「瞳の中の暗殺者」編
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---ドシュッ!!
----パァァンッ!!
「な、何!?」
佐藤が懐中電灯を手に取ったタイミングで、突然鈍い発砲音と共に水道から水が勢いよく噴き出す。
「……ッチ、」
(今の音、狙撃!?水道管に当たったのね!やっぱりこの懐中電灯は……)
----ドシュッ、ドシュッ!!
サイレンサーにより押さえられた僅かな発砲音に気付いた名前が小さく舌打ちする間にも、間髪いれずに次々と銃が連射される。
「名前ちゃん!!下がって……うっ!」
「佐藤刑事!?」
その一発が佐藤の肩を掠めるが、佐藤はグッと踏み止まって懐中電灯をトイレの入り口に向ける。
「あ、あなたは…どうして、こんな事を!!」
「俺の何よりも大事な仕事を奪われたからだ!!!」
---ドシュッ!!ドシュッ!
「うぐっ」
「佐藤刑事!!大丈夫ですか!?」
その言葉と共に佐藤に向けて発射された銃弾は、佐藤の腹部に直撃する。佐藤の手から落ちた懐中電灯がクルクルと勢いよく回転し、名前の位置からも銃口を向けている犯人の姿が一瞬視界に入る。
「!?」
水道から絶え間なく噴き出す水を弾き、懐中電灯の光に照らされた曲線を描くビニール。視界に入ったそれを見て、名前が目を見開いていると一発の銃弾が名前の太ももを掠める。足を撃たれた事でバランスを崩したタイミングで、意識を失った佐藤の身体が名前に向かって倒れ込んで来て、名前は佐藤の身体ごと勢いよく後ろの壁に身体を打ち付ける。
----ガンッ!!
「っ!!」
後頭部と背中を強く壁に打ち付けたせいか、名前は視界が霞んで意識が遠のいて行くのを感じながら、ズルズルと床に倒れ込む。床に溜まる冷たい水の感覚と、自分を見下ろす人影、ビニールの曲線。水道から噴き出す水がポタポタと雨のように身体を濡らす。撃たれた太腿には、ドクドク脈打つように鈍い痛みが襲う。
(冷たい、寒い……)
薄れ行く意識の中、名前の脳裏には頭を打ち付ける前に聞いた言葉が甦る。
--何よりも大事な仕事を……--
(仕事……そう、仕事。何よりも、私よりも大事なもの……寒い、寒いよ。お母さん……)
冷えきった身体、差し出された傘、あの日の両親の言葉。今の状況に、何故か遠い過去の記憶が重なり幼い頃の情景が脳裏に浮かんでくる。意識を失う直前に、名前の瞳からは一筋の涙が流れた。
card.645
「名前君!!」
「佐藤さん!?」
小五郎やコナン達と共にトイレに駆けつけた快斗は、水道管から溢れ出た水に浸かるようにして佐藤と折り重なって倒れている名前の姿と、床に溜まった水が血に染まっているのを見て愕然とする。
「お、おい…嘘だろ?名前!!大丈夫か!?名前!!名前!」
快斗はバシャッと名前の身体を抱き上げるが、その身体の冷たさと太腿から流れる血液、青白い顔色を目の当たりにして、取り乱したように必死に大声で呼び掛ける。
「名前!しっかりしろ!!名前!!」
そんな快斗に、コナンが横から低い声で声をかける。
「落ち着け、黒羽。太腿に銃弾が掠めているが、こいつは気を失っているだけだ。むしろ重症なのは……」
「……え?」
「佐藤さん!!佐藤さん、しっかりしてください!!佐藤さん!!」
快斗がコナンの視線の先に目を向けると、腹部から大量の血を流してぐったりとしている佐藤を高木が抱き上げている。
「救急車を早く!!」
「白鳥君!!ホテルの出入り口を全て封鎖しろ!!今すぐにだ!!」
小五郎や目暮が大声で指示を出している中、コナンはトイレの入り口に落ちている拳銃を見つける。
(弾は全て空か…9ミリ口径のオートマチック。刑事殺しで使われた拳銃と同じものだな……ん?)
その時、ふと洗面台のそばに明かりのついたままの懐中電灯が落ちているのを見つける。
(何故トイレに懐中電灯が…?)
コナンは拳銃と懐中電灯を見比べながら、顎に手を当てて考えを巡らせる。
「名前、大丈夫だ。今救急隊が来るからな…」
冷静に現場を確認するコナンの横で、快斗は水に濡れて冷たい名前の身体をギュッと抱き締めていた。
----米花薬師野病院
「目暮警部、佐藤さんの容態は?」
「弾の一つが心臓の近くで止まっているらしい。今、摘出手術を受けているが……助かるかどうかは、五分五分だそうだ」
「そ、そんな…」
佐藤の容態を聞いた白鳥や蘭達は、息を飲んで顔を青くする。
「名前は?」
「名前君は、太腿の傷は銃弾が掠めただけで命に別状はない。今、そこの病室で処置を受けて……」
「名字名前さんの関係者の方々、こちらに来て下さい!!」
その時、名前のいる病室から顔を出した看護師が廊下で待つ快斗達に向かって声をかける。
「名前に何かあったんですか?」
「意識を取り戻したんですが、様子がおかしくて…」
眉を寄せて話す看護師の言葉を聞いて、快斗は我先にと勢いよく病室へ駆け込む。病室に入ると、ベッドに座っている名前が窓の外を眺めていて入り口からはその表情は見えない。
「名前!!良かった、目を覚ましたんだな!」
快斗がそう声をかける後ろから、目暮やコナン達も病室に入ってくる。名前はゆっくりと振り返ると、虚ろな視線のまま快斗達の顔をぐるりと見渡す。
「名前?」
もう一度快斗が名前の名前を呼ぶと、名前の視線が快斗の所でゆっくりと止まる。
「名前、どうした……」
「あなた、誰?」
「………え?」
名前がポツリと呟いた言葉に息を飲む快斗の後ろで、小五郎達は表情を固くして顔を見合わせる。
「お、おい…名前?冗談だろ?俺の事、わかんねーの?」
そんな中、快斗はゆっくりとベッドに近付いて行き名前に触れようと手を伸ばすが、名前はビクッと肩を揺らして表情を強張らせる。
「っ、」
それを見た快斗は大きく息を飲んで、行き場をなくした手を空中でギュッと握りしめる。
「……ごめんなさい」
快斗の反応を見た名前は、視線を下げながら申し訳なさそうに小さく呟いた。
「アメリカの首都は?」
「ワシントン」
「5×8はいくつですか?」
「40」
「ご自分の名前は分かりますか?」
「……いいえ」
「あなたのご両親のお名前は?」
「……分かりません」
様子のおかしい名前を見て、心療科の風戸に急遽診察を依頼する事になった。白鳥から連絡を受けた風戸はすぐに病室に駆けつけて、名前にいくつかの質問をしている。その様子を目暮や蘭達は心配そうに見守っている。
「……………。」
(あいつ大丈夫かよ…)
そんな中、コナンは少し離れたところに立つ快斗をチラリと見る。快斗はグッと下唇を噛みながら、険しい表情で名前の様子をジッと見つめていた。
「逆向健忘!?」
「はい。疾病や外傷などによって、損傷の起こる前の事が思い出せなくなる記憶障害の一つです」
「記憶障害……」
「名前さんの場合、事件の際に頭部を強打している事…そして目の前で知り合いの刑事さんが撃たれた事による、精神的ショックを受けた事が要因だと考えられます。辛い出来事などによる精神的苦痛が記憶を左右する事例は、これまでも多く確認されていますから」
名前の診察を終えた風戸は、別室に移って目暮達に病状を説明している。
「……………記憶は戻るんですか?」
「今の段階では何とも言えませんね…。時間と共に事件のショックが和らいで、精神的に落ち着けば戻るかもしれません。ただ日常生活に必要な知識の点では障害は認められませんでした」
快斗の質問に、風戸は眉を寄せながら言葉を続ける。
「ですので、普通の生活を送る分には問題ありません。数日念のため入院したあとは、退院も可能でしょう」
それだけ説明すると、風戸は「何かあれば、いつでも連絡してください」と言って部屋を出ていく。
「………。」
(事件による精神的ショック?あの名前が?もし精神的な問題で記憶を無くしていて、それが取り除かれなければ記憶が戻らないなら……むしろ解決すべき事は…)
快斗は風戸の説明を聞いて、ジッと何かを考え込む。
「……あの懐中電灯は、電気をつけたまま置かれていたのだろう。停電した時にだけ気付かれるように」
「なるほど。佐藤刑事がトイレに入ったタイミングで停電を起こし、暗闇の中でも佐藤刑事を狙撃できるようにしたわけか。……しかし、巻き込まれた名前さんが記憶障害とは」
そんな中、目暮と白鳥は風戸が出ていった後に改めて事件の状況を整理している。
「…オメー、名前の病室にいなくていいのか?」
その話を聞きながら、コナンは小声で快斗に声をかける。黙ったままジッと考え込んでいた快斗は、ゆっくりとコナンに視線を向ける。
「………今は蘭ちゃんと園子ちゃんがついてくれてるだろ。それに……知らない男がベッタリそばにいても怖がらせちまう」
「……オメーな。気持ちは分かるけど、今のアイツから逃げんなよ」
「逃げるつもりはないさ。記憶があってもなくても、俺は名前を愛してる。それは例え……っ、例え、このまま記憶が戻らなかったとしても変わらない」
「……………。」
言葉を絞り出すように話す快斗を、コナンは眉を寄せてジッと見つめる。
「だけど……今は、正直に言えば辛い。アイツの前で笑える自信がないんだ。俺の事を全部知って、それでも受け入れてくれる奴なんて名前だけなんだよ」
快斗は片手で目元を覆うようにしながら、独り言のように呟く。
「………オメー、大丈夫か?」
「……ハハ、少し落ち着いたらアイツのそばに戻る。大丈夫だ」
快斗は小さく息をつくと、そう言いながらコナンの頭をグシャグシャと撫でる。快斗の引きつった不自然な笑顔を見たコナンは、それ以上何も言うことが出来ずにガシガシと頭を掻く。
「ひとまず、我々は佐藤君の手術の様子を確認してくる」
コナンと快斗がそんな会話をしていると、目暮や白鳥達は一旦部屋を出ていく。部屋に残った小五郎は大きくため息をついたあと、「とりあえず、名前のとこに戻るか」と快斗達に声をかけるが、快斗がそれを引き止める。
「あの、待ってください」
「どうした?」
「名前ちゃんは、例え目の前で知り合いが撃たれても記憶を無くすような奴じゃないと思うんです。むしろ、犯人を捕まえようと冷静になるはず」
「……うーむ。まあ、確かに一理あるな」
快斗の言葉に、小五郎は眉間にシワを寄せながら小さく頷く。
「…………。」
(そう言われればそうだ…今まで、いろんな事件を経験したアイツだ。確かに佐藤刑事とは親しかったが、記憶を無くすほどのショックを受けるとは思えない)
快斗の言葉にコナンが考えを巡らせる中、快斗は更に言葉を続ける。
「確かに事件の事はショックだったと思いますが、それはキッカケに過ぎない。……アイツは、今日の事が起こる前から精神的に弱っていた。あの先生の言うように、精神的な要因が記憶に影響していると言うなら…その問題を取り除かないと記憶は戻らないかもしれないんです!!」
「お、おい。ちょっと落ち着け!一体何があったんだ?」
捲し立てるように話す快斗の言葉に、小五郎がピクリと反応する。
「4日前、名前の母親から連絡があって。揉めてたんです、アイツ。それからずっと元気がなくて……」
「何!?名字さんから連絡が…?」
快斗の言葉に、小五郎は信じられないというように目を大きく見開く。
「…………。」
(こいつが、さっき俺に相談があるって言ったのはこれのことか!)
その足元では、コナンも思わぬ内容に眉を寄せながら話を聞いている。
「おじさんは、名前の親と連絡とれますよね!?事情を話して、何があったのか聞いてくれませんか?名前が何に悩んでいたのか分からないと……今後の関わり方次第では、記憶が戻らないままかもしれない!」
そんな小五郎に、快斗は詰め寄るようにしてそう頼み込む。
「おじさん!!新一兄ちゃんのお父さんに連絡してもらおうよ!あの時、名前姉ちゃんの親とやり取りしてたのは、新一兄ちゃんの家族でしょ!?」
「……何でお前がそんな事まで知ってんだ?」
快斗の話を聞いたコナンが思わず口に出した提案に、小五郎は訝し気にコナンに目を向ける。
「え?いや、それは……」
小五郎に疑いの目を向けられたコナンは慌てて誤魔化そうとするが、その様子を横目に見ながら小五郎は携帯を取り出す。
「フンッ。まあ、今はそんな事はどうでもいい。名前の記憶を取り戻すのが最優先だ。確かに…あの時は工藤さんとこのご夫婦が表だって動いていたが、俺も事情は知っている。俺から連絡してみよう」
小五郎はそう言うと、渋い顔をしながら携帯を操作して発信ボタンを押す。快斗は、その様子をグッと手を握りながら見つめていた。
「私は毛利蘭、こっちは鈴木園子。私たちは幼なじみなのよ」
「幼なじみ……」
「私達とは高校は別々だけどね。休みの日とか、どこか出掛ける時にはよくお互いを誘い合って会ってたのよ。いつも、園子が名前も誘おうって言い出してね」
「鈴木さんが……そうなんですか」
その頃名前の病室では、蘭と園子が記憶のない名前に友人関係や通っている学校などについて説明していた。
「……イヤね、名前で呼んでよ。敬語もナシ!私たちも、いつも通り"名前"って呼ぶからね!」
「うん、そうね。あんまり気を使わないで!気楽に何でも聞いて?」
今までの名前と違い、戸惑いながらどこか自信がなさそうに話す姿を見た園子は、グッと手を握りながらもなるべくいつも通り明るく接する。
「……あの、」
「ん?何か気になることある?」
「私が目を覚ました時、初めて声をかけてくれた人は誰なの?」
「え?」
「あの人、私が覚えていないって分かったら凄く傷ついた顔をしてたから」
視線を下げてそう話す名前を見て、蘭達は顔を見合わせる。そして、お互いに小さく頷き合うと蘭がゆっくりと口を開く。
「彼はね、黒羽快斗っていうの」
「黒羽、快斗……あの人も幼なじみ?」
「ううん。……恋人よ、名前の」
「え?私の……恋人?」
キッパリとそう答えた園子の言葉に、名前は戸惑ったように目を丸くした。