TOS/夏、あの空の下で

 【Story 7】


 あの後、二人はずぶ濡れになって帰宅した。
 走り始めた瞬間に満ち潮になり、間に合わずに濡れてしまったのだ。

 入浴を済ませ、クラトスを見送った後にしばらくゲームで遊んでいたロイドがコーヒーを淹れようとした時。
 熱いマグカップを持ったが、不自然に熱くなく、飲んでも熱は感じなかった。
 それに、普通に歩いていても、なんだか浮遊感が付き纏う。

「もう俺……人間じゃ、ないのかな……」

 次に自身の身に何が起こるか分からないというのが、更に恐怖心を煽った。
 泣きたいほど怖いのに、何故か涙は出なかった。

 そして、夜。

「……父さん」
「何だ?」
「……俺が死んだら、父さんはどうする?」
「……そんな事を軽々しく言うな。私に前を向けと言ってくれたのは、お前だろう」
「……でもさ、なんか変なんだよ。食べなくなって、寝なくなって、今回で感覚をなくした……次、何があるか分かんないよ……父さん……」
「……大丈夫だ。お前に何があろうと、側に居る……」
「……ありがとう」

 その先に最悪の結末が待っていたとしても、二人は行くしか無い。
 手と手を取り合って、前へ進んで行く。

 眠らない夜を過ごし、朝になって父に声を掛けようとして、驚いた。

 「……」

 ロイドを更なる変化が襲った。
 何と、声が出なくなっていたのだ。

「……?」
「……!」
「……ロイド、声が出ないのか?」

 ロイドは、うんと頷いた。

「……すまない、何もしてやれなくて……」

 すると、ロイドは自分の部屋からスケッチブックを取り出して文字を書き始めた。

『心配してくれるだけで俺は嬉しいから、大丈夫だよ。』
「……そうか」

 夕方、息子の体調を怪しく思ったクラトスは仕事を早く終わらせ、図書館へ資料を求めに立ち寄る。

「……見つからんな」

 どこを探しても、探しても、資料は見つからない。
 諦めかけて、帰ろうとした時。
 不意に絵本棚に肩をぶつけてしまった。
 その時、一つの少し古い絵本が頭に落ちてきた。

「これは……!」

 よく見ると、その症状らしいものが描いてあった。
 直ぐ様、クラトスは本を読んでみた。

 本の題名は『でんせつのきせきのものがたり』。

【伝説の輝石を付けてしまうと、命を奪われてしまうのです。あるお話です。輝石をつけた、その女の子は食べ物を食べなくなりました。次に眠れなくなりました。その次には、何も感じなくなりました。そのまた次には声が出なくなってしまいました。三日後、その女の子は死んでしまいました。】

「……」

 クラトスは思わず言葉を失ってしまった。
 今のロイドと全く同じ症状で、死んでしまうなんて。

 その後、資料を探し当て読み進めた事をまとめてみた。

 輝石はこの世界で4つ。
 どこに存在するかは分からない。
 輝石を肌に付けると、接着する。取り外しは不可能。
 次に光の羽が出現する。
 これは出し入れが可能である事は承知。

 その後、少しずつ人間性が欠如していく。
 食事、睡眠、感覚、声が失われ……そして最期を迎える。

 輝石はその者の遺伝子に取り付いて寄生する。
 その事によって、上記の症状が現れる。
 尚、誰かを愛しいと思う気持ちが存在していると寄生は加速する。

 だが、一つだけ、寄生を停止させる方法が有る。
 輝石に要の紋を取りつける事。
 けれど、これもどこにあるか不明なのだ。
 故に、治療は無理だろう。
 ……以上。

「……私には、もう助けてやれる手は無いのか……」

 今朝、声を失った。
 絵本の例からすると、あと3日で死に至ってしまう……
 その間に出来る事とは……ずっと一緒に居てやる事。

 そして、クラトスは決意した。
 この3日間、ロイドと一緒にいると。
 最期の瞬間まで、ずっと一緒に居る事を……

 それから夜になって、クラトスはロイドに話し掛けてみた。

「……ロイド」
『何?』

 声が出せない為に、スケッチブックに自分の意思を書いてくれている。

「花火、しに行くか?」
『花火あるのかよ?』
「ああ、昔取っておいた物がある」
『んじゃ、早くいこーぜ!』

 花火をしに、いつもの海に向かった。

「持てるか?」

 そう聞くと、頷いた。

 花火は暗闇の中で輝いていて、とても綺麗だった。

「ロイド、お前の願いは何だ?」

 そう聞くと、ロイドは砂に文字を書き始めた。

『父さんとずっと一緒にいる事だけど』
「……そうか、私も同じだ」
『……なんて。嘘じゃないけど俺って、もうちょっとで死ぬんだよな』
「……知っていたのか?」
『コレット達にこれの事話したら聞いた。最後に残ってるのって、死ぬ事だろ? いつだかは分かんないけど、死ぬんなら残りの人生……笑顔で過ごしたいから……それが俺の願い』

 曇りの無い、その想いに涙が溢れてきてしまった。
 『あと三日で死ぬ』とは言えなくて。悔しかった。
 もどかしくて、目の前の我が子を強く抱き締めた。

「……」

 ロイドはクラトスの顔を向いて少し口を動かした。
 それは『ごめん』と言っている様だった。

「……私の方こそ、謝らせてほしい……」

 二人はしばらく抱き合う。

 もう少しで線香花火の様に落ちてしまう、一つの命を救ってあげられるのは、一人しか居ない。
 かけがえのない我が子を精一杯、幸せにしてあげられる自信はあるのだから。

 これから三日間、ずっと見守る事。
 それが父、クラトスの最後の使命だ。


 【Story 7 最後に願ったこと】
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