束の間の夢を見た
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座り込んでいた子供の影は一瞬で消え去り、セピア色一色の空間が、徐々に歪んでいく。
やがて目の前の空間は、とある風景を映し出した。
(これは、子供のときのアリアル、……?)
真っ白な肌でも、真っ白な髪でもなく、身体に薄汚れた包帯を巻いてるわけでもない、黒い髪の子供。
それでもサンズがアリアルと認識できたのは、目鼻立ちに面影が残っていたからだろう。
サンズが知る『アリアル』との唯一の共通点とも言えるのは、少しくすんだ白いワンピースを着ていることくらいだ。
その服のサイズは、明らかに今の彼女には見合っておらず、適当に見繕った白い布を、これまた適当に服っぽく加工したといっても過言ではない代物だった。
雑ではあるが、目元にかかる髪は掻き分けられており、常に隠れて見えなかった目が、今は露になっている。
底無しの沼のように、淀んだ色を灯すその目は、つまらないとでも言うように無感情で冷たい。
何を考えているのかわからない、あるいは何も感じていないのか、無表情のまま与えられた玩具で遊んでいる様子は、サンズの知るアリアルの姿とあまりにもかけ離れすぎている。
(これは記憶、なのか)
異様な様子のアリアルに、息を呑んだサンズが一歩踏み出そうとした。
しかしその瞬間、子供の姿が陽炎のように揺らぎ、まるで最初からいなかったかのように消えていった。
子供の姿のアリアルが消えると同時に、サンズの背後に、少し背の伸びたアリアルが現れる。
彼女は、サンズに背を向ける形で立っていた。その隣には、仕事中のサンズのような、白衣を着た大人が立っている。
白衣の人物の顔は、霧がかかっているかのように歪んでいて、外見だけではどんな人物なのかわからないが、声のトーンからして、白衣の人物は男であることだけは解った。
その男は、アリアルの背中に手を当てて、何処かへ行くことを促しているようだ。
こつこつと、革靴が床を歩く音が響く。それに合わせて、ぺたぺたと素足がタイルの上を歩くような音が響く。
サンズが視線を下に向けると、アリアルの裸足が彼の目に映った。
靴を履いていない子供の足の先は、土ぼこりで薄汚れており、引っ搔いたかのような小さな擦り傷がいくつも散見された。
やがて、両開きの扉の前まで来ると、男は慣れたような仕草で扉を開放し、アリアルを部屋の中へ招き入れた。
幼少の頃と変わらない、濁った眼をしたアリアルは、何も言わず、促されるままに部屋の中へと入っていった。
顔も認識できない男は、アリアルが部屋に入ったことを確認すると、そのまま静かに扉を閉める。
ふと、先ほどは気づけなかった、扉にかけられているプレートに意識が向く。何か文字が書かれているはずのプレートは、不自然にも白く塗り潰されて……否、まるで白い靄に覆われているかのように霞んでいた。
閉ざされた扉の前まで歩み寄ると、部屋の中のから話し声が聞こえてきた。
それらは全て男性の声で、何かの実験の経過を喋っているようだった。
『経過はどんな感じだ』
『今の所は問題なし、ケース10の想定通り』
『思っていたよりも安定しているな』
『これまで何体も失敗してきたんだ、次こそは成功させなければ』
『今日も問題ないだろう。少し振れているが、許容範囲内だ』
『そうか……なら、少し早いが、次の段階に移るとしようか』
『そうだな』
『あぁ』
『今度はこれを混ぜてみよう』
(っ!!!)
ざらりとした冷たい男の声が、サンズの思考に重く響く。
何度も何度も、しつこく舐められるかのような、不快で粘着質な声色が頭から離れない。
混ぜる、と言った男たちの言葉に続いて、ジャラジャラと鎖の音が激しく響き、何かに耐えているような呻き声が扉の向こう側から漏れ聞こえた。
つられてサンズが扉を開こうとした時、またもや、目の前の扉がゆらいで消える。
次は、今のアリアルに少し近い姿の女性が、白い部屋の中で椅子に座っていた。
質の悪いロッキングチェアのようで、今にも壊れそうな軋んだ音を鳴らしながら、その女性は椅子をゆっくり揺らしていた。
──その足には、アリアルには武骨過ぎる、大きな枷が嵌められていた。
(こんな物が、どうして)
表情のないアリアルは、虚ろな目で部屋の机に立て掛けている写真立てを見つめている。
不思議と、焦燥したような様子とは裏腹に、アリアルの魔力量は、先程の姿のときよりも格段に多くなっていた。
それは年齢に対して、異様なほどの多さだった。
サンズは音を立てないようにしながら、アリアルの近くまで進んむ。今度は揺らいで消えることはなく、すんなりと近くまで寄ることができた。
アリアルは、近付くサンズには目もくれない。
アリアルが、サンズに視線を向けることはない。
この世界は、この映像は、あくまで過去の出来事なのだから。
その時、部屋の扉が開いて一人の男が入ってきた。
身長の高い細身の男で、最初に見かけた人間とは違い、その男の顔は潰れておらず、顔の特徴がよく解った。
堀の深い造形。見つめた相手を委縮させそうな鋭い三白眼に、澄んだスカイブルーの瞳も相まって、まるで人間の心などを感じさせない。
眼鏡越しの瞳は冷たい光を宿しており、人間ではなくロボットであると言われたとて、疑わないだろう。
男は、無骨な足枷に目を向けることもなく、写真へ目を向けたままのアリアルに声をかけた。
『まだ、そんなものを見ているのか』
『……』
『希望などないことは、とうの昔に知っていたはずだ。無駄な悪足掻きはよしたまえ』
『……』
『あぁ、こんなことは時間の無駄だったな。
おい、さっさとこれを連れていけ。時間が惜しい』
扉の外に控えていたのだろうか、男の一声に、もう二人の人間が部屋の中へ入ってきた。入ってきた人間も、冷たい目をしたロボットのような人間だった。
同じ人間へ向けるとは思えないような、まるで道具を見るかのようにアリアルを見る二人は、部屋の外へ連れ出そうと、細すぎる腕を乱暴に掴んだ。
嫌な予感がした
(まて……まて、だめだ、だめだ! 『彼女』を、連れていくな!!)
今、ここで連れていかれてしまったら、取り返しのつかないことになる。
何故かそんな気がしたサンズは、触れれないとわかっていても、部屋を出ようとする人間の肩へ必死に手を伸ばした。
しかし、やはりその肩には触れれず、スッとサンズの手は、人間の体を通りすぎてしまう。
それでも、何かせずにはいられない。
手を伸ばす
触れれない
手を伸ばす
触れれない
手を伸ばす
触れれない
手を伸ばす
触れれない
手を伸ばす
触れれない
そして、とうとうアリアルは、部屋から出された。
伸ばした手は、結局彼等には届くことはなかった。虚しく空を切る手の先で眼鏡の男が扉を閉めていく。
──扉が閉め切られる直前、サンズは、アリアルと目があった
…………ような気がした
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