【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
研究室での観測から数日後の、とある日。
シェパードは任務を終えて食堂へと向かっていた。
時刻はちょうど昼時で、多くのクルーが集まっている。
「みんな、お疲れ様」
「「お疲れ様です、少佐」」
雑談に勤しんでいたクルー達は、シェパードに声をかけられると、すぐに姿勢を正して敬礼する。
クルー達の視界に映るのは、司令塔であるシェパードの姿。
──その後ろをついて回る、一体のゲス
「楽にして、こちらのことは気にせず食事を」
「「ハッ」」
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「ガードナーを探しているのよ。彼はどこに?」
「ガードナーは、トイレの配管に傷があったとかで、それを直しにいってますね。
暫くすれば帰ってくるかと」
「…………」
シェパードと会話をしている者以外は、食事をしながら、シェパードの後ろを雛のようについていくゲスをチラチラと盗み見た。
こちらを見ているのか、見ていないのか、そもそも視線という概念を当てはめてよいのか不明だ。
チラチラと見ていたうちの一人は、リージョンが己に顔を向けようとしていることに気付き、慌てて視線を逸らした。
「…………」
キュル、とレンズが回転する。頭部の装甲をゆっくりと動かしながら、周囲の観測を進めた。
有機生命体多数。エネルギーの摂取を確認。
個体1、ジョン・テイラー。
脈拍、人間の標準値よりやや軽度の頻脈。視線はなし。僅かな緊張。摂取栄養素は均等。脂質多数。
個体2、コレナ・ライン。
脈拍、頻脈気味。こちらへの視線移動回数15回。敵意は皆無。摂取栄養素はたんぱく質に偏り気味。
個体3、ミカエラ・T・グランツ。
脈拍、異常無し。こちらへの視線移動回数多数、瞳孔の微小な散大を検知。
摂取栄養素はビタミン、及びたんぱく質。均等。
「…………」
少佐シェパード、他クルーと同席。栄養素の摂取を開始。
固体燃料の投入前に、液体(H2O / 水)を350ml摂取。消化器官の潤滑。
炭水化物40パーセント、タンパク質35パーセント、脂質15パーセント、各種ビタミン・ミネラル10パーセント。摂取する栄養素のバランス、極めて良好。
咀嚼回数、平均32回。人間の推奨標準値(30回)を超える。
対象は戦闘時のみならず、日常のエネルギー補給行動においても、高度に自己制御された最適パターンを実行。
「…………」
隣席の有機生命体クルーとの言語的非公式コミュニケーションの実行。
音声周波数は110ヘルツから140ヘルツの安定した帯域。対象の心理的緊張状態は『低度』と推察。
背骨の垂直軸が5度以内の傾きを維持。弛緩状態でありながら、体幹のブレが極めて少ない。
「…………」
観測データの追加。
光学センサーによる顔面マッピングで、大頬骨筋の引き上げ、および外側眼輪筋の微小な収縮を検出。
視覚的シグナルは、周囲のクルーの心理的ストレスを即座に減少させるバフとして作用。
集団の生存維持効率を高めるための、有機的なリーダーシップコードと推測。
「…………」
「あのゲス、ずっと少佐に頭向けてないか?」
「そもそもゲスには目がないから、見てるとは限らないんじゃないの……」
「……確かに」
ヒソヒソと、シェパードの向かい側の、更に奥の壁に寄りかかり雑談するクルーが、リージョンの様子を伺っていた。
人間の聴覚では聞き取れない程の声量だったが、リージョンには高度な聴覚センサーが搭載されている。
しかしセンサーが捉えた会話内容は、リージョンにとっては理解の範囲外だった。
彼はゲスである、人間やその他の有機生命体のように『目』という媒体はない。代わりに視覚センサーが搭載されているが、それは頭部のレンズに限られない。
勿論、映像の保存という観点からすれば、頭部のレンズによる照射が最も効率がよく、鮮明に行える。
だが、リージョンの機体は、他の種族との円滑なコミュニケーションを行えるように設計された、周囲の観測・解析に長けたプラットフォームだ。
それ故に、レンズを向けていない二人の様子を観測できるし、聴覚センサーからその声色、声帯の震え、声量まで記録が可能だった。
──だからこそ、解らない。彼らはゲスであるリージョンを、何故同じ人間のように捉えるのか。
「…………」
共有ネットワークより検索。有機生命体の認識、特性について──該当あり。
イライザ効果、パレイドリア現象、擬人化バイアス……名称は様々。人間に広く見られる認知特性。
しかし……不可解。理解不能。
ゲスは危険、警戒の対象。創造主を含む有機生命体達の共通認識。
観察対象者である有機生命体の多くも、この個体を警戒していた。
にも関わらず友好的、否、攻撃性が皆無。敵意無し。何故。
既知概念では説明可能。しかし観測結果との完全な整合性なし。
「…………」
「またキュルキュルしだした」
「……やっぱりあれ、目だよね?」
「あんたまだ言ってんの……」
「だってよぉ……」
「…………」
レンズの回転がやや大きくなった。リージョン自身この動きを意識して行っているつもりはなく、演算を行う際に生じる稼働動作にすぎない。
それでも人間は、そこに擬人性を見いだす。姿形が似ており、言葉を話し、対話ができるというだけで、同じものと錯覚する。
人間にはゲスのような配線はない、ネットワークに接続する回路もない、並列演算や高度な解析を行うソフトウェアもない。
似ても似つかないというのに。
何故?
「リージョン、どうしたの。なにか考え事?」
「……否定、観測データの処理中」
「そう、別にいいけど」
食事を終えたシェパードが、トレーを片手にリージョンへ声をかけた。リージョンは軽く頭を向け、その言葉を否定する。
彼女はそれを気にとめることなく、食事の後始末のために離れた。
人間における『考え事』と、ゲスであるリージョンの『データ処理』は異なる行為だ。
それは単に観測、保存したデータを解析して分類しているだけに過ぎない。
「…………」
『あのゲス、ずっと少佐に頭向けてないか?』
『やっぱりあれ、目じゃね?』
『リージョン』
『なにか考え事?』
壁際にいたクルーと、シェパードの言葉がリフレインする。あのクルー達にも、シェパードにも、同様の認識傾向があった。
──我々は人ではない。
少佐シェパードはそれを理解している。
しかし、このプラットフォームを人間のように扱う。それを反復している。
原因を追及、演算……。中断。既知概念には一致、しかし少佐シェパードとの認識とは不一致。
何故。
「…………」
カメラのピントを合わせるように、レンズの回転に合わせて駆動音が鳴り、小さく動く。
それは端からみれば、考え事をしながら視線をさ迷わせる人間のようだった。
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