【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
翌日、ノルマンディーの通信室にて。
シェパードは数週間前に回収したIFFについて確認するためEDIを呼び出した。
「リーパーのIFFの解析状況は」
程なくして、机に備え付けられていた端末にEDIがログインする。青い球体のインジケーターが、EDIの言葉と連鎖して動いた。
「進捗率は30%ほどです。
内部のデータ構造が、私たちの使用する規格とは根本的に異なり、それが実質的な暗号として機能しています」
「まだ時間がかかりそう?」
「少なく見積もっても一か月ほどは。解析後のインストールにかかる時間も未知数です」
「わかったわ、引き続きよろしくね」
「了解」
EDIがオフラインになる。コレクターの本拠地への突撃には、まだまだ時間がかかりそうだ。
『サーベラスは無傷のゲスに賞金をかけてきた、かなりの大金よ』
「…………」
ふと、リージョンを回収したときのミランダの言葉を思い出す。
条件だけを見れば、当時のシェパードにとって悪くない話だった。
物資をそろえるのに困らない程度の軍資金は残っていたが、先立つものは多く持っておくに越したことがないのも、また事実。
だがどうしてか、ゲスをサーベラスに引き渡すという選択肢が、頭に浮かばなかった。
エデンプライムで仲間たちがハスクに改造されたのは、今でも苦い記憶として残っているというのに。
今となっては、その選択肢を頭にすら入れなかったのは間違いではなかったと思っている。
「……そういえばあの時、リージョンのことをノルマンディーに投げたわね」
ミランダの言葉につられて、リージョンを実際にノルマンディーへ運び込んだ時のことも、芋づる式に思い出す。
あの時、一刻の猶予もなかったとはいえ、随分と乱暴にノルマンディーへ放り込んだものだった。
投げ込んだ際に、どこかの装甲がノルマンディーの機体に当たっていたような気もするが、おそらく気のせいだろう。
「……まぁ、流石にわからないわよね?」
そうであって欲しい。切実に。
◆ ◆ ◆ ◆
「少佐シェパード、質問の許可を」
昼時、シェパードが食堂の椅子に座ると同時に、リージョンが質問を投げかけてきた。
「どうぞ」
「我々を回収したことについて」
「……」
つい数時間前に思い出したばかりのことについてだった。何を聞いてくるつもりなのか不明だが、なんとなく気まずい。
「あなたを回収したときのこと?」
「肯定」
「……それを話すには、少し人の目が多いわね」
昼時ということもあり、食堂は多くのクルーで賑わい、談笑が絶えない。
視線だけで辺りを見渡すシェパードの様子に、リージョンのレンズがキュルリと回転した。
装甲が軽く浮いては沈み、また浮いて沈む。その動きは、次に喋る言葉を慎重に考えている人間のようだ。
「人の目がない場所であれば、回答可能?」
「そうね……ちょっと待ってて」
椅子から腰を上げて、ガードナーの元へ向かう。
最近、自室で食事を済ませたいというクルーの要望があり、手軽な持ち帰りの軽食を作り置きしていると言っていたためだ。
「ガードナー、部屋に軽食を持っていきたいのだけど」
「ああ、軽食ですね。すぐに用意できますよ」
「手は洗ったんでしょうね?」
「ご心配なく、今日はまだトイレ掃除はしていない手です」
「それはよかった」
ラップに包まれたサンドウィッチが二セット、茶色の紙袋に入れられ手渡される。シェパード一人であれば一セットだけで事足りるのだが、何故か渡されたのは二セット。
疑問符を浮かべながら首を傾げるシェパードに、ガードナーが頬を搔きながら、ぽつりと呟いた。
「……ぁー、いや……一応、ゲスの分です」
「……ありがとう」
歯切れの悪さと、泳ぐ視線。どことなく誤魔化すような言い方に、無意識で二セット手渡してきたのだろうと考えた。
クルーのほとんどは、食事を必要とする者たちばかりだ。
そのクルーたち相手に、身に染みつくほど繰り返した『食事を必要とする者への提供の動き』というのは、そう切り替わるものではないのだろう。
先日の噂の件然り、悪くない兆候だ。本当に。
「リージョン、待たせ……?」
シェパードがリージョンの元へ戻ると、何故かそこには人だかりができていた。
不穏な空気は一切ない、むしろ何故か盛り上がっている雰囲気だ。
首を傾げるシェパードの後ろから、ジョーカーが声をかける。
「あ、少佐、お疲れ様です」
「ジョーカー、これは何事?」
「あー、なんかゲス……リージョンがロボットダンスしたらしいですよ」
「……ロボットダンス?」
「ええ、暇そうにぷらぷらしたかと思えば、こう……ウィーンガシャン、ウィーンガシャン、みたいな感じで」
ジョーカーがぎこちなく動きを再現してシェパードに見せた。が、捻りすぎて痛めたのか、骨盤辺りを押さえて呻き声をあげる。
一先ずジョーカーを椅子に座らせ、人だかりの近くまで寄ってみる。飛び交う言葉は、どれも好意的なものばかりだった。
「すげえ、ゲスがロボットダンスしてらぁ」
「意外と滑らかに動くんだね、それ」
「待って! もう一回! もう一回みせて!!」
「ってかどこでこんなの覚えんの??」
平均年齢は30代前半の大人達が、年甲斐もなくはしゃいでいる。童心に戻ったような姿に、呆れにも安心にも似た笑みが浮かんだ。
微笑ましい光景だが、そろそろリージョンを回収しよう。
「リージョン」
ロボットダンスを続けながら、頭部のレンズだけがシェパードに向けられる。
「行きましょうか」
「肯定」
ピタリと動きを止めたリージョンは、人だかりを抜けてシェパードについていく。後ろからは残念そうな声が上がった。
「またダンス見せてくれよ~」
間延びした陽気な声だった。リージョンはわずかに振り返り、頷きだけを返し、前を歩くシェパードの背中を追いかけた。
「随分と馴染んでいたわね」
「……想定外の事態」
「別に悪いことではないわ」
「それが疑問。我々はゲスである」
「彼らもあなたのことを『観ている』ということよ。
『観た』上で、あなたのことを受け入れつつある」
「…………」
リージョンのレンズがゆっくり回転し、装甲が浮いては沈む。独特な駆動音の足音だけが、沈黙の後に続いた。
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