【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
クルー達の間で、リージョンがロボットダンスを披露したことが噂になり、浸透したころ。
ノルマンディーの端末に、イルーシブマンから一通の連絡が入った。なんでもプロセアンの遺物調査へ向かった部隊の悉くが、消息不明になっているらしい。
単なる遺物であれば、イルーシブマンは微塵も気にしなかったかもしれないが、プロセアンに関するものであれば別なのだろう。
プロセアン由来の遺物が発見された場所ならば、セキュリティに知見の深い仲間を連れていくべきだろうか?
任務の同行者を決めるために名簿一覧を見つめるが、誰を連れていくのかと決めあぐねる。
「少佐シェパード。任務の同行の枠は空いているか」
カシャカシャと足音を立てながら、シェパードの背後から声がかかる。リージョンが緩くレンズを回しながら彼女を見つめていた。
「まだ空いてるけど、何故? 任務に出たいの?」
「一部肯定。ケリー・チェンバースより今回の任務について話を聞いた。
我々であれば、ネットワーク上の防衛プロトコルにも容易に接触が可能」
「それは確かにそうだけども」
「……何故、躊躇う?」
リージョンの意見はもっともだ。
カスミやタリもその道のプロではあるが、リージョンほど直接的かつ迅速にネットワークへ侵入できるわけではない。
その点で言えば、リージョンに対応を任せるのが最も安全で、確かな手段である。
だがそれは、彼自身の安全には直結しない。
「プロセアンの遺物があった場所となると、リーパー達の手が入っていないとも限らない。
ネットワークへの侵入に罠を仕掛けられていれば、あなたが危険に晒されるのよ」
「懸念は理解。しかしその推測は不要。
オールドマシーンは、我々を優先的な排除対象とは認識せず。罠は極めて低率」
シェパードが眉間に指を押し当て、グリッと解す。
ゲスの分離派はリーパーの手足となって動いているが、分離派に属さないゲスについては、リーパーの眼中にない。とリージョンが言いたいのは解った。
だがそうではない、そういう意味ではない。
人間や他のエイリアンが、仮にリーパーに洗脳されかけたときは、最悪意識を締め落として回収し、洗脳状態を解除することは可能だ。
だが、ゲスはそうはいかない。もちろん、リージョンが以前、分離派のプログラムへ『ワクチン』をアップロードしたように、彼自身のプログラムを改善すれば直るだろう。
……それははたして、この場にいる『リージョン』と同一個体だと言えるのだろうか。
「少佐シェパード」
「……はぁ、わかったわ」
促されるように呼び止められたシェパードは、グッと言葉を飲み込んだ。
「任務への同行を許可する。
残りの一人にも声をかけてくるから、準備して」
「了解」
◆ ◆ ◆ ◆
気流の乱れの影響を受けて、シャトルが一瞬大きく揺れる。シェパードは体を支えるために手すりに捕まりながら、EDIへ通信をつなげた。
「EDI、今回の任務について何か追加の情報はある?」
『いいえ、イルーシブマンが連絡してきた以上のものはありません』
「ったく……尻ぬぐいをさせるつもりなら、もっと情報を寄こしてほしいものね」
『プロセアンの遺物は貴重ではありますが、イルーシブマンにとっては最優先事項ではありません。
必要以上に時間をかけられないのかと』
シェパードが、眉間に寄った皺を解すように撫でる。「Dammit」と小さく呟かれると同時に舌打ちがなった。
コレクターの事件について、似たような状況で調査に投げ出された記憶が蘇る。あの時のイルーシブマンの反応は、嫌に鼻についたものだった。
今回も同じとは限らないが、警戒は怠ってはいけない。
『間もなく投下予定地です』
「了解。リージョン、カスミ。準備は?」
「いつでもオッケー」
「問題なし」
シャトルのハッチが開放される。機体の風圧により巻き上げられた砂が方々へ散った。
愛用のピストルを構えつつ、シャトルから降りる。オムニツール上に表示される簡易マップには、この場にいる3人以外の反応はない。
「クリア」
「なーんかどうにも湿っぽいね」
「気象データによると、降水確率は5%」
「ゲスって天気予報士もできるんだ」
ピストルを握る手はそのままに、静かに前進をする。軽口を叩いているカスミも、その足取りに油断はない。
「それで、確か行方不明の調査隊の捜索だっけ?」
「それとプロセアン遺物の回収ね。調査隊がどこまで進んでいるか不明だけど」
「定期連絡とかなかったってこと? あのイルーシブマンがそんな怠慢許すもんかな」
「サーベラスの繋がりは限定的、異なるセルでの緊急事態は感知しにくいと予想」
「……あんた、それどこから聞いたの?」
「……」
歩きながら、リージョンの装甲がパタリパタリと動く。シェパードは一瞬だけその様子を盗み見た。
「リージョン」
「……サーベラスの追加情報取得のためにアクセス」
「ノルマンディーの中では言わないように」
「了解」
「シェパード、ちょっと甘くない?」
「取られたものは仕方ないわ」
そういう問題だろうか?
カスミの頭に疑問が浮かんだが、よくよく考えればこの女(シェパード)、カスミがくすねているサーベラスの機密やテクノロジーについて、全くなんの言及もしていない。
カスミは喋りかけた口を閉じた。藪をつついて蛇を出す必要はないだろう。
そうして三者とも無言で進んでいると、爆発物をぶつけたような人工的な穴が開いた岩肌が立ちはだかった。
シェパードが片手をあげて、進行のストップを後続の二人に知らせる。
穴の左右には、調査隊が使っていたであろう機材が、そのまま放置されていた。ここから先へ進んで、そのまま戻ってこなかったということだ。
「道中は争った様子も、慌てて移動した痕跡もなかった。調査隊は、ここまでは無事だったのね」
「突入前の情報をまとめたログがあったよ、戻ったら報告をするつもりではあったみたいだね」
「見せて」
シェパードがカスミから手渡されたログに目を通す。
その内容は要約すると、突入にあたる最終確認や当時の物資状況。この岩肌の先にある人工構造物が今回の目的地であることが予想されることのまとめだった。
報告者の名前が書いてないことから、戻ってきてから続きを入力するつもりだったのだろう。
「この先で何かあったことだけは確定ね」
「……行くわよ」
「ライト照射」
穴の先には明かりが少なく、薄暗い。足元を照らすためにライトをつけて、先の道を照らす。
薄暗く、舗装されていない自然のままの凹凸のある地面が、時折足に引っかかる。そのところどころ水たまりがあるのは、山頂から降りてきた水が天井から滴り落ちたからだろうか。
染み出してる水を踏んだのか、ピチャと足元で水音がした。
「足を滑らさないようにね」
「シェパード……流石にそんな間抜けはしないよ」
「……念のためよ」
時々どこかで水が滴る音と、自分たちの足音以外に何も聞こえない。
武器を構え、足元と先を交互に照らしながら進んでいるうちに、錆びた鉄のような臭いが、清涼な空気の中に僅かに混じった。
「生命体反応は未だなし」
「シェパード」
「わかってる、警戒して」
下げていた銃口を、視線に合わせるように持ち直す。シェパードが前方を、カスミとリージョンは、それぞれ左右と後方へ警戒を向けた。
にじりよるように進むうちに、僅かに漂っていた鉄の臭いが濃くなっていく。
その臭いの元がなんであるかは、それを見なくとも一目瞭然だった。
「……うわ……ひどいね、これは」
そこには大量の血痕と、欠損した人間の遺体が転がっていた。
ゆっくり近づきライトを当てる。死亡してから時間が経っているものの他に、それほど時間のたっていないものも混ざっていた。
傷には蛆が湧き、腐敗した死肉に誘われて蠅がたかっている。むせるような血と腐った肉の臭いが、まとわりつくように鼻についた。
遺体には、何度も噛みつかれたような跡や、抉るように引っ掻かれた跡がいくつもあった。この傷には見覚えがある。
「……ハスクね」
「損傷痕が既存データと一致。ハスクである確率は98.78%」
「古くない傷のものもあるよ。あいつら、まだいるんじゃない……?」
「視界不良、情報不足。一度撤退を推奨」
「……まだ生存者がいないとも言えないわ」
「進行を続行?」
「ええ、進むわよ」
「「了解」」
調査隊の遺体からドッグタグのみを回収し、三人は先を急いだ。遺体のあったスペースから道なりに進んだところで、調査隊が目的としていたであろう、人工的な建物が見えてくる。
──その造形は、3年前に訪れたアイロスの研究都市を彷彿とさせた。
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