TOS/全年齢

 この無数の星に誓って


 アンタはいつもそうだ。
 俺の淡い期待を、トゲのある言葉で奪い去っていく。
 それでも期待することを止められない俺は、どうしたらいいんだ……?
「明日は氷の神殿へ向かうわよ。みんな十分な睡眠を摂るように。いいわね?」
 俺たちは今、世界中の精霊と契約するという目的でこの世界を転々としている。
 神子に付いていかなければ知りえなかった、もう一つの世界『テセアラ』――繁栄世界。
『……ド』
 ふと、クラトス――あいつのことが頭をよぎる。
 救いの塔での戦いでトドメを刺さなかったこと、サイバックですれ違った時に衝動的に斬りかかった俺を軽くあしらったことや、オゼットでレアバードの在りかの情報を俺たちに流したこと。
『……イド』
 敵のようで助けられているかのような、このもどかしさ。
 敵か味方の判断に困っている俺の心を、更に曇らせていく。
 俺は、彼をどちらの天秤に乗せればいいのだろうか――。
「ロイド!!」
「うわあっ!」
 そんな女々しい考え事をしていると、前方から響く女教師の怒りに満ちた声に、俺は戦慄した。
 話を聞いていたことすら忘れていた。
「ロイド、私の話は聞いていたのかしら?」
「え? えーっと……あっ、そうだ! 俺、用事が――」
「ジーニアスはもう眠っているはずよ」
 ちっ、いつもの『ジーニアスに宿題を教えてもらおう』作戦は失敗に終わったようだ。
 割かし汎用性のあるセリフだと自信を持っていたけれど、今となってはもう通用しないと知って、内心少し凹んだ。
「ち、違うよ。宿題を自力でやろうと思って!」
「そう。じゃあ、明日までに提出するのよ」
 明日……ま、無理だろうな。
 そう絶望しつつも軽く返事をして自室へと戻ったのだった。

 * * *

 ――今日は恐ろしく寝付きが悪かった。
 胸につっかえていたのは、宿題が間に合わないことではなく、『あいつ』のこと。
 もしあいつが今この世界にいるのならば、逢いたい。逢って、ちゃんと目を見て話したい。
「――いや、いる訳ないよな。俺の思い通りになるほど、あいつは馬鹿じゃないもんな」
 そう不安が渦巻く自分の心に言い聞かせていると、蒼い光が、窓ガラスに映ったのを横目で見た気がした。
 何処かで見たことのあるその色彩にまさかと思いつつも、窓の向こうを見据えてみる。
 そこにあったのは……確かに『あの』蒼い光だった。
 何とも言えない衝動に突き動かされ、厚着もしないまま宿を飛び出した。

 * * *

 パラパラと雪が舞い散る中、寒ささえも忘れて、俺は雪景色を全力で駆けていた。
 目標はあの光の根源へ辿り着くこと、それだけ。
 例えその光があいつのものでなかったとしても、俺はどうしても確かめたかった。
 光の根源が見えた時、俺の足はピタリと止まった。
 心から望んだ事が現実となった事に動揺してしまったからだ。
 それからは徒歩で距離を詰めるしかなかった。
 あいつが俺に気付いたら、どんな顔をするのだろう。
 どんな言葉を投げつけてくるのだろう。
 後ずさりしたくなる心境に嘘をついて、彼へと近づいていく。
「何でここにいるんだ」
 もどかしさを隠した台詞でこいつに問う。
 だが、返ってきた言葉は予想だにしないものだった。
「夜空を見ていただけだが」
 単純で悪意のない、彼らしくない言葉。
「今夜は星が綺麗だ。少しは上を向いて感傷に浸るのも気分転換になると思ってな」
「――俺達を、始末する為に?」
 せっかく敵がおとなしくしていると言うのに、何煽るようなことを口にしてるんだ、俺は……。
「フ……そうかもしれないな」
 煽っちまった? 逃走準備も出来てないってのに――。
「や、やるのか?」
「いや、今は見逃してやろう」
「え?」
 今日のこいつは意味が判らない。
 そんなに星が見たいのか? まぁ、でもいいや。
 戦闘意思はないみたいだし、俺も星を見ていくか。

 * * *

 あれから俺とクラトスは、会話も交わさずただ星空を眺めているだけだった。
 こういうのも――随分久しぶりな気がする。世界再生の旅をしていた頃の関係にタイムスリップしたかのような気分。
 敵同士だという事を、つい忘れそうになってしまう。
 襲われる不信感を感じなくなったところで、今まで訊きたくても訊けなかったことを問うことにする。
「……なぁ、教えてくれ。どうしてアンタは敵なのに、時々俺たちを助けるような真似をするんだ?」
「……それを知ってどうするというのだ?」
「え?」
「それを知って、今のお前に何の得があるというのだ?」
 返された何とも意地悪な答え。
 訊かなければ良かったと心から後悔した。
 『またこっちに戻ってきて欲しい』なんて言い返せる程、俺は強くなかったからだ。
「それは――この先、アンタを倒すことになったら、こんなことはもう訊き出せないと思ったから……」
 言い訳のような弱弱しい本音交じりの言葉を口にした時、目の前の男の顔が少しシュンとした表情になった気がした。
 ……図星?
「ここまで言っても教えてくれないのか?」
「……フ」
 目の前の男は軽く笑みを浮かべ、悲しげな表情で俺にこう告げた。
「――今は、何も言えない」
 『今は』。
 それは――未来性を含んだ言葉。
 こんなことを言われたら……俺はまた、アンタに期待してしまう。
 届かない背中に、望みの腕を伸ばしたくなってしまう――。
「……アンタは――残酷だ」
「……ああ」
 こいつはこの世界で、最も残酷な天使。
 そんな黒い天使に望みを抱く自分も、馬鹿だけど。
 でもアンタだからこそ、俺は何度だって手を伸ばしたくなる。そんな気がするんだ。
「……っくしゅ!」
 あ、ここが雪野原だって事、忘れてた。
 それに厚着してこなかったから、物凄く寒い。凍えそう。
 今までどうして俺は気付かなかったんだ!
「えっ――」
 背後から浸透する温もり。
 その熱源があいつだと頭が判断した途端、俺の体は飛び跳ねるように温かい腕を振り払った。
「な、いきなり何するんだよ!」
「……お前が凍死しそうな顔をしていたからだ」
「だからって……。ま、気遣いありがとう、な」
 このまま振り切らずに、こいつの温もりを感じていたい、と胸の内で思った時――俺は初めてこの霧の正体を晴らしてしまった。
 ハッとしていると、必死で追ってきたあの蒼い光が俺たちをやわらかく映した。
「そろそろ私は失礼させてもらう。せいぜい頑張ることだな」
「待ってくれ! もう敵対するのはこれで止めに――」
「お前がユグドラシル様の意思に反する限り、私はお前の前に敵として立ちはだかるだろう」
「……どうしてアンタは、俺の期待までも裏切るんだ――!」
「……」
「なぁ……!!」
 俺は必死に叫んだ。例え届かなくてもいい。
 訴えかけてこいつの硬い心が少しでも和らぐのなら、何度だって訴えてやる。
「……期待しても、良いのだぞ」
「え?」
「……」
「……うん、待ってるから必ず来いよ」
「……フ」
 一つ笑ってアンタは広い空へ舞っていく。
 目標にした蒼い光が遠ざかっていくのを、俺は惜しみながらしばらく見つめていた。
『……期待しても、良いのだぞ』
 この言葉、本当に本気にしてもいいのかな。
 いや、あいつ――クラトスのことだ。
 またいつか、また一緒に剣を振るってくれることを約束してくれたんだ。
 何故か考えを巡らせなくても、判ってしまう。そんな気がするんだ。

 * * *

 その言葉の真意を実感したのは、それからしばらくしてからだった。
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