第五章
主人公の名前設定
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カプセルを放って荒地にぽつんと出現したその家は、小さなキッチンに最低限の家具、シャワーと寝室があるだけの簡素なつくりだったが、屋根があって雨風がしのげるだけでもこの世界では十分すぎるほどだった。
「とりあえず、今日はもう夕食にして休みましょ」
家に入るなりローズマリーがくつろいだ声で話しかけ、パイは静かにうなずいた。
キッチンに行って湯を沸かし、持参した携帯食のパックを取り出す。
用意した夕食はビスケットに缶詰、そしてお湯で戻したスープ。テーブルに並べて向かい合ったが、会話はなく、ふたりのあいだには沈黙が支配していた。
日が暮れるのが早くなり、朝晩のひんやりした空気に秋の訪れを感じる。窓の外に目をやると、空はすでに濃い藍色に染まり、遠くにスラムの焚火の灯りがちらちら揺れている。
パイは食べる手を止めて、向かいに座るローズマリーをちらりと見た。
彼女は、この沈黙にも何の気負いもない様子で、缶のふたを器用に開けながら口元をほころばせていた。どこか楽しそうですらある。
(……なんでこんなに落ち着いてるの……?)
パイは、なんだかそわそわした気持ちになった。ローズマリーは確か24歳。歳はそれほど離れていないはずなのに、妙に大人びて見える。
年の近い女性と、こんなふうに顔を突き合わせて時間を過ごすなんて──記憶を遡ってもないことだった。友達と呼べる存在も数少なく、兄の悟飯とトランクスくらい。同性の友人はいなかった。
母が生きていた頃は「このままじゃ勉強が遅れちまう」と学校へ通わせようとしてくれていたが、度重なる人造人間の襲撃でうまく実現しなかった。そうしているうちに、母が亡くなり、もう学校に通うどころではなくなっていった。
(……私ってほんと友達いなかったんだな……。こういうとき何を話せばいいんだろう)
そわそわしながらも、ぼんやりとローズマリーを見つめていた。するとその視線に気づいたのか、ローズマリーが目線を上げてこちらを見つめ返してきた。
視線が合った次の瞬間、ローズマリー微笑んだ。なんのてらいもない、どこか余裕を感じさせる微笑みに、パイはたじろいで思わず目をそらしてしまった。
(……なんだろう、この感じ)
気まずさを誤魔化すように、手元のスープに視線を落としながら、パイはふと、拠点で見たローズマリーの姿を思い出していた。
──彼女は、いつも誰かに話しかけられていた。特に男たち。まだ少年と言っていいような若いメンバーから無精髭の整備班の男たちまで、誰もがなにかと理由をつけてはローズマリーのもとを訪れ、時には手土産のように食料の缶詰を渡していた。
「これ、余ったから……」
「たまたま手に入ったんだ」
そんな言葉と共に。
ローズマリーは笑ってそれを受け取り、ときどき冗談を飛ばし、軽やかに受け流す。けれど、断ることは一度もなかった。
──この世界で、食料を渡すことがどういう意味を持つのか。
物資が足りないのは誰もが同じ。「余る」なんてことはない。缶詰ひとつ渡すというのは、自分の明日の食事を削ることにもなりうる。それを差し出すということは──まぎれもない好意だ。
パイはそれを知っていた。だから、ぽつりと声が出た。
「ねえ……誰が、恋人なの?」
唐突な質問に、ローズマリーは手にしていたスプーンを止めて、意外そうな顔をしてパイを見つめてきた。
「……え?」
「だって……いつも誰かに、缶詰とか、渡されてるから」
パイは視線を伏せたまま、続ける。質問というより、もはやつぶやきに近かった。
「いつもいろんな人があなたにプレゼントをしているけど、あの中の誰がが……恋人なの?」
こんな質問は唐突すぎたか、とパイは一瞬焦ったが、ローズマリーはただ面白そうに目を細めた。
「恋人、ねえ……」
ぽつりと呟いたあと、彼女は肩をすくめた。
「うーん。検討中、ってとこかしら」
「そういうのはしばらくいいかなって。今まで付き合ったやつらはろくでなしばかりだったからね。どういうわけかそういうやつらばかり。だからしばらくはゆっくり検討してみようかなって。愛されるって悪くないけど、今度はまともな恋がしたい」
さらりと笑顔で言ってのけ、次の瞬間にはパイを見て。
「で──あんたは? チャンとトランクス、どっちが好きなの?」
「……えっ?」
あまりに唐突な切り返しに、パイは言葉を失った。
「えっ……わ、わたし?」
ローズマリーはにやりと笑い、パイの表情を覗き込む。
パイは視線を泳がせた。何か言葉を探そうとしても、うまく見つからない。
「そう。まさかどっちでもないとか言わないでよ? あんないい男ふたりがあんたを気にかけていて、ひとりで平気って顔されても信じられないわ」
パイは顔をそらした。その目には戸惑いが浮かんでいた。
「……そんなの……別にふたりとも私のことを好きなわけじゃないと思う」
チャンはただ、年下のきょうだいの面倒を見るみたいにかまってくれただけだ。そう思うとちょっとだけ残念な気もしたが……複雑な女心というやつだ。
トランクスは……昔はトランクスは自分のことを好きなのだと思い、戸惑っていた。でも今は……逆になっていた。いつの間にか、気がついたら自分がトランクスのことがすごく好きになっていた。あの湖で過ごした日以来、もうはっきりと自覚していた。
今となっては、トランクスが自分のことをどう思っているのかはよくわからない。でも好きになってくれたから好きになったわけじゃない。だからいいんだ。自分が好きなだけで。
あれこれと物思いに沈むパイを見て、ローズマリーは小さく笑った。
「そんなことないと思うけど。初々しいねぇ。なんだかこっちまでくすぐったくなるわ。私にもそんな頃、あったっけ」
からかうようでいて、優しさの滲んだ口調だった。
「恋はしとくもんだよ。いつどうなるかわかんない世界だからさ。だから好きな男に抱かれて、安心して眠れる夜があるなら──それって、最高の幸せだと思う」
言いながら、ローズマリーはさらりと自分の髪をまとめ直す。
「な……っ」
赤裸々な物言いに、パイの顔が真っ赤になる。
「……ま、あんたにはまだ早いか」
にやりと笑うローズマリーに、気が動転したパイが言葉を返す。
「……べ、べつに。考えたこと、なかったわけじゃ……ないし……」
なにが言いたいのか自分でもわからないまま、言葉だけが突っ走る。
ローズマリーはそんなパイを眺めて、まぶしいものを見るようにやわらかく目を細めた。
「うん。やっぱ、あんた可愛いわ」
その言葉に、パイはますます真っ赤になり、うまく言葉を返せずにうつむいてしまった。
いつの間にか、ふたりの間に流れていた空気がやわらかくなっていた。
「とりあえず、今日はもう夕食にして休みましょ」
家に入るなりローズマリーがくつろいだ声で話しかけ、パイは静かにうなずいた。
キッチンに行って湯を沸かし、持参した携帯食のパックを取り出す。
用意した夕食はビスケットに缶詰、そしてお湯で戻したスープ。テーブルに並べて向かい合ったが、会話はなく、ふたりのあいだには沈黙が支配していた。
日が暮れるのが早くなり、朝晩のひんやりした空気に秋の訪れを感じる。窓の外に目をやると、空はすでに濃い藍色に染まり、遠くにスラムの焚火の灯りがちらちら揺れている。
パイは食べる手を止めて、向かいに座るローズマリーをちらりと見た。
彼女は、この沈黙にも何の気負いもない様子で、缶のふたを器用に開けながら口元をほころばせていた。どこか楽しそうですらある。
(……なんでこんなに落ち着いてるの……?)
パイは、なんだかそわそわした気持ちになった。ローズマリーは確か24歳。歳はそれほど離れていないはずなのに、妙に大人びて見える。
年の近い女性と、こんなふうに顔を突き合わせて時間を過ごすなんて──記憶を遡ってもないことだった。友達と呼べる存在も数少なく、兄の悟飯とトランクスくらい。同性の友人はいなかった。
母が生きていた頃は「このままじゃ勉強が遅れちまう」と学校へ通わせようとしてくれていたが、度重なる人造人間の襲撃でうまく実現しなかった。そうしているうちに、母が亡くなり、もう学校に通うどころではなくなっていった。
(……私ってほんと友達いなかったんだな……。こういうとき何を話せばいいんだろう)
そわそわしながらも、ぼんやりとローズマリーを見つめていた。するとその視線に気づいたのか、ローズマリーが目線を上げてこちらを見つめ返してきた。
視線が合った次の瞬間、ローズマリー微笑んだ。なんのてらいもない、どこか余裕を感じさせる微笑みに、パイはたじろいで思わず目をそらしてしまった。
(……なんだろう、この感じ)
気まずさを誤魔化すように、手元のスープに視線を落としながら、パイはふと、拠点で見たローズマリーの姿を思い出していた。
──彼女は、いつも誰かに話しかけられていた。特に男たち。まだ少年と言っていいような若いメンバーから無精髭の整備班の男たちまで、誰もがなにかと理由をつけてはローズマリーのもとを訪れ、時には手土産のように食料の缶詰を渡していた。
「これ、余ったから……」
「たまたま手に入ったんだ」
そんな言葉と共に。
ローズマリーは笑ってそれを受け取り、ときどき冗談を飛ばし、軽やかに受け流す。けれど、断ることは一度もなかった。
──この世界で、食料を渡すことがどういう意味を持つのか。
物資が足りないのは誰もが同じ。「余る」なんてことはない。缶詰ひとつ渡すというのは、自分の明日の食事を削ることにもなりうる。それを差し出すということは──まぎれもない好意だ。
パイはそれを知っていた。だから、ぽつりと声が出た。
「ねえ……誰が、恋人なの?」
唐突な質問に、ローズマリーは手にしていたスプーンを止めて、意外そうな顔をしてパイを見つめてきた。
「……え?」
「だって……いつも誰かに、缶詰とか、渡されてるから」
パイは視線を伏せたまま、続ける。質問というより、もはやつぶやきに近かった。
「いつもいろんな人があなたにプレゼントをしているけど、あの中の誰がが……恋人なの?」
こんな質問は唐突すぎたか、とパイは一瞬焦ったが、ローズマリーはただ面白そうに目を細めた。
「恋人、ねえ……」
ぽつりと呟いたあと、彼女は肩をすくめた。
「うーん。検討中、ってとこかしら」
「そういうのはしばらくいいかなって。今まで付き合ったやつらはろくでなしばかりだったからね。どういうわけかそういうやつらばかり。だからしばらくはゆっくり検討してみようかなって。愛されるって悪くないけど、今度はまともな恋がしたい」
さらりと笑顔で言ってのけ、次の瞬間にはパイを見て。
「で──あんたは? チャンとトランクス、どっちが好きなの?」
「……えっ?」
あまりに唐突な切り返しに、パイは言葉を失った。
「えっ……わ、わたし?」
ローズマリーはにやりと笑い、パイの表情を覗き込む。
パイは視線を泳がせた。何か言葉を探そうとしても、うまく見つからない。
「そう。まさかどっちでもないとか言わないでよ? あんないい男ふたりがあんたを気にかけていて、ひとりで平気って顔されても信じられないわ」
パイは顔をそらした。その目には戸惑いが浮かんでいた。
「……そんなの……別にふたりとも私のことを好きなわけじゃないと思う」
チャンはただ、年下のきょうだいの面倒を見るみたいにかまってくれただけだ。そう思うとちょっとだけ残念な気もしたが……複雑な女心というやつだ。
トランクスは……昔はトランクスは自分のことを好きなのだと思い、戸惑っていた。でも今は……逆になっていた。いつの間にか、気がついたら自分がトランクスのことがすごく好きになっていた。あの湖で過ごした日以来、もうはっきりと自覚していた。
今となっては、トランクスが自分のことをどう思っているのかはよくわからない。でも好きになってくれたから好きになったわけじゃない。だからいいんだ。自分が好きなだけで。
あれこれと物思いに沈むパイを見て、ローズマリーは小さく笑った。
「そんなことないと思うけど。初々しいねぇ。なんだかこっちまでくすぐったくなるわ。私にもそんな頃、あったっけ」
からかうようでいて、優しさの滲んだ口調だった。
「恋はしとくもんだよ。いつどうなるかわかんない世界だからさ。だから好きな男に抱かれて、安心して眠れる夜があるなら──それって、最高の幸せだと思う」
言いながら、ローズマリーはさらりと自分の髪をまとめ直す。
「な……っ」
赤裸々な物言いに、パイの顔が真っ赤になる。
「……ま、あんたにはまだ早いか」
にやりと笑うローズマリーに、気が動転したパイが言葉を返す。
「……べ、べつに。考えたこと、なかったわけじゃ……ないし……」
なにが言いたいのか自分でもわからないまま、言葉だけが突っ走る。
ローズマリーはそんなパイを眺めて、まぶしいものを見るようにやわらかく目を細めた。
「うん。やっぱ、あんた可愛いわ」
その言葉に、パイはますます真っ赤になり、うまく言葉を返せずにうつむいてしまった。
いつの間にか、ふたりの間に流れていた空気がやわらかくなっていた。