【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
「あ、あはは、少佐! いつからそこに……。
いや一言声をかけていただければよかったのに!」
「申し訳ありません、ダニエル機関士、ただちに無駄口を厳禁し、駆動コアの冷却バルブの調整作業に戻ります」
両手を緩く上にあげ、誤魔化すようにプラプラと揺らすケンに対し、正気を取り戻したダニエルは、あわてて敬礼の姿勢を取った。まさか上司に、上司とそのオマケの噂話を聞かれるなんて夢にも思わない。
「……ケン。お願いだから、12秒前まで時間を巻き戻して、今のセリフを全部デリートして」ヒソヒソ
「無茶言うなこの状態で逃げられるわけないだろう」コソコソ
「あら、本当に気にしなくていいのよ」
((そんな無茶を言われても))
「……」
リージョンのレンズがキュル、キュルと回転する。
個体1、ケン・ドネリー、及び個体2、ガブリエラ・ダニエル。少佐シェパードへの身体的、言語的反応の差異を検知。
ケン・ドネリー。両上肢を緩く上方へ挙上。両手にて不規則な低周波振動を行う。
人類のデータベース参照……類似行動が検出。「降伏」または「敵対意思の不在」に近い、または擬似的に表していると推察。
しかし、少佐シェパードには攻撃の意志なし。該当の行動は適切ではない。
身体反応の観測。
前頭部、および項部の汗腺より一時的な異常量の水分が排出。その熱蒸発によって、顔面温度が0.4度低下。
心拍数は毎分148拍へ上昇。心筋の急速な収縮に伴い、首の血管の微細な脈動が光学センサーで視認可能。
極度の覚醒、または神経系への高負荷状態。この状態に移行した原因は特定できず。
「……?」
再度演算……特定できず。変数が不足? 別個体の観測を継続する。
ガブリエラ・ダニエル。
物理プロトコルの観測。直立不動、および右肢の鋭角な挙上。モーションは有機生命体の「敬礼」に該当。
全身の骨格筋が過緊張状態、特に肩から首にかけての硬化が著しい。嚥下が0.4秒間ホールドされ、喉仏が不自然に静止しているのを確認。
混乱状態からの自己復帰速度、0.82秒。
組織の階層構造を強制起動することで、錯乱の兆候を物理的に封じ込める高度な自己防衛プログラミングを実行したと推測。なお防衛対象は不明。
「…………??」
リージョンの装甲がパタと開いては閉じる。新たなデータを観測し収集できたが、所々で判別不能の結果が残った。
情報の質が悪いわけではない、むしろ上質なほうだ。
シェパードの後ろから食堂のクルーを観測してきたが、食事をする時間帯はノルマンディーの有機生命体にとって比較的落ち着いている時間というのもあり、似たり寄ったりな観測データしか収集できなかった。
それと比較しても、このエンジニア達の情報は多量。
……少佐シェパードを追加観測すれば、判別に不足している変数が足りるだろうか。
リージョンのレンズがキュルと回転し、シェパードの方向へ向けられる。が、彼女は今、腕を組みながらエンジニア達へ身体ごと向いている。
リージョンの立ち位置では、最も情報量の多い顔の骨格筋が観測できない。
観測不能、データが不足……観測中断?
──『好きにしたらいいわ』
……否定、少佐シェパードからの観測拒絶無し。観測行為への干渉無し。継続は可能。
観測可能位置へ移動。
「……ん?」
ゲス特有のカチャカチャとした足音が耳に入ったのか、それとも視界の端からフェードインする存在を認知したのか、エンジニア達を見ていたシェパードの視線が、その存在へ向けられる。
と、それに合わせて、パニック状態になりかけていた(むしろなっていた)エンジニア達の視線も、その存在へと向けられる。
「何かあった?」
「否定、観測継続のための適切位置への移動行為」
「あぁ、そういうことね」
((そういうこととは??))
エンジニアリング区画は、食堂のある区域よりも遥かに狭い。
そのため、シェパードの後ろではなく、表情の観測できる位置への移動は、必然的に後ろについてる時よりも近くなる。
いつもよりも近くにリージョンの存在があることがやや奇妙にも思えたが、構造上の問題であるため致し方ない。
「それで?」
「へ?」「はい?」
「面白い話をしていたから気になったのよ、続きがあるなら是非聞かせてほしいのだけれど」
「いやいや、そんな大層な話では……」
「それにしては、随分と大きな声で話していたようね?」
いつも通りのCOMMANDERモード。だが内心、シェパードは二人の反応を楽しんでいた。
噂話というのは、風紀の乱れに繋がるようなものについては取り締まりが必要となるが、密閉された船の中ということもあり、ある程度の許容は必要だ。
娯楽の限られる船内での、貴重な娯楽のひとつとも言える。
それが今回珍しく、自分についての堅い噂ではなく、自分について回るリージョンについての噂だ。
ゲスという種族が受け入れられているのか、全く不安に思ってなかったわけではない。だが今回の二人の反応から、少なくともリージョンの存在を面白おかしく噂できる程度には、船内で許容されつつあることがわかった。
なにより、後ろをついて回るリージョンを『雛のようだ』などと言われているのが、不覚にも笑えてしまった。語り部がオーバーアクションなのも良かったのだろう。
「…………」
シェパードの口角が僅かに上がり、目元が柔らかく下がる。リージョンのレンズが緩く絞まり、その姿を記録した。
少佐シェパード。顔面筋肉組織に明確な変化を確認。
口角が上方へ4.2ミリメートル移動。眼輪筋の緊張が緩和し、目尻の座標が通常時より下方へ変位。データベースより、類似する有機生命体の表情表現を検索。
……類似データ検出。ジェームズ・ベガ。
口角右側が上方へ3.8ミリメートル移動。先ほど少佐シェパードとの表情表現との一致、77.3%。状態は【にやりとした表情】
人類の表情分類──笑顔。感情状態として「喜び」「愉快」「親愛」その他複数の可能性。
少佐シェパードの発言内容と照合。
──『面白い』
推定、「愉快」との整合性が高水準。
その他、音声出力において、既知の「戦闘モード」や「規律順守モード」とは異なる、特殊なパラメーターを検出。
既知の情報なし。「愉快」「喜び」に追随するものと仮定。
「……???」
少佐シェパードの推定感情、愉快。しかし個体1、2の推定感情は緊張、緊迫、混乱、防衛。感情が不一致。
演算結果……判定不能。既存データとの照合不能。追加変数が未だ不足?
「…………」
機械特有の駆動音を立てながら、パタパタと頭の装甲が動く。
何度解析を行っても有効な解を得られない。データ解析が不十分なのか、それともまだ足りない変数があるのか。
……一度、解析に専念することが必要だろう。
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