TOS/夏、あの空の下で

 【Story 5】


 これは17年前の話。

 仕事を投げ出して、急いで病院へ向かった。
 そこには妻と、小さな愛し子がいた。

「あ、あなた。見て」
「……可愛いな」

 この瞬間から、父となった男クラトスは、我が子のまだ小さい手を握った。

「うええええ!!!」
「あら、あなたの顔を見たら泣き出したわ……」
「……(悩)」

「名前は、予定通りで良いのか?」
「ええ。そうしましょう」
「……よし、今からお前は……“ロイド”だ」

 “ロイド”と名付けられた小さな命は、無邪気に微笑んだ。

 ロイド2歳の頃。
 言葉を覚え、話す様になってきた。

「ぱーぱ!」
「何だ?」
「しゃんとめんとーみてくらしゃい!!」
「……」
「私の真似かしら? ほらパパ、ちゃんと面倒見てくださいね?」
「く、らさい……ねっ!」
「……はいはい」

 ◇ ◆ ◇ ◆

「ロイド、あーん……」
「あーん……まづい!!」
「……そうか……」

 ロイド3歳の頃。

「うわーい」
「そんなに走ると、転ぶぞ?」
「へーきへーき……うわっ!」
「だ、大丈夫か!?」
「うん、ロイド……つよいこだからなかない……」
「強い子だ……」

 これは14年前の出来事。
 二人で暮らし始めた頃の話である。

「……ねぇ、おかあさん、おきないの?」
「……ロイド、お母さんは遠くへ行ってしまったんだ」
「なにいってるの? おかあさんならここにいるよ?」
「……」

 クラトスは言葉を無くす。
 事故で亡くなった、と話しても、今のロイドが理解出来る筈が無い。

 この日から、二人の生活が始まった。

「ねぇ、おとうさん」
「?」
「おかあさんは、もうここにはいないんだよね?」
「……分かっているのか」
「うん、だってずっとねてておきなかったもん……」
「……これからはずっと二人で暮らすんだ」
「うん!」

 その日、二人で初めて手を繋いで家路に着いた。

 あれから4年後。

「父さん、花火やりたい」
「花火はあるのか?」
「だから、今から買いにいこう?」

 ◇ ◆ ◇ ◆

「雨が降ってきたか……今日は花火は出来ないな」
「え! でもやるの!」
「どうすると? 火は水で消えてしまうのだぞ。また明日……」
「今日じゃなきゃ嫌!」
「……いい加減にしろ!!」
「!!……ごめんなさい。明日やりに行くよ……」
「……怒鳴ってしまった」

 それから5年後。

「父さん」
「何だ」
「お腹空いた」
「……今忙しいのだ。自分で作れ」
「でも……」
「自分で作れと言ってるのが分からないのか!!」
「う……ごめんなさい……」
「……」
「……本当に、ごめんなさい……」
「ふう……また怒鳴ってしまったか……」

 初めて怒鳴ってしまった日から、叱るのが毎度の事になってしまっていた。

 やがて、ロイドは滅多に笑う顔を見せなくなった。
 それが、親として何よりも悲しかった。

 月日が過ぎても、二人はずっと歩み寄れなかった。拒絶される事を恐れて……

 けれどあの日、そう。
 二人で久しぶりに外出したあの日から変わった。
 手を繋いだ時、二人で始めた日を思い出させた。
 父に笑顔を見せる様になり、笑い声が絶えない家庭へ、妻がいたあの頃に戻れた気がした。

 二回目の外出で、ついに自身の想いを打ち明けた。
 和解して、ここまで来た。
 もう二人には壁は無いと、そう思っていたのに。

 二人には、越えられない壁が存在し始めていた。


 【Story 5 手を繋いだ日】
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