【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
リージョンと共に持ち帰ったリーパーIFF(敵味方識別装置)のインストールは、思っていたよりも難航していた。
そもそもIFFは、リーパーの内部に組み込まれていた、言わばリーパーの身体の一部だ。それをインストールするというのは、言葉では簡単であるが、まずは十分な解析が必要となる。
EDIは優秀なAIではあるが、リーパーの技術に精通しているわけではない。事前の安全確保や不足の事態を想定せずにインストールを急ぐのは、致命傷になりうる。
「リージョンなら何か知っているんじゃないんですか?」
「そのことなら確認済みよ。結論としては『回答不能』だったわ」
「肯定。オールドマシーンの技術は我々のものと異なる」
「うわっ! いたのかよ!」
てっきりシェパードのみが操縦室に来ていると思い込んでいたジョーカーは、シェパードの後ろに控えている──ぱっと見アサシンのような見た目の──ゲスに目を剥いた。
リージョンは、シェパードが許可を下した日以後、「観察する」という言葉の通り、ほぼ常にその後ろをついて回っている。
一定の距離を保ちつつ、キュルキュルとレンズのピントを動かしながらついていく姿は、どことなく親鳥についていく雛鳥を彷彿とさせた。
「ジェフ・モロー、心拍数上昇。瞳孔の見開きから驚愕のアクションと推測」
「……まじで観察してんだな」
「肯定」
キュルとレンズのピントが回転し、瞬きのように光が点滅する。
「さて、お喋りはこのくらいにして。特に異常はない? ジョーカー」
「ええ、今日も特に問題ないですよ、しいて言えばEDIが最近忙しそうで倒れないか心配ってくらいです」
「有機生命体が抱く疲労の概念、および肉体は私には存在しません」
「だ、そうよジョーカー」
「あー、EDI? 今のはジョークだ」
ジョーカーは頬をかきながら、どこか気まずそうな顔で呟いた。
そもそも、AI相手にジョークを投げかけ、なおかつそれの理解を期待すること自体が間違いではあるのだが、ジョーカーという男はこういうものである。
「とりあえず、問題ないならいいわ。またね」
「イェッサー、少佐」
ヒラと手を振り、シェパードはブリッジを後にした。
緊急出動する任務がないため、船内の巡回とクルーの様子を確認するのが、本日の主な業務だ。
いつも通りブリッジから始めた巡回。いつも通り、ケリー・チェンバースから軽く話を聞く。
「何か変わったことはある?」
「いいえ少佐、特にはありません。
……その、後ろの彼は?」
「気にしないで、見てるだけだから」
「はあ、そうですか……」
「…………」
キュルッとレンズの光が収縮する、頭部の装甲が小さく動いた。
ケリー・チェンバースと会話するシェパードを、リージョンはじっと観察する。
ケリー・チェンバース、不規則な脈拍。こちらを伺う視線。
敵意なし。危険性は皆無。しかし奇妙な発汗。
緊張状態、否、警戒。
「…………」
少佐シェパード、脈拍正常。こちらへの視線はなし。
身体的異常、僅かに強張り有り。しかし敵意は皆無。
「……そう、わかったわ。引き続きよろしくね。」
「イエッサー、少佐」
「……」
ケリー・チェンバースは姿勢を正すと、シェパードへ敬礼を行い── 一瞬だけその背後にいるリージョンに視線を向け、やるべき業務へと向き合った。
次にシェパードが向かったのは研究室だった。
リージョンが後ろにいるため、基本的には協力者たちに割り当てられた部屋へ向かうことはしないのだが、モーディン・ソーラス自身が「邪魔をしなければ構わない」とGOサインを出していたこともあって問題はない。
「モーディン、調子はどう」
「やあ少佐。生理機能? 極めて良好。
心拍数、代謝効率、すべて最適。問題なし、すこぶる健康。
しかし、コレクターに関する研究? 停滞。進展、ほぼゼロ。
サンプル不足。データ不十分。遺伝子構造の特定、難航。ブレイクスルーが必要。」
「まあ、両方ね」
「否定。対象の生体データに、0.047パーセントの代謝効率低下の兆候を検知」
キュルとレンズのピントが回転し、駆動音を立てながら装甲がパタリと動く。モーディン・ソーラスは手元の作業をピタッと止めると、その大きな二つの目でリージョンを見つめた。
「ふむ、先日シェパード少佐が回収した、例のゲスのプラットフォームか。
私の生理機能、私が最も正確に把握している。自己診断は朝実施済み。
代謝効率の0.047パーセント低下? 許容誤差の範囲内。
誤差。統計的ノイズ。サラリアンの急速な代謝において、その程度の変動は日常茶飯事。
ゲスの予測モデル、有機生命体の動的複雑性を過小評価している。予測アルゴリズムの修正を推奨する。
それよりも少佐、そのゲス、リージョンと命名したか? 非常に興味深い。
単一の筐体に無数のプログラム。集団思考の新たな形態。私の研究室で……」
「はいはいストップ」
止まらないトークにシェパードが強制的に「待った」をかける。話を遮られたモーディン・ソーラスは、やや不服そうな顔をした。
「そんな顔しないでよ、モーディン。
リージョンは協力者なのよ、その先の希望は受け付けられないわ」
「ふむ……そうか。研究の機会、損失。残念」
「…………」
モーディン・ソーラスの目と、リージョンのレンズが交差した。
モーディン・ソーラス。発話速度毎分310単語。標準的な人類の約2.3倍と予想。
脈拍、サラリアンとしては正常値、しかしやや緩慢。
代謝効率は依然として0.047パーセントの低下を維持。
手のジェスチャー、2秒ごとに発生。運動エネルギーの無駄な消費。節約可能。
「…………」
少佐シェパード、脈拍正常。こちらへの視線はなし。
小頬骨筋および口角下制筋の微小な変位。人類の感情データベースと照合。判定は「若干の呆れ」
「……」
観測データ収集。順調。有機生命体の行動パターン多数。ストレージ容量、処理速度ともに問題なし。
少佐シェパード。行動パターンのシミュレーション、および予測構築には、未だデータが不足。
引き続き、対象への継続的な観測が必要。
「ありがとうモーディン、助かったわ」
「どういたしまして、シェパード少佐。礼には及ばない。
また何かあれば、いつでも。ただし、有意義な案件に限る。では」
モーディン・ソーラスの視線は、既に忙しなく動く手元へと戻っていた。早口にシェパードへの挨拶を済ませると、そのまま作業を続ける。
そのモーディン・ソーラスの様子に、シェパードはフッと笑みを浮かべた。
「…………」
キュル、とレンズが回転する。データの収集はまだまだ足りない。
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