TOS/全年齢

 Mirrors


【1】
 今日は何だか寝付きが悪かったロイドは、こっそりと宿を抜け出した。
 時刻は午前三時。
 本当はクラトスに外出を控えるように言われていたにも関わらず、忠告を破って外に出た。
 少し歩いてから野原に寝転んで、夜空を見上げる。
 星が綺麗だな……と見惚れていると、急に何者かが顔を覗き込んでくる。
 鏡の前で何度も見た顔だ。
 不思議に思ったロイドは、その人物に話しかけた。
「お前……誰なんだ?」
「俺はお前。お前は俺だよ」
「俺……ってことは、幻?」
「そう」
 幻……と答えられて、ロイドはふと頭を回らせてみる。
 そういえば、デリス・カーラーンでミトスが創り出した幻影が存在していた事を思い出す。
 アレはまだ消滅していなかったらしい。
「で、何の用なんだ?」
「ちょっとお前に、な」
「?」
 すると、幻影のロイドは腰に掛けてある二つの剣を取り出し、斬りつけてきた。
「うわっ! あぶねーな!」
「…黙れ」
「人を斬りつけておいて黙れはないだろ」
「…お前を殺せば、俺が代わりにクラトスに愛してもらえる」
「何言ってんだ、クラトスは俺の父さんだ。幻なんかには渡さないぜ?」
「ならば、力尽くで奪うまでだ」
「勝負なら受けて立つ」
 まず、言葉通り幻影が斬りかかる。
 それを受けて、反撃にかかるロイド。
 だが、幻影の彼の踏み込みの方が早く、あえなく足を崩して倒れてしまう。
「どうしたんだ? 随分弱いじゃねーか」
「…!」
「ハハハ、死ね!」
『ライトニング!』
 突然遠くから声が聞こえ、雷が落ちる。
 真下に居た幻影のロイドは、それをバックステップでかわす。
「クラトス!」
「ロイド、無事だったか。あんなに外には出るなと忠告しておいたはずだが?」
「うう…ごめん…」
 叱られ、ロイドはもじもじと申し訳なさをアピールする。
 クラトスは、息子の向かいに立つ同じ姿の少年に問いかけた。
「…お前は、ミトスの創り出した幻影のロイドか」
「ああ、そうだよ。…あーあ。折角、奪ってやろうと思ったのに」
「な、何をだよ?」
「…お前がクラトスに可愛がられてるのが何よりも疎ましかった。…俺だって、愛されたかった。お前の姿を借りた幻でも、俺は生きてんだよ」
 幻の言葉を聴いて憐れに思ったのか、ロイドはクラトスに相談を持ちかけた。
「…なぁ、クラトス」
「何だ」
「こいつ、禁書に送ってやれば?」
「何を言っている。あの本は燃やさなければならないのだぞ」
「でもよ…何か可哀想になってきた」
「……もういいぜ、俺はデリス・カーラーンへ帰る。ずっとミトスの側に居れば良いんだよな。本当は……クラトスと居たかったけど。なーんかお前の顔見てたら気が失せた。じゃあな」
 幻影は気まぐれにそう呟くと、何処かへ去っていった。
 やれやれ……と言う顔で二人は見送る。
「…何だったんだ?」
「さあな」
「まぁいいか。俺達も帰ろうぜ」
「そうだな。宿に帰ったら、忠告を破ったお仕置きをせねばならんな」
「……今日だけ、今日だけでいいから…な?」
「私は別に許しても良いが、リフィルに説教されても助け舟は出さんぞ」
「…あ、お願いしますっ」
「ふむ」
 あの教師の説教は、長くて辛い。
 そんなお仕置きを受けるのなら、愛しい人のお仕置きの方が100倍マシと思ったロイドは、宿に帰るなりお仕置きを受けるのであった。


【2】
 ある日の晩、彼は一人で森へ赴いていた。
 昼間にこの場所を訪れた際、ロイドが大切なものを落としてしまったということで、その落とし物の探索に当たっているのだ。
「…この辺りか」
 昼間通ったはずの道を辿るクラトス。
 歩いていると、何かの気配を察した。
 息を潜め、相手の出方を伺う。
 早く引き上げなければいかんな……。
 そう思った瞬間、何者かがクラトスの上に圧しかかる。
 あまりにも突然の出来事に、彼は思わず足を崩してしまった。
「うっ…何者だ」
「…貴様が探しているのは、これかな?」
 後ろを振り向くと、自分の顔が目の前にあった。
 鏡でも見ているのだろうかと錯覚を起こすが、早く宿に戻りたい一心で、その人物に問う。
「…貴様こそ、何者だ」
「私はクラトス。四大天使の地位の者だ」
「さては……禁書の中の過去の私か」
「分かっているのなら、話は早い」
 来るか……。
 攻撃に備え、剣の鞘に手をかける。
 が、予想に反し、顎を掴まれ乱暴に口付けをされた。
「ぐっ…何をする!」
「フ、年月が経つ内に相手の心境も察し出来ないとは」
 彼は直ぐに立ち上がってクラトスを斬り付ける。
 クラトスは受けを取るが、力に圧されてしまう。
「どうした?」
 そのままもう一人の彼は、圧倒的な力で圧し付ける。
 手元が滑り、剣を落としてしまったクラトスはあっという間に押し倒されてしまう。
「貴様…何をする気だ…!」
「無駄口を叩ける状況か? このまま殺してしまっても構わないのだが」
「ぐっ…!」
「……ふむ、どうやらお前の連れが来た様だ。運が良かったな」
『おーい!』
 遠くから大声を上げてロイドが走ってくる。
 やがて側まで来た彼は、倒れているクラトスを見つけると心配そうな表情をして問いかけた。
「ど、どうしたんだよ…」
「いや、少し足を滑らせてしまってな」
「クラトスが? えー、ありえねー」
「フ…気にするな」
「変なクラトス~。あっ! これ俺の探してたもの!」
「これを落としたのか」
 ロイドの落とし物とは、木彫りのリング。
 以前、愛しい父に捧げるが為に懸命に創っていた物。
「出掛けたとき、一個だけ落としちゃって…はい、遅くなったけど…クラトスに」
「ありがとう…」
「…誰にも見られてないよな?」
「恐らく、な」
「キス…しても良いか?」
「それは…宿に帰ってから、な…」
 あの幻が例え自分……とは言っても、やっぱり心地が良くないクラトスは、口周りを念入りに濯いだのだった。


【3】
 片想いの人の奪還に失敗し、落ち込んだ少年の背中がそこにあった。
 遥か上空に浮かぶ星には帰ろうとせず、ただ意味も無く辺りをうろうろとしている。
「つまんねーな…」
 そう呟いて、少年は座り込む。
 月明かりが照らしているというのに、彼には影が無かった。
 所詮、自分は幻影。本物オリジナルの影武者。
 未だに愛しい人への恋心が諦めきれずに本物を殺しに行ったが、もう諦める事にした。
 このまま消えてしまえば良いのだろうか、と物思いに耽っていると、後ろに気配を感じた。
「…お前、まだ居たのか」
 後ろに立ちすくむ騎士の様な男が一人。
 初対面の癖に何を言っているのだろう、と少年は思ったが、念のため抗議した。
「は? 俺はさっきからこの辺に居たんだけど」
「私と同じ姿の奴と居たのでは無かったのか?」
「あー、そいつは俺のオリジナル。俺はミトスに創られた幻。じゃあお前は誰なんだよ」
「私は、禁書の魔物を封印した過去のクラトス。あれから随分と時間が経ってしまったようだが…」
 少し呆れた表情でそう語った男を、少年は更に呆れた顔で見上げる。
「禁書なんだから、出てきちゃ駄目じゃん」
「少し余裕があったのでな」
「ハハハ。バッカじゃねーの」
「フ……そうかもしれんな」
「で? この世界に何の用?」
「現在の私が一体何をしているのか、と気になってな。襲……いや、少々様子を見ようとしたが、お前に妨害されて…」
「だから俺じゃねーって」
「ごほん。とりあえず、目的は果たした。私はまた禁書へ戻らなければならない。故に失礼す……」
 用が済み、帰ろうとした最中……後ろからマントの裾を引っ張られる。
「何だ?」
「あ、あのさ…俺とまだ一緒に居てくれないか?」
「何故だ?」
「俺、本物のアンタに会いたくてデリス・カーラーンから来たんだけど……でもさ、本物の俺が幸せそうにしてるの見て諦めたんだ。だから…アンタと一緒に居たい」
「……勝手にしろ」
「え? じゃあ……父さん、って呼んでもいいか?」
「何故、お前の父でも無いのに父と慕われねばならぬのだ」
「そっか、『アンタ』は『まだ』知らないのか」
「…話を聞こうか」

「……未来の私には、妻子がいるのか」
「って言っても、母さんは事情があってアンタに殺されたみたいだけど」
「ふむ…まぁ、良いだろう」
「え? 一緒に来ても良いのか?」
「今、その事に対して答えた心算だが」
「じゃあ、改めて。よろしくな、父さん。
「……フ」
「ああ、ぐらい言え! この頑固親父ー!」「いい加減、口のチャックを閉めろ」
 これが、孤独に苛まれた二人の幻の出逢いだった。
4/9ページ