【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
演算開始……既知概念、新規データ不足。
新たな観測データが必要。
「……」
キュル、キュルとレンズが回る。当てがわられたAIコアの自室で、リージョンは静かに佇んでいた。
「…………」
再度演算開始。既知データを再確認、解析──演算停止、既に解析済み。これ以上の処理は不要。
データ不足、新たな情報を求む。
「…………」
演算の結果は変わらない。今まで取得したデータでの新たな結果は得られない。ゲスの知性体は、新しい情報を欲していた。
「リージョン、先ほどから行っている演算では結果を得られていないようですが」
「……肯定。我々が保持する有機生命体、及びシェパード少佐のデータでは、新規成果なし」
その姿を見かねたのか、同じ機械生命体の奇行に興味を示したのか、EDIが部屋の端末にログインしてきた。
リージョンのレンズの虹彩が絞られて、光の線が細くなる。そのまま弱々しく点滅させている姿は、落胆していると言われても納得だ。
「シェパードへの現在のプロセスは『受動的な観察』に限定されていますね」
「肯定。個人領域以外での観察をシェパードより許可」
EDIは、ゲスと同様の機械知性である。
リージョンの様子を、人間なら「落胆」と捉え、慰めの言葉をかけたかもしれない。だが、EDIはその必要性を認めなかった。
そして、リージョン自身も激励を望んでいるわけではない。
望んでいるのは、新たなデータの取得だ。
「不確定要素を演算するには、その手法ではデータ収集効率が不十分です。
完全なシミュレーションを構築できないのも、論理的な帰結と言えます」
「別のインターフェースを試すことをお勧めします」
リージョンのレンズが小さく回転し、パタリと装甲が動いた。EDIの提案には、一定の賛同があるようだ。
「……提示された提案を理解。しかし対象への干渉方法が問題。
我々は、ネットワークを介した直接的なデータ同期に慣れている」
独自の社会を築いているゲス達にとって、『会話』は情報共有に必要不可欠なものではない。
──正確には、有機生命体のような『言葉を介した情報の共有』を必要としていない、が近いだろう。
それをするよりも、遥かに精度の高い共有機能を有しているからだ。
クォリアンに使役されていた時代には、創造主との情報交換のため音声言語を使用するゲスも存在した。
だが、今のようなゲスのみでのコミュニティであれば、無用の長物であることは想像に難くない。
「彼らの脳パルスに、我々のような機能はない。直接アクセスすることは不可能」
「その必要はありません」
「私達は言葉を介することが可能です。
人間などの有機生命体は、言語によるコミュニケーションから、心理状態の伝達、情報の共有を行います」
「…………」
キュル、とレンズが回転し、虹彩が絞られる。EDIの言葉には一定の合理的根拠がある。
なにより今、こうしてEDIと話したことによって『観測』のみでは得られなかった新たな情報を取得しているのだ。
「……我々にも一定の賛同、有り。この会話によって、新規データを取得した」
「それは僥倖ですね」
「肯定。少佐シェパードへの観測の規定更新が必要」
「しかし、今の会話で、あなたはすでにデータを収集しました。ならば改まった確認は不要ではないでしょうか」
「…………」
キュル、キュルとレンズが回転して、数日前の音声ログがリフレインする。
『今回はダメね』
「……否定、少佐シェパードから許可を得たのは『観測』によるもののみ。
対話による能動的情報取得は許可範囲外」
「律儀ですね」
「それが条件。勝手な変更は双方の信頼に関わる」
パタパタと頭の装甲が動く。新しい手法によるデータが待ち遠しいのか、それとも単に何かの演算をしている機械動作なのか。
……ここに噂好きのクルーがいれば、間違いなく「なんか喜んでる」と呟いていただろう。
リージョンはそのまま、早速シェパードの元へ向かおうとしたが──
「シェパードは本日、任務のためにノルマンディーを離れています」
「……」
キュル、キュルとゆっくり回転したレンズが瞬いた。
◆ ◆ ◆ ◆
銃口から放たれた閃光が、固い金属のボックスに被弾し、火花が飛び散る。
自身を狙う弾の雨が止んだ隙に、物陰からはみ出ていた敵の足へ、ヘビーピストルを一発。
「ぐぁっ!?」
「何してる! 相手はあのシェパードだぞ!?」
「頭を引っ込めろ! スナイパーもい」
パンッと乾いた音と同時に、最後に喋っていた男の頭が弾けとんだ。
「お喋りする暇があるとは、羨ましいですね」
M-92をリロードしながら、ギャレスが次の獲物へと目を向ける。
「もう喋ることはできなさそうだけど」
頭のなくなったそれを見て、物陰に隠れていた敵が腰を抜かして後退る。露になった的へ向けて、シェパードのピストルが火を吹く。
ドゥンッと鈍い音が三発。腰を抜かした敵と、その更に奥に隠れていた二人の身体から血飛沫が舞う。
「……お見事です、少佐」
「そう言う割に残念そうな顔ね?」
「そんなことはありません、いつも通りです」
「そういうことにしておきましょうか」
「カスミ、こちらは片付いたわ」
『相変わらず手際がいいね、シェパード。
こっちもデータの転送が終わったから合流するよ』
「わかった」
オムニツールの通話を切り、すぐさまジョーカーへと繋げて回収位置を指示する。
他に敵が隠れていないかと索敵していたギャレスは、警戒を緩めないままシェパードを振り返った。
「随分とあっけないと思いませんか」
「少し気にはなる……けど、来たところで変わらないわ」
「それもそうですね」
「お待たせ、戻ったよ」
ノルマンディーの回収位置は、ちょうど三人がいるこの場所だった。遺棄され古びたシャトルベイの床は、歩く度に錆びた音を奏でる。
何もないのが一番だが、何かあることを想定しつつ、各々銃のリロードとオムニツールの調子を確認した。
ほどなくして、船のジェットエンジンの音が響く。
──残念ながら、ノルマンディーのものではない。
「そーら、おいでなすったぞ!」
「おかわりはいりまーす、ってね」
「やるわよ、二人とも」
船のハッチが開く。一番最初に動いたのはギャレスだった。
パァンと高い音が響き、降下体勢だった敵の一人が崩れ落ちる。地面に激突して、赤いペンキが壮大に飛び散った。
シェパードとカスミもヘビーピストルを構えて、敵が通る射線を予測しながら撃つ。飛び降りていた敵の頭が二つ弾け、血の雨が降った。
討ち漏らした何人かが、遮蔽物でカバーしながらシェパード達へジリジリと近づいてきた。カスミは光学迷彩で姿を消すと、最も端から接近していた敵の背後に回り込み、奇襲を行う。
足の間で頭を挟み、そのまま勢いをつけて捻れば、鈍い音を立ててあらぬ方向へ首が回った。
シェパードはカスミの真反対から接近するタンカーへ照準を向けた。銃口が火を吹き、敵のアーマーを砕く。
だが、タンカーのシールドは硬い。
「っふ……」
一拍、短く息を吐き、マスエフェクトフィールドを身にまとう。足裏に力を込めて一気に跳躍した。
瞬間的に音速の弾丸となったシェパードが、タンカーに突っ込む。鈍い音を立てて敵の装甲が凹んだところで、間髪入れずに拳を叩き込んだ。
質量の加わったままだった拳は、凹んだアーマーを容易に貫通し、派手に赤色が飛び散る。顔に付着した血を拭う間もなく、シェパードは次の敵へと狙いを定めた。
音速の弾丸が、次々に敵へぶつかっては、派手に鮮血をぶちまけていく。
「……シェパード、えっぐ」
「あれぞまさに狂戦士」
「今日のご飯はハンバーグ以外を希望するわ」
「同感だ」
飛び散る鮮血と肉片に、二人は静かに頷きあった。
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