【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
『ここは個人空間に該当か?』
『今回はダメね、待機していて』
『肯定、部屋の外で待機』
「…………」
医務室の更に奥、他の隔壁よりも厳重なロックの施されたAIコアの区画。
そこがリージョンに割り当てられた部屋であり、観測を終えた彼が待機する主な場所だ。
ここ数週間の間、シェパードについて回るのを許可されたことで、多くの変数の獲得ができた。
良質な情報は得られた。解析も行った。
しかし、一部の要因については、未だに有効な解を得られていない。
むしろ、変数が増えれば増えるほどに、解析不能な事象もまた増加している。
「…………」
これまで記録した情報の再照合。ログへ接続。
モーディン・ソーラス、及び少佐シェパード。
個体間の対話内容に特異性なし。また、双方より観測された反応は、警戒、恐怖、驚愕、愉快──既知の感情状態のいずれにも完全一致せず。
少佐シェパードの感情状態は『若干の呆れ』と推定。しかし顔面表情筋は『笑み』を検出。
感情状態と表情信号との関係性が不明。
ジョン・テイラー。コレナ・ライン。ミカエラ・T・グランツ。
三個体とも視線移動の有無、回数に差異はあれど、我々への警戒、恐怖反応は検出されず。
少佐シェパードより、我々の存在はノルマンディー内の有機生命体へ周知済みとの情報共有あり。しかし、事前情報のみではゲスという種族に対する危機認識の低下を説明できない。
「……理解不能……」
ケン・ドネリー。少佐シェパードとの対話中に「降伏」または「敵対意思の不在」のモーションを実行。観測した身体反応より、当初は極度の覚醒状態にあったと推察される。
しかし、少佐シェパードには攻撃の意志等なし。また、継続した観測から、少佐シェパードの感情状態は「愉快」との整合率が高水準。
ケン・ドネリーのモーションと不一致。我々の気づかない間に、少佐シェパードによる敵対行動があった?
「……否定、その可能性は限りなく零に近い」
表情の観測のために動く前から、リージョンはシェパードの『声』を記録していた。その音声パターンは、顔の観測を行ったことにより『あの状況を楽しんでいた』可能性がかなりの確率であったことを示している。
故に、ケン・ドネリーとの行動パターンとの一致が取れない。
人間は『楽しい』とする相手に『警戒』をする?
ゲスであるリージョンには警戒がないのに?
「…………」
ガブリエラ・ダニエル。少佐シェパードの存在を検知し、即座に高度な自己防衛プログラムと物理プロトコル『敬礼』を実行。
錯乱兆候を物理的に封じ、混乱状態からの回帰に成功。
しかし、その場にいたのは少佐シェパードを含める有機生命体3体、そして我々。
状況を再照合。ガブリエラ・ダニエルの自己防衛プログラムの対象者を確認。我々への緊張、警戒、混乱である可能性。
……否定。ガブリエラ・ダニエルによるプログラム実行当時、同個体の視覚センサーは少佐シェパードのみを捕捉。故に、プログラム実行対象者は少佐シェパードと推定される。
「……?」
少佐シェパードの感情状態は、音声パターンの一致により依然として『愉快』であったことが推察される。
しかし、ガブリエラ・ダニエルのプロトコルは、ケン・ドネリーと同様に少佐シェパードが対象と推定。感情状態と対行動パターンが不一致。
ゲスである我々よりも、少佐シェパードへの警戒、緊張、混乱が生じている。何故?
「…………」
──『まるで親鳥の後ろを必死に追いかけるカモの雛(ひな)そっくりだったらしい』
ケン・ドネリーの音声がリフレインする。彼は確かにリージョンのことを指して『雛にそっくり』と言っていた。
その単語は勿論確認済みで、参照されたデータベースに出てきた内容に、更に疑問が募っていたのは記録に新しい。
小さくて黄色い、フワフワとした有機生命体。成体である親機と比較してもその大きさは小さく、どう観測してもゲスに似ても似つかない。
しかしノルマンディーのクルーたちは、リージョンのことを『雛のようだ』と噂しているらしい。
有機生命体の中でも優れているシェパードが連れてきた存在とはいえ、ゲスに対してそこまで無警戒でいられる理由は、未だに解を得られていない。
「……観測の継続が必要」
延々と、照合、解析、シミュレーションを繰り返すも、やはり解は得られない。
──それはまるで、あの時に自分たちがおこした、不可解な行動パターンのように。
「…………」
パタリ、パタリと頭の装甲が動く。リフレインしているのは、シェパードに『今回はダメだ』と待機命令を下された、あの日のことだった。
──標準的人類の平均値を下回る摂氏35.4度。
その体温の主がシェパードと視認したあの時、低体温現象の説明には、様々な要因が考えられた。
生体化学的エラー、情報処理的過負荷状態、物理的環境によるもの等による、恒常性プログラムの減速。
あるいは、シェパード本人ですら感知しえない『破綻の兆候』
そして何より『シェパードは一度死んでいる』
「……」
キュルリ、キュルリとレンズが回転する。
異常を検知した、検知した以上は、それらの情報を取得するのはゲスにとって本能に近い。ましてや、オールドマシーンへの対抗のための協力者であれば、なおさら異常の除去のためにも必要である。
シェパードは他の有機生命体と比べても、身体能力、思考能力、洞察、判断などが合理的かつ理性的な生命体だ。過去に一度、オールドマシーンに属するリーパーの破壊にも成功している。
銀河でその成功を収めた者は、シェパード以外に存在していない。
故に、観測を継続することには何ら問題もないはずだった。
しかし────
『今回はダメね、待機していて』
「…………」
待機命令を下された音声がリフレインする。シェパードの言葉は明確に『NO』と突き付けていた。
リージョンはノルマンディーに属するクルーではない。しかし、シェパードに協力するのであれば、その命令に従うべきという結論に至っている。
彼女がコレクター達の……オールドマシーンとの戦争においての司令塔であり、その選択が極めて合理的であると理解できるからだ。
だが、その場合、今回の観測は……。
「………………」
キュル、とレンズが回転する。パタリ、パタリと動く装甲には、いつものキレの良さはない。
観測を続けるのは、協力者への命令違反となり、観測の中断は、軍事的に価値のある生命体の異常値を放置することになる。
だが、どちらの選択も合理的であり、間違いではない。
……観測継続……観測停止……異常値の放置は、不測の事態を招く恐れ、有り。
しかし、COMMANDERからの命令への違反は、協力者としての同盟を揺るがしかねない。
協議……継続。停止……再度照合。
コンセンサスの形成、不能。継続、停止、どちらも合理的理由、有り。
……パターンを変更。
観測継続を最低限度に限定。異常値の解析、照合、不測事態の確率を演算。結果は少佐シェパードへ共有。
観測後はただちに停止。待機モードへ移行。
再度協議。
「……肯定」
コンセンサスの形成。少佐シェパードの異常値の観測のみに限定し、再開。
モード遷移。光学センサー・オフ。赤外線センサー・オン。
観測対象、少佐シェパード。生命体の体温は依然として摂氏35.4度を維持。
……別個体による干渉を検知。室内同行者はドクター・チャクワスのみ。干渉は同個体によるものと判定。
光学モードへ切替。干渉内容の確認。
ドクター・チャクワスのオムニツールより、少佐シェパードへの干渉。走査ビームによる対象構造の確認、解析を行っている模様。
……ドクター・チャクワスの顔面筋肉組織に変化を検知。
眉間部の筋肉が収縮し、眉の位置が内側および下方へ変位。眼輪筋の緊張増加。口角の上昇なし。
人類の表情分類と照合。類似──『懸念』『警戒』『不快』。完全一致なし。異常値の検知に起因する表情変化の可能性、有り。
少佐シェパードの瞳孔径に注視。
左右対称。光量変動に対する収縮・散大反応の遅延零。および医療端末のインターフェースへ正確に同期。視覚軸のブレなし、意識レベルは正常と判定。
ドクター・チャクワスより、オムニツールによる解析の共有行動を確認。医療担当者による異常の認識、および対応行動と推察。対象は現在、医療管理下。
即時の生命活動停止に繋がる兆候──なし。
異常値による不測事態の発生──現時点で確認されず。観測終了。
少佐シェパードの令により、待機モードへ移行。
「…………」
異常値の観測……否定、不測事態の発生確率は低。ドクター・チャクワスによる対処有り。我々の干渉は不要。
『今回はダメね、待機していて』
「……肯定。待機」
待機モード…………。
否定。
アイドル状態へ移行。
コンセンサスの形成……。
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