TOS/全年齢
世迷言とララバイ
「てやっ! はぁ!」
鋼と鋼が打ち合う鋭い音が、静まり返った森の中に響く。
各地の封印を解いて回る世界再生の旅も、残るは最果ての地である救いの塔へ向かうのみとなった。
出発前日、各自自由行動を取ることになり、ロイドはクラトスの提案で最後の稽古をつけてもらうことになった。
「なぁ、この旅が終わったらっ! あんたともお別れなんだよなっ!?」
「そうなるな」
「それもなんかっ、寂しいな!」
跳ぶように後退したロイドは、構えていた剣を下ろし、クラトスの目を真っ直ぐ見捉えて口を開く。
「初めはあんたのこと――いけ好かない奴と思ってた。いつもむすっとしてるし、何考えてんのか分かんねぇし……。けどさ――こうやって稽古つけてくれたり、ドジ踏んだ時に助けてくれたり、面倒見てくれたり。『イイやつ』なんだって見直したよ。意外とよく笑うし、たまにムカつくけどさ。でも、母さんのことで怒ってくれたり、命を粗末にするなって叱ってくれた時は、嬉しかった。冷たいようで、誰かの命のことで怒れる心がちゃんとあるんだって。この前話した『船造って旅に出る』って話もさ、よく考えたらちょっと馬鹿馬鹿しかったかなって思ったんだけど、あんたは笑わずに聞いてくれただろ? それも嬉しかった」
途切れた言葉の後、少年は大きく息を吸って急速に吐き出す。そして、珍しく恥じらいを滲ませた声色でこう言った。
「俺さ、あんたのことが――好きだ。もちろん、皆のことも。でも、あんただけは違うんだ。もっと、その、特別な……『好き』なんだ。これだけは伝えておきたくて」
それを聞いたクラトスは、禁忌が背筋を撫でるかの如く、物言えぬ焦燥感に駆られた。
彼の言葉に秘められている感情が、己に向けられた『恋慕』だと悟ってしまったからだ。
彼には公言していないし公言するつもりもないが、ロイドは血縁上の息子である。
それ故に、倫理的に許してはいけない感情だと、父親である彼は捉えていた。
だが、息子に甲斐甲斐しく世話を焼く親心の中に、欲をはらむ行き過ぎた愛情が隠れていることを、クラトス自身は自覚していなかった。
クラトスは己を恋い慕う息子の想いを霧散させるべく、あえて冷たい声色と態度で吐き捨てた。
「一時 の気の迷いに過ぎん。今は稽古に集中しろ」
「なっ――! 気の迷いなんかじゃねーよ!」
「そんなことでムキになるな」
「じゃあ、何であんたは……俺に色々尽くしてくれるんだよ! 俺はあんたにとっての何なんだよ!」
「おまえのその無鉄砲さと未熟さが目に余るだけだが?」
「何だと――!」
告白を否定されたことに頭に血を上らせたロイドは、地を踏みしめ、猪の如く猛進し双剣を振りかざす。
クラトスはそれを受け止め、強く薙ぎ払う。
「うわっ――!」
弾かれた衝撃で足元が崩れ、ロイドは仰向けに倒れ込む。
そのまま、オレンジ色の空に問いかけるように呟いた。
「俺……やっぱりおかしいのかな」
「これが実戦なら、今のでおまえは斬られていただろう。戦いの中に不要な感情は持ち込むな。油断は隙を生み、隙は命を危険に晒す。己のためにも、守りたい仲間のためにも、それを決して忘れるな」
剣を鞘に納めたクラトスは、ロイドの視界に割り込んで手を差し伸べた。
「明日 の朝には出発だ。今夜はしっかりと休息を摂るといい」
自分より少し大きくてごつごつとした手を借りて起き上がると、ロイドは膝をついて精一杯の感謝を込めて言った。
「――ありがとうございました、師匠」
◆
それからハイマまで戻った二人は、宿屋で朝を待つことにした。
しかし、ベッドのある部屋は既に満室だったため、六人はベッドひとつない部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれることになった。
布が敷かれているとはいえ、板の間ではあまり身体が休まらず、ロイドはなかなか寝付けずにいた。
朝にはここを発つと思うと、夜が更けても尚、心がそわそわして落ち着かない。
とうとう話すことすらできなくなったコレットのこともあり、寝るに寝れないロイドは、瞼を上げてゆっくりと起き上がった。
その拍子に、部屋の壁に寄りかかってロイドの寝顔を眺めていたコレットが驚いた表情を浮かべる。
「悪い、コレット。驚かせちまって。ちょっと風に当たってくる」
一声かけると、少女はこくりと頷いた。
同じく眠らずに座り込んでいたクラトスは、ロイドが出て行くのを見て、それを追うように部屋を後にした。
◆
町の高台からは、救いの塔がよく見える。
天まで高く高くそびえ立つ塔をぼんやりと眺めていると、背後から坂道を登る足音が近付いてきて、やがて隣で止んだ。
「眠れないのか?」
「明日、世界が再生されるって思うと、おちおち寝てもいられねーよ。コレットのことも心配だしな。そういうあんたは、最後の最後まで寝ずの番か?」
「それが私の仕事だからな」
「ふーん。結局あんたの寝顔、見れず終いだったな」
「私の寝顔など見ても面白くなかろう」
「あんたみたいなやつが、よだれ垂らして寝てたら面白いだろ」
「……フ。そんなことか」
少し呆れたように、クラトスは鼻で笑った。
言葉が途切れ、何も言わずにロイドは距離を詰めてみる。
また、クラトスも黙って彼の腰に手を回すと、思わぬ感触に少年は少し高い位置にある顔を見上げた。
「クラトス?」
「ロイド。私を特別に好いてくれたことは、ありがたく受け取っておこう。だが、おまえは私とは違う道を歩まねばならぬ」
「どうしてだ?」
「私は……おまえが憧れを抱くような人間ではない。救えるはずの存在の光が朽ちて尚、見殺しにしてきた愚者だ」
「どうして『救えない』って決めつけるんだ! 諦めるなよ!」
「いや、『あれ』はもう駄目なのだ。だから、おまえは決して道を見誤るな。私のようにならないためにも」
「それでも、あんたは俺の憧れだよ。これだけはずっと変わらない。この先何があっても、あんたのことが好――」
言い終えるよりも速く、クラトスは少し屈み込んでその唇を塞いだ。
そのあまりにも唐突な行動に、ロイドは目を開いて何が起こっているのかを思考回路に巡らせる。
三秒ほど言葉を封じ込めてから離れた彼は、聞き分けの悪い幼子に言い聞かせるように言った。
「これ以上、世迷言を言うな。おまえのその感情は『憧れ』ではない。『恋慕』だ。私のことは諦めなさい」
咎められるも、高まってしまった鼓動と衝動のままロイドは背を伸ばし、触れるだけの口付けを返した。
「それなら――あんたのこと、一生忘れないようにしてくれよ。最後にさ」
ようやく説得を聞き入れたのか、諦めたように微笑むロイドを見たクラトスは、胸の中の庇護欲が急激に膨らむのを感じた。
気付けば、彼の後頭部に手を添えて深い口付けを落としていた。
◆
乱れた服を着直し、ロイドはその場に寝転んだ。
見上げた先に瞬く満点の星々を瞼の裏に閉じ込めるように目を閉じ、幼い頃の微かな思い出を呼び起こす。
肩車をしてもらって眺めた、星空の美しさ。
彼にとって、一生忘れがたい思い出だった。
それは養父との思い出ではなく、指一本分の血の繋がった父との思い出であり、繋がりでもあった。
それから少しして、静寂 を優しく撫でるように唄が聞こえ始めた。
それはまるで、幼子に唄う子守歌のようだった。
ふと隣を見ると、あのクラトスが目を閉じて唄っている。
ロイドは目を丸くして物珍しそうに見つめた。
これまでまじまじとこの男の顔を見たことはなかったロイドだったが、全てのパーツが整った美しい顔立ちに、胸が高鳴ってしまう。
どこか懐かしさすら覚える心地良い唄声に浸っている内に、身体の熱はみるみる冷え、少年は余韻と温度を逃さぬよう、自身の身体を抱きしめて言った。
「……肌寒くなってきたな」
「宿に戻ろう。皆も心配する」
「そうだな」
差し伸べられたクラトスの手を取り、ロイドは起き上がる。
そして、二人は遠くに見える塔を後にした。
宿に戻る頃には、あたかも何事もなかったように、余韻も熱も醒めきっていた。
先ほどまでの出来事は、すべて泡沫の夢だと言い聞かせるように。
しかし、少年はこの夜を決して忘れはしなかった。
「てやっ! はぁ!」
鋼と鋼が打ち合う鋭い音が、静まり返った森の中に響く。
各地の封印を解いて回る世界再生の旅も、残るは最果ての地である救いの塔へ向かうのみとなった。
出発前日、各自自由行動を取ることになり、ロイドはクラトスの提案で最後の稽古をつけてもらうことになった。
「なぁ、この旅が終わったらっ! あんたともお別れなんだよなっ!?」
「そうなるな」
「それもなんかっ、寂しいな!」
跳ぶように後退したロイドは、構えていた剣を下ろし、クラトスの目を真っ直ぐ見捉えて口を開く。
「初めはあんたのこと――いけ好かない奴と思ってた。いつもむすっとしてるし、何考えてんのか分かんねぇし……。けどさ――こうやって稽古つけてくれたり、ドジ踏んだ時に助けてくれたり、面倒見てくれたり。『イイやつ』なんだって見直したよ。意外とよく笑うし、たまにムカつくけどさ。でも、母さんのことで怒ってくれたり、命を粗末にするなって叱ってくれた時は、嬉しかった。冷たいようで、誰かの命のことで怒れる心がちゃんとあるんだって。この前話した『船造って旅に出る』って話もさ、よく考えたらちょっと馬鹿馬鹿しかったかなって思ったんだけど、あんたは笑わずに聞いてくれただろ? それも嬉しかった」
途切れた言葉の後、少年は大きく息を吸って急速に吐き出す。そして、珍しく恥じらいを滲ませた声色でこう言った。
「俺さ、あんたのことが――好きだ。もちろん、皆のことも。でも、あんただけは違うんだ。もっと、その、特別な……『好き』なんだ。これだけは伝えておきたくて」
それを聞いたクラトスは、禁忌が背筋を撫でるかの如く、物言えぬ焦燥感に駆られた。
彼の言葉に秘められている感情が、己に向けられた『恋慕』だと悟ってしまったからだ。
彼には公言していないし公言するつもりもないが、ロイドは血縁上の息子である。
それ故に、倫理的に許してはいけない感情だと、父親である彼は捉えていた。
だが、息子に甲斐甲斐しく世話を焼く親心の中に、欲をはらむ行き過ぎた愛情が隠れていることを、クラトス自身は自覚していなかった。
クラトスは己を恋い慕う息子の想いを霧散させるべく、あえて冷たい声色と態度で吐き捨てた。
「
「なっ――! 気の迷いなんかじゃねーよ!」
「そんなことでムキになるな」
「じゃあ、何であんたは……俺に色々尽くしてくれるんだよ! 俺はあんたにとっての何なんだよ!」
「おまえのその無鉄砲さと未熟さが目に余るだけだが?」
「何だと――!」
告白を否定されたことに頭に血を上らせたロイドは、地を踏みしめ、猪の如く猛進し双剣を振りかざす。
クラトスはそれを受け止め、強く薙ぎ払う。
「うわっ――!」
弾かれた衝撃で足元が崩れ、ロイドは仰向けに倒れ込む。
そのまま、オレンジ色の空に問いかけるように呟いた。
「俺……やっぱりおかしいのかな」
「これが実戦なら、今のでおまえは斬られていただろう。戦いの中に不要な感情は持ち込むな。油断は隙を生み、隙は命を危険に晒す。己のためにも、守りたい仲間のためにも、それを決して忘れるな」
剣を鞘に納めたクラトスは、ロイドの視界に割り込んで手を差し伸べた。
「
自分より少し大きくてごつごつとした手を借りて起き上がると、ロイドは膝をついて精一杯の感謝を込めて言った。
「――ありがとうございました、師匠」
◆
それからハイマまで戻った二人は、宿屋で朝を待つことにした。
しかし、ベッドのある部屋は既に満室だったため、六人はベッドひとつない部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれることになった。
布が敷かれているとはいえ、板の間ではあまり身体が休まらず、ロイドはなかなか寝付けずにいた。
朝にはここを発つと思うと、夜が更けても尚、心がそわそわして落ち着かない。
とうとう話すことすらできなくなったコレットのこともあり、寝るに寝れないロイドは、瞼を上げてゆっくりと起き上がった。
その拍子に、部屋の壁に寄りかかってロイドの寝顔を眺めていたコレットが驚いた表情を浮かべる。
「悪い、コレット。驚かせちまって。ちょっと風に当たってくる」
一声かけると、少女はこくりと頷いた。
同じく眠らずに座り込んでいたクラトスは、ロイドが出て行くのを見て、それを追うように部屋を後にした。
◆
町の高台からは、救いの塔がよく見える。
天まで高く高くそびえ立つ塔をぼんやりと眺めていると、背後から坂道を登る足音が近付いてきて、やがて隣で止んだ。
「眠れないのか?」
「明日、世界が再生されるって思うと、おちおち寝てもいられねーよ。コレットのことも心配だしな。そういうあんたは、最後の最後まで寝ずの番か?」
「それが私の仕事だからな」
「ふーん。結局あんたの寝顔、見れず終いだったな」
「私の寝顔など見ても面白くなかろう」
「あんたみたいなやつが、よだれ垂らして寝てたら面白いだろ」
「……フ。そんなことか」
少し呆れたように、クラトスは鼻で笑った。
言葉が途切れ、何も言わずにロイドは距離を詰めてみる。
また、クラトスも黙って彼の腰に手を回すと、思わぬ感触に少年は少し高い位置にある顔を見上げた。
「クラトス?」
「ロイド。私を特別に好いてくれたことは、ありがたく受け取っておこう。だが、おまえは私とは違う道を歩まねばならぬ」
「どうしてだ?」
「私は……おまえが憧れを抱くような人間ではない。救えるはずの存在の光が朽ちて尚、見殺しにしてきた愚者だ」
「どうして『救えない』って決めつけるんだ! 諦めるなよ!」
「いや、『あれ』はもう駄目なのだ。だから、おまえは決して道を見誤るな。私のようにならないためにも」
「それでも、あんたは俺の憧れだよ。これだけはずっと変わらない。この先何があっても、あんたのことが好――」
言い終えるよりも速く、クラトスは少し屈み込んでその唇を塞いだ。
そのあまりにも唐突な行動に、ロイドは目を開いて何が起こっているのかを思考回路に巡らせる。
三秒ほど言葉を封じ込めてから離れた彼は、聞き分けの悪い幼子に言い聞かせるように言った。
「これ以上、世迷言を言うな。おまえのその感情は『憧れ』ではない。『恋慕』だ。私のことは諦めなさい」
咎められるも、高まってしまった鼓動と衝動のままロイドは背を伸ばし、触れるだけの口付けを返した。
「それなら――あんたのこと、一生忘れないようにしてくれよ。最後にさ」
ようやく説得を聞き入れたのか、諦めたように微笑むロイドを見たクラトスは、胸の中の庇護欲が急激に膨らむのを感じた。
気付けば、彼の後頭部に手を添えて深い口付けを落としていた。
◆
乱れた服を着直し、ロイドはその場に寝転んだ。
見上げた先に瞬く満点の星々を瞼の裏に閉じ込めるように目を閉じ、幼い頃の微かな思い出を呼び起こす。
肩車をしてもらって眺めた、星空の美しさ。
彼にとって、一生忘れがたい思い出だった。
それは養父との思い出ではなく、指一本分の血の繋がった父との思い出であり、繋がりでもあった。
それから少しして、
それはまるで、幼子に唄う子守歌のようだった。
ふと隣を見ると、あのクラトスが目を閉じて唄っている。
ロイドは目を丸くして物珍しそうに見つめた。
これまでまじまじとこの男の顔を見たことはなかったロイドだったが、全てのパーツが整った美しい顔立ちに、胸が高鳴ってしまう。
どこか懐かしさすら覚える心地良い唄声に浸っている内に、身体の熱はみるみる冷え、少年は余韻と温度を逃さぬよう、自身の身体を抱きしめて言った。
「……肌寒くなってきたな」
「宿に戻ろう。皆も心配する」
「そうだな」
差し伸べられたクラトスの手を取り、ロイドは起き上がる。
そして、二人は遠くに見える塔を後にした。
宿に戻る頃には、あたかも何事もなかったように、余韻も熱も醒めきっていた。
先ほどまでの出来事は、すべて泡沫の夢だと言い聞かせるように。
しかし、少年はこの夜を決して忘れはしなかった。
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