【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの


 観測方法についての認識をお互いにすり合わせたところで、シェパードはソファーに座った。

「あなたも座る?」
「我々には休息は不要」
「そう」

 特に気にした様子もないシェパードは、カップに注いだ水を一口飲んだ。

「それで、返り血がどうとか言ってたわね」
「肯定。少佐シェパードに有機生命体の体液の痕跡が多数。しかし、少佐シェパード自身のものではないとのこと」
「そうね、そう言ったわ」
「ヴァンガードであることと、大量の体液を浴びることに関係性が?」
「あなたなら、ヴァンガードのアビリティくらい調べあげそうなものだけれども」

 装甲がパタリ、パタリと動く。過去に収集したデータの検索でもしているのだろうか。

「……データベース参照。
 バイオティック・チャージ、近接戦闘能力、兵装構成については既知」
「そこまで調べてるのにわからないのね」
「該当のアビリティは、敵への急速接近、及びノックバック効果がメイン」

 自身のアビリティ効果を説明されて一拍、あぁ、と妙に納得したため息が漏れた。

「……そういえば、あれ自体の効果はそれくらいだったわね」

 リージョンの認識は間違っていない。むしろ本来の性能をきちんと把握している。
 シェパードの運用方法が単に浮かんでいないだけなのだ。

「?」
「特に難しい話ではないのよ、リージョン。
 それで敵にぶつかった際に殴り付けたら、ああなっただけなの」

 リージョンのレンズがシェパードを捉え、キュルキュルと回転した。心なしか光の点滅が多い。

「本来のヴァンガードなら、その認識で合ってるの。
 ただまぁ……私はあまりショットガンを持ち歩かないから、拳でそのまま殴った方が早いのよね。勢いを殺さずにやれば、通常の殴打よりも強い力で殴れる」
「……近接戦闘の強度が想定値を超過」
「…………そんなに驚くこと?」
「想定外のパターン」

 リージョンの装甲の動きが、先程よりも忙しくなった。

 ──要は生身の人間が弾丸となって敵に突っ込んでいるのだ。
 損傷や死亡のリスクを伴う有機生命体にとって、敵の懐へ自ら突っ込んでいくのは、余程の蛮勇か、自身の能力に絶対の自信のある場合でしか行わない。
 シェパードに至っては後者に該当するが、彼女はノルマンディーの指揮官でもある。
 代えの利かない存在は、自らの身を危険に晒すことは避ける傾向にあるはずだが……。

「お前は、死を恐れていない?」
「……あなたからそんな質問がくるとは思わなかったわね」

 手に持っていたカップをさする。水面に自らの赤い目が反射した。

「恐れていないわけではないわ、むしろ死ぬのは恐い」

 一介の兵士であると自認していても、シェパード自身は立派な指揮官という、責任ある立場の人間だ。代替役がいないわけではないが、それでもシェパードが死んだときの損失は計り知れない。

 ──けれど私は。
「私が死ぬ以上に、仲間を失うことが恐い」

 自身より他者を優先する。それは指揮官にとっては致命的な欠陥になりえるが、そうならざるを得ない過去がある。

 シェパードは植民惑星生まれの人間だ。
 元は戦争と無縁な、平和な農村で育った、活発な少女だったのだ。
 だが16歳の時に、村が宙賊に襲われ、一度に全てを失った。
 全てを失ったにもかかわらず、彼女だけが生き残った。

 その後は軍に所属した。自分と同じく失った人間がこれ以上増えないようにと、強い信念のもと、全身全霊で任務に当たった。
 数々の任務に駆り立てられ、実績の認められたシェパードは、多くの海兵隊員で編成された部隊を率いて、惑星アクーズの調査を行っていた。
 ──そこでもまた彼女は、全てを失い、一人生き残った。

 一度目は大切な友人、家族を。
 二度目に大切な同僚、守るべき部下を。
 全て失った上で、彼女だけが生き残った。生き残ってしまった。
 その背に絶え間なく伸びている死者の手が、どれほどの数かなど、他人にはわからない。

 そして、それを今、彼女がリージョンへ説明する気もない。

「……自己の死よりも、他者の死のほうが重いと?」
「そうね……これに共感できるのは、今のところはケイダンくらいでしょう」
「……理解……困難」

 リージョンのレンズがゆるゆると回転する。人間が、理解できないものを無理やりにでも飲み込もうとするような、そんな仕草のように見えた。
 有機生命体と機械生命体との違いは、そうそう理解できるものではない。だが、それでも彼は知ろうとするのだろう。
 それはゲスとしての特性か、単なる知性体の好奇心からくる行動かもしれないが、相手を知ろうとするのは、銃を向けるより簡単そうで難しい。

 その行動の一つが、少なくとも将来的によい方向へと転んでくれるなら嬉しいものだ。

 シェパードはソファーに深々と座り直し、無意識に詰まっていた息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「これで、あなたの聞きたかったことには答えられたかしら?」
「……肯定、質問への回答は取得した」

「しかし、理解には至らず」

 俯くように傾いた頭部。キュルとゆるく虹彩が絞られて、光の線がか細くなった。

「……少佐シェパード、続けて質問は可能か」
「…………」

 シェパードはしばし目を閉じた。
 一拍の間を置いてからゆっくりと開き、赤い眼でリージョンを見据える。

「今回は、ここまでで」
「……了解」

「協力に、感謝」



 ◆ ◆ ◆ ◆



 隔壁がスライドし、ゲス独特のカシャカシャとした足音が遠ざかる。
 リージョンを見送ったシェパードは、姿勢を崩してソファーへと倒れこんだ。乾ききってない髪の先から、ポタと雫が床に垂れた。

「……まだ、覚えている」

 ポタ、ポタと雫が垂れる。涙を流せないシェパードの代わりのように、いくつもの雫がこぼれた。
 寝転がったまま、天井へ向けて右手を伸ばす。開いては閉じて、また開き、掴む。

 この手は多くのものを掴み、取りこぼしてきた。どれくらいのものが滑り落ちていったのか、数えきるのは本人にも困難なほどに。

 ──少佐シェパードは、死を恐れていない?
「……あなたにもそう見えるくらいには、出来ているのね」

 伸ばした右手をゆっくりと降ろし、額に乗せる。

「よかった」

 安堵感に胸をなでおろした。




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