付も変わりそうだけど……明日じゃ駄目なんですか?』
「なるべく早く聞きたくて……お願いします。都合の良い場所を言ってもらえれば、どこにでも行きますから」
初めは冷静に話していた快斗だったが、徐々に焦りからか口調が早くなる。それが相手にも伝わったのか、今までよりもワントーン下がった声色が耳元から響く。
『……今どこにいるんだい?』
「米花薬師野病院です」
『病院?分かった。今からそっちに行くから。寒いでしょうし、建物の中で待っててください』
その言葉を最後に、快斗の返事も待たずにブツッと電話が切れる。
「……………。」
(やっぱり悪い人じゃねーんだよな)
快斗はポケットに携帯をしまいながら、言われた通りに病院のロビーに戻る。そして、何とか今日のうちに話を聞くことが出来そうな状況に、ホッと安堵の息をついた。