第四章
主人公の名前設定
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その夜、パイは夢を見た。
――兄がすぐ隣に立っていた。
夜明け前のパオズ山。空はまだ薄暗く、日の出前の静けさが辺りを包んでいた。木々のざわめきがかすかに耳に届く。そこに、兄──悟飯がいた。すぐ隣に、何も言わずただ穏やかな面持ちで立っていた。
(……私は知っている。この夢の結末を……)
どんなに声をかけても、兄は遠ざかってしまう。背を向けて、呼び声にも応えてくれず、手を伸ばしても届かなくて、どんどん向こうへと歩いていってしまう。
……でも、その日は違った。
兄は、最後まで隣にいてくれた。顔を向け、微笑みを浮かべたまま、どこにも行こうとはしなかった。
パイは思いきって声をかけた。
「……兄ちゃん、どこにも行かないで」
泣きそうになる声で、懇願するように言った。
すると悟飯は何でもないような顔で、けれど深く優しい声音で言った。
「どこにも行かないよ。……いつだって、ここにいる。おまえのすぐそばに」
パイはその言葉に、たまらなくなって兄の胸に飛び込んだ。
「だって……いつも私を置いて行っちゃうから」
押し殺すようにこぼれた声は、幼い頃のままだった。
「一緒にいてほしかったのに……なんで、ひとりで行っちゃうの……どうして…」
悟飯は何も言わず、静かにパイの背中に手を回してくれた。あたたかな手の温もりを感じる。
「……そばにいた日のこと。何気ない日々のこと。ちゃんと思い出してくれ」
そう言って悟飯は、そっとパイの頬に手をあてて瞳をのぞき込む。
「楽しかっただろ? 俺とパイとトランクスと3人で笑って過ごした日々。あれは、全部ほんものだ。ちゃんと生きていた時間だ。……なくなったわけじゃない。ずっと、おまえの中にある」
その言葉はまるで灯火のように、パイの胸の奥深くで優しくともった。気づけば、パイは静かに泣いていた。
「……うん。覚えてる。忘れないよ」
そう答えたとき、森に朝の光が差し込み始め、景色がゆっくりと白く滲んでいった。
***
目を開けると、見慣れた天井があった。
──夢だった。だけど、悲しくはなかった。
どこか、あたたかくて、満たされた気持ちだった。
パイはベッドから起き上がると、身支度を整えて外へ出た。久しぶりにフライパン山の小道を歩いてみることにした。朝の空気は驚くほど澄んでいて、肌をなでるひんやりした風が心地いい。
木々の葉はやさしく揺れ、足元の草花は朝露で濡れていた。耳をすませば鳥たちの鳴き声が聞こえる。兄や母と歩いたときと同じ、森の音と匂いがする。
変わらないものが、ここにはまだ確かにあった。
パイはただ静かに歩いた。胸に去来する様々な思い。
──いなくなった愛しい人たちへの哀悼。
──もう戻れない日々への郷愁。
それでも、今この世界を生きているということが、どれほど尊いことか。
痛みも、悲しみも、優しい思い出も全部抱えて。
運命に抗いながら懸命に生きている人たちと、自分も共に在りたい。
この世界は、たくさんのものを奪っていった。
でも、それでもまだ、生きていくのは素晴らしいことなのだと思った。
前途の多難さは予感していた。
だけど、瓦礫に沈んだ世界の隅で、それでも懸命に根を張って花を咲かせる小さな植物のように、
(私も……運命に、負けるものか)
強く思った。
空を見上げると、夜の名残をとどめた薄紫色が少しずつ金色に染まりはじめていた。それに呼応するように山々の輪郭が浮かび上がり、世界がゆっくりと目を覚ましていく。
パイはそっとまぶたを閉じ、ひとつ息を吸い込むと静かに足を踏み出した。
――兄がすぐ隣に立っていた。
夜明け前のパオズ山。空はまだ薄暗く、日の出前の静けさが辺りを包んでいた。木々のざわめきがかすかに耳に届く。そこに、兄──悟飯がいた。すぐ隣に、何も言わずただ穏やかな面持ちで立っていた。
(……私は知っている。この夢の結末を……)
どんなに声をかけても、兄は遠ざかってしまう。背を向けて、呼び声にも応えてくれず、手を伸ばしても届かなくて、どんどん向こうへと歩いていってしまう。
……でも、その日は違った。
兄は、最後まで隣にいてくれた。顔を向け、微笑みを浮かべたまま、どこにも行こうとはしなかった。
パイは思いきって声をかけた。
「……兄ちゃん、どこにも行かないで」
泣きそうになる声で、懇願するように言った。
すると悟飯は何でもないような顔で、けれど深く優しい声音で言った。
「どこにも行かないよ。……いつだって、ここにいる。おまえのすぐそばに」
パイはその言葉に、たまらなくなって兄の胸に飛び込んだ。
「だって……いつも私を置いて行っちゃうから」
押し殺すようにこぼれた声は、幼い頃のままだった。
「一緒にいてほしかったのに……なんで、ひとりで行っちゃうの……どうして…」
悟飯は何も言わず、静かにパイの背中に手を回してくれた。あたたかな手の温もりを感じる。
「……そばにいた日のこと。何気ない日々のこと。ちゃんと思い出してくれ」
そう言って悟飯は、そっとパイの頬に手をあてて瞳をのぞき込む。
「楽しかっただろ? 俺とパイとトランクスと3人で笑って過ごした日々。あれは、全部ほんものだ。ちゃんと生きていた時間だ。……なくなったわけじゃない。ずっと、おまえの中にある」
その言葉はまるで灯火のように、パイの胸の奥深くで優しくともった。気づけば、パイは静かに泣いていた。
「……うん。覚えてる。忘れないよ」
そう答えたとき、森に朝の光が差し込み始め、景色がゆっくりと白く滲んでいった。
***
目を開けると、見慣れた天井があった。
──夢だった。だけど、悲しくはなかった。
どこか、あたたかくて、満たされた気持ちだった。
パイはベッドから起き上がると、身支度を整えて外へ出た。久しぶりにフライパン山の小道を歩いてみることにした。朝の空気は驚くほど澄んでいて、肌をなでるひんやりした風が心地いい。
木々の葉はやさしく揺れ、足元の草花は朝露で濡れていた。耳をすませば鳥たちの鳴き声が聞こえる。兄や母と歩いたときと同じ、森の音と匂いがする。
変わらないものが、ここにはまだ確かにあった。
パイはただ静かに歩いた。胸に去来する様々な思い。
──いなくなった愛しい人たちへの哀悼。
──もう戻れない日々への郷愁。
それでも、今この世界を生きているということが、どれほど尊いことか。
痛みも、悲しみも、優しい思い出も全部抱えて。
運命に抗いながら懸命に生きている人たちと、自分も共に在りたい。
この世界は、たくさんのものを奪っていった。
でも、それでもまだ、生きていくのは素晴らしいことなのだと思った。
前途の多難さは予感していた。
だけど、瓦礫に沈んだ世界の隅で、それでも懸命に根を張って花を咲かせる小さな植物のように、
(私も……運命に、負けるものか)
強く思った。
空を見上げると、夜の名残をとどめた薄紫色が少しずつ金色に染まりはじめていた。それに呼応するように山々の輪郭が浮かび上がり、世界がゆっくりと目を覚ましていく。
パイはそっとまぶたを閉じ、ひとつ息を吸い込むと静かに足を踏み出した。