束の間の夢を見た
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コア内部にある、個人の研究室に引きこもっているサンズは、ペンを片手に机へ向かっていた。
考え事をする時の癖なのか、ペンを持っていないほうの手の指は、一定のリズムを刻んで机を叩いている。
彼の横には、アリアルのいる空間から拝借した、一輪の花があった。
円筒状のカプセルに入れられている花は、ほんの僅かに形が崩れているものの、まだその形を保ったまま存在している。
その花を見つめていたサンズは、手持ち無沙汰にペンを弄ぶのを止めて、手元の紙へ視線を移し、ペン先を走らせた。
── レポートNo.1
例の『異空間』に行くようになってから、既に数日経っている。
異空間には、大量の魔力が充満していた。コアも、なにも存在していない空間で、だ。
驚くことに、それの発信源は、一人のニンゲンによるものだ。
個体名:アリアル
種族:ヒューマン
魔力が彼女を中心に動いていること、そして、あの時に見たものから、異空間の魔力が彼女のものである推測は間違っていなかった。
無限に湧き出る水のように、彼女の魔力は膨大だ。まるで上限というものがない。
しかし、ニンゲンの身体では、内包できる魔力量に限りがある。
モンスターよりも保持できる魔力量は多いが、無限に湧き出るものを保持するのは、流れる水を塞き止めてもいずれ崩落するのと同じで、いずれは限界が出るものだ。
上限以上の魔力を無理矢理に「器」に抑え込むのは、ニンゲンであっても負担が大きい。余分な魔力を放出しなければ、身体が崩れてしまう危険がある。
そのため、意識的に魔力を放出しているのだろう。
また、その濃度を考えると、アリアルは、永い時を異空間で過ごしているのは想像に難くない。
細かい年月までは推測するのは難しいが、異空間の魔力濃度と、彼女の魔力操作能力の高さを考えれば、ニンゲンの平均寿命はとうに超えているだろう。
彼女の魔力操作能力は、天才とも言われるガスターすら凌ぐ程高い。
その能力があれば、見渡す限りの花畑を、本物と見間違うほど精密に創造することは容易い。
なお、異空間には建物や植物などの存在も確認している。しかし、先にも書いたように、それは彼女が精密に造り上げた『創造物』だ。
生成のために消費しているのは、言わずもがな、異空間に満ちている彼女自身の魔力。
そのため異空間にある物は、純粋な魔力の塊──結晶であると言える。
以前、意図せず此方側に持ってきてしまった花は、数時間と経たずに崩れて散布してしまった。
おそらく、アリアルの魔力から造られたもののためと思われる。此方にも魔力は漂っているが、同じ魔力であっても、生成元が異なる場合、存在を保つための魔力の補充などが出来ないようだ。
異空間の創造物にとって、アリアルの魔力は『酸素』であり、此方の魔力は『二酸化炭素』と言ったところだろう。
現在、本人の許可を得て持って帰ってきている創造物(花)がある。
試しに、魔力を留めるカプセルに入れてみたところ、形が崩れるのが遅くなったため、創造物が純粋な魔力の塊である、という考えは間違っていなさそうだ。
しかし、このままでは、以前持ち帰った花と、同じような結末になってしまうのは変わらない。
花を入れているカプセルも、完全に魔力を留めれているわけではなく、あくまで一時的なものに過ぎない。
これが、永続的に留まらせれるようになれば、もしかしたら、ソウルの形を崩さずに存在させれる方法にも繋がるかもしれ──
レポートを書いていたペン先の動きが止まる。文字と図面で構成した内容は、既に用紙の3分の2を埋めていた。
サンズは、片手で頭を軽くかきながら、ペン先で机をノックする。続きの文章をどう書くべきか悩んでいるようだ。
(あー……魔力とソウルは別物だからなぁ。
ある意味では同じものと言えるが、そもそも、魔力を造っているのはソウル自身。性質が似ることはあっても、その役割や構造までは類似しない)
頭を抱えるサンズを尻目に、プライベート室の扉がノックされる。
その音にハッとした彼は、手元のレポートを急いで机の奥に押し込み、花の入ったカプセルも、見えないように本棚の奥へ隠した。
──なんとなく、アリアルの存在を匂わせる物が、他人に見られるのが憚れたのだ。
レポートもカプセルも隠したサンズは、閉めていた鍵を外して、扉を開いた。
そこには、サンズの予想に反して、ガスター班以外の研究員が立っていた。
サンズの個室に来るのは、ガスター本人か、ガスターと同じ研究部門に所属している、班員の研究者だけだ。
基本的に、他人のプライベート研究室へよその研究員が行く、来る、ということはあまりない。
ガスターはすべての研究者のトップに立っているため、例外的に訪問する頻度が多くなるが、一般の研究員となると話は別だ。
プライベート室に籠るというのは「周りとの接触を絶って集中したい」という心理状況の研究員が多いからだ。
更に言えば、真面目に取り組むサンズは、言外に「話しかけるな」というオーラが強く出ている(本人にそのつもりは全くなし)
そのため、気心知れたガスターか、良くてもガスター班の研究員しかサンズの個室を訪れないのだ。
サンズの目の前にいるのは、白衣を着た顔なしのモンスター。メタリックな黒い肌色のモンスターは、バインダーを片手にサンズへ話しかける。
口がないのにどうやって喋っているのか、という疑問が、一瞬だけ彼の思考に浮かんだ。
「サンズ君、で合ってますかね」
「あぁ、うん、そうですけど」
「間違っていないようでよかった、ガスター班のモンスターから、あなた当ての書類を預かりまして。
ついでに、博士からも伝言が」
「……へぇ」
エコーがかった声がサンズの脳内に響く。どうやら、テレパシーで会話するタイプのモンスターのようだ。
ついっと、差し出された書類の封を受け取りながら、サンズは顔なしのモンスターを訝しげに見る。
基本、ガスターは自分の班以外の研究員に、サンズへの連絡を頼むことがない。
余程忙しいのなら、仕方なく頼むこともあるが、だとしても、サンズの顔馴染みのモンスターに頼むのだ。
しかし、サンズは、この顔なしのモンスターに一切の見覚えがない。むしろ、今会ったのが初めてと言っていい。
個別の研究スペースに入るときは、必然的に共有スペースを通るような構造になっている。
そのため、一度くらいはすれ違うことはあるはずだが、このモンスターについてはすれ違った記憶すらない。
怪しむような視線に気付いたのか、顔なしのモンスターが肩をすくめる。顔がないために表情はわからないが、その仕草から困ったような雰囲気が伝わってきた。
「驚いたかもしれませんが、他に頼めるモンスターがいなかったそうですよ。なので、あまり警戒しないでいただけると嬉しいのですが」
「Ah~……そういうことか、申し訳ない」
「いえ、まぁ、個人の研究室に来られると、ピリピリしてしまう気持ちは解りますので」
「特に、俺の所は滅多に来ないんで…ところで、伝言というのはいったいどんなことですかね」
「あぁ、忘れるところでした。えぇと、確か」
顔なしのモンスターは「こほん」と一つ、咳払いのような仕草をすると、まるで録音をしたテープのように、ガスターにそっくりな声で話しだした。
「『やぁサンズ君、彼の話を聞いているということは、無事に書類が届いているということだね。結構結構。
そうそう、目処がついたから、明日の明朝に私の所へ来てくれ。手が二本では足りないから貸してほしいり
あ、渡した書類の提出もその時にヨロシク!』」
「……」
(あンの玉子頭野郎、骨ぶっ刺すぞ)
突然の物真似に驚いたのも束の間、最後に続いた台詞で、サンズの視線が手元の封に向けられる。
しっかりとした重みのある封、厚さは約3センチといったところだろうか。
── これを、全部、一人でやれってか
語尾に星がつきそうな程の勢いで(視覚化出来ていたら絶対についている)、最後の台詞に「きゃぴっ」とでも言いそうなポーズを決め込んだガスターの姿が、サンズの脳裏に浮かぶ。
本人と思わんばかりにそっくりな音声が、想像のリアリティを更に増長させている感じが否めない。
骨だというのに、その額に青筋が浮かんでいるようにすら見える。
「とりあえず、明日の件は了解です。もし、博士に会うことがあれば『骨が背後から飛んでこないか気を付けとけ』って伝えていただきたい」
「あはは、解りました、ガスター博士に会ったらお伝えしておきます」
顔がないというのに、随分と表情豊かなモンスターだ、と、サンズは思った。顔がないのに表情豊かとは、これまたおかしな表現であるが。
丁寧な口調とは裏腹に、口許あたりに手を当てて肩を震わせている姿は、どことなく陽気そうな雰囲気が滲み出ていた。
「頼みます。それにしても、随分と声真似が上手いんですね。声、と言っていものか解りませんが」
「テレパシーで会話をするモンスターなら、簡単にできますよ。相手の声の波長に合わせればいいだけなので。
ラジオのチャンネルを合わせるようなものです」
「Hmm、なるほどね」
声真似が上手いとは、ガスターが気に入りそうな特技だ。
自分をおちょくってくる上司の姿を思い描きながら、サンズは内心でため息をついた。
バカと天才は紙一重、とはよく言ったものである。
とは言え、ガスターの才能は本物だ。
コアという前代未聞の代物を生み出し、モンスター達を存亡の危機から救ったのだから。
そんな天才が、このようにバカな量の仕事を回してくるのは、サンズのことを信頼しているからこそ、というのも解っている。
……解ってはいるのだが、雑務を放り投げて実務実験にかまけている姿を見ると、ただ単に雑用が嫌なだけなのでは。と、勘ぐりたくもなるというもの。
いかんせん、一つのことに集中すると、非常に周りへ目が向かなくなるため、ガスターの雑務は溜まるいっぽう。
補佐でもあるサンズが、それを消化しなくてはいけない立ち位置である、と、理解しているものの、毎度同じように雑務を押し付けてくる天才上司の姿を見ると、複雑な心境だ。
(そりゃ、いくら尊敬しているとはいったものの。
こうも、無茶ぶりな雑務を振られ続けると、悪態の一つや二つ、つきたくなるもんだ)
「破天荒な上司だと苦労しますね」
「慣れたもんですがね。
荷物、ありがとうございました、早めに処理したいんで戻ります」
「頑張ってください」
あ、その前に軽く自己紹介を…
ノーフェイスと言います。よろしくお願いします、サンズさん」
「ご丁寧にどうも
知ってるかもしれませんが、サンズです、以後よろしく」
ゆったりとした動きで、右手と思わしき触手が差し出される。身体はニンゲンのようななりなのに、腕は触手なのか。
メタリックな肌質をしたその手を、サンズは軽く握って握手する。
思っていたよりも柔らかな感触に、何故かパピルスのパスタのことを思い出した。
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