【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの


 任務を終えた三人が帰還した。有害物質などを除去するための機能が起動し、全身をくまなくスキャンされる。

 シャトルに乗る前、大量の返り血をある程度拭いはしたものの、付着してから時間がたったものは、関節の隙間等に入り込み取れなくなっていた。
 素肌に触れていたものについては、拭えば拭うほど伸びてしまい、一種のペイントのようになる始末だ。

 除去のためのスキャンを終え、隔壁が静かにスライドする。真っ先にシェパードの目についたのは、すぐそばに控えていたゲスだった。

「……リージョン?」
「少佐シェパード」

 リージョンのレンズがシェパードを捉える。一拍置いてから、レンズがキュルと回転。
 頭部側面に搭載されている小さなライトが、わずかに赤色へと変化した。

 ……アーマーの関節、及び少佐シェパードの顔面に有機生命体の体液を確認。
 ヘモグロビンを検知。人間でいう『血液』に該当と推定。
 観測可能範囲内では、機体への損傷は検知できず。
 ……これは少佐シェパード自身のもの……?

「……少佐シェパード。アーマー及び顔面に体液の付着が確認できた。
 機体に損傷が?」
「機体…………あぁ、身体のことね。
 これは私の血じゃないわ」

 リージョンのレンズがゆるく回転し、頭の装甲がパタリと動いた。

「理解、しかし同行者には体液の付着が確認できず。何故?」

 一拍、パタリと再度装甲が動く。
 僅かな排熱音と共に、淡い赤色になっていた小さなライトが、白色に戻っていった。

「……もしかしてあなた、私がヴァンガードなのを知らないの?」
「バイオティック能力及び近接戦闘を多用することは既知」
「そこは分かってるのね」
「肯定。ただし返り血の付着量との相関は未取得」

 シェパードがほんの少し眉を寄せる。ここで説明を続けてもいいが、何せ帰還したばかりだ。
 アーマーから漂う鉄臭さには慣れたものではあるが、だからと言って不快でないとはならない。

「……話の前にシャワーが先ね。
 ギャレスとカスミもご苦労様」
「次は隠密だけの任務だと嬉しいね、あんたと違ってあたしはか弱いんだよ?」

「……か弱い女は、両足で人の首を折ったりしないと思うが」
「ギャレス聞こえてるよ」
「私もシャワーを浴びてこよう」

 ギャレスの脇腹にカスミの肘が入り、くぐもった呻き声が漏れる。存外力が強い。

「ほどほどにねカスミ」

 シェパードは、クルー同士のじゃれ合いに緩く笑うと、シャワーを浴びるためにエレベーターへと向かった。
 そしてその後を、何食わぬ顔でついていくリージョン。
 じゃれ合い()の応戦をしていたギャレスとカスミの動きがピタッと止まり、シェパードについていくゲスの背中を見送った。

「「…………」」

 チラッと目線だけを向け合う。

(……雛だな)
(雛だね、噂の)

 二度目の解釈一致の瞬間だった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シェパードが艦長室に戻った後、リージョンは隔壁が反応しない位置に立って待機していた。

 リージョンが後ろについていたのに気づいていないのか、よほど浴びた血が気持ち悪かったのか。シェパードは1階に着いてそのまま、待機命令や入室の許可をするでもなく、自室へ入ってしまったのだ。
 とは言っても、艦長室は明確なシェパードのプライベートルームにあたるため、観測の範囲外であるというのがリージョンの認識だった。
 観測方法の追加について、すぐにでも許可を取りたいのは山々だが、規定は規定。
 特に、ゲスにとっても重要人物足りえるシェパードについては、協力状態になんらかの不備が起こらないよう、注意が必要とされる。
 リージョンの質問についても、シェパード自身に説明するつもりがあることは、帰還したときの会話で明白だ。無駄に急ぐ必要はない。

 程なくして、音を立てながら隔壁が左右へスライドし、シェパードが自室から出てきた。
 動きやすい軍用のズボンに、ダボッとしたパーカー。顔についていた血も綺麗さっぱり落ちている。

「……待ってたの?」

 リージョンのレンズがキュルリと回転し、シェパードの顔を見つめる。何度か頭部の装甲が動いて、やがて落ち着いた。

「質問への解答が未完了」
「あぁ、さっきのヴァンガードの話ね」
「肯定、また、追加の確認事項有り」
「……まあ、とりあえず入ったら?」
「……」

 リージョンは、ゆっくりとした動きで、通路と部屋を隔てる隔壁へと近づいたが、境界線の直前で足が止まった。
 そんな様子に気づかないシェパードは、隔壁から数歩先で振り返り、「早く」と入室を促す。

「……」

 一歩、中に踏み込む。
 それは、リージョンにとっては『観測範囲外とされていた個人領域』への明確な進入だった。

「少佐シェパード、確認したい」
「? なに?」

 シェパードが書類を確認していた手を止めて振り返る。リージョンのレンズが何度か回転した。

「今回の入室許可は一時的なものか」
「……?」
「今後も、お前の許可なく進入可能……という意味ではないと推定」
「……あぁ、個人領域のことね」
「肯定」

 顎に指をあて、少し考え込む。

 『シェパードを中心とした有機生命体の観測』という、よくわからない要請の許可を下してから数日。リージョンはしっかりとシェパードとの約束を守っていた。
 観測以上のことはしないこと。個人領域での観測は行わないこと。主に取り決めたのはこの二つだ。

 シェパードとの約束を違えないだろうと確信したのは、チャクワスの身体検査を受けた日のことだった。
 彼のなかでは、あの時のあの場所は『個人領域』と認識されていた。
 普段から、AIコアと医務室を出入りしているというのに……あの時ばかりは部屋に立ち入らず、隔壁の前で立ち止まったのは、そういう風に彼自身が捉えたからだろう。
 ならば特に問題はない。

「勝手に入るのはダメだけど。
 事前に声をかけてくれれば構わないわ」
「都度の確認のみで問題なし?」
「えぇ」
「了解」

 レンズが一度キュルリと回り、頭部の装甲がパタ、パタ、と小さく駆動音を立てながら動く。一瞬だけ、尻尾を振る犬の幻覚が見えた。

「……それ……いや……確かヴァンガードについてよね?」
「肯定。しかしその前に、観測方法について確認がある」
「なに?」
「現在の許可範囲は受動的観測に限定。今後、必要に応じて質問による情報取得を追加したい」
「……」

 シェパードが考え込むように首を傾げた。

「……今までも質問してなかった?」
「…………」

 リージョンの装甲がピタッと止まる。ゆっくりと回されたレンズの光が、軽く点滅した。

「通常会話と異なる。
 観測では取得できない情報を、意図的に少佐シェパードへ問い合わせる」
「あぁ、そういうこと? 別に構わないわ。
 答えられないものには、答えないけど」
「理解。回答を拒否された事項は情報取得の対象外とする」

 パタリ、パタリと装甲が動き、レンズが回転する。
 その動きを見たシェパードの脳内では、改めて、尻尾を振っている犬の姿が過った。




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