束の間の夢を見た
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気付けばサンズは、タイル張りの部屋に立っていた。
薬品棚がいくつも備えられていることから、もとは医療行為を行うための部屋であり、清潔だったことが伺える。
だが、真っ白であったであろう床のタイルの色は、黒く薄汚れていた。
「ッ……! ゥ"……」
その黒色が『何』であるかなど、サンズには手に取るようにわかった。
解ってしまった。
目の前で手術台に横たわる『彼女』の姿が、悠々とそれを語っているのだ。
(なんで…なんでこんなことを……っ!)
その姿は、いつもサンズが見ている姿と、ほとんど同じだった。
真っ白な髪に、血の気がなくなった真っ白な肌。乱れて荒れた髪は、重力に従い手術台から投げ出されてる。
胸部にあたる部分には、大きな赤黒い染みができていた。セピア調でくすんで見えた世界で、その色だけは鮮明に色付いている。
ただの記憶だというのに、鉄の錆びたような臭いが、サンズの嗅覚を刺激してくる気さえした。
ヒューと、風を切るような音を立てながら、虫の息のアリアルが必死に呼吸を繰り返す。その喉の奥からは、時おり水を吐き出すような、くぐもった音が聞こえる。
コホッと咳きこむと、喉からせりあがった血の塊が、アリアルの口から吐き出された。
吐き出された血の塊は、そのまま床に落ちて、手術台から滴り落ちる血液と混ざり、血溜まりを作っていく。
人間が、どれ程血を失うと死んでしまうのか、サンズにはわからない。
わからないが、少なくとも、死んでいてもおかしくない程の量を、目の前のアリアルが流していることは、理解できた。
反射的に吐き気を覚えたサンズは、その場に踞る。
吐くもの等何もないし、何も出てきやしないのに、口から何かが出てくるような吐き気を感じ、必死に口元を抑えた。
その時、重い鉄の扉が開き、髭を生やした壮年の人間が入ってきた。
モノクルを着けたその人物は、顔の潰れていた男や、冷たい眼鏡の男と同じように、研究員の白衣を着こんでいる。その後ろに、先ほどの眼鏡の男も着いてきていた。
壮年の人間は、死にかけているであろうアリアルを、まるで物に向けるかのような冷たい目で見つめていた。
『『これ』が、例の個体か』
『ええ、そうです。少々傷はつきましたが、成功したようです』
『随分と損傷が酷そうだが?』
『ご心配には及びません、今はまだ、身体に馴染んでいないので、拒絶反応が出ているのでしょう
数時間もすれば、もとの状態に戻るかと』
『ふん、そうか。
しかし、最初に見たときよりも、見た目がだいぶ変わったようだな』
『ストレスには少し弱いようでして……あぁ、大丈夫です、研究には何の影響もございません。
これで、異能を備えた生物を作れれば、奴等との対立に、かなり有利になるでしょう』
『それを聞いて安心した、軍の上は、早くしろとせっついてくるからな。
引き続き、進めてくれたまえ』
髭を生やした男と眼鏡をかけた男は、死にかけのアリアルをいくらか観察し終えると、苦しそうに息をするアリアルになど気にも留めず、何かのデータを映しているコンピューターへ目を向け、話を進めた。
最強の身体、特殊能力の付与、軍事強化、ヒトガタ兵器の作成、無尽蔵のエネルギー生成体──
飛び出す単語は、どれもこれも人知の範疇を超えた、行きすぎた実験内容だった。
ギリッと、食い縛りすぎた歯が音を立てる。無意識に力んでいた拳から、骨が軋む音がした。
研究者であるサンズは、その会話だけで──否、最初から、彼等がアリアルを実験体にしていることは、すぐにわかった。
それが戦争に利用するために行われている、酷く胸くその悪い実験だということも。
成長する度にアリアルの魔力が増えていたのは、彼等がなんらかの手段で、アリアルの肉体を『改造』していたから。
そして、その改造は、彼女が幼いときから続けられていた。元は真っ黒だった髪が、真っ白に変色するほどに、甚大なストレスをかけられながら。
酷く腹ただしい。
人間とは、かくも汚い生き物なのだろうか。これと自分が、同じような研究者なんて、ヘドが出る。
まるで無機物を見るかのように、アリアルを見る目が、生きている人間ではなく、下等なモンスターを見るような目をしている奴等が。
その全てに対して、腸が煮えくり返るようだ。
ふっと、視界が暗転する。それまで聞こえていた声も、電子音も、苦しそうな息遣いさえも、全て消えた。
その代わりに、一台の白い椅子が、ポツリと空間に佇む。
その椅子に座っていたのは、言わずもがな、アリアルだ。
保持している魔力の量は、既に人間の域を脱していた。
『器』に収まりきらなかったであろう魔力が、辺りに充満しており、空間そのものがアリアルの魔力で満たされていた。
白いボロボロのワンピースから覗く肌には、真新しい包帯が巻かれていた。
足枷は嵌められていないものの、その身体は、冷たく黒光りする鉄の帯が固定している。
固定されている彼女は、悲嘆することも、憤怒することもなく、ただ静かに座っていた。その目元は、伸びた前髪で隠れているため、閉じているのか開いているのかわからない。
サンズの後ろから、人間が歩いてきた。
その人物は、サンズの身体をすり抜けて、椅子に座るアリアルの元へ進む。
ノイズで塗り潰されたかのように、その人物の顔は真っ黒だった。
『ᛋᚨᛚᚣᛖ,ᚴᚢᛁᛞ ᚨᚷᛁᛋ?』(やぁ、ご機嫌いかはがかな?)
『…………』
『ᛏᚢ,ᚩᚠᚠᛁᚳᛁᚾᚨ ᚩᛈᛏᛁᛗᚢᛋ(君は、最高の作品だ)
ᛏᚨᛗᛖᚾ, ᚾᛁᛗᛁᚢᛗ ᚴᚢᚩᚴᚢᛖ ᛈᛖᚱᚠᛖᚳᛏᚢᛗ.(しかし、あまりに、あまりにも完璧すぎた)
ᛋᚢᚢᛋ 'ᛗᚨᚷᛁᛋ ᚴᚢᚨᛗ ᛖᛣᛈᛖᚳᛏᚨᛏᚨ(予想以上に、出来すぎてしまった)
──ᛏᚢ,ᛖᛋᛏ ᛈᛖᚱᛁᚳᚢᛚᚢᛗ』(君は危険因子なんだ)
『……ᛁᚷᛁᛏᚢᚱ,ᛋᛖᚷᚱᛖᚷᚨᚱᛖ ᛗᛖ?』(故に、私を隔離すると?)
『ᛈᚱᚩᚱᛋᚢᛋ.ᛞᚨᛏᚨ ᚱᛖᚴᚢᛁᚱᚨᛏᚢᚱ, ᚳᚢᛗ ᛁᚨᛗ ᛗᛖᛗᚩᚱᛁᚨᛖ ᛖᛋᛏ. ᛏᚢᚢᛗ』(その通り。充分なデータは、既に録れている)
『だからもう、用済みだ』
ぐったりと、力なく椅子に身体を凭れかけているアリアルを、人間の魔力が包み込み、強引に空間をねじ曲げていった。
サンズの使うショートカットの比ではない、膨大な魔力が空間に満ちていき、渦を巻く。
それは風を伴いながら、空間を無理矢理に引き裂いていた。
激しい風の余波は、サンズにも影響を及ぼした。
巻き上がる風から顔を守るように手で顔を覆い、指の隙間から、僅かにアリアルの様子を窺い見る。
まるで獣の口のように、切り開いた空間に飲み込まれながら、アリアルは人間の方を向いていた。
目を隠していた前髪が、風によって巻き上げられる。鮮血のように真っ赤な瞳は、じっと人間を見つめていた。
悲嘆しているわけではない。
憎悪が宿っているわけではない。
ただ静かに凪いでいた。
静かに凪いで、しかし、全てを諦めたように目が閉じられる。
そして───
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