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はじめましてこんにちは
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先ほどまでの汗や震えが嘘のように視界がはっきりとしてきた。そういえば、人前で発表するときも突然視界がはっきりすることがあった。そういう場合、私がどれほど緊張していても周りからはその緊張を悟られず、むしろ自信があるように見えていたらしい。
スポーツなんかでたまに耳にする、『ゾーン』というやつなのかもしれない。まあそんなことはどうでもいい。確かなのは、この状態は私にとってチャンスだということ。
キラキラ、なんてもんじゃない、ギラギラと獲物を見定める金を正面からまっすぐ、挑戦的に見つめる。茶器を割ったやつの態度ではないとは思うが、松永久秀という男に常識は通じないだろう。おもしろいやつだと思われた方が得だ。
案の定、松永さんは私の不躾で、自信ありげな表情で提示した内容を少なからず気に入ったらしい。ずっと肌を焼いていた怒気が少々薄まった(気がする)。さらに、私が敢えて言わなかったいわば核心にも気づいており、くつくつと笑い始めた。
「なるほど、こちら側に二つとないモノを茶器の代わりとしてもらいたい……と?」
「はい。今のこちら側がいつの時代なのか、はっきりとは分かりませんので断言はできませんが、私がいた時代はこちらからおよそ500年は時が経っております。500年も経てば、土地も人も変わります。松永様の生き得る間に手に取ることのできないもので溢れております」
「しかし、君が言っていることは全て『あの姿見を通じて元の世界へ帰ることができれば』という仮説のもとで成り立っているに過ぎない」
そうだ。松永さんがもしもこの案にのっても、私があちらに帰れなければ全て水泡に帰すのだ。
思い出したかのように心臓が大きく鳴り出す。
しかしここで自信のない表情をしてはいけない。最後まで。
「もちろん、承知しております。なので、今から試してみてもよろしいでしょうか?もちろん、体全てではなく私の着ているこの衣をあちらへ投げてみます。あちら側へこれが渡ったのを見届けた後、私が手を入れて再びこの衣をこちら側へ持ってきます」
もしかして私は商売人に向いてるのかもしれないと思いながら、飄々と言葉を紡ぐ。
このやり方ならば、姿見がまだ門の役割をしていること、行き来できるのが一度だけ(おそらく)ではないことが証明できる。しばし、松永さんが思案する。
「良いだろう。梟を前に足掻き、舞う小さき獣よ。見納めにならないことを切に願うよ」
と、松永さんがあまり抑揚の感じさせない声音で言う。嘘つけ!と声を大にして言いたいが、ひとつ礼を言うに留める。
それに、先ほどの言い方をもう少しわかりやすく言えば「姿見が通じているといいね!通じてなかったら殺すね♡」ということ。つまりは!松永さんに提示した案件自体は受け入れられたということ!あとは姿見が通じていれば賭けは私の勝利で終わる……!
結果から言えば、姿見は通じていたし何度も行き来が可能なようだった。ドキドキと口から心臓が転げ落ちそうになりながらもスウェットを脱ぎ恐る恐る姿見へ近づけると、あっけなくあちら側へ渡り、私の手から自室の床へ落ちた。こんなに簡単にいくと思わず、目を見開いたが気を取り直して再び手をあちら側へ伸ばした。これもまたすんなりとあちら側へ渡り、無事に私のスウェットを手にすることができた。
調子にのって、スウェットを持ったまま何度もあちら側とこちら側へ手をスライドさせたが、私の拳が硬い鏡面をパンチすることはなかった。
行き来を繰り返すことおよそ8回。ほんの少しだけ飽きた私が振り返ると、ニコニコと形容するにはいくらか悪どい笑顔を顔に付けた松永さんがそこには居た。
「おめでとう、見納めではなかったようだね。まあ、これからもよろしく、とでも言っておこうかな」
と、ゆうるりと両手をあげてぱちりぱちりとこれまた取ってつけたような拍手を私に浴びせる。しかしそれを聞いて、どっと今までの疲れが襲ったようで、私は崩れた茶器をなんとか避けながら、畳へと自身の上半身をおりかさねた。
「よ゛、よかった……」
これにて私の人生最大にして最悪な命の危機は去ったと言えるだろう。今現在の態度も、一国の主を前にしてとても無礼だろうが、今の私には先ほどのようにぴしりと正面切って正座する精神的体力は持ち合わせていない。平和な日の本出身者が、一世一代の賭け事を終わらせたのだ、この程度の無礼は許していただきたい。それに、先ほどまでの雰囲気が完全に霧散している。今ならば、今までのどシリアスなカチンコチン敬語をとっぱらった、いわゆる素の状態で話すことができそうだ。というより、あちら側のモノをこちら側へ持ってくる度に、あれほどの敬語を使って毎回堅苦しい儀式めいた空間にいることはできない。無理だ。
しばらく生への実感とい草の匂いを堪能していたが、がばっと上半身をあげる。
「松永様、記念すべき一つ目はなにが良いですか?こちらの甘味?それとも……ええと……」
残りの体力を振り絞り、嬉嬉として聞いてみたものの、甘味……スイーツ以外なんと形容すれば良いのか分からない。こういうときに語彙力が乏しいと困る。松永さんの方を見ると未だに嫌らしい笑顔を浮かべている。
「いや、甘味はまた後日の楽しみとしよう。その時には、『招かれし客人』として迎えよう。もう夜も更けだ。今宵はこのまま戻るといい」
未だに表情は変わらないままだが、え……松永さんってこんなに優しいの……?むり……尊い……なんて思いながら、疲れで眠気を訴える体を叱咤し、もう一度正座で松永さんに向き合う。
「わかりました。それでは失礼致します」
最後に一礼。……姿見から帰るって相当シュールだな、と思いながら残っている無事な茶器を割らぬようガタガタとあちら側へ渡る。流石に無言で終わるわけにもいかないだろう。
「松永さん、こちらの声は聞こえていますか?」
あ、敬語急に崩しちゃった、と思うも
「聞こえているよ」
と何事もなく返事がきたので次回からは松永さんと呼ぼうと決めた。そういえば、小十郎とかからは呼び捨てされてたね。いや、まあ私は立場違うけども。
でも、良かった。様なんて仰々しい呼称、使ったことがないもの。
「良かった。それでしたら、連絡手段としても使えますね!明日、甘味を持っていきますので。それでは、おやすみなさい」
返事は、あの松永さんだしこないだろう。というより私はもう限界だ。あんなギリギリ崖の上を行くような場面にはもう二度と遭遇したくない。と床の上でまどろみながら思った。ああ、ベッドへいかなきゃ、でもふわふわしててこのまま寝てしまいそうだ……今見ているのが夢か現実か分からなくなってきた。いや、私の部屋のカーペットはこんな色をしていないからもう夢の中に入りかけているのかもしれない。
だから、
「おやすみ、奈子」
なんて言葉もきっと夢だったんだろう。
スポーツなんかでたまに耳にする、『ゾーン』というやつなのかもしれない。まあそんなことはどうでもいい。確かなのは、この状態は私にとってチャンスだということ。
キラキラ、なんてもんじゃない、ギラギラと獲物を見定める金を正面からまっすぐ、挑戦的に見つめる。茶器を割ったやつの態度ではないとは思うが、松永久秀という男に常識は通じないだろう。おもしろいやつだと思われた方が得だ。
案の定、松永さんは私の不躾で、自信ありげな表情で提示した内容を少なからず気に入ったらしい。ずっと肌を焼いていた怒気が少々薄まった(気がする)。さらに、私が敢えて言わなかったいわば核心にも気づいており、くつくつと笑い始めた。
「なるほど、こちら側に二つとないモノを茶器の代わりとしてもらいたい……と?」
「はい。今のこちら側がいつの時代なのか、はっきりとは分かりませんので断言はできませんが、私がいた時代はこちらからおよそ500年は時が経っております。500年も経てば、土地も人も変わります。松永様の生き得る間に手に取ることのできないもので溢れております」
「しかし、君が言っていることは全て『あの姿見を通じて元の世界へ帰ることができれば』という仮説のもとで成り立っているに過ぎない」
そうだ。松永さんがもしもこの案にのっても、私があちらに帰れなければ全て水泡に帰すのだ。
思い出したかのように心臓が大きく鳴り出す。
しかしここで自信のない表情をしてはいけない。最後まで。
「もちろん、承知しております。なので、今から試してみてもよろしいでしょうか?もちろん、体全てではなく私の着ているこの衣をあちらへ投げてみます。あちら側へこれが渡ったのを見届けた後、私が手を入れて再びこの衣をこちら側へ持ってきます」
もしかして私は商売人に向いてるのかもしれないと思いながら、飄々と言葉を紡ぐ。
このやり方ならば、姿見がまだ門の役割をしていること、行き来できるのが一度だけ(おそらく)ではないことが証明できる。しばし、松永さんが思案する。
「良いだろう。梟を前に足掻き、舞う小さき獣よ。見納めにならないことを切に願うよ」
と、松永さんがあまり抑揚の感じさせない声音で言う。嘘つけ!と声を大にして言いたいが、ひとつ礼を言うに留める。
それに、先ほどの言い方をもう少しわかりやすく言えば「姿見が通じているといいね!通じてなかったら殺すね♡」ということ。つまりは!松永さんに提示した案件自体は受け入れられたということ!あとは姿見が通じていれば賭けは私の勝利で終わる……!
結果から言えば、姿見は通じていたし何度も行き来が可能なようだった。ドキドキと口から心臓が転げ落ちそうになりながらもスウェットを脱ぎ恐る恐る姿見へ近づけると、あっけなくあちら側へ渡り、私の手から自室の床へ落ちた。こんなに簡単にいくと思わず、目を見開いたが気を取り直して再び手をあちら側へ伸ばした。これもまたすんなりとあちら側へ渡り、無事に私のスウェットを手にすることができた。
調子にのって、スウェットを持ったまま何度もあちら側とこちら側へ手をスライドさせたが、私の拳が硬い鏡面をパンチすることはなかった。
行き来を繰り返すことおよそ8回。ほんの少しだけ飽きた私が振り返ると、ニコニコと形容するにはいくらか悪どい笑顔を顔に付けた松永さんがそこには居た。
「おめでとう、見納めではなかったようだね。まあ、これからもよろしく、とでも言っておこうかな」
と、ゆうるりと両手をあげてぱちりぱちりとこれまた取ってつけたような拍手を私に浴びせる。しかしそれを聞いて、どっと今までの疲れが襲ったようで、私は崩れた茶器をなんとか避けながら、畳へと自身の上半身をおりかさねた。
「よ゛、よかった……」
これにて私の人生最大にして最悪な命の危機は去ったと言えるだろう。今現在の態度も、一国の主を前にしてとても無礼だろうが、今の私には先ほどのようにぴしりと正面切って正座する精神的体力は持ち合わせていない。平和な日の本出身者が、一世一代の賭け事を終わらせたのだ、この程度の無礼は許していただきたい。それに、先ほどまでの雰囲気が完全に霧散している。今ならば、今までのどシリアスなカチンコチン敬語をとっぱらった、いわゆる素の状態で話すことができそうだ。というより、あちら側のモノをこちら側へ持ってくる度に、あれほどの敬語を使って毎回堅苦しい儀式めいた空間にいることはできない。無理だ。
しばらく生への実感とい草の匂いを堪能していたが、がばっと上半身をあげる。
「松永様、記念すべき一つ目はなにが良いですか?こちらの甘味?それとも……ええと……」
残りの体力を振り絞り、嬉嬉として聞いてみたものの、甘味……スイーツ以外なんと形容すれば良いのか分からない。こういうときに語彙力が乏しいと困る。松永さんの方を見ると未だに嫌らしい笑顔を浮かべている。
「いや、甘味はまた後日の楽しみとしよう。その時には、『招かれし客人』として迎えよう。もう夜も更けだ。今宵はこのまま戻るといい」
未だに表情は変わらないままだが、え……松永さんってこんなに優しいの……?むり……尊い……なんて思いながら、疲れで眠気を訴える体を叱咤し、もう一度正座で松永さんに向き合う。
「わかりました。それでは失礼致します」
最後に一礼。……姿見から帰るって相当シュールだな、と思いながら残っている無事な茶器を割らぬようガタガタとあちら側へ渡る。流石に無言で終わるわけにもいかないだろう。
「松永さん、こちらの声は聞こえていますか?」
あ、敬語急に崩しちゃった、と思うも
「聞こえているよ」
と何事もなく返事がきたので次回からは松永さんと呼ぼうと決めた。そういえば、小十郎とかからは呼び捨てされてたね。いや、まあ私は立場違うけども。
でも、良かった。様なんて仰々しい呼称、使ったことがないもの。
「良かった。それでしたら、連絡手段としても使えますね!明日、甘味を持っていきますので。それでは、おやすみなさい」
返事は、あの松永さんだしこないだろう。というより私はもう限界だ。あんなギリギリ崖の上を行くような場面にはもう二度と遭遇したくない。と床の上でまどろみながら思った。ああ、ベッドへいかなきゃ、でもふわふわしててこのまま寝てしまいそうだ……今見ているのが夢か現実か分からなくなってきた。いや、私の部屋のカーペットはこんな色をしていないからもう夢の中に入りかけているのかもしれない。
だから、
「おやすみ、奈子」
なんて言葉もきっと夢だったんだろう。
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