TOS/全年齢

 a little soliloquy


「――ロイド、ごめんね……。守ってあげられなくて」
「いいんだよ。こんなのすぐに治るからさ」
 コレットの言葉に、ロイドは血の気の引いた顔で返す。
 母の仇であるクヴァルを追い詰め、勝利したロイドたちだったが、なけなしの力を振り絞ったクヴァルの一撃を食らい、ロイドは重傷を負ってしまう。
 それを見て、酷く取り乱したクラトスは、鬼神の如くクヴァルを斬りつけ、絶命させたのだった。
 その後、彼はリフィルを差し置いて瀕死のロイドに治癒術をかけ、傷を癒した。
 その表情は、先程のような殺意に満ちたものではなく、失いたくないものを生かそうとする必死さに溢れたものだった。
 ひりつく痛みで遠のいていく意識の中、妙な安心感を覚えながら、ロイドは意識を手放した。
 目覚めると、そこはアスカードの人間牧場ではなかった。
 数日前に泊まった部屋の天井から視線を反らすと、幼なじみの少女の今にも泣きそうな顔が目に飛び込んできた。
 それが数分前の出来事だ。
「それより、おまえは平気か? 辛かったら俺に言えよ。おまえの身体のこと、今は俺とおまえしか知らないんだからな」
「うん、でもだいじょぶだよ。じゃあ、目覚めたことみんなに知らせてくるね」
 そう言うと、コレットは踵を返し部屋を出た。
 それからすぐに、急ぎ足気味に仲間たちが見舞いに来た。
 ジーニアス、リフィル、しいな――。
 『ロイドが死ぬ姿が想像できない』などと茶化していたものの、誰もが彼を心配し、また無事を確認して安堵していた。
 しかし、クラトスだけが部屋を訪れなかった。
 剣の稽古には付き合ってくれるのに、こんな時に顔を出さないなんて冷たいやつだな、とロイドは内心へそを曲げた。
 仲間たちが部屋を出た後、静寂に包まれたことで頭が冷えてきた彼は、今後のことを考え始める。
 身体の痛みは依然として強い。
 しばらく戦える状態ではないということは分かった。
 だが、目に見える範囲の怪我は少しだが治っている。クラトスのお陰だろうか。
 クラトスといえば、クヴァルと会ってからのクラトスは様子がおかしい。
 俺の母さんのことになると、普段のスカした態度が一変して感情的になる。
 どうして、俺の母さんのことでそこまで怒れるんだ?
 母さんの知り合いなのか?
 あんたは一体……何者なんだ――?
 真実を訊ねたい気持ちが膨らむ。
 しかし、本人に訊ねたところで結局はぐらかされるのがオチだろうと、ロイドは再度眠るため、目を瞑った。

 ◆

 それから一時間ほど経った頃だろうか。
 ノックもせず誰かが入ってくる音がした。
 旅の仲間の中では一番重い足音がゆっくりとベッドに近付いてきて、やがて傍らで鳴り止んだ。
 重力に従って擦れる布の音が響く。
 ロイドは寝たふりをしながら様子を窺うことにした。
 少しして、音の主はひとり語り始めた。
「……ありがとう。クヴァルを討ち倒してくれて。私だけでは成し遂げられなかっただろう。だが、おまえはまだまだ詰めが甘い。その油断が……いつかおまえの命取りとなるやもしれぬ」
 言葉が止み、しばしの無言が続く。
 物言えぬ緊張感に包まれながら次の言葉を待ったが、続いたのは言葉ではなく――行動だった。
 髪をくしゃっと柔らかく撫で、顔の近くでそっと囁いた最後の訪問者は、おもむろに立ち上がり、部屋を出て行った。
 『おまえまで、私を置いて往くな……』
 囁かれた言葉の真意は分からないが、心配されていることだけは伝わり、ロイドは嬉しくなった。
 閉じた扉の前で、クラトスは俯いて顔に手を当てた。
 彼に真実を伝えずに『責務』を全うすると決めた。
 しかし、憎き仇に妻だけでなく息子までも奪われそうになり、思わず冷静さを欠いてしまった。
 生き延びてくれてよかったという思いが、言葉として零れてしまった――。
 ほろ苦い後悔の後、男は扉の前から離れていった。
 この先、数多の苦難に見舞われるとしても、壮健で在り続けてほしいと。
 そして、いつの日か――己を打ち倒してほしいと。そう願いながら。
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