【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
昨日に引き続き、二度目のシェパードの自室前。
シェパードがそのまま部屋に入るのに対して、スライドした隔壁の前で、リージョンはピタリと立ち止まった。
「? 入らないの?」
「肯定、未だ許可は得ておらず」
「……律儀ね、本当に」
「規定は規定」
「とりあえず、中へいらっしゃい」
シェパードからの催促により、リージョンもゆっくり足を進めた。
入ってすぐ横にある水槽では、シタデルで購入された魚達が泳いでいる。
給餌のボタンを押したシェパードは、そのままの流れで向かいにあるソファーへと座った。
「座る?」
「……我々には不要と」
「言ってみただけよ」
昨日と同じようなやり取り、同じような立ち位置。昨日をもう一度やり直してるような奇妙な感覚に、クッと喉の奥で笑った。
「食べながらでもいいかしら」
「我々は特に問題なし」
「なら遠慮なく」
ガードナーが渡してきた紙袋からサンドウィッチを取り出す。
身体が資本なクルーたち向けのサンドウィッチは、市販のものよりも一回り大きく、使われている食材も豊富だ。
サーベラスに拾われた最初の頃に、シタデルで食材をそろえたのは大正解だった。
「……エネルギー摂取量が過分」
「ガードナーが二個くれたんだもの、仕方ないわ」
「少佐シェパードは一人だけ、何故多い?」
「ん? んー……」
サンドウィッチにかぶりついたシェパードは、横目でリージョンの顔を盗み見る。喋っても問題ない内容だが、果たして伝わるかどうか。
口に含んだ食材を飲み込み、改めてリージョンへ視線を向ける。
「あなたの分だって言ってたのよ」
「……」
キュッとレンズの回転が止まった。
「我々はエネルギーの経口摂取は不可能」
「知ってる」
「それでも用意する理由は?」
「さっきも言ったでしょう。あなたを観て、受け入れつつあると」
「ゲスとしてではなく、ノルマンディーのいちクルーとして見た。
だから他のクルーにするのと同じように食事を提供した。ただそれだけなのよ」
「…………」
止まっていたレンズがゆっくりと回転を始める。
頭の装甲がパタと動くのに合わせて、レンズの視点が小さく揺れた。
「少佐シェパードは、我々を回収した」
「……リーパー船でのことね」
「肯定」
カップに注いだ水を飲み、喉を潤わせる。ボリュームたっぷりのサンドウィッチは、既に半分ほどまでに減っていた。
「あの時の我々は、少佐シェパードにとって未知。
なのに何故、我々を回収したのか」
「何故我々を起動させたのか」
リージョンの中で、自分たちが何故かノルマンディーのクルーたちに受け入れられているという事実は、認識することはできた。
原因は解明できていないものの、受け入れられているという事実は変わらない。
だが、それならば猶更、シェパードが見ず知らずの敵性勢力であるゲスの個体を、ノルマンディーに招き入れた理由がわからなかった。
リージョンを回収した当時は、敵か味方か、友好か非友好か、予想もなにもなかったはずなのだから。
「……」
沈黙。
シェパードがパンを咀嚼する音以外、なにもない沈黙。
彼女の視線は僅かに下がり、物思いに耽っていた。リージョンからの問いかけに、すぐに答えられる言葉が見つからなかったからだ。
咀嚼した食べ物を飲み込み、ふっと息を吐く。
緩慢とした動きで口を開いたまま、どうすれば伝わるのかと考えた。
「……あなたは、あの時、私の名を呼んでいたわね」
自らも思考を整理していくように、ゆっくりと続ける。
「ゲスが言葉を喋るはずがないと思っていたけど、私の仲間も聞いていたから、幻聴ではないと解った」
「しかもその直前に、私はあなたに助けられてる」
シェパードの脳裏に、背後にいたハスクがスナイパーで打ち倒された記憶が浮かぶ。
リージョンが対応していなければ、無事では済まなかっただろう。
「その後も、最深部に張られていた障壁を、あなたは解除してくれた。
近くにハスクもいて、危険だったにもかかわらず、ね」
何故、己がそのような行動を起こしたのか。その時の記憶をなぞるように、慎重に言葉を選ぶ。
「そこまでされておいて、あなたの話を聞かないという選択肢は、私にはなかった」
「──あなたを回収して起動させた理由として、納得できるものだった?」
「…………」
レンズの光が瞬いて、ゆっくりと左右に揺れた。
シェパードが話した内容は、客観的に見ても合理的な範囲に収まるものではあった。
ハスクを撃ってシェパードのことを助けたのも、彼女の名を呼んだことも、最深部の部屋に張られていた障壁を解除し、中へ入れるようにしたのも、全て事実。
人間には、他者から受けた恩恵に対して、同じ恩を返さなければならないとする原理があることを、リージョンは知識として知ってはいる。
だからこそ、ある程度の考えは合理的であると理解した。
他の有機生命体と異なるとは言え、シェパード自身は人間だからだ。
だが、それでも彼女は立場のある人間であり、人類を守ることを優先するべき存在だ。
たとえ友好的な行動を取った相手であっても、敵性勢力を受け入れるのは、リスクが高い。
「合理的理由、一部は理解する。しかし、我々は有機生命体にとっては敵。
お前も、そのリスクは既知だった」
「……そうね」
「では、何故……」
「何故、そのリスクを許容した?」
「…………」
開きかけたシェパードの口が閉じられる。その質問に応える言葉は、今の彼女には見つからなかった。
「わからない」
「……」
「ただ、そうするべきだと思った」
「これ以上の答えを、私は出せない」
ポツリと呟かれた言葉の意味が、1,183の知性体にはわからなかった。
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