第四章
主人公の名前設定
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トランクスの胸に顔を埋め、しゃくりあげながら泣き続けているうちに、抱えていた寂しさや怒りも、少しずつほどけていった。
兄を失った悲しみと同じくらい、兄に「置いて行かれた」ことが苦しかった。
なぜ、自分をひとり残したのか──。
どこへもぶつけられない小さな怒り。
でも──。
心の奥にある痛みは、消えはしない。それでも、その気持ちを抱えたまま前に進んでいこうと思えた。
(……大丈夫……もう、大丈夫だよね)
静かに目を閉じると、とくん、とくんと、トランクスの鼓動が伝わってくる。そのリズムに包まれて、ようやく心が静かになっていくのがわかった。
落ち着いてきたタイミングを見計らって、トランクスがそっと声をかけた。
「……冷えるから、ひとまず上がろうか」
パイは無言で、こくりとうなずいた。
抱きついていた体を離すと、不意にすっと寂しさが胸をよぎった。思わず水の中にあるトランクスの手をそっと握る。──名残を惜しむように。
トランクスは一瞬、びくっと立ち止まった。
驚いたようにパイを見つめたが、すぐに表情をやわらげ、ぎゅっと強く握り返してくれた。
その手はあたたかくて、頼もしくて、ずっと昔から知っていた懐かしいぬくもりのようだった。
「……行こう」
トランクスは小さくそう言って、パイの手を引いた。
水をかき分けて岸へ向かうその背中は、どこか照れているように見えた。パイは気づいた。彼の耳が、真っ赤になっていることに。そのことがなんだかおかしくて心が和んだ。
夏の光が湖面に揺れて、ふたりの影を優しく映していた。
***
日が傾きはじめたころ。湖畔には、夕暮れ前のやわらかな光が落ちていた。
水から上がったふたりは、濡れた服をしぼり、拾い集めた木を焚きつけにして、ささやかな焚火を囲んで服を乾かしていた。
パチパチと爆ぜる音に、ゆらめく赤い炎。夕暮れ前の湖はしんと静まり返っていて、穏やかで──。まるで、この世界が破滅に向かっていることすら、ほんの悪い夢なのではないかと錯覚してしまう。
パイは膝を抱えてじっと炎を見つめていた。トランクスもすぐ横に腰を下ろし、手をかざして指先をあたためる。
さっきまで湖の中で繋いでいた手は、薪を集めに行くうちにいつのまにか自然と離れてしまった。でも、寂しさはなかった。不思議なほど心は近くに感じていた。
日が落ちていくにつれ、焚火の光が赤々と輝き、ふたりの顔をほのかに浮かび上がらせていく。トランクスが、そっと声を落とすように言った。
「……今だけは、全部忘れていられる気がする」
破壊される街も、戦いの日々も、なにもかも。
パイはその横顔を見て微笑んだ。少し黙って、それからふと懐かしい記憶を口にする。
「ねえ……昔さ、ここで釣りしたとき、私が“大物”釣ったの、覚えてる?」
「覚えてるよ。魚が引っかかったとき、『絶対大物!』ってすごく得意げで」
「ふふ、そんなこともあったね……」
しかし、案の定、その時パイが釣りあげた魚は小さかった。
それ以来、釣りあげた魚が小さいときは、「ずいぶん“大物”だね」とからかい合うのが二人のおなじみのやり取りになった。まだ子どもだった2人。あのかけがえのない美しい時間。
舟の上で優しく微笑んでいた兄の顔が、ふたりの記憶の奥でそっと浮かび上がる。
言葉が途切れて、しばらくの沈黙が流れる。
不意にふたりの視線が自然と重なり、しばらく見つめ合う。でも、それ以上は何も言わず、ふたりはそっと視線を炎へ戻した。
ぱち、と焚火がまたひとつ弾けた。
夜の帳が、そっと森を包みはじめる。あとはただ、ふたり同じ火を見つめていた。
兄を失った悲しみと同じくらい、兄に「置いて行かれた」ことが苦しかった。
なぜ、自分をひとり残したのか──。
どこへもぶつけられない小さな怒り。
でも──。
心の奥にある痛みは、消えはしない。それでも、その気持ちを抱えたまま前に進んでいこうと思えた。
(……大丈夫……もう、大丈夫だよね)
静かに目を閉じると、とくん、とくんと、トランクスの鼓動が伝わってくる。そのリズムに包まれて、ようやく心が静かになっていくのがわかった。
落ち着いてきたタイミングを見計らって、トランクスがそっと声をかけた。
「……冷えるから、ひとまず上がろうか」
パイは無言で、こくりとうなずいた。
抱きついていた体を離すと、不意にすっと寂しさが胸をよぎった。思わず水の中にあるトランクスの手をそっと握る。──名残を惜しむように。
トランクスは一瞬、びくっと立ち止まった。
驚いたようにパイを見つめたが、すぐに表情をやわらげ、ぎゅっと強く握り返してくれた。
その手はあたたかくて、頼もしくて、ずっと昔から知っていた懐かしいぬくもりのようだった。
「……行こう」
トランクスは小さくそう言って、パイの手を引いた。
水をかき分けて岸へ向かうその背中は、どこか照れているように見えた。パイは気づいた。彼の耳が、真っ赤になっていることに。そのことがなんだかおかしくて心が和んだ。
夏の光が湖面に揺れて、ふたりの影を優しく映していた。
***
日が傾きはじめたころ。湖畔には、夕暮れ前のやわらかな光が落ちていた。
水から上がったふたりは、濡れた服をしぼり、拾い集めた木を焚きつけにして、ささやかな焚火を囲んで服を乾かしていた。
パチパチと爆ぜる音に、ゆらめく赤い炎。夕暮れ前の湖はしんと静まり返っていて、穏やかで──。まるで、この世界が破滅に向かっていることすら、ほんの悪い夢なのではないかと錯覚してしまう。
パイは膝を抱えてじっと炎を見つめていた。トランクスもすぐ横に腰を下ろし、手をかざして指先をあたためる。
さっきまで湖の中で繋いでいた手は、薪を集めに行くうちにいつのまにか自然と離れてしまった。でも、寂しさはなかった。不思議なほど心は近くに感じていた。
日が落ちていくにつれ、焚火の光が赤々と輝き、ふたりの顔をほのかに浮かび上がらせていく。トランクスが、そっと声を落とすように言った。
「……今だけは、全部忘れていられる気がする」
破壊される街も、戦いの日々も、なにもかも。
パイはその横顔を見て微笑んだ。少し黙って、それからふと懐かしい記憶を口にする。
「ねえ……昔さ、ここで釣りしたとき、私が“大物”釣ったの、覚えてる?」
「覚えてるよ。魚が引っかかったとき、『絶対大物!』ってすごく得意げで」
「ふふ、そんなこともあったね……」
しかし、案の定、その時パイが釣りあげた魚は小さかった。
それ以来、釣りあげた魚が小さいときは、「ずいぶん“大物”だね」とからかい合うのが二人のおなじみのやり取りになった。まだ子どもだった2人。あのかけがえのない美しい時間。
舟の上で優しく微笑んでいた兄の顔が、ふたりの記憶の奥でそっと浮かび上がる。
言葉が途切れて、しばらくの沈黙が流れる。
不意にふたりの視線が自然と重なり、しばらく見つめ合う。でも、それ以上は何も言わず、ふたりはそっと視線を炎へ戻した。
ぱち、と焚火がまたひとつ弾けた。
夜の帳が、そっと森を包みはじめる。あとはただ、ふたり同じ火を見つめていた。