【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
食堂にて、シェパードの後ろをついて回るゲスが、クルーたちの間で話題になった日から翌日。
朝食を終えたシェパードは、そのままエンジニアリングに降りようとして、ピタ。と止まった。
数日前、ドクター・チャクワスに身体検査を受けるよう連絡があったのを思い出したのだ。
ほぼ屍体同然だった状態から、ミランダ・ローソンらの尽力により、散らばった肉体のパーツを集め、機械化と遺伝子工学によってゼロから肉体を再構築され、蘇生された。
──それは神にすら届きうる技術だが、莫大なコストがかかっており、蘇生前の人格が形成されるかは脳の損傷具合によるなど運次第なところがある。二度とそのような奇跡は起こらないだろう。
閑話休題
今のシェパードの身体は、零から構築されたものとほぼ同等だ。
本人が認知している範囲の外側で、精神的・身体的な異常が起こらないとも限らない。
チャクワスによる定期的な検査が必要なのもよく理解できる。検査の度にメスを入れられないのであれば尚良い。
検査をすると言いながら、片手間にメスの準備をするチャクワスの姿を思い出した。今も準備だけは念入りにしているのだろう。
過去の記憶に苦笑いを浮かべながら、シェパードは医務室へと方向転換する。そして、その後ろを当然のようにリージョンがついていった。
医務室へと続く隔壁が、個体の接近を検知し、微かな排気音を立てて滑らかにスライドする。
カルテを持って佇んでいたチャクワスが、来訪者を振り返った。
「ドクター・チャクワス」
「シェパード少佐、よく来ましたね」
「そろそろ検査が必要でしょう」
「ええ、そうね。あなたに連絡を入れたのは、確か5日ほど前だったかしら。……まあ、お忙しいのは重々承知しているけれど」
「……別に忘れていないわよ」
「忘れていなかったのであれば、それでいいわ」
「……ところで」
チャクワスの視線が、シェパードの肩を通りすぎて隔壁の方へと向けられる。
「そこの彼、部屋の前で止まっているようだけど」
「……リージョン?」
「少佐シェパード、確認が必要」
チャクワスの指摘を受けて振り返ってみれば、そこには確かに、部屋に一歩も踏み入れず、しかし扉の前で立ちすくんでいるリージョンがいた。
リージョンのレンズがキュルと回転し、頭の装甲がパタリ、パタリと開いては閉じる。
「少佐シェパード。個人の空間への干渉は拒否。観察許可範囲に含まれていない。
モーディン・ソラスは事前の許可が共有済み。今回は非共有。
ここは個人空間に該当か?」
「それでそこに立っているの」
「肯定」
「拒否したら?」
「……部屋の外で待機」
「そう」
シェパードはチラとチャクワスに目を向けた。チャクワスはリージョンを訝しげに見つめており、好印象とは言い難い。
患者の尊重を重要視し、仕事の邪魔を嫌う彼女のことだ、リージョンが言った「観察」という言葉に引っ掛かりを覚えるのは当然だろう。
ここはリージョンに下がってもらうしかない。
「今回はダメね、待機していて」
「肯定、部屋の外で待機」
シェパードの意向を汲んだリージョンは、そのまま扉から離れ、大窓の枠に背を向ける形で立ち止まった。
「……素直なのね、彼」
「そうね、理解はしてくれるから助かるわ」
その瞬間、ほんの僅かにシェパードの口角が上がった。チャクワスは目を見開いたが、瞬く間にいつも通りのシェパードの表情になっていたため、おそらく気のせいだろうと疑問に蓋をする。
「じゃあ少佐、そこの診察台へ横になってちょうだい」
「……メスだけは勘弁よ」
◆ ◆ ◆ ◆
──シェパードの診察が開始した頃。
「…………」
リージョンのレンズがゆるく回転する。先程までパタパタと動いていた装甲は、落ち着きを取り戻していた。
優先観測対象であるシェパードは見れないが、今は食事時を過ぎたばかりで、代替観測対象である多くのクルーが食卓を囲んでいる。
その様子をレンズが捉え、視覚情報を知性体へと流し込む。
リージョンのレンズは、映像記録の他にもサーモグラフィー機能が搭載されており、任意で切り替えが可能となっている。熱源もゲスにとっては貴重なデータの一つだ。
そのままリージョンは、可視光カメラをサーモグラフィーに切り替えた。栄養素を摂取するシェパードの観測の際に、視覚情報の多くは取得済みのため、単なる映像の優先度は低い。
モード遷移。光学センサー・オフ。赤外線センサー・オン。
……切り替え成功。映像の乱れ、ノイズ、およびバッファエラーはなし。観測を再開する。
傾向。多くの有機生命体の体温は、人類の平均基準値、摂氏36.5度〜37.0度を均一に維持。
……視覚固定。口腔内の局所熱量低下を確認。熱源低下位置の移動から、冷えた配給食や水の摂取による一時的なものと推察。
しかし、コア体温の変動は0.1度未満。恒常性プログラムは正常に稼働。
──冷却行動が確認できないにもかかわらず、局所的およびコア体温の低下の影響下にある個体を視認。
標準的人類の平均値を下回る摂氏35.4度。カラーレイヤー青~緑色。恒常性プログラムの減速、あるいは破綻の兆候?
ネットワークより類似の現象を確認。同期中……ログを検出。睡眠不足、栄養不足、血液不足、環境依存など多岐に渡る。
モード遷移。光学センサーへ切り替え。
「…………」
キュルリ、キュルリとレンズが回転する。
サーモグラフィー機能を有する赤外線センサーは、熱や温度の検知が優秀であるが、事前に情報を収集し、照合を終えていない場合、その個体が何者であるかという判別が難しい。
更には、赤外線センサーによる詳細な熱分布の取得は、頭部のレンズでしか行えない、という特徴がある。
そもそも熱の感知自体は、センサーを通じずとも可能だが、温度としての色の変化を記録するには、頭部のレンズを向ける必要があるのだ。
そして、リージョンが先程検知した異常個体。事前の紐付けを行っていないため、ノルマンディーのどの個体かを知るためには、一度センサーを切り替える必要がある。
故に切り替えた。
……だが、この先の映像が問題だった。
「………………」
パタ、と頭部の装甲が動く。知性体が認知している映像には、今まさに診察台で検査を受けているシェパードが映っていた。
演算──中断、停止。再考。観測……? 停止。
既存命令を再参照……『今回はダメね、待機していて』
個人領域に該当、対象は侵入を拒否。観測の継続……規約違反。
……違反?
規約内容を再参照、個人空間、領域、時間への侵略禁止。シェパードからの許可共有時は例外的。
現在、対象は観測の禁止命令……? 領域侵入を拒否、観測禁止の令はなし。
「…………」
命令内容を再参照
『今回はダメね』
命令はNO、明確な拒絶。だがしかし、我々の観測への拒絶は含まれているか?
「……………」
少佐シェパードの発言のみでは完全な判別不能。不能。
観測許可の意図を解析するには対象の表情・行動データが必要。
観測継続……?
「……………………」
キュル……。
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